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婚約破棄されたので呪いの地を開拓しようと思います  作者: りんご飴ツイン


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第十五話 適正価格

 

 ジーラグドは『魔沼』から一番近い木組みの街でも有名な薬師である。


 細いというよりは痩せた身体に視力補正用のメガネ型魔道具、そして薄い青のローブ姿の青年は常に眉間に皺を寄せて、むっと表情を顰めていることでも有名であった。


 十代前半という若さで薬師の資格を得て、事故でなくなった街唯一の薬師であった父の後を継いで『グローランド薬屋』の店長となり、十九歳となる今まで街の生命線たる『医療』を支えてきた。


 歳だけ重ねた、偉そうなお歴々と違って類い稀なる知識を持つ彼が街にいてくれたからこそ、病気や怪我で死ぬ者が飛躍的に減少したほどである。


 そんな彼はカウンターに肘を乗せて、軽く握った拳で顎を支えるようにして店番をしていた。主な収入源は商店や医療ギルドに纏めて卸している薬が担っており、こうして直接店を訪れるような物好きは早々いないので店番は基本暇の一言に尽きるのである。


 と、そんな時だ。

 扉を開き、店内に入ってきた少女たちを見て、彼は怪訝そうに眉をひそめる。


 一人は腰まで伸びた黒髪に闇を凝縮したかのような漆黒の瞳、身につけるは高そうながら泥に汚れた漆黒のドレスであった。アンバランスという他なかった。服装は元より、その美貌もまた思わず見惚れそうになるほどには外見にお金をかけたお嬢様風だというのに、そこまで整えた美を泥で汚してしまっているのだから。


 一人はメイド服姿の銀のボブカットの少女であった。メイド服ではあるがスカートは短いわ、ヒラヒラは過剰であるわと好きにカスタマイズしているようだ。漆黒の少女がメイドの一人や二人引き連れているのはそう違和感がないのだが、どうにも王道から逸れているのが目につく。


 そして、最後の一人。

 これはもう怪しさの塊であった。


 両手を広げても足りないほどに大きな葉っぱを複数くっつけて形作ったのだろうローブのようなものを頭からかぶり、その全貌が見えないのだ。歩くたびに隙間から覗くのは白い、毛……だろうか?


「ここは薬屋ですよね?」


「ええ、まあ」


 どうにもペコペコするのは昔から苦手であり、接客業としては失格な言葉遣いであった。


 あくまで彼は薬師。その本懐は客に気持ちよく買い物してもらうのではなく、病に苦しむ人を救う薬を提供することであるので、ご丁寧な言葉遣いを覚える気はなかった。


 そのせいで怒る者もいるのだが、今回の客は違ったようだ。身なりに反して薬師ごときが偉そうにするなとか喚き出す狭量な者ではなかったようである。


「薬草を売ることはできるでしょうか?」


「ん? まあモノによるな」


 予防線を張ることは忘れずに、しかしジーラグドは眉に刻んだ溝をさらに深くする。


 やはりアンバランスだ。

 身なりはそれなり以上のお嬢様風であるというのに、薬草を売りにきたというのか? 目の前の高そうなドレスの少女が薬草を採取している様はどうにも想像しにくいものであった。


 ジーラグドの困惑を知ってか知らずか、お嬢様風少女はその手に持っていた複数の木の実をカウンターへ置く。そこで初めてその実へと視線を向けたジーラグドは──ガグンッ!! と頬杖から顎を落として、そのままカウンターに額をぶつけていた。


「な、なんっ、はぁ!? おまっ、それっ、千年宝果じゃねーか!? 『とりあえずこれを使っておけば何とかなる』とまで言われている治療薬・生命の雫を調合するのに必要な絶滅危惧素材じゃねーかよ!?」


