異世界召喚譚~そして世界は平和になりました~
学校からの帰り道。唐突に視界が暗転すると、目の前には見知らぬ光景が広がっていた。
いつもの見慣れた風景は消え去り、石柱の並ぶ神殿のような場所に変わっていて混乱する。そして、怪しいローブを着た集団に囲まれていたとあれば、酷く動揺してしまうのもしかたないだろう。
なにせ普通の高校生なのだ。驚き過ぎて固まってしまい、醜態を晒すようなことがなかったのがせめてもの救いか。
驚愕と困惑によって、物言わぬ石像と化していた俺の前に、ローブの集団から一人歩いて近づいてきた。
一人だけ他とは異なる豪奢な衣装を身に纏う、目を見張るほど美しい少女だった。
少女の美しさに目を奪われていると、彼女はいきなりその場で跪いた。
「――――ああ、勇者様。儀式は成功したのですね」
感極まったように宝石のような瞳がこちらを見上げる。
心臓が飛び跳ねるのと同時に、彼女の口にした言葉に眉を顰めた。
……勇者?
「勇者様、どうかお願いします。この世界を魔王の脅威からお救いください」
そうして、ようやく俺は自身の身に何が起きたのか理解した。
異世界召喚。
マンガやライトノベルでありふれた、そんなバカげた事象に巻き込まれたのだと。
◇
勇者召喚の儀式を主導して行った巫女姫である彼女は、王国の王女様でもあったらしい。
あの後、神殿からすぐさま王城へと連れてこられた俺は国王と顔を合わせることとなった。
そしれ国を代表する彼から、俺を召喚した理由、この世界の現状について語られた。
十年前、平和であったこの世界に突如として『魔王』と呼ばれる恐ろしい怪物が出現した。西にあった国一つを我が物にすると、魔王は魔族と呼ばれる眷属を生み出して周辺国を襲い、徐々にその勢力を広げていった。
すでにいくつもの国が魔王によって滅びてしまったらしい。そして、魔王の脅威はこの国にも届こうとしていた。
魔王の出現に王国存亡の危機を感じた国王は、伝説である勇者召喚の儀式について調べるように勅令を出した。
この世界では一定周期で魔王が出現し、その度に異世界から勇者を呼び出して彼の脅威を打ち払ってきたらしい。
とある遺跡から勇者召喚の儀式に関する資料を入手することに成功した王国はこれを研究し、ついには儀式の復活を成功させた。
その成果が、俺、ということらしい。
ファンタジーらしい王道的な展開に胸が熱くなるも、去来する不安にすっと頭が冷静さを取り戻す。
「俺に魔王を倒せと? そんなことができるのでしょうか」
俺はどこにでもいる普通の高校生だ。勉強や運動も平均より上である自信はあるけれど、どちらも飛びぬけてできるわけでもなし。さらに言えば、なにか別に優れた才能があるわけでもない。
極めて平凡な一般的な高校生。そんな凡庸な自分に、世界の災厄ともいえる存在に立ち向かえるとは到底思えなかった。
「私には不可能とは思えない。事実、君からは恐ろしいほどの魔力を感じられる」
「魔力?」
首を傾げると、俺の疑問に巫女姫の少女が答えた。
「魔力はこの世界のあらゆる存在が内包するエネルギーです。勇者様からはこの世界の人間とは比べ物にならないほどの量の魔力を感じます。その膨大な魔力の扱い方を覚えれば、魔王を討ち果たすことは可能でしょう」
自覚はないけれど、俺には莫大な魔力が宿っているらしい。いわゆる召喚チートというやつだろうか。
この世界の住人である彼らから太鼓判を押してもらったことで不安が薄れ、心に余裕が生まれる。そこでふと、聞いておくべきことを思い出した。
「あの、俺は元の世界に戻れるのでしょうか?」
これは絶対に聞いておかなければならないことだった。
元の世界には心残りはあるし、可能であれば帰りたい。けれど、フィクションでは異世界召喚は一方通行で元の世界には二度と戻れないというパターンもある。そうであるならば、未練を断ち切りこの世界に骨を埋める覚悟を決めなければならない。
「……伝承では勇者は魔王を討ち果たした後、いつの間にかその姿を消している。恐らくだが、この世界の脅威を祓うことで自然と元の世界に戻されるのだろう」
歴史上、勇者と魔王の戦いは何度も繰り広げられているが、この世界で勇者が天寿を全うしたという話は一つもないそうだ。
役目が終われば自然退去となるらしい。
用がなくなれば即御免ということに、もやっとしたものを感じなくもないが、元の世界に戻れると知って少しだけ心が軽くなる。
平凡な人生だったけれど、元の生活には愛着がある。夢のようなこととはいえ、異世界で一生を過ごすというのは現実であればできるなら遠慮したい。やはり、生まれ故郷での暮らしが一番なのだ。
けれど、元の世界に戻るには魔王を倒さなくてはならない。
俺は腹を括った。
「魔王討伐の役目、受けさせてもらいます」
