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第一話 救いの手は払いのけられたがゆえに

 

「シェルファ=バーニングフォトン公爵令嬢っ! 貴様との婚約を破棄させてもらう!!」


 それは第一王子主催の夜会でのことだった。

 わざわざ周囲の目を集めるように高らかに叫ぶ第一王子を見つめて、シンプルな漆黒のドレス姿のシェルファ=バーニングフォトンは不思議そうに首をかしげる。


 闇を凝縮したような漆黒の瞳がじっと第一王子を見据えていた。幼少の頃より婚約者としてそれなり以上の付き合いがある第一王子でさえも未だに感情の一つも読み取れない瞳である。


「殿下、それはなぜでしょうか?」


「なぜだと? すっとぼけるつもりか!? 貴様はエイリナ=ピンクローズリリィ男爵令嬢に嫌がらせを行ってきただろうが!! 将来の王たる俺の伴侶となる者が守るべき民を傷つけるなど論外である!! 婚約破棄は妥当であろう!!」


「はぁ、嫌がらせですか。わたくしが、ええと、ナンチャラ男爵令嬢に? 何のことだかわからないのですが」


「き、貴様っ。何のことだかわからないだと!?」


 一瞬のうちに顔を真っ赤にする第一王子を見て、さらにシェルファ=バーニングフォトン公爵令嬢の首が傾いていく。どうしてそんなに怒っているのか本気でわからないと言いたげにキョトンとした表情で真っ赤王子を眺めていると、何やら第一王子の後ろに隠れていた少女が泣き声をあげ始めた。


「ひどいですわ、バーニングフォトン公爵令嬢っ。わたしにあのような嫌がらせを行ってきたというのにっ」


「嫌がらせ嫌がらせと言っていますけど、それってどんなことでしょうか?」


「まだとぼけるか! 涙を流す者を前にしても己が罪を認めぬとは醜いこと極まりない!! 良いだろう、そこまで己が罪を認めぬというのならば、この場で赤裸々に語ってくれようではないか!!」


 男爵令嬢へと声をかけたシェルファは、なぜか割り込んできた第一王子へと視線を向け直す。大きな声がうるさいからとわざわざ男爵令嬢に尋ねたのだが、どうやら第一王子から説明があるようだ。


「公爵令嬢という立場を利用した威圧行為、エイリナのモノを隠し壊すという器物破損、その他にも様々な嫌がらせをしてきただろうが!!」


「なぜそんな面倒なことをわたくしが???」


 これ以上首を曲げたら折れちゃうかも、なんて考えながらも、首が傾くのを止められそうになかった。それくらい、第一王子の言葉は意味がわからなかったからだ。


「な、なぜだと? 貴様っ。どこまで性根が腐っているのだ! いいか、貴様が行ってきたのは紛うことなき犯罪行為だっ。いかに公爵令嬢とはいえ──」


「わたくしはそのようなことはやっていません。だいたい、その、ナントカ……えーっと、令嬢、でしたっけ? 彼女に嫌がらせをする理由がありませんもの」


「ふんっ、そんなの貴様の性根が腐っているからだろうが! 気味の悪い瞳をした貴様が何を考えて嫌がらせをしてきたなど知ったことではないし、知りたいとも思えないがな!!」


「…………、」


 ざわり、と。

 腰まで伸びた髪が、揺れる。

 シェルファ=バーニングフォトンが傾げていた首を元に戻して、気味の悪いらしい漆黒の瞳でもってじっと第一王子を見据える。


 公爵令嬢として細部まで磨き上げられた美貌の主は、蠱惑に光る唇を動かす。淡々と、無機質なままに。


「そうですか。ええと、婚約破棄でしたっけ。あくまで親同士での取り決めなのでわたくしの一存でどうこうできるとは思えませんが、婚約破棄できるようわたくしからも公爵家のほうに働きかけようかと思います」


「ふんっ。最初からそう言っていれば良かったのだっ」


「お話は終わりですよね。それではわたくし、早速両親に話を通す必要があるのでこれにて失礼させていただきます」


「いや待て、まだだ」


「?」


 まだ何かあるのかと見返すと、第一王子はなぜか胸を張ってこう言ったのだ。


「エイリナへの謝罪がなされていな──」


「謝る理由がありません」


「なっ!? き、貴様ぁっ!!」


 どうやらもう話すことはないということでシェルファ=バーニングフォトンはその場を後にする。何やら誰かがわーわー言っていたが、名前も思い出せないくらいにどうでもいい人物の声なので聞く必要はないだろう。



 ーーー☆ーーー



「何をやってくれたのだ、シェルファよ!!」


 父親にしてバーニングフォトン公爵家が当主の第一声はそのようなものであった。黒髪黒目のシェルファと違って金髪碧眼の父親はシェルファからの報告を受けてなぜだか怒っていた。その理由が、シェルファには理解できなかった。


「王は病に伏せているんだ。近いうちに第一王子がこの国の頂点に君臨するんだぞ。そう、そうだ、我が家から王妃を出すことができたはずなんだっ。取っ掛かりがあれば、接点さえあったならば、()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


「はぁ。ですけど婚約破棄云々がなくとも第一王子は──」


「軌道修正だ。せめて被害を最小とせねばならぬ。シェルファっ。貴様を我が公爵家から勘当する! いち早く第一王子に媚を売っておけば、あの馬鹿の懐に入れる可能性もあがるだろうからな!!」


「お父様、それよりもこうなったからには加速度的に事態は進行──」


「黙れ役立たずが! 我が家に娘がお前しかいないからといって、何を考えているのかわからない目をしたお前を使うんじゃなかったっ。お陰で計画が台無しじゃないか、くそが!!」


