第四十二話 新武器
「お帰り。遠足は楽しかったか?」
武具店に戻ってきたソル達に、店主が声をかける。
「思いのほか楽しかったが、そっちはどうだった? 足手まといが二人もいて迷惑しただろう?」
「俺もそうなるかと思ってたんだがな。足手まといどころか、俺の方が教えられたくらいさ」
ソルの皮肉にも、店主はにこやかに答える。
「何ならお前が誘拐して来たって言うこのお嬢ちゃん、ウチで引き取ろうか? このお嬢ちゃんなら歓迎するぞ」
「ほう、ダンナに気に入られるとは珍しいな」
ケンゴはメーヴェを見ながら言う。
「悪くないんだが、ここは一層に近すぎるからなぁ。ダンナの身に危険が及びかねない。もっともこの娘が残りたいと言うのであれば、ダンナに預けても良いと思う。どうする? 決めるのはお前だ」
「私は……」
この店主が見た目より遥かに紳士である事は分かったし、いざとなれば身を守ってもらえるくらいの強さがあるのは、見ただけで分かる。
「危険と言うのであれば、確かにソルの近くの方が安全だな。これで女性には優しいヤツだ」
それは無い。
店主の言葉に、メーヴェは即そう思う。
こいつは優しくない。そういう意味では、店主の方が圧倒的に紳士だと思う。
「そんな事は無いだろう」
「無いだろうな」
ルイとケンゴも同じ様に考えていたらしく、即答している。
「そうか? なんだかんだ言ってもコイツは仲間の女には親切じゃないか? 殴ったり切ったりしないし」
「それはもう、優しいとかそう言う次元の話じゃないだろう」
「そう? あのレオラとかにも殴ったり蹴ったりはして血の海に沈めたりしなかったでしょ?」
ルイは納得できていない様だが、異形剣も店主に賛成している。
だから、そう言う話じゃないんだけど……。
店主と異形剣にとっては、そう言う次元の話なのかもしれない。
「お嬢ちゃんの件はソルに委ねるとしても、一つ悪い知らせがある」
店主はそう言って、強化したソムリンド家の名剣を差し出す。
「この剣なんだが、お嬢ちゃんとおチビさんのお陰で、俺がこれまで生きてきた中でも屈指の絶好調でな。この強化も正直なところ、強化してきた武器の中でも一、二を争う出来だ」
「それのどこが悪い知らせだ?」
ルイが不思議そうに尋ねる。
「あまりにも出来が良くてな。ヘボいヤツには使って欲しくないとさえ思っている」
そう言うと、店主はその剣をグッとアルフレッドに押し付ける。
「だからこそ、お前には悪い知らせだ。この剣に見合う男になれ。それでなければ、この剣はお前の元を離れるかもしれないぞ。だが、受け取る事は拒ませない。俺はお前に強制する。お前はこの剣に見合う者にならなければならない。お前の為じゃない。お嬢ちゃんとおチビさん、それに俺の努力に報いる為にな」
「……分かりました」
アルフレッドは剣を受け取る。
「分かりました? その軽い言葉でこの剣が使えると思うなよ。抜いてみろ。俺の言葉の意味が分かるはずだ」
店主の言葉に促されるままに、アルフレッドは鞘から剣を抜く。
形は変わっていない。
だからこそ、一見何も変化が無い様に思う。
様な者など誰もいなかった。
何も形が変わっていないからこそ、この剣が圧倒的な存在感を示しているのが伝わってくる。
これまでも名剣であったのは間違いないのだが、今のこの剣はもはや名剣と言う言葉すら足りない。
間違いなく街には存在しない剣であり、ソルが持つ異形剣や無形剣といった存在そのものが特殊な剣と比べてさえも遜色が無いほどである。
「……なるほど、今初めて等級が必要な理由が分かった。確かにこのへっぽこがこんな剣を持っているのなら、殺して奪う方が良い」
「確かになぁ。本当はテリーにこう言う武器を渡したかったんだが、上手くいかないモノだな」
「いや、あの小僧にもこの小僧にも手に余るだろ? せめてあんたくらいの力が無いと」
「俺の好みの武器じゃ無いんだよな。とはいえ、良い武器だよな」
ケンゴとソルが強化されたソムリンド家の名剣を見ながら言う。
ソルが言う事は決して大袈裟では無い事は、メーヴェも分かる。
あの剣に見合う者は、現状ではアルフレッドでは無い。もちろんルイでも無いし、A級だったテリーですら見劣りする。
あの剣に見合う様になれって、冗談抜きで百年くらいかかるんじゃない?
ケンゴの年齢を推定した上で、アルフレッドの実力とケンゴを比べるとそうなってもおかしくないとメーヴェは考えていた。
「ついでに絶好調なせいで創作意欲も爆発しててな。おまけでお前にもコレをやろう」
店主はルイに両手用の大剣を渡す。
「あ、それって……」
「そう。お嬢ちゃんのアドバイスで、ちょっと打ち直してみた」
アルフレッドの剣の強化が済んだ後、創作意欲に満ちた店主に武器の打ち直しを提案したのがメーヴェであり、試しにと選んだのがその大剣だった。
結果としてルイの手に渡ったのだが、その大剣を選んだ時にはルイの事はまったく頭に浮かんでいなかった。
と、言う事は黙っておこう。
「ちょっと打ち直したってレベルじゃないな。俺が使いたいくらいだ」
ケンゴがその大剣を見て言うくらい、飾られていた時とはまるで違う。
まるで抜け殻だったモノに魂が入ったかの様に、その武器は完全に生まれ変わっている。
「これで戦いにおいて遅れを取るようであれば、武器のせいではないから言い訳は出来ないぞ。と言うより、武器のせいにする事は俺が許さん」
店主はアルフレッドとルイに脅しをかける。
「ソル、そこの二人はともかく、お嬢ちゃんとおチビさんの事は頼んだぞ」
「……百歩譲って小娘はともかく、そこのソレもか?」
ソルは妙に店主に懐いているオギンを見て首を傾げる。
「そのおチビさんは、何か違う」
「先生もそんな事を言っていたな」
「見た目には小ゴブだし、戦力としても小ゴブだが、間違いなくこのおチビさんは小ゴブどころじゃない。そっちの娘っ子同様に、異形の類だぞ」
店主はレミリアを見ながらだが、ソルに向かって言っていた。
「まぁ、出来る限りの事はやってみるさ」
ソルは軽く肩をすくめて答えた。
「じゃ、お嬢さん。何かあったらいつでも遊びに来ると良い。武器も喜ぶだろう」
「そう言えば、店主さんのお名前は? 失礼ながらお名前を確認する事を失念していました」
「俺か? 俺はダンナだ。人にとって『ダンナ』ってのは男に対する敬称なんだろ? ちょっと気分が良いから、名前で呼ばせてるんだよ」
店主のダンナはそう言って笑うが、こう言う子供っぽい純粋さも彼の鍛冶技術上達の元なのだろうとも思う。
こうしてアルフレッドとルイは、一生扱いきれるか分からないほど強力極まりない武器を手に入れたのである。
この回をもってしばらく休止いたします。
再開時期は不明です。
大変申し訳ございません。