◇
魔王を倒すことを決めた。しかしすぐに「それじゃあ、魔王城を目指して出発!」ということにはならなかった。
膨大な魔力があるとはいえ、数時間前まではどこにでもいるごく普通の一般人だったのだ。戦い方もわからない素人のまま旅立たせるわけにはいかない。高い潜在能力があってもそれを生かせないのでは意味はなく、下手をすれば魔王の元にたどり着く前に命が尽きることだってある。
幸いにも、国王が対策に出るのが速かったため、この国に魔王の脅威が届くまでには時間がある。
そこで勇者に相応しい実力を身に着けるための訓練が行われることとなった。
「……でも、今こうしてる間にも、別の国が魔族に襲われてるんだよな」
「ですが勇者様。未熟なまま旅立ち、その道中で命を落とすこととなれば魔王に対抗できる存在は失われ、より多くの犠牲者がでることになります」
勇者召喚には希少な触媒が数多く使用されており、またそれらを集め直すことは難しいため、もう一度勇者召喚を行うことは出来ないそうだ。
つまり、俺が死んだから新しい勇者を呼ぶ、ということはできないのだ。
万全な状態を整えて魔王へと挑み、討伐する。
失敗の許されない一発勝負となるため、準備にはそれ相応の時間がかかる。
「確かに、今この瞬間にも魔王によって多くの人々が苦しめられています。勇者様が少しでも犠牲を減らし、一人でも多くの人を救いたいというのなら……」
「一秒でも早く魔王を倒せるくらい強くなるのが一番の近道ってことか」
巫女姫は俺の言葉に柔く微笑んだかと思うと、ふっと辛そうに視線を落とした。
「本来であれば全く関係のない、この世界の問題に異世界の人間である貴方を巻き込んでしまったことは申し訳なく思っています。けれど、魔王を倒すには勇者の力を頼るほかありません。私たちは自分たちのために貴方を呼び、命をかけろと重い役目を押し付けました。勝手なことだとは重々承知しています。ですか、どうか、私たちを……この世界を救ってはいただけないでしょうか」
懺悔のごとき彼女の嘆願に息を詰まらせる。
頭の片隅に、この世界の事情に勝手に巻き込むなよ、という思いは確かにあった。それを異世界召喚という非現実的な体験から来る高揚で蓋をして、元の世界に帰るには魔王を倒さないといけないという理由で目を逸らしていた。
そうでもしなければ、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけ、「元の世界に帰せ!」と怒り暴れ回ったことだろう。
けれど、彼女たち、この世界の住人にとっては身勝手なこととは理解しながらも、異世界の勇者を頼らなければならないほど切実な状況なのだと悟った。
よく考えれば、伝説の勇者召喚だなんて不確定のモノに頼らずに、自分たちで何とかできるのならしているはずなのだ。できないからこそ、勇者召喚なんてものに縋ったのだ。
「……あんたたちの都合で勝手に呼び出されたことに思うところがない、とは言わない。いきなり知らない世界に拉致されて、命懸けで魔王なんて化け物を倒してこいだなんて、正直なとこ不満だらけだし、文句だってたくさん言ってやりたい」
本音を聞いた巫女姫はますます申し訳なさそうに項垂れていく。
「でもまあ、魔王を倒せないと元の世界には帰れないらしいし、怒ったところでどうにかなるわけでもない。それに、目の前に困ってる人がいるのに何もしないのは……後味が悪いしな」
「……え?」
「だから、その、俺も男だからさ。でっかいことの一つくらいやってみたいし、可愛い女の子から頼まれたんじゃあ断れるもんでもないし……えっと、だから、魔王くらい倒してやるさ」
自責の念に駆られている彼女の気持ちを少しでも和らげてやろうと口を動かすも、自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってしまう。
けれど、俺の気持ちは伝わったのか彼女の顔にまた笑みが戻る。
「すみません、気を遣わせてしまったようですね。ありがとうございます、勇者様」
「別に……そうだ、世界を救うんだからそれ相応の報酬は貰うからな。覚悟しとけよ」
「ええ、しっかりと用意させていただきますね」
そんなやり取りがあってか、巫女姫とは少しだけ仲良くなれた。
◇
魔王を倒すための特訓が始まった。
この世界には魔王を滅ぼすための伝説の武器というものがないらしく、ならばどうやって魔王を倒すのかというと国王や巫女姫が言っていたように、勇者の宿す大量の魔力が鍵となる。
ファンタジー世界らしく、この世界にも魔法が存在し、人間は身体強化によって超人的な動きができる。
掌から炎を放ったり、馬よりも速く走ったり、他人の怪我を治したり。それらすべてが可能だ。