「…………、」


 理解はできなかった。

 だけど、そう言うならばとシェルファは唇を動かす。淡々と、無機質なままに。


「そうですか。それではわたくし、この家から出ていきますのでこれにて失礼します」


 婚約破棄に勘当。

 未来の王妃に公爵令嬢という価値を失ったというのにシェルファは淡々と処理していく。ここで何も感じないから気味の悪い目をしていると評価されるのだろうか、と頭の片隅で考えながら。



 ーーー☆ーーー



 シェルファ=バーニングフォトン、いいやただのシェルファは魔導書や魔道具で埋め尽くされて足の踏み場のない、公爵令嬢の私室とは思えない雑多とした中荷物をまとめていた。とはいえ服はシンプルながら公爵令嬢にふさわしい高級素材で作られた漆黒のドレスのままであり、持ち出すものといえばある程度の金貨が詰まった袋くらいであったが。


 袋の口を紐で縛った袋を左手に持ったシェルファは準備は万端と部屋を出ようとして──ドタバタと騒がしい足音を耳にして、足を止める。


 どばんっ!! と扉が開かれ、入ってきたのは銀のボブカットの少女であった。何を考えているのかわからないらしいシェルファと違って、表情一つで何を考えているのか丸わかりな同年代のメイドである。


 メイドにあるまじきミニスカが許されているのはシェルファ御付きのメイドであるからだ。形式だの伝統だの気にしない効率優先のシェルファはメイドだと一目でわかるならば細部は好きにしていいと許可しているのだ。


 シェルファにはよくわからない感覚なのだが、服装一つ、装飾一つが違うだけでもモチベーションが上がるらしいので、ならばある程度は好みに合わせてもらったほうがいい、というわけだ。


「お嬢様ぁっ! どういうことなのーっ!!」


「どういう、とは?」


「婚約破棄とか勘当とかだよっ。なんでそんなことになったの!?」


「わたくしが……誰だっけ? ええと、その、誰かに嫌がらせをしたらしいから、ですかね?」


「ふわっとしすぎている!? えっと、嫌がらせ? 学園でのことってことはどこぞの令嬢かな? とにかくその誰かに嫌がらせをするような奴は王妃にふさわしくないとして婚約破棄突きつけられたとか?」


「みたいですね」


「ばっっっ……かじゃない!?」


 それはもうたっぷりためてからの叫びであった。メイドはなぜか、そうなぜかぷんぷんと頬を膨らませていた。


 なんで怒っているのか、やはりシェルファには一切理解できなかった。そう、所詮は他人のことだというのに。


「お嬢様が嫌がらせなんかするわけないじゃんっ。あたしなんかを助けてくれたばかりか不利益しかなかったはずなのにメイドとしてそばに置いてくれるほどに優しいから、ってのもあるけど、それ以上にお嬢様は嫌がらせなんて面倒臭いことやらないものっ」


「…………、」


 わざわざ一から十まで説明せずともわかってくれるからこそ彼女はシェルファ御付きのメイドであった。とはいえ、本人はシェルファが優しいからそばに置いてくれたと思っているが、シェルファとしては単に適切な位置に適切な人員を配置した結果に過ぎないのでその辺は勘違いされて長いのだが。


 ──これまでで一番使えるメイドとの付き合いも今日で終わりである。


「レッサー、今日までよく尽くしてくれましたね。これにてさようなら、ですね」


「へ? いや、待って、お嬢様待って!」


「?」


 挨拶もそこそこに立ち去ろうとしたところで、メイドが慌てた様子でドレスの袖を掴んできたので、視線を向け直すシェルファ。


「あたしは公爵家ではなくお嬢様にお仕えしているつもりなのっ。つまりそういうこと、ねっ」


「確かにレッサーはわたくしが拾って、わたくしのメイドとして雇いました。ですので、わたくしに仕えている形ではありますね。ですが、その契約はあくまで公爵令嬢としてのわたくしとのものです。勘当されたわたくしに仕える理由はありません。今まで通りの給金を払えそうにないですしね。ですので、これからは公爵家に仕えることです。なに、レッサーの能力は皆が知っています。わたくしがいなくなったといって、切り捨てられることはないでしょう」


「ぜんっぜん伝わってないのっ」


「?」


 キョトンと、首を傾げるシェルファ。

 雇用形態云々の話でないのならば何の話であるのかと聞こうとしたところで、ぐいっと距離を縮めたレッサーから答えが告げられた。


「あたしはお嬢様だけにお仕えしたいのっ。例え公爵令嬢じゃなくなったとしても、満足に給金を払えなくなったとしても、あたしの主はお嬢様ただお一人なんだから!!」


「はぁ、そういうものですか」


「うがーっ! 反応が鈍いっ。いやまあお嬢様らしいけどさっ」


 何やら頭を抱えるメイドの言葉の意味はよく分からなかったが、どうやら彼女はこれからもシェルファに仕えてくれるらしい。


 それだけわかれば十分。

 未来の王妃や公爵令嬢という立場を失い、ただのシェルファとなった少女はレッサーを抱き寄せる。


「ぶがっ、ふわわっ!?」


「それではこれからもよろしくお願いしますね、レッサー」


「ふっ、ふぁいっ」


 婚約破棄されても勘当されても何も感じなかった。

 だけど、今は違う。これからもレッサーがそばにいてくれると分かったら、どうしてだかこうして抱きしめたくなるくらいの何かを感じていた。

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