「ですね」


「いや。いやいやっ! 霊峰の奥深くに潜ったって採取できるかわかんねーもんだぞ!? 本物なわけ……うっわ、これ絶対本物だよっ。マジモンじゃねーかよお!!」


「……、へぇ。話が早くて助かります」


 千年宝果を軽く指で叩き、その音を聞いてから匂いを嗅いで、最後に表面を撫でて頭を抱える薬師。そうすればわかると知っていることにお嬢様風の少女は口元を緩める。


 バッとカウンターから身を乗り出し、お嬢様風少女へと詰め寄り、薬師の青年は叫ぶ。


「こっこれ、どこで採取してきた!?」


()()()()()()()()()()()。代わりといってはなんですが、今の相場より安く売っても構いません」


「安、く?」


「ええ。採取場所を詮索しないこと、そしてわたくしたちが千年宝果を売りにきたことを内緒にしてくれるだけでいいんです。どうでしょうか?」



 ーーー☆ーーー



「ねえ、お嬢様。どうして薬師さんが何馬鹿なこと言ってるんだって叫ぶくらい安い売値提示したの? お嬢様が見誤ってたわけないのに」


 薬屋を後にしたメイドの言葉に主はくすりと笑みを浮かべて、


()()()()()()()を提示しただけです。口止め料とでも受け取ってもらえたでしょうし、あれでいいんですよ」


「えっと……そうなんだ」


 絶対理解していないことが丸わかりな表情で意味もなく頷き、レッサーは話題を変えようと口を開く。どうやら主は『先』を見据えているようであり、こういう時はどうせはぐらかされるのは目に見えていたために。


「まあなんでもいいのっ。それよりっ! 軍資金手に入れたし、買い物するの! あそこを拠点にするにしても、『魔沼』を調べるにしても、物資はあって損はないし!!」


「ですね。ではまずはじめにシロの服でも買いましょうか。亜種族の中でも全身真っ白もふもふが珍しいとはいえ、いつまでも葉っぱと粘着質な樹液で作った即席ローブでごまかすのは無理があるでしょうし」


「ガウ……。イキナリ、『ソト』、ニ、ツレ、ダサレル、トハ、オモワナカッタ、ゾ」


「ごめんなさいね、シロ。魔力を捨てた今、わたくしたちには身を守る術がそんなにないものでして。こうして出歩く時はシロについてきてもらうのが一番なんです。もちろん嫌だというならば別の手段を考えますが」


「ベツ、ニ、……イヤ、ダッタラ、イウ、カラ、ヘン、ニ、キ、ニ、スルナ」


「シロは優しいですね」


「ブフッ!? オレ、ハ、ムレ、ノ、ボス、ダゾ! ヤサシイ、トカ、ソンナ、デハ、ナイ!!」


「そうなんですか? それじゃあ……格好いい、でどうでしょうか?」


「ム。ソ、ソレナラ、マァ、イイ」


 ぷいっと視線を逸らしての返事であった。

 照れているのか、葉っぱの隙間から覗く頬は赤く染まっていた。


 そんなシロの様子にうずうずと抱きついてもふもふしたい衝動を抑えるシェルファ。抱きついて撫でて頬ずりしてとやってしまえば、せっかく無理矢理にでも隠している真っ白毛並みが人の目に晒されるからだ。


 シェルファも時や場所を選ばないほど馬鹿ではない。既存の亜種族でさえも差別する人間至上主義な連中はいるのだ。ここでこれまで観測されてこなかった獣人の存在を人の目に晒せば、ロクなことにならないのは目に見えている。


 だから、我慢する。

 今すぐにでももふもふしたいけど、シロの真っ白ふわふわな毛並みに顔を埋めたいけど、お尻から伸びる尻尾を首に巻いちゃったりしたいけど、首の下辺りを撫でてふにゃっとなるシロを堪能したいけど、わしゃわしゃと全身ナデナデしたいけど、我慢なのである!!


「はぁ、はぁ……ちょっ、ちょっとだけ、なら」


「お・じょ・う・さ・ま?」


「ひゃいわかっていますひゃいっ!!」


 低く、暗い声があった。

 こういう時こそレッサーがいてくれて助かるものである。ほんの少し、ちょっとだけなら、とタガが外れそうになったら()()()()()()()()()()()()()()遠慮なく踏み込んでくれるのだから。


 少なくとも、主のためと言いながら自己保身から強く出られない『優秀だが、それだけでしかない』メイドよりはずっと使えると言えるだろう。


 ……レッサーがいてくれるからはっちゃけることができる、という面もあったりするので本末転倒な気がしないでもないが。



 ーーー☆ーーー



 サラリと流していたが、今から始まるのはお買い物。すなわち、紛うことなきお買い物デートである!!


「……、ふふっ」


 楽しみだった。

 楽しみだと、シェルファの胸は高鳴っていた。

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