しかし、それには魔力が必要となる。
異世界特有のよくわからない、万能型不思議エネルギーのあれだ。
そんな不思議エネルギーを魔王はその身に大量に宿しているらしい。この世界の住人ではいくら束になっても敵わないほどの差があるのだとか。
それは子供と大人などという程度ではなく、まさに天と地くらいの差があるのだという。こちらの攻撃は千人が同時に行ったところで掠り傷が精々だが、向こうは指先一つで人体を粉々にしてしまえる。魔力の持続力や発揮できる馬力が違い過ぎて勝負にならないのだ。
生き物としての格が違う。災害に虫ケラが挑む様なものらしい。
そこでこの世界の住民が考えたのが、魔王より強力な存在を用意してぶつけるというもの。アリが束になっても勝てないのだから、恐るべき竜巻をより大きな竜巻で吹き飛ばしてしまおうという、なんとも乱暴すぎる手段だ。
相殺したりしないか、それ。
まあ、そこは俺が魔王より強くなればいいだけのことだろう。
勇者は魔王に対抗できるだけの化け物じみた量の魔力を持っているため、それをコントロールできるようになれば魔王の防御を抜けて致命傷を与えることもできるそうだ。
最初は初歩の初歩である、魔力を感じる訓練から始まった。
元の世界には魔法というものはなく、当然ながら今まで魔力なんてものを感じたことはこれまでの人生で一度たりともない。
これは難航するだろうな、と思っていたところ、意外にも訓練開始から三日ほどで俺は魔力を感じ取れるようになった。
「流石は勇者様ですね!」
と、巫女姫は褒めてくれたが、俺は別のことを考えていた。
訓練は瞑想したり、他者から魔力を流してもらうことで魔力を感じ取るというものだった。巫女姫の話では魔力を流してもらわずに、瞑想だけで魔力を感じ取れるようになれるものもいるらしい。
それを聞いて疑問に思ったのが、そんなことで魔力を感じられるようになれるなんて簡単すぎないか、ということだった。
瞑想して自分の魔力を探る、だなんて方法で魔力を感じ取れるなら元の世界でも魔力を扱える人間はたくさんいたはずなのだ。
けれど、元の世界にはそんな人間はいなかったし、魔力のようなエネルギーも見つかっていない。つまり、魔力とはこの世界特有のエネルギーなのだ。
しかし、なぜ魔力ない世界の人間である俺が、魔力のあるこの世界の人間を遥かに凌駕するほどの魔力を有しているのか。
召喚されるのが特別に大量の魔力を持つ異世界人だから、というのは考え辛い。俺自身、驚くほどあっさりと魔力を感じ取れるようになったため、元からこんなものを持っていたら日本にいた時から気づいていたはずなのだ。
考えられるのは、異世界に渡る時にその身に大量の魔力を宿すのではないか、という説だ。
これならば歴代の勇者の誰もが魔王に対抗できるだけの力を持っていたことに説明がつきやすい。ライトノベルでも、こういう設定は見かけたことがあるし正しいような気がする。
しかし、この仮説を証明する方法はない。証明できたところで「だから何?」って感じもする。
ただ、やっぱり俺は特別な力があったから召喚されたわけではなかったんだろうな、と改めて思うのだった。
◇
ある程度魔力のコントロールができるようになったところで訓練は次の段階へと移ることとなった。
魔力を利用した本格的な戦闘訓練だ。
指導してくれるのはこの国最強の騎士団長と、その双璧を為す筆頭魔導士の爺さん。
騎士団長からは身体強化を使った白兵戦を。筆頭魔導士からは魔法戦闘を教わる
魔力のコントロールにかかる期間を三か月から半年ほど想定していたところ、俺が一か月ほどで目標ラインまで到達してしまったため、その成長速度に合わせて修行計画が見直されたらしい。そのため、二つのカリキュラムが同時進行で行われる運びとなった。
すげえスパルタ。
まあ、修業期間が短くなるのは望むところ。早く強くなれるということは、それだけ魔王を倒すのが早まるということ。つまりは元の世界への期間が近づくということだ。
俺は気合を入れて訓練に臨んだ。
騎士団長からは基礎の体力作りから、剣術、戦場での立ち回りを習う。筆頭魔導士からは魔力操作に始まり、いくつもの魔法を教わり、その応用を学んだ。
やはり思うのは自分の才能のなさ。覚えの悪さだ。
平凡な俺は教わったことをスポンジのように吸収することはできず、何度も失敗を重ねた。ただ、魔力の多い俺は彼等よりも発揮できる力が大きいため、拙い技術を補えるだけの結果を無理やり出すことができた。
魔力というのは想いを具現化させるような力があり、そのために魔法というのは想像力が重要になって来るのだという。
日本でマンガやアニメに触れて来た俺には、魔法の実在するこの世界の人間たちよりも明確に事象をイメージできた。技術が拙くても、膨大な魔力での力技もあって多くのことを可能とした
