第十一話 お料理総力戦
「とおっゥりゃあああーっ!!」
メイドさん、渾身の火起こしであった。
洞窟の外で木の板に枝を擦り付けての原始的な火起こし。魔導が一般にまで普及した結果、魔道具に魔力を流せば簡単に火がつく現代では滅多に見られない光景である。
……一時間経っても全然全くこれっぽっちも煙の一つすら出ていないが。
「ぜんっぜん火がつかないのお!!」
「ワウ? ナニ、ガ、シタイ、ノ?」
灰色毛並みな獣人ちゃんが不思議そうに首をかしげていた。生肉で何の問題もないほどには胃袋が強いらしいキキたちにとって肉を火で焼くという工程そのものが不要なので、必然的に火起こしなんてものも必要ないのだろう。
と、そんな時であった。
手当たり次第にもふもふを抱きかかえている主が洞窟から出て、一言。
「レッサー、何やっているんですか?」
「お肉を調理するために火起こし頑張っているの!!」
「そもそもレッサーって紅茶みたいな『必須項目』以外は壊滅的だった気がするのですが。火を用意できたとして、きちんと料理できるんですか?」
「焼く、くらいなら大丈夫……な、はずなの」
「前は野菜炒めを炭に変えていたと思うんですが」
「うわあんっ! お嬢様が目を逸らしていた現実を突きつけてくるのお!!」
メイドさんにワイルドお肉調理技能は必須ではないので、できなくとも仕方ないのであった。これでも元公爵令嬢御付きのメイド、基本スペックは高いのだが、レールから外れた部分に関しては基本ポンコツなのである!!
「そうそう、火をつけるのにそこまで無駄な労力は必要ないですよ」
言って、(メイドと違って豊満な)胸元からクルミのような木の実を取り出すシェルファ。
「爆裂崩星。ここに来るまでに採取しておいた一つです。これは刺激を加えると──」
火がついてから移すために用意していたのだろう、小さな木の枝を集めて作った山に爆裂崩星を投げ込み、杖のように長い木の枝を持ち、思いきり振り下ろす。
瞬間、爆発した。
紅蓮の光が炸裂して、木の枝の山から火が噴き出す。
「きゃうっ!?」
「がうがうっ!!」
五感が優れた子犬たちが腕の中で暴れ回る。薄暗い闇の中、突如炸裂した光や音に驚いたのだ。
シェルファはといえば、『ごめんなさい、驚かせましたね』と優しい声音で囁き、暴れる子犬たちを抱きしめる。爪やら牙やらじゃんじゃん突き立てられているようだが、それさえも心地よさそうに受け止めるのだから末期である。
「あ、あたしが一時間かけても無理だったのが一瞬で!?」
「そんなに頑張っていたんですか?」
そこまで時間が経過していたとは思っていなかったシェルファが目を瞬く。レッサーが火起こしに奮闘している間、シェルファは延々ともふもふしていたことに自覚がないほどには時間感覚を狂わされていたのだ。
「で、でも火さえ用意できれば後は簡単なのっ。炎にとおっゥりゃあああーっ!!」
「お馬鹿」
メイドさん、まさかの子犬三匹分はある巨大ブロック肉をそのまま焚き火に突っ込む暴挙に出ようとする。それには流石のシェルファも慌てて止めに入る。
ペチンとレッサーの額を叩き、ブロック肉を取り上げる。
そうやって肉を取り上げる前に腕を自由にするためにも泣く泣く地面に下ろされた子犬たちはシェルファの足元でじゃれついていた。
足のもふもふに心地よさを感じているのか口元を緩めながら、
「これだけ大きな肉の中身にまで火を通そうとすれば、表面は丸焦げになりますよ」
「……? なんで???」
それもこれもシェルファのメイドとして最低限ふさわしい技能を身につけたがゆえの弊害であった。
メイドになる『まで』はほとんど何も知らず、メイドになってからは必須項目だけを徹底的に詰め込んだので、必然的に必須項目以外を身につけるだけの時間的余裕はなかったのだ。
