第三十四話 ソルの戦い方とは?
見慣れない構えではあるが、よく見ると怖い構えだよな。
マクドネルは木の棒を掲げる様に構えるウィルフを見て、そう思う。
確かに条件は防御を捨てた攻撃重視という事だったが、これほどまでに防御を捨てる事が出来るのかと思うほどに無防備極まりない。
まったく戦闘の心得が無くても、胴部分がガラ空きなのは見ただけでわかるし、左右からの攻撃に対しても有効な護り方は無さそうに見える。
では、どこからでも攻撃し放題かというと、それがそうもいかない。
相手は既に剣を振り上げているのだから、こちらから攻撃する為には当然相手の間合いに入る必要がある。
つまり攻撃したくても、先に剣を振り下ろすのは相手であるという事だ。
思いつく攻略法としては、一刀目をやり過ごして次の攻撃の前に、と言うものだがそれはそれで至難と言える。
だが、それをこそ試しているのだ、とマクドネルは思う。
笑顔で手招きしている死神に向かっていけるか、を試しているのだろう。
全て上手くいくと思うなよ。
マクドネルにも戦士としての矜持がある。
一気に踏み込み、左手の剣を振るう。
それはギリギリ届かないところであり、相手の一撃を誘う攻撃だったのだが、ウィルフも正確に間合いを読み取っている様に、笑顔を崩さずにその攻撃を見送る。
だが、それも織り込み済み。むしろこれで勝負が着く事があったら、そちらの方が驚いただろう。
そこで出来た隙をウィルフが見逃すはずがない。
マクドネルはそう読んで素早くバックステップする。
あの構えでは繰り出せる攻撃も限られてくる。
余程伸びてこない限り、バックステップで攻撃は避けられるし、空振りなら極上、追撃に踏み込んできても右手の攻撃でこちらの方からも攻撃出来る。
と言う駆け引きをマクドネルは狙ったのだが、ウィルフの行動は違った。
マクドネルの追撃を予想していたのか、先に踏み込まれた事を嫌ったのか、マクドネル以上にウィルフはバックステップで間合いを外してきた。
ここまで間合いは開いてはお互いに一足一刀と言う訳にはいかず、いやでも仕切り直しになる。
実際に防御を考えずに攻撃重視と言うのは神経をすり減らされ、さらに一発で勝負が決まるルールと言うのはマクドネルだけでなく、ウィルフにも相応の消耗を強いていたのだろう。
大きく間合いが外れた事によって、ウィルフがふっと一息付くのが分かった。
それにつられて、マクドネルも一息つく。
まさにその瞬間、どこから飛来してきたのか、小石がマクドネルの胸に当たる。
ウィルフからの挑発かと思ったのだが、改めて構えようとしたマクドネルは動きを止める。
「あれ? もしかして俺、今、死にました?」
「お、よく気付いたね。だいたい気付かないし、もし気付いても口に出さない方が多いのに」
「……しまった! 誤魔化すべきだった! 今のは無しで」
マクドネルの言葉に、ウィルフは笑う。
「僕は構いませんけど、そこの負い目を負ったまま、先ほどと同じ集中力で僕に挑めますか?」
その言葉にマクドネルは大きく息を吐いて、剣を収める。
「やられました。飛び道具は警戒していたはずなのに」
「先に予想して警戒していても、いざ戦い始めると意識から消える事は珍しくないから」
「どういう事ですか?」
見学していたオスカーが尋ねる。
「うーん、要約すると俺の負けって話かな」
「要約と言うより、ただ結果だけを伝えられてますが、私には何が起きたのかさっぱりです」
「ごく簡単なトリックさ。あの木の棒はフェイクで、実は最初から手の中に小石を握り込んでいて、わざと仕切り直しの空気を作ったところで小石を投げる。と言うより、指で弾いたのかな。これで有効打って訳だ」
「兄上はそれで納得なのですか? 私などには単なる詐術としか思えませんが」
「考え方としては、これが小石じゃなくて毒ナイフだったらどうだって事さ。もちろん、命を奪うほどの猛毒じゃなくてもいい。たんなるしびれ薬で十分さ。で、意識はあっても動けない俺に、あの木の棒で一撃ってワケさ」
「手に持った武器での有効打が勝負の決め手だったはずですが、それは反則では?」
「何で? ウィルフさんは攻撃重視だったし、飛び道具で有効打ではなかったとしても、その後の一撃は手に持った武器で行う訳だし、まんまと引っかかった俺が間抜けだったって話だろ?」
「ははは、普通はオスカー君の反応なんだけどね。そこまで冷静に受け止めてるマクドネルさんは本当に凄いと思うよ」
納得出来ていないオスカーに、ウィルフは笑いながら同意する。
「ソルと言う男はこんな卑怯な手を使うと言う事ですか?」
「ははは、ソルならこの程度で卑怯とは言わないかもね。でも、この手の事は平気でやってくるよ。想像してみたら良い。僕と同等クラスの装備を持って、僕以上の身体能力を持っている敵が、僕でも想像もつかない様な手段を選ばない戦い方をする相手を敵に回す危険性を。僕ならそんなヤツは敵に回さない様に努力するけどね」
「具体的にどんな事をしてくるんですか?」
オスカーの質問に、ウィルフは少し考え込む。
「そうだね、基本的にソルは人とは違うから、人が普通に持っている『誉れ』を欲する事に関して極端に意識が希薄なんだよ。だから、道義や倫理に縛られない考え方で戦う事を得意としてる。それこそ女子供を盾にする事だって厭わないし、背後からの不意打ちも罠を仕掛ける事も、何なら非戦闘員であったとしても敵対しているのであればそこを狙う事もためらわないと思うよ」
「徹底しているな」
話を聞いているマクドネルは感心している。
「ソルは人になり損ねた人型の魔物みたいなモノで、なり損なってからは人に対する憧れも無くなっているみたいだし、戦うとなったら本当に人の常識を逸脱してくるから予想もつかない、普通の人ならやらない事でも逆に何が悪いのか分からないくらい普通にやってくるよ」
「……まさに魔物ですね。早めに駆除するべきでは?」
「それが出来れば苦労してないだろうね。あと、言っておくとソルは凄く義理堅いし情にも厚いよ。だからこそ、もしソルが本気で領主令嬢を守ると決めたら、それこそどんな事より優先して令嬢を守るだろうね」
「……さっきの話と結び付かないイメージではあるなぁ」
マクドネルが首を傾げて言う。
「そこが人とは違うってところだよ。僕ならソルを敵に回す様な事はしないけど、もし敵に回すにしても戦う事は考えない事だね。本気で命を掛けるなら、いかにして戦わずに無力化出来るかを死ぬ気で考えた方が勝算があると言うのは忘れない方が良い」
そうヒントをくれるウィルフに対して、マクドネルは大きく頷いているが、オスカーは不信感が増すばかりだった。
兄上とは別に魔窟探索の部隊を編成した方が良いかもしれないな。
オスカーは密かにそう思っていた。