ひとたび肉体を強化すれば騎士団長の剛剣に押し勝ち、歴戦の騎士を翻弄できるほど俊敏に動けた。
魔法にしたって一度コツさえ掴めば、魔導士の爺さんよりも強大な魔法を何度だって発動できた。
彼らはその光景に「これなら魔王を倒すことも夢ではない」と期待に目を輝かせていた。
自分よりも遥かに年長の二人に褒められるのは嫌な気はしなかった。
それがたとえ、反則じみた力が原因だったとしても。
◇
召喚されてから一年が過ぎた頃、ついに魔王の脅威が目前にまで迫って来ていた。隣国に魔族が攻め入ったという情報が届いたのだ。その情報と共に入った隣国からの救援要請に応えることを国王は即断した。
それと同時に俺が魔王討伐に旅発つことが決まった。
隣国が滅びれば次に襲われるのはこの国だ。領土が魔族との戦場になる前に俺が魔王を倒すことができれば損害は応援に出した軍だけで済むという判断からだろう。
厳しい訓練によって強くなったものの、俺に魔王が倒せるか確証を持てないというのが本音だ。準備万端とはいえないが、敵が来てしまったのでは仕方がない。
国王の命に従い、即座に旅発つことになった。
その際、国から三人の供を与えられた。
一人は、騎士団長の娘である女騎士。若いものの、幼少から騎士団長に鍛えられているだけあって騎士団でもトップクラスの実力者だ。
一人は、最年少で宮廷魔導士になった魔女。子供のような見た目だが、その魔法の知識と腕前は筆頭魔導士も認める天才だ。
一人は、この国の王女にして俺をこの世界に呼んだ巫女姫。王族にのみ伝えられているいくつもの秘儀や、王族という立場により旅の道中をサポートしてくれるらしい。
彼女たちは旅の間に俺の身の回りの世話をしたり、魔王との決戦に備えて途中の露払いなどの役割を与えられている。
魔王討伐の旅に、たったの四人で出ることに疑問を覚えていると、巫女姫がその理由を教えてくれた。
「魔王城はここから遠く離れていますから、進行速度や補給のことを考えれば人数は少ない方がいいのです。魔王さえ倒せばその眷属である魔族は消滅します。先を急ぐのに道中の戦闘を回避するのにも少人数の方が容易でしょう。魔族との戦いは避け、本命である魔王を叩くという方針ですね」
「魔族なら勇者じゃなくてもなんとか倒せるからね。あたしたちの役目は魔王の元にたどり着くまで勇者様を温存することなのさ」
「途中の雑魚はボクが魔法で一掃してあげるからさ。だから魔王の相手は君に頼んだよ」
ポジションとしては、前衛の女騎士。後方火力の魔女。そして回復支援の姫巫女。
パーティーのバランスとしては非常に整っていると言える。仮に危険な状況に陥っても勇者の俺がいれば何とかしてしまえるだろう。
彼女たちの仕事が俺の護衛なのでそうなると本末転倒ではなるが、実践訓練も積みたいところなので個人的には魔族との戦いはありだ。ようは魔王との戦いに全力で挑めればいいのだから。
「隣国までは応援軍と共に移動します。向こうに到着し、準備を整え次第私たちだけで魔王城へと向かう予定です」
こうしてついに魔王討伐の旅が始まった。
◇
応援軍から離れ、魔王城を目指して勇者一行は西へ西へと進んでいく。
何度か補給のために街に立ち寄ったものの、どこも酷いありさまだった。
建物は破壊しつくされ、田畑は荒れ果て、道のそこいらには片付けられていない腐敗した死体が転がっていた。
廃墟となった街に、生き残った人々は寄り添いながらひっそりと隠れて暮らしていた。そんな彼らから貴重な水や食料を分けてもらい、時には狩りなどを行いながら俺たちは食べるものを確保する。
魔族は知能のない怪物で、襲った街を占領することはしない。気の向くままに人里を襲い、魔王への供物なのか食料や家畜、宝石、そして生きた人間を連れて西へと戻っていく。
人間よりも速く移動でき、休む必要のない魔族は前線から魔王城への往復を繰り返すような行軍でも恐ろしい進軍速度を叩きだす。
旅の途中、魔族との戦闘を避けられない場面が何度かあった。
初めて魔族を目にした時の感想は『怪物』だった。姿形は簡単に言い表すと、洋画に出てくるグロめの人型エイリアン、だろうか。
勝手に人間に角が生えていたり、肌の色が違うくらいの姿を想像しただけに、始めは魔族の醜悪な姿に面食らった。
確かに角は生えていた。触手の生えているものや、目玉がいくつもある個体もいた。肌の色も確かに違った。緑とか紫とか、水色なんかもいた。
怪物、化け物と呼ぶに相応しい存在だった。こちらの姿を見ればすぐに襲い掛かって来るし、意思疎通もできない。
この世界では人間と魔族が手を取り合っていくというのは出来そうにない。
どこかにあった甘い考えと共に、目の前に迫る怪物を切り捨てた。
