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第二話 無一文です

 

「困りましたね」


 言葉と裏腹に波のない平坦な声音であった。

 第一王子との婚約を破棄され、バーニングフォトン公爵令嬢という立場を失ったシェルファは家から持ち出した金貨を使って生活をしてきたのだが──


「無一文です」


「うっそ!? 待って待ってお嬢様っ、なんで!?」


 王都でも最高ランクの朝食付き宿でのことだった。

 お金がかかるからとはじめはシェルファだけで泊まるべきと言ったのだが、半ば無理矢理、そう抱きしめて連れ込むという物理的に無理矢理一緒に泊まることとなったメイド曰く『ナニコレ何を口にしてもすぐに溶けるんだけど!?』な朝食を摂っていた時であった。


 正面に腰掛けて優雅にステーキを切っているシェルファがとんでもないことを言い出したのだ。


「お嬢様、公爵家のほうからいっぱいお金持ってきてたよね!? それがあれば最低でも半年はここに泊まれたはずなのっ」


 メイドとしては流石に公爵家クラスからいきなり庶民クラスに生活のレベルを落とすのは耐えられないだろうと高級宿から徐々にランクを落とすことで慣れてもらおうと考えていた矢先であった。


 高級宿に泊まって三日、まさかの無一文である。


「といってもなくなったものはなくなったんですよ。困ったものです」


「困ったものって、そんな簡単に済ませていいものじゃないのっ。ねえお嬢様、一体何にお金を使ったの!?」


「? ええと???」


 考え込むほどだった。見当がつかないほどに『浪費』が身に付いているのだろう。


 いいや、公爵令嬢としてならばそれで良かったのかもしれない。持っている者がある程度は金遣いが荒くなるのも仕方ないだろう。


 だが、今のシェルファはただの一般人。それでは駄目なのだ。公爵令嬢らしく散財していては生きていけない。


「お嬢様思い出して! 何にお金を使ったの!?」


「確か、昨日は孤児院を運用していくのにお金が足りないって募金活動していたから募金活動する必要がなくなるくらい寄付して……一昨日は国境を跨ぎ人種や宗派などに関係なく医療を提供している『フェアリー』が募金活動していたから寄付して……その前は──」


「良い人かよ!!」


 ばんっ! と机をぶっ叩いての叫びだった。高級宿ということで周囲の身なりも身分も良さそうな利用客が眉をひそめていたが、メイドには目に入ってすらいなかった。


「わかっていた、わかっていたけどお嬢様優しすぎる! その優しさは尊敬に値するし、もう大好きだけど、今は抑えて!! 今のお嬢様には先立つものないんだし!!」


「……確かにそうですね。つい、いつもの癖で『先行投資』をしてしまいました」


「せん……? とにかく今はご自分のことだけを考えてっ。公爵家のバックアップがない以上、今まで通りの浪費は避けないとっ」


「そうですね。ではお金を稼ぐための土台を作るとしましょう」


「ん? 何かアテでもあるの、お嬢様???」


「ええ。手つかずの宝の山があるので、それをお金に変えようかと」



 ーーー☆ーーー



 ミニスカメイド服なレッサーの主は変わり者であった。まず身分に頓着がない。貴族だろうが平民だろうが関係なく使えるか使えないかで判断できる者はお偉いさんの中でもそういないだろうし、公爵令嬢としての権力で誰かを威圧することなど一切ない。本人曰く他人に構うのが面倒なだけ、ということらしいが。


 加えて魔導書や魔道具で部屋を埋め尽くすくらいには魔導というものに関心がある。体内の魔器から生成される魔力を燃料に魔法陣を介して超常を振るうための術式が記された魔導書や、魔導の増幅や補助として使われる魔道具はおよそ公爵令嬢の趣味とはかけ離れたものであろう。


 腰まで伸びた黒髪に同じく闇が凝縮されたかのような黒目、服装さえも漆黒のドレスと黒づくしな主は高級宿から出て、王都の街道を歩いていた。


 ひそひそと、交わされる陰口など聞こえていないように。


「あそこまでは距離があるし、どうにか移動手段を確保しておく必要がありますね。確か初期投資に協力した運送組織の本店が王都にあったはずですし、ツケで足を貸してもらえるか聞きに行きましょうか」


「…………、」


「レッサー?」


 ひそひそと、悪意が四方八方から襲いかかってくる。王都、そう公爵家や学園や王城が丸々収まったこの街はシェルファを切り捨てた第一王子や公爵家当主のお膝元である。


 ゆえに、だ。

 三日もあれば悪意は蔓延する。


『見ろよシェルファ=バーニングフォトン公爵令嬢だぞ』『ばっか、元だ元。男爵令嬢に嫌がらせしたってことで第一王子様から婚約破棄を突きつけられて、公爵家からも勘当されたって話だからな』『おーおー未来の王妃様への道がくだらねえ嫌がらせ一つでご破算ってか? 悪いことはするもんじゃねえなあ』『あの人、どのツラ下げて王都を出歩いているのかしら?』『嫌がらせなんてやるくらいだし、神経図太いってことじゃない?』『やだやだ、あんな女にはなりたくないものね』──