「レッサー。とりあえず今日はわたくしがなんとかします」
「お嬢様、料理なんてできるの!?」
「……調合の際に火を使い炙る必要がある時もありますから、何とかなるでしょう」
少なくともレッサーよりは、という言葉は飲み込んだ。メイドが頑張っていることはわかっているがゆえに。
「エット、ケッキョク、ドウイウ、コト、ナノ?」
(炎を前に警戒からか目線を鋭くしている)灰色もふもふ少女の言葉に、シェルファはこう答えた。
「このお肉をもっと美味しくしよう、ということです」
ーーー☆ーーー
洞窟の中ではシロが寝転がっていた。
思い出されるは水場でのアレソレ。恥も外聞もあったものではないシェルファは真っ黒な『毛』を濡らしながらシロの身体中を洗いまくってくれたのだ。
……『毛』が水で張りついて強調された胸元に視線が向かってしまったのは一生の秘密である。
と。
何やら外からうっすらと煙が漂ってきた。
しかも、だ。
「ン……? ナンダ、コノ、ニオイ……???」
その薄い煙は食欲を促す匂いをしていた。誘われるように外に出たシロが見た光景はといえば──
「おっお嬢様っ、脂が弾けて、お嬢様ぁ!!」
「ふ、ふふっ、ふふふ……。やばいやばい脂で火が強くなって、ふぐう!!」
「アッ、ボス! タスケエーッ!!」
──ブロック肉を切り分けただろう肉を木の枝に突き刺して、炎の中に突っ込んでいた。その肉から脂が滲み出て炎が勢いよく膨れ上がるわ、弾けた脂が炎と共に飛び散るわと大惨事そのものであった。
灰色もふもふ少女の爪でも使って切り分けたまでは良かったのだろうが、それらをまとめて炎に突っ込んだがばかりに脂祭りからの火柱ボーン!! であった。
「ナ、ナニ、ヲ、ヤッテイル、ンダ!?」
叫びに勢いよく燃え盛る炎に興奮してぴょんぴょん飛び跳ねている子犬たちの中心に立っていたシェルファはこう答えた。
「お料理ですっ!! あっつ!?」
公爵令嬢にして未来の王妃。約束された栄光から転げ落ちたとはいえ数日前まで生粋のお嬢様だったシェルファが火の粉にまみれながら奮闘していた。
シェルファの『これまで』は知らないシロでも慣れないながら頑張っていることは伝わった。先のクサイ粘液もシロの折れた骨をくっつけるためのものであったのだから、今やっている奮闘もまた何らかの目的があるのだろう。
ガシガシと頭をかき、シロが叫ぶ。
「アアモウッ! オレ、モ、テツダウ、ゾ!!」
叫び、地面を蹴るシロ。
それこそ弾丸よりも速く疾走。ぱんっ! と弾けた脂に乗って火の粉が飛び、シェルファへと当たる直前に間に割り込み、火の粉を爪で払い散らす。
「オマエ、タチ、ハ、オレ、ガ、マモル! ダカラ、キケン、ヲ、キニセズ、ヤリタイ、コト、ヲ、ヤレ!!」
「……っ!?」
ぴくんと漆黒のドレス姿のシェルファの肩が跳ね上がる。どことなく嬉しそうに目を細める。
「頼りになりますね、シロ」
「フンッ! ボス、ダカラ、ナ!!」
飛び散る火の粉はシロがそのことごとくを払う。余裕が、できる。ゆえにどれだけ焼くべきかだけに思考を回すことが可能となる。
「肉質、大きさ、火力、三つの要素を加味すれば最適な焼き時間は導き出せます。これは調合と同じです。最適な形に持っていく工程に過ぎないんです。ええそうです、わたくしの頭の中にある知識を総動員すれば料理なんてしたことがなくとも最適解を導き出せるはずです!!」
カッ!! と目を見開き、思考を高速回転させるシェルファ。世界を滅ぼす超絶最強な強敵相手に突破口を見出し大逆転せんが場面のごとき表情であった。
さあ、突破口をこじ開けろ。
炎に覆われたものが最高の状態に仕上がったタイミングで引きずり上げろ。
……お肉を焼いているだけだというのに、気分は総力戦での最終決戦であった。




