第十二話 婚約破棄、その裏側では何が蠢いている?
「よお」
都会と田舎の中間のような街の一角でのことだった。極端に建物と建物の間に隠れているわけでもないのだが、人の意識の死角に入るように『目立たない』酒場には夜という営業本番時間ながら一人も客がいなかった。
そんな酒場にて同年代のふとっちょな男、つまりカウンターの奥の従業員用スペースに挟まって抜け出せなくなっている酒場のマスターへと声をかけるはタルガ。
『スピアレイライン運輸』が会頭は同じ街にある酒場(こちらはそこそこ繁盛していた、というか、客を独占していたと言うべきか)で飲んだ後だからか、僅かに赤らんだ顔で、
「噂について、仕入れているか?」
「こ、この危機的状況に対してノーリアクションでありますか? ますか!?」
「痩せろ。で、どうなんだよ?」
「噂で、ありますか。タルガが求めるものとなれば、例の婚約破棄騒動に関するものでありますか。もちろん第一王子のため、ではなく、第一王子が元婚約者にして元公爵令嬢のために情報を欲しているのでありますよね」
「なんだ、やっぱりもう探っていたか」
「品揃えは需要に応えてこそでありますから。客のニーズに合わせて『先回り』して用意する、それくらいできないと情報屋は名乗れないであります」
そう、ふとっちょ男の正体は情報屋。ゆえに彼はわざと酒場を人が意識せず避ける構図でもって寂れさせているのだ。情報屋が目立っては意味がないのだから。
……というのが建前であり、本当は普通に商売してもこうして失敗するから情報屋などという目立たないほうが利益がある職に手を伸ばしただけなのだが。
短所も使いようである。その図体でなんでそこまで目立たないのか逆に不思議な男は国を股にかける巨大組織の会頭が利用価値があると認めるほどには優秀な情報屋まで成り上がった。
だが、
「と、格好つけられればよかったのでありますがね」
「ん? 珍しいな。婚約破棄には裏があったっつーあからさまに第一王子を狙った噂の出処、お前さんでも探れなかったのか?」
「探り始めてはいるけど、今回は無理そうなのが肌で感じられた、という具合であります。もちろん勝負は時の運、案外いけるかもしれないでありますがね」
「なんだ、十分じゃないか。やっぱりお前さん頼るのが手っ取り早い」
「こんな半端な商品で喜んでもらえたならば幸いであります」
ほとんど答えも同然であった。
ふとっちょの腕は確かだ。そんじょそこらの連中が裏にいるのならば即座に暴くだろうし、そこそこの連中であれば時間さえかければ捉えるだろう。
そんな彼が弱気になるほど。
無理かもと、それだけの実力差があると素直に認めるほどの誰かが噂の始点である、というのならば、答えは自ずと絞られる。
「外側と内側。どちらにしても国家の上層部クラスの怪物……、といっても外はないな。噂は第一王子の失脚を狙ったものだ。あの馬鹿が王となったほうが他の国にとっては都合がいいはずだから、蹴落とす理由はない。となれば、だ。第一王子の馬鹿を蹴落とそうとしているのは内側、その中でお前さんが探りきれないと思うほどの怪物となれば──第二王子勢力、か?」
第二王子。
ありとあらゆるジャンルにおいて高スペックを叩き出す完璧超人。第一王子よりも後に生まれたので王位継承権は第二位だが、単純な能力だけで言えば第一王子など足元にも及ばない怪物である。
タルガも一度遠目に見たことがある。
年に一度のパレードで見たのは数年前であったが──その時点で最低でも武力だけならタルガと同等かそれ以上であった。
王族にそこまで必要ではない武力でさえも、そこらの盗賊や兵士が相手ならば数十だろうが数百だろうが皆殺しにできるタルガと同等かそれ以上なのだ。だというのに、武力なんてほとんど話題に出ないほど他の分野について優れていると称されている、となれば、その高スペック具合がわかるというものだ。
彼が黒幕ならば、説明がつく。
探っても噂の出処がわからないのも、あんな噂を流したことにも、だ。
「あ、これは不出来な情報しか用意できなかった代わりというか、サービスであります。今後もうちをご贔屓してもらうためにも、受け取ってもらえればと」
「ん? 何かあるのか???」
「ピンクローズリリィ男爵家は宰相の派閥の一員であります。巧妙に隠してはありますがね」
…………。
…………。
…………。
「な、に……? 待て、それだと構図がガラリと変わるぞ! そうなってくるとあの婚約破棄自体馬鹿の暴走じゃなくて、宰相が裏で小細工した、という話になるかもじゃないか!!」
「そこまでは不明であります。あくまで探れたのは宰相とピンクローズリリィ男爵家の繋がりだけでありましたから」
いや。
いいや。
もしもあの婚約破棄騒動が権謀術数ガン無視した馬鹿の暴走ではなく、意図して仕組まれたものだとするならば、だ。
「シェルファの嬢ちゃんはどこまで知っていた? あのシェルファの嬢ちゃんが渦中にいながら何も知りませんでしたなんて間抜けを晒すわけがない。ということは、まさか、全部わかっていて流れに身を任せた、のか???」
裏に、蠢いている。
婚約破棄騒動。馬鹿の暴走の裏では謀略が張り巡らせていた。
そう、今この瞬間さえも、だ。
「そ、それはそうと、そろそろ抜け出すの手伝って欲しいであります……ッ! お肉が、お肉が悲鳴をあげているでありますぞお!!」
ギシギシと。
何やら酒場のマスターにして上位に位置する情報屋がカウンターにある従業員用スペースでジタバタしながら懇願していた気もするが、思考に没頭しているタルガは気づきさえしていなかった。




