第三十八話 討伐戦
「案外多いな。こんなに嫌われていたとは、ちょっと心外だ」
マクドネルは集まった者達を見て、ニコニコと笑っている。
実際に依頼を出し、その期日は当日のみと言う厳しい条件であったが魔窟探索者で組合所属の場合には『袋』による『袋ネットワーク』によって依頼の更新を確認する事が出来る。
と言っても、対象となる等級によっては危険度の高い依頼の報告はされない事も多い。
今回はC級以下に広まっていた事もあり、一日と言う期日であってもそれなりに多くの魔窟探索者を動かした。
一つには街から追放された魔窟探索者となった元貴族の大半は、魔窟探索と言う危険極まりない事に動かず、街でたむろしていた事。
もう一つは報酬の宝石が、危険度に対してかなり高価であった事。
集まった者の大半はマクドネルに恨みのある元貴族などだったが、中には報酬に釣られた者もいた事がここに集まった者の数が増えた理由である。
「……五十人くらい? 中々なモノね。私でも一日でここまでは集められないわよ」
「恨まれている、と言う訳ではないだろうが、命知らずがここまで集まるのは面白いな」
今回はギャラリー扱いのブリュンヒルデとジークフリードは感心しながら言う。
「俺を殺したくてここまで集まってくれて、嬉しく思う! 俺も街の為にならなさそうな輩をここで一掃出来るのは願ったりだ。そんな命知らずの為に、一つ朗報がある!」
今から殺し合いを始めると言うのに、マクドネルは楽しそうに宣言する。
「なんと! ここにはソムリンド家だけでなく、両翼の一端であるローデ家の者もいるぞ! お前達にとっては恨んでも恨んでもキリがないところだろう!」
マクドネルが肩を抱いてシオンを前に出す。
「な! 何で私が! どちらかといえば私は向こう側でしょう!」
街を追放されて魔窟に追いやられたシオンが、マクドネルに抗議する。
「なら向こうに行くか? はっきり言うが、あの群れよりあの女とあの魔族の二人の方が圧倒的に強いぞ? あの群れに混ざって俺達に殺されるのがお前の望みか?」
「……あぁ?」
「今のお前はまったくの役立たずなんだぞ? 俺より遥かに下だ。見返したくないのか?」
「誰に向かって……!」
「なら決まりだな。あの程度の群れにビビるな」
マクドネルはこれまでの楽しげな雰囲気を捨て、獣の様な獰猛な笑みを浮かべる。
「さあ、殺し合いだ!」
そう叫ぶと、マクドネルは剣を抜き放って集まった集団に斬りかかる。
この集団の中で、本当に命懸けになると覚悟していた者達がどれほどいただろうか。
五十人もの人が集まった時、その全員が例外なく自分が殺されるかもしれないと覚悟を決めていると言う事は極めて稀である。
実際にマクドネルは切り込んできたのだが、それでもそのマクドネルに即対応出来た者はそこまで多くない。
それを見越していたマクドネルは、慌てて武器を構えていない者から優先して切り倒してく。
「はっはっはぁ! どうしたぁ! 魔窟に送り込まれたんだぞ! 命のやり取りなど日常茶飯事だろうが! 地上の法に守れているとでも思ったかぁ!」
マクドネルは吠えながら怯む者達を狙って次々に襲いかかる。
武のソムリンドと言えば、街でも治安を守る者として知られている。
しかも街での治安を守る、と言うのはいわば理不尽な特権を持つ貴族を守ると言う事ど同義であり、それは圧倒的大多数の一般市民を力で抑え付ける事が出来るだけの暴力が必要となる。
マクドネルはそんなソムリンド家でも、誰もが認める次期当主であり、それは長男と言うだけでなくそれだけの実力を有しているからこそだった。
が、豪放磊落で人当たりも良く人望に厚いマクドネルに、これほどの獣性があると想像していた者はいなかったのだろう。
瞬く間に二桁に及ぶ被害を出した参加者側だったが、さすがに混乱もそこまで。
全員がただの素人と言う事も無く、中には戦いに慣れた者も含まれている。
その中には次々と切り倒されていく者達にも目をくれず、暴れるマクドネルの隙を狙う者もいた。
今暴れているマクドネルは、いわばそう言う危険度の高い者を避け、倒しやすそうな弱い者達から狙って倒しているので、危険度の高い者ほど残っていくと言う事にもなる。
一方のマクドネルは体力を削られていく上に、いつまでもまったくの無傷と言う訳にもいかない。
半数も減った頃には実力者であるマクドネルであっても一刀で切り倒すと言うわけにも行かなくなり、その時点でマクドネルの勝利は無くなったと言ってもいい。
残った者の実力はマクドネルに近くなってくる上に、マクドネルには疲れも出てくる。
はっは、そうだった。魔窟では歩いて行動していると疲れないのに、走ったり戦闘行為みたいに激しく動くと一気に体力を持っていかれるんだったな。
疲れを感じてきたマクドネルは、ふとそんな事を思った。
また、全て一撃で倒してきたと言っても一切の攻撃を受けていないと言う訳ではなく、致命傷に至る大ダメージは受けていないにしても、十分過ぎるほどには削られていた。
勝敗は決したと言うべき状態だったが、その状態を動かしたのはむしろ参加者側だった。
最初にマクドネルが紹介したからか、それとも個人的にローデ家に恨みがあったのか、魔術による援護を嫌がったのか、シオンを狙う者が現れた。
「……死にたいらしい」
シオンは自分を狙ってきた男に、掌を向ける。
彼女は魔術の家系であるローデ家でも優れた魔力を持っていると期待された人物であり、ローデ家の中でもっとも優れた風に対する適正を持っていた。
もし以前の彼女であれば、人に、まして同じ境遇の貴族だった者に攻撃する事に躊躇いがあったかもしれないが、今の彼女にはその躊躇いが鈍っていた。
敵意に対する反射的な反応だったのかもしれないが、シオンは襲いかかってきた男に真空波を飛ばす。
元々の威力であっても人にとって致命的なダメージを与えられる攻撃力を持つ魔術だったのだが、この時の威力は放ったシオンすら驚く威力だった。
無数の真空の刃が渦となり、襲いかかってきた男を切り刻んだのである。
「……ふ。ふふふ、あっはっはっはぁー!」
自分の放った魔術の威力に驚いたシオンだったが、高らかに笑うと両手を広げ、その後に生き残った集団に向かって両手を向ける。
「やっべぇ」
危機を察知したマクドネルは急いでその場を離れると、生き残りの集団の中に突如巨大な竜巻が発生する。
その威力は凄まじく、切り倒された者達は巻き上げられて原型を止めない肉塊と化し、竜巻発生源近くにいた者達も数名巻き込まれて同じ様に肉塊にされた者もいた。
が、それは長時間続くモノではなく、現れた時と同様に突如として消え去り、シオンはその場に跪いて嘔吐する。
「まぁ、そうなるでしょうね」
ブリュリンヒルデはまったく驚く事なくそう呟く。
「何が起きた? あの娘にあれほどの力は感じなかったが」
「狂乱の精霊の適正よ。その力を使えば、本来以上の魔力を発生させる事も出来るわ。ただし、その代償はあるんだけど、初めてその力に目覚めた場合、その破壊力に酔ってあの程度ならまだマシ。そのまま命を落とす事の方が多いくらいだし」
体を激しく痙攣させながらも倒れる事を拒むシオンを見ながら、ブリュンヒルデは冷静に解説していた。
「まぁ、とりあえずゴートの代わりくらいは務まりそうじゃない?」