そして、西へ西へと進む。魔王城へと近づくごとに、広がる風景の悲惨さは増していく。
それと共に、俺の中にあった魔王を倒すという思いも強くなっていった。
西へ、西へ。
旅に出て半年が経ち、勇者一行は魔王城へとたどり着いた。
◇
かつては贅を極めた豪華な宮殿だったのだろう。すでに廃墟となり、今では魔王城と呼ばれるようになったその場所を物陰に身を隠しながら奥へと進んでいく。
魔王の居座る根城だけあって、いたるところに魔族の姿があり、一度戦闘が始まればその音に反応してぞくぞくと他の魔族たちも押し寄せてくるだろう。今の俺の力ならば千を超える魔族から仲間たちを守り殲滅することもできる。しかし、消耗は避けられず当初の目的通り魔王との戦いに万全の状態で挑むことは敵わなくなるだろう。
だから、魔族たちに俺たちの存在を気取られないよう神経を張り巡らし、元凶である魔王のいる場所までたどり着かなければならない。
巫女姫の『隠形』の秘術を駆使し、こっそりと慎重に、時には大胆に魔王城の中を駆け抜けていく。
幸い、魔王のいる方向はわかっている。膨大かつ醜悪な魔力を魔王は垂れ流しているため、それをたどって行けばいい。
瘴気ともいえるそれに当てられてか、三人の顔色はよくない。かくいう俺も、長いこと生ごみの匂いを嗅がされているような気分だった。人体に良くないのは確実だろう。
体に悪影響が出る前にと足を速める。
そして、宮殿の一番奥にある巨大な扉の取り付けられた部屋の前へと到着する。醜悪な魔力はそこから流れ出ていた。
魔族が出入りするためか扉は開きっぱなしになっている。気づかれないように中を覗き込んだ。
――――いた。
宮殿の最奥。かつては玉座の間として使われていたのかもしれない。そこに君臨するは醜悪なる怪物の王だった。
全身が炭のような真っ黒い肌で覆われた、思わず目を逸らしたくなるような魔族の親玉らしい異形の化け物。辛うじて人型といえなくもない形を保っているものの、腕が四本もあったり、背中から数えきれないほどの触手が蠢いていたりしている。全長も十メートルくらいはあるだろう巨体だ。
まさに、魔族の王。魔王と呼ぶに相応しい化け物がそこにいた。
さらにその周りには側近なのだろうか二体の魔族が控えていて、どちらからも並みの魔族とは隔絶した力を発していた。
「……行くぞ」
目の前には怪物の王。今更ここで引き返すという選択肢はない。
だから進む。
仲間たちも強い意志を感じさせる面持ちで頷き返す。
一斉に物陰から踊りだし、魔王へと刃を向ける。決戦の火蓋が切って落とされた。
◇
死闘だった。
何時間にも渡る激闘の末に最後まで立っていたのは――――俺たちだった。
仲間の誰一人欠けることなく、怪我は負ったものの全員が五体満足で生き残った。結果としては最上だろう。
最大の魔力を籠めた全力の一撃。振り切ると同時に刀身が砕け散ったものの、魔王の全身をも消失させることに成功した。
たとえ凶悪な再生能力を有していようとも、塵一つ残さず消滅したのならば復活することはないだろう。
俺たちはついに、魔王を打ち滅ぼしたのだ。
感極まった俺たちは全員で抱き合った。
勢いあまってつい巫女姫に口づけをしてしまい、慌てて謝ろうとしたところで今度は彼女の柔らかな唇に塞がれてしまう。
呆然とする俺に巫女姫が照れたようにはにかむ。その表情の愛らしさにまた目を奪われていると突然胸倉を引っ張られた。
そして女騎士が強引に唇を重ねる。
顔が離れると女騎士はいつもの強気な笑みを浮かべていたが、その頬は見たことがないくらいに真っ赤になっていた。
巫女姫が横から俺の唇を奪っていた女騎士に文句を言い、女騎士がそれを飄々と受け流す。何も言えないまま二人の言い争いを眺めていると、くいくいと服の裾を引かれる。
見降ろした先で魔女が内緒話に誘うように手招きする。視線を合わせるために膝を落とし耳を傾ける。しかし、魔女は俺の前に回り込むと小さな唇を押し付けた。
「「あ!」」
唇の間から割って入って来た生暖かな舌の感触に硬直していると、魔女の抜け駆けに気がついた二人によって強引に引き離される。
言い争いが二人から三人になる。
しかし、三人共どこか楽しそうで、喧嘩しながらも険悪な空気を感じない。じゃれ合いのようなものだろう。
「平和、か」
魔王を倒したということは、いずれ俺は元の世界に帰ることになるだろう。
けれど、長い旅の間、共に苦難を乗り越えて来た彼女たちはいつの間にかかけがえのない存在になっていた
平和になったこの世界で彼女たちと一緒に過ごしたい、そんな幸せを願い、同時にこう思ってしまった。
――――帰りたくないなぁ。
◇
魔王討伐を果たし、無事に王国へと戻った俺たちは国中が総出になって盛大に迎えられた。