「こ、の……ッ!! いい加減にっ!!」


「レッサー、つきましたよ」


「え、えっ!?」


 無遠慮に、それでいてひそひそと。

 小声ながらにこちらに聞こえるように悪意をぶつける連中へとメイドが噛みつこうとしたところで、主がその腕を己の腕で絡めるように引っ張る。


 そのまま建物の中に入る。

『スピアレイライン運輸』。これまで商人自身で行ってきた商品の運搬及び護衛を一手に担う一大運送組織である。


『スピアレイライン運輸』が距離や場所に応じて設定した時間通りに確実に依頼品を運送することを確約するとして、万が一商品が奪われたり紛失したり時間に間に合わなかった場合は損失分をお金で補填するとまでしている組織である。


 その分だけ料金は割高なのだが、安全性を確約しているということで瞬く間に知名度が上がり、国を股にかけるほどに巨大な組織と成長したのだ。


 護衛の質の見極めや盗賊や気候変化による命の危険をお金で解決できるとあれば、人気が出るのも当然だろうが。


 ただし。

 安全性を確保できるだけの人員や能力があってこそ、なので、似たような後追い組織は軒並み潰れていったものである。


『スピアレイライン運輸』、国を股にかける巨大組織の本店とは思えないほど質素な建物の入り口を開き、シェルファはこれまた質素な室内へと踏み込む。


 受付の女性へとシェルファはこう声をかけた。


「タルガに逢いに来たんですが、ここにいるでしょうか?」


「会頭に、ですか? 恐れ入りますが、公爵令嬢であった頃ならともかく、今の貴女が『スピアレイライン運輸』のトップに御目通りできる立場だとでも?」


「……っ!」


 反射的に反論しそうになったメイドは、しかし悔しそうに奥歯を噛みしめるしかなかった。


 そう、ほんの三日前までならともかく、今のシェルファは一般人に過ぎない。国を股にかけるほどに急成長した巨大組織のトップに会いたいと言われたって向こうとしては断るしかないだろう。


 身分や立場は、形式に縛られる。

 そこらへんを疎かにしては周囲に示しがつかないし、安全性の担保のためにも選抜は必要だろう。


 と、その時だった。

 何やらドタバタと騒がしい足音が響いたかと思えば、奥のほうから二十代前半だろう男が飛び出してきたのだ。


 くたびれたシャツにズボンの、薄汚れた金髪の男はシェルファを見てキラキラと目を輝かせる。


「うお、おおおおっ!? なんか聞き覚えのある声だと思ったら、シェルファの嬢ちゃんじゃねえかっ。ひっさしぶりだな、おいっ」


「そうですね、タルガ。お元気そうで何よりです」


「なんだなんだ、何か用事でもあるってのか?」


「ええ」


「か、会頭、もしかしてこちらの元公爵令嬢とお知り合いで?」


 受付の女性が信じられないと言いたげにシェルファとタルガとを交互に見ていたが、当のシェルファは特に気にした風でもなく、タルガのほうは機嫌良さそうに一つ頷く。


「まあな。あ、シェルファの嬢ちゃんたちは奥のほうに案内するから、その間俺に用事がある奴が来たとしても待たせておいてくれ。奥には誰も近づけないようにってことな」


「は、はぁ、わかりました」


「さあ、シェルファの嬢ちゃんっ。せっかくの再会だ、用事もいいが楽しくお喋りしようぜ!」


「そうですね。そうしてもらえると助かります」


「ん? シェルファの嬢ちゃんのことだから用事が先だと思ってたが……ああなるほど。そういうことね」


 何かに気づいたのか、そう呟いたタルガはシェルファへと手を伸ばす。貴婦人へと紳士が手を差し出すそれとは違い、粗雑さが滲んだものであったが。


「それではシェルファの嬢ちゃん。この先散らかってて足場が悪いからな、お手を」


「そうなんですか。では、はい」


「お、おお。適当なこと言っただけで手ぇ握れたぞ。シェルファの嬢ちゃん警戒心薄くない? まあ最高だから俺の前ではそのままのキミでいてくれ、うん」


 その手を取り、タルガに連れられて奥へと向かうシェルファ。


 そんな主にメイドはむうと頬を膨らませて、絡められたままの腕をぎゅうっと抱きしめる。

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