第三十九話 討伐戦後
「……まぁ、昇級は認めます。マクドネルさんがC級でシオンさんがD級ですけど、ブリュンヒルデさんは?」
「あの人は来たくないってさ」
「じゃ、A級に昇格の手続きは済みましたから、討伐依頼もそれに合わせて特Aクラスになった事も伝えて下さいね。あと、マクドネルさんも一応討伐依頼の条件を満たしましたので、依頼があればC級で討伐依頼が掛かります」
「本当か?」
「嬉しそうですね。私としては魔窟探索者同士仲良くしていただきたいのですが」
「まぁ、人によっては二人きりでも殺し合いが出来るくらいに憎みあえるものだから仕方無い。今後はそれにも留意するよ」
マクドネルは笑いながら受付嬢に言う。
「ところで、昇級条件ってのは何だったんだい? 俺はいきなりC級だったみたいだが」
「色々ありますよ。ただ、一番わかりやすいのはレベルですね」
「レベル?」
「大まかに言えば実戦経験の多さです。これが豊富な人ほど危機察知能力やそれを回避する能力に長けているので、魔窟の深い層を探索しても命を落とす危険が経験が少ない人より少なくなります」
「そういうのって、分かるモノなの?」
「各層のマスターやマスター代理、あとは私みたいにマスターから認められたごく僅かな者には分かる様になってます。でも感覚的なモノだから、他の方にお教えする事は出来ません」
マクドネルの質問に、受付嬢は笑顔で答える。
「参考までに教えて欲しいんだけど、俺とお嬢さんではどれくらいの差がある?」
「そうですね、月とスッポンくらいの差があります。私、めちゃくちゃ強いので、具体的にどう例えていいのか分からないくらいの差です」
「だよね。俺もそう思ってた」
笑顔で頷くマクドネルに、逆に受付嬢の方がきょとんとする。
「あれ? ナンパじゃなかったんですか?」
「いや? 本当に実力差が知りたかったんだけど、教えられないなら仕方無い」
「いつまで無駄話しているつもりだ」
マクドネルの後ろで、シオンがイライラしながら言う。
「ナンパじゃないなら、定期的に魔窟探索者の為の講習を行ってますので、今後悪名を高めようと言う奇特な事を考えずに他の魔窟探索者と仲良くしようと思うのなら、参加して下さいね」
受付嬢は笑顔で言うと、マクドネルとシオンを送り出す。
「昇級出来た?」
外で待っていたブリュンヒルデが、戻ってきた二人に尋ねる。
「ああ、君のA級の手続きも済んだ事を伝える様に念を押された。これからは魔窟探索者のほぼ全ての敵になったみたいだな」
「仕方無いわよ、それだけの事をしてきたから。それに、こう言う探索者はそんなに少なくないわよ。先生が神経質なくらいここでの戦闘行為を禁止してるでしょ? そうでもしないと簡単に殺し合いになるからよ」
「だろうな。ここでは命の価値が極端に軽い。『命を奪う』と言う選択肢を選ぶ障害があまりにも低い。先生も苦労している様だな」
「……貴方、本当に良いイカれ方してるわね。冷静に狂ってる感じ、堪らないわ」
「俺も君の救い様がない狂い方は魅力的だ。俺の力でその闇を晴らしてやりたい」
「イチャつくなら他でやってくれない。これからどうするつもり?」
楽しそうな雰囲気がすこぶる気に食わないらしく、シオンが威嚇する様に言う。
「どうするも何も、私の目的の為にはあんた達ではまだ雑魚過ぎて使い物にならないのよね。だからまずは力を付けてもらいたいんだけど、その辺も指示しないとダメ?」
煽り耐性の低すぎるシオンはすぐにでも噛み付こうとするのだが、ジークフリードに止められた上に、ブリュンヒルデからも逃げられる。
「本当に貴女は短絡的過ぎて、面白いのを通り越えてちょっと実験したくなるくらいよ。まぁでも、今気になるのは貴方の方かしら」
ブリュンヒルデはまっすぐにマクドネルを見る。
「俺? 興味を持ってくれて嬉しいよ」
「貴方は良い具合にイカレてるし、行動も直情的で行き当たりばったりなところはあるんでしょうけど、そもそも魔窟に来た理由は何? ナンパが主目的ってほどイカレては無いんでしょう?」
「主目的の大半は果たされたからなぁ」
マクドネルは頭を掻きながら言う。
「街の革命の為にジャマになりそうな連中を魔窟送りにしたんだけど、そこで力を付けて街に戻られても困るから駆除するのが主目的だったんだよ。それがある程度成されたから、次は頼まれてた領主の娘探しかな」
「領主の娘……、メーヴェの事!?」
「ああ、メーちゃんだが、そうか、ローデの娘は同い年だったな」
「ふ、ふふふ、そう、メーヴェが来てるのね。ふっふふふふふふ」
シオンがブツブツ言いながら笑う。
「殺す! 殺してやる!」
「領主の娘を? それって勿体無くない?」
狂気に染まるシオンに、ブリュンヒルデは口を挟む。
「あぁ?」
「せっかく領主の娘が魔窟に来てるって言うのに、ただ殺すだけで満足なの? そんなんで楽にさせてやろうって、随分とお優しい事で」
ブリュンヒルデは上品に、より凶悪な事を言う。
「せめて同じ目に合わせたいとは思わない? 私だったら、せっかく領主の娘なら存分に楽しむ事を考えるけどね」
「……初めて気が合ったじゃないか」
シオンが邪悪に笑う。
「合ったと言うより合わせてあげたんだけど、まあ、そこは良いわ。さて、どうするつもり?」
「そうだなぁ。魔窟で一人の女の子を探すのは簡単じゃないだろうから、見つけるまでに実力を付けて止められる様になっておくか、それまでに君の闇を払うかのどちらかかな?」
「随分とお気楽な事で。でも、安心して。少なくとも私には殺すつもりは無いわ。使い物にならなくなったら、その時にまたどうするか考えるから」
絶望的に邪悪な事を言うブリュンヒルドだが、その外見はシオンほどわかりやすく邪悪の色に染まっておらず、それだけに余計に深い狂気を感じさせた。
「これはメーちゃんに上手に逃げ回ってもらうのが一番現実的かもなぁ」