なにせ王国を存亡の危機から救った英雄たちの凱旋だ。王国中が大騒ぎになり一か月以上もお祭り状態になるのは流石に予想外だった。
「勇者よ、見事に魔王討伐を果たし、王国を危機から救ってくれたこと誠に感謝する」
国王が頭を下げたことに、周囲からどよめきが起こる。国の頂点である国王が頭を下げるということはそれだけ重大なことなのだ。
隣国に援軍を送ったものの魔族たちの猛攻に少しずつ押されていき、俺たちが魔王を討伐する半年までの間に隣国はほとんど滅亡寸前のボロボロの状態となり、あと少し遅ければ魔族の牙はこの国も届こうとしていたのだ。
ギリギリのところで俺たちが魔王を倒し、眷属である魔族が消滅したことで王国が戦場になるのを免れたのだ。国王はその事に感謝の意を示したのだ。
「褒美に好きなものを取らす。なんでも言うがいい」
「なんでも……」
巫女姫から事前に考えるように言われていたが、国王は本当に何でも用意してくれるつもりのようだ。
「ならば俺は……元の世界に戻るまでの不足のない生活を望みます」
「なに?」
「俺はいずれ元の世界へと帰ります。それは明日か、明後日か。一年後かもしれないし、今この瞬間にもこの世界から消えてしまうかもしれません。どんな宝を貰ったところで持って帰ることは難しいでしょう。ですから、いつか訪れるその日まで贅沢は望みませんから、最低限の生活を保障していただけないでしょうか」
金銀財宝を貰ったところで、召喚された時のようにいきなり元の世界に戻されては持っていくことは難しいし、出所不明のお宝を換金する術など俺にはない。
土地や屋敷を貰ったところで同じこと。なんにせよこの世界の財を持っていくことは難しく、精々が常に身に着けていられる程度のモノだろう。
それならば、いっそのこと残りの異世界生活を快適に過ごす環境を要求する方が賢明だろう。国宝や広大な領地を要求しないのであれば国王も簡単に了承してくれるはずだ。
想像通り、国王は頷いてしばらくの生活を保障することを約束してくれた。けれど、待遇は国を救った英雄に相応しい最上級のモノにしてくれるそうだ。
続いて国王は俺の背後に控える三人に対して同様の質問をした。
「ならば、私は勇者様が元の世界に戻る前の間、彼と共に過ごすことを望みます」
「あたしも同様のことを願います」
「ボクも!」
「……お前ら」
彼女たちの好意にはとっくの昔から気がついていた。それでもいつか俺はこの世界から立ち去る身だ。
彼女たちの想いには応えられない。だから、気づかぬふりをして、ずっと目を逸らし続けていた。
けれど彼女たちは、そんな俺を、それでも好きだと言ってくれる。ならば、俺も応えないわけにはいかない。
「いつまで俺はこの世界にいられるかわからない。それでも、俺の側にいてくれないか?」
「ええ、もちろん」
「当然だろ?」
「ずっと一緒でもいいよ!」
一瞬の躊躇いなく返答する彼女たちに、胸の奥底からたまらないほどの愛おしさがこみ上げてくる。
「みんな、ありがとう。愛してる」
俺は彼女たちと結婚した。
そして、しばし幸福な時を過ごす。
間違いなく幸福だったのだ、この時は。
◇
十年の時が過ぎた。
俺はまだ、この世界にいた。
元の世界に戻る前兆がまるで現れないことに疑問を抱き、何度か研究を行ったことがあるが、今ではそれも全くしていない。
郷愁に駆られることはあるが、元の世界に戻るよりも今の生活の方が気に入っているからだ。
広く過ごしやすい豪勢な屋敷に住み、多くの使用人たちによって作られる快適な環境。国王の約束通り最上級の暮らしがそこにはある。
出会う人間は誰もが俺を褒めそやし、称賛し、思いつく限りの美辞麗句を重ねる。国王の憶えめでたき救国の英雄に、敬意を払い、へりくだり、首を垂れるのは当然のことだろう。
そして、美しく可愛らしい、愛する妻たち。彼女たちが俺へ向ける愛情は結婚して頃からも衰えることはなく、それどころかより強く深く熱いものへと増していった。もちろん、俺の彼女たちへの想いも同じだ。昔よりもさらに俺たちは愛し合うようになっていた。
残念ながら子宝には恵まれなかったがそれも気にならない。おそらく、異世界人同士では見た目は似ていても遺伝子が違い過ぎて子供ができないとかそんなところだろう。
子供ができなくとも俺といられるだけで幸せだ、と言ってくれた彼女たちをより一層愛したのは言うまでもないことだ。
はたして元の世界に戻ってこれ以上の生活を送ることは出来るだろうか。できないだろう。
この世界での幸せな日々を過ごすうちに、元の世界へと帰りたいという思いはどんどんと薄れていってしまった。
王国からしてみても、俺がこの世界に留まってくれるのは都合がいいらしい。
なにせ、世界の脅威である魔王を倒した勇者、という最高の戦力がその手の内にあるのだから。
