第三十六話 行動を共にする者達
「気分はどう?」
「……殺してやりたいわ」
腕を伸ばし、立ち上がって屈伸など行っていたシオンが相変わらずブリュンヒルデを睨みながら絞り出す様に答える。
「元気そうで良かったわ」
そんな脅しにもまったく恐れる事無く、ブリュンヒルデは笑顔で答える。
「今すぐにでも……」
「ケンカ? ケンカはダメよ?」
手に魔力を込めた瞬間に、シオンの目の前に先生が現れる。
「ぎゃあ!」
「ケンカはダメ。分かった?」
シオンは先生を面倒そうに払おうとするが、半透明な先生をすり抜けていくので効果は無かった。
「ケンカはしませんよ。相手になりませんから。今はお互いを知るためのコミュニケーションを取り合っているところです」
「だったらもっと平和的にやりなさい。そんなんじゃお互いのミゾの深さを知るだけよ?」
「それが大事なんですよ。ミゾを深めて壁を高くしあう。そう言う仲なんです」
「独特ねぇ。そこは個人の領域だから私が口出しする事じゃないんでしょうけど」
「安心して下さい、先生。私がいなくなっても、私みたいな悪意を振り撒くクズはいくらでも出てきますから」
「自覚がある分、タチが悪いのよ、貴女は」
先生は大きく溜息をつくが、説得は諦めた様で消えていく。
「さて、私を殺したくて仕方無いみたいだけど、今の貴女ではあまりにも弱すぎて、寝込みを襲っても私を殺す事は出来ないでしょうから強くなってもらわないとね。私の為にも」
「は? 何で私が」
「私の近くにいた方が都合が良いでしょう? 実力差も見てわかるし、いざと言う時にターゲットを探す手間も省けるし」
ターゲット側が提案する様な事ではなさそうな事を、ブリュンヒルデは平然と言う。
「今、この場で出来ないとでも?」
「今、この場では無理よ。分かるでしょ?」
「ケンカ?」
今度はシオンの背後から先生が現れて声をかけてくる。
「ぎゃあ!」
「毎回驚くところなんかは、可愛いところもあるのよね」
ブリュンヒルデは上品に笑う。
「コレがゴートの代わり、か?」
「ジークは不満?」
「不満と言うより、今の状態では代役は務まらないと思ってな。本人のやる気は買うが、それだけで勝てる訳ではない」
「そうね。だから実力を付ける為にも低層の探索も行わないといけないわね。まぁ、私も基本に立ち返って技術を磨きたいところもあったし、ちょうど良いのよ」
「何故私が共に行動する前提で話しているの?」
「他にアテが無いでしょ? 貴女には」
当然の事の様に言うブリュンヒルデに殺意が沸くが、実行しようとすると先生が現れる事は学習したので、シオンはぐっと堪える。
「仮に使い物になったと仮定して、六層で戦うとなれば前衛にもう一枚欲しいところではある。これの修練を兼ねるのであれば、今は実力を問う時点ではないだろうから、素養があるのであれば誰でもいい」
「そうね。貴女の連れだった仮面君はどう? ああ、見舞いにも来ないくらいだから期待出来ないか」
「……殺すべき相手はお前だけではないみたいだな」
狂気に満ちたシオンは、殺意を振りまきながら呟く。
「それには賛成出来ない。あの仮面はともかく、連れが危険過ぎる。アレは手に負える相手ではない」
「あぁ? アイツに連れなんかいるの?」
「ジークが言うなら、いるんでしょうね。手を出すべきではないくらいヤバいのが。まぁ、私と言う囮がいる訳だから、腕自慢は向こうから来てくれるわ」
ブリュンヒルデは討伐対象として討伐依頼まで出ている危険人物扱いであり、その分類は魔窟探索者と言うより魔物の方に近い。
だが、今のところその危険度はそこまで高く評価されていない事もあり、討伐依頼はC級扱いである。
原因はブリュンヒルデの活動範囲が比較的低層が多い事と、探索者ではないジークフリートの情報が、彼女がギルドに立ち寄ろうとしていない為に伝わっていない事が大きい。
ジークフリードの扱いは使役魔獣や召喚獣といった『使い魔』にカテゴリーされている為、魔窟探索者としての情報は無く、またブリュンヒルデの使い魔扱いなので普通に拠点施設の利用も可能となっている。
もちろん、先生の監視付きなので魔物として自由に暴れる事が出来る訳ではなく、単身で拠点出入り出来る訳でもないと行動には制限が掛かっていた。
「アルフに連れ? まぁ、良いわ。アイツは私が殺すから、一緒に行動とか有り得ない」
「私が最優先でしょ?」
ブリュンヒルデは笑いながら言う。
「まあ、適度に良いところを探しましょう。一緒に悪党をやってもいいって変人をね」
ブリュンヒルデはそう言うと、シオンやジークフリードを連れて一層の拠点から出ようとしたのだが、そこにちょうど拠点に入ってくる人物と出会った。
「随分と薄着だが、君も魔窟探索者か?」
「そちらは?」
「俺は……」
「マクドネル!」
長身の男が名乗ろうとした時、吠える様にシオンが言う。
「ん? ああ、ローデの娘か。どうだ? 少しは自分の居場所について考える事が出来る様になったか?」
「ふざけるなよ、反逆者、恥知らずめ! 貴様の、貴様らのせいで私は……!」
「ローデの娘、キレるのは構わないが拠点の外でやろうじゃないか。ここでは怖い死神が見ているぞ、お前の後ろから」
マクドネルが笑いながら言うと、シオンが振り返った時にはそこに先生がいた。
「ぎゃあ!」
「ケンカ?」
「いい加減慣れなさいよ」
「良いリアクションしてくれるから、私は好きだけどケンカはダメよ?」
ブリュンヒルデは呆れ、先生は楽しそうに言う。
「先生はいつも愉快だなぁ」
よくよく考えれば話している途中、突然シオンの後ろに現れた先生に先に気付いたのはマクドネルのはずなのだが、まったく驚いた素振りは無かった。
「俺にケンカのつもりは無いし、やるなら外でやるくらいの分別はあります。ご心配無く」
「仲良くして欲しいんだけどなぁ」
と言いながら、先生は消えていく。
「それで、そちらの薄着のヒト。貴女は魔窟探索者か?」
「だとしたら?」
「俺と同行しないか? 美しい女性なら大歓迎だ」
マクドネルの直球過ぎる言葉に、ブリュンヒルデは笑う。
「随分と直接的な口説き方ね。私といると命を狙われるわよ。私は悪党だから」
「だろうな。見ればわかる」
その答えはあまりにも意外で、ブリュンヒルドは首を傾げる。
「あら、ちょっと意外ね。てっきり正義の味方さんかと思ったけど」
「俺は俺の正義の味方だ。貴女の美しさには棘と闇と毒がある。それを晴らしてみたいと思っただけだ」
マクドネルのまっすぐ過ぎる言葉は、さすがにすぐには信用出来なかった。
「……それなりに腕は立ちそうだな」
「ああ。あんたにはまるで及ばないけどな」
ジークフリードの言葉に、まったく恥じるでもなく平然とマクドネルはそんな事を答えた。
「俺はその申し出には賛成だが、決めるのは君だ」
「そちらが私達に同行するのであれば、考えても良いわ」
「よし、なら決まりだ」
マクドネルは迷う素振りも見せる事無く、二つ返事で答えた。