魔族の侵攻によって弱り切った隣国を吸収した王国は、さらに勇者という最強の軍事力をちらつかせて周辺国を併呑・属国化することでその支配圏を徐々に広げていった。
魔族によって滅ぼされた西方の土地は荒れ果てて復興には金と時間がかかることから、国王は魔族の被害に遭わなかった国々を侵略する方に旨味を見出したのだ。
最初は反発する国も多かったけれど、高い軍事力を有するという国を一つ消し飛ばしてやればすぐに黙り、それ以降はどの国も即座に降伏して隷属の道を進んで選んだ。
王国はそれから一度も戦争を行うことなくその勢力を広げた。戦争がないのはいいことだ。やはり平和が一番だからな。
元の世界へ戻ったところで、これほど平穏で贅沢な暮らしを送ることは出来ない。
いつまでもこんな日々が続けばいい。心からそう願う。
◇
この世界に召喚されてからどれほどの月日が流れただろう。
よく思い出せない。まあ、そんなことはどうでもいいことだ。
王国はいつの間にか広大な土地を支配する帝国へと変わっていた。帝国へと名を変えたのは数年、いや十年以上前だったか。忘れてしまった。
いつまで経っても元の世界に戻れる気配はないが、それもどうだっていい。
美味しいものを食べ、質のいい服を着て、綺麗な女と心行くまで遊ぶ。それが幸せで、人間は生きていく上で幸せであることが重要なのだ。
妻たちはいつまでも綺麗で可愛いが、俺だって男だ。たまには他の女に目移りしてしまい、今では妾も増えた。そのたびに妻たちは嫉妬しよく怒ったが、その姿も可愛らしい。
戦争も心配もないため、いつまでだってこんな平穏な日々を送って行ける。
国力差がありすぎて外国は帝国に喧嘩を売って来ることはないし、王家に勇者である俺が味方しているため内乱すら起きない。精々が地方領主の小競り合いくらいだろうか。
ああ、なんて温かく穏やかで幸せな日々なのだろう。
こんな平穏な時間がずっとずっと続いている。
この先もずっと続けばいいのに、と思う。それと同時に、最近では退屈を感じるようになった。
何か面白ことはないだろうか。
◇
退屈だ。
とても退屈だ。
どれだけ綺麗な女をたくさん抱いても、過激なショーを見ても最近ではなかなか心を満たされることはない。
もっと旨い食事を。
もっと美しい物を。
もっといい女を。
欲し、満たし、乾き、そしてまた欲する。その繰り返し。
人間の欲望には際限はないということなのだろう。
あれもほしい、これもほしい。
もっと、もっと、もっとたくさん持ってこい。そして俺の心を満たしてくれ。
俺はもっとずっと、幸せな時を過ごしていたいんだ。
すでに国王……今は皇帝だったか、なんでもいい。皇帝も俺の言うことには口を挟まないし、いつの間にか俺の顔色を窺うようになった。
これでは俺の方が偉いみたいじゃないか。
それならいっそのこと、俺が王様になればいいのではないだろうか。
そうすれば、もっと色んなものが、もっとたくさん手に入るんじゃないだろうか。
そうだ、それがいい、そうしよう。
邪魔するものは誰もいない。俺は早速玉座へと腰掛けた。
そこで肘掛けに置いた自分の手が目に映る。
「そういえば、いつからだったっけ?」
肌が炭のように真っ黒になったのは。
◇
頭がぼんやりとする。この感覚もいつの頃からだったか。最近ではない。ずっと前からだったのは確かだ。
意識に靄がかかったような感覚。ぼうっと部下たちが俺の前にせっせと色んなものをかき集めて来る様子を眺める。
みんな昔とは随分と変わったように思う。元はこんな形ではなかったはずだけど、今の姿が一番らしく見える。
だけど、どこかで見た覚えがある気がする。どこだっただろう。
記憶を掘り返し、掘り返し、掘り返し……ようやく思い出したところで、血の気が引いた。
恐る恐る、近くにいた者に頼んで鏡を持ってきてもらう。見るのは恐ろしかったが、確認しないわけにもいかない。
そして、運ばれてきた姿見を覗き込んで、ようやく現実を認識した。
鏡の中には炭色の真っ黒い肌の化け物がいた。
「……魔王」
いつの間にか、俺は魔王になっていた。
◇
どんなことをしてでも元の姿に戻れる方法を探せ。
眷属である魔族は魔王の命令に忠実だ。いつかはその方法を見つけ出してきてくれるだろう。
俺は彼らが世界中へ探しに出かけている間、思索に耽ることにした。自分の身に何が起こったのか。
ぼんやりとした頭で静かに考え続けた結果思い至ったのは、原因は魔力にあるのではないか、という推論だった。
元の世界では起こりえなかったこんな超常現象を引き起こせるのは、向こうにはなかった魔力というモノ以外に考えつかなかったからだ。
いつか聞いた話だが、魔力には想いを具現化させる力があるという。
使い手の精神に反応し、イメージしたものを魔力によって現実に反映させる技法をこの世界を魔法と呼ぶ。
すべてを焼き尽くす灼熱を思い浮かべれば、炎の魔法が発動する。
岩をも砕き風よりも速く走れる強靭な肉体を想像すれば、肉体が強化される。
裂傷を塞ぎ元の健常な体を願えば、現実に傷は癒されていく。
今起こっていることも、これと同様のことではないのだろうか。
思いが、願いが、想像が。心が魔力によって反映されるというのであれば。
この醜い姿こそ、俺の心の形そのものなのではないだろうか。
俺が帰りたくないと思ったから、いつまでも元の世界に帰れなかった。
ずっと幸せな時を過ごしたいと願ったから、朽ちることなく長い時を生きた。
この世界の普通の人間には無理でも、俺の有する桁外れの魔力がそれを実現してしまったのだ。
長い年月、己の欲望を満たし続けるような日々を過ごしていれば、人の心など少しずつ醜く変容していくだろう。その成れの果てがこの姿。
原因である俺の魔力ならば、元の姿に戻りたいと願えば、元に戻れると考えたが上手くいかなかった。すでに俺の心は人の形をしていないということなのだろう。
自分だけならまだしも、周囲の人間まで巻き込んでいるのだから始末に負えない。勇者の力を盾に増長していた者たちだったとはいえ、俺の人外の魔力の影響を受けなければ醜い姿に変わり果てることもなかったろうに。
なにが勇者だ。なにが救国の英雄だ。
俺なんてただの化け物じゃないか。
◇
そして、ある日。俺の前に彼らは現れた。
「この世界を乱す悪の魔王。お前は、僕が倒す!」
黒髪黒眼のどこか懐かしさを感じる風貌の少年が俺に向かって剣先を突きつける。彼の後ろには仲間らしき四人の少女たちが同じく武器を構えてこちらに敵意を向けている。
見覚えのある光景に困惑している内に、彼らは武器を振り上げてこちらに襲い掛かって来た。
先に反応したのは俺ではなく、三人の妻たちだった。
変わり果てた姿になり理性すら消え失せようとも俺の側に居続けてくれた最愛の妻たちは、俺の身を守るために襲い来る彼等へと立ち向かう。
このまま彼女たちが傷つけられるのを黙って見ていられるはずもなく、重い腰を上げて自らも彼らを迎え撃たんと雄叫びを上げる。
「ァアア―――――――――」
喉から発せられたのは獣のような咆哮だった。鋭利な爪が伸び、長く関節の増えた指の異形の手では、以前のように剣を握ることもできない。怪物らしく、俺はその変貌した異形の体を武器に戦いに挑む。
結末はわかりきっている。俺はここで素直に倒されるべきなのだろう。
それでもなお、俺は凶爪を振るう。
俺のために戦ってくれている彼女たちを前にして、大人しく命を差し出すなどできるはずもない。
戦いは長時間に及んだ。けれど、少しずつ形勢は一方へと傾いていく。
有する魔力は同等。しかし、俺はこれまで周囲に魔力を漏らして浪費しており、少年はここまで戦いを避けて力を温存していたのであろう万全の状態。
肉体的にはこちらが勝っているようにも見えるが、動かし慣れない異形の肉体と訓練を積み強化された人の体ではどちらに分があるか。戦っている間にその差は如実に表れ始める。
そして強い意志を秘めた人間の精神と、頭は鈍りその内は獣と変わらぬ者の精神とではどちらが強いかなど明白だ。
妻たちも一人、また一人と倒れていく。三人の身体が地に倒れ伏して動かなくなった光景に、瞳から熱いものが零れ落ちる。
――――ああ、俺にもまだ人間らしい感情が残っていたらしい。
そのことに安堵していると、少年の剣が俺の首を刎ねた。
視界が宙を舞う。床を跳ねながら転がり、丁度少年の姿を捉えた位置で止まる。首と胴体が離れてもまだ死ねないらしい。
少年が剣へと恐ろしいほどの魔力を籠めていく。この一撃を受ければ俺の肉体は消滅し、そうなれば流石に死ぬことができるだろう。
――――俺は、どこで間違えたのかな。
明瞭ではない頭ではいくら考えたところで答えは出ない。そんなことよりも残り僅かな時間は別のことに使うべきだろう。
少年が俺に向けて剣を振り下ろす。己の最期となる光景を見つめながら俺は。
どうか、彼が。新たな勇者が、自分とは同じ道を歩むことのないように、祈っていた。
◆
「――――やった。ついに、魔王を倒したんだ!」
少年が勝鬨を上げ、共に苦難を乗り越えた少女たちと喜びを分かち合う。
それは、この世界では幾度となく繰り返されてきた光景。しかし、そんなことを彼らが知るはずもない。
「これで世界は平和になる」
怪物である魔族を生み出し、世を乱していた魔王は滅んだ。少年の言う通り、この世界に平和は訪れるだろう。
彼らの瞳は待ち望んだ平和に対する希望に満ち溢れていた。
少年も、幸せな未来へと想いを巡らせて、満面の笑みを浮かべるのだった。