第三十三話 ゲームをしよう
ウィルフの提案したゲームのルールはさほど複雑ではなく、
『お互いに防御を捨てた攻撃重視のスタイルで、先に有効打を当てた方の勝ち』
と、いうモノだった。
「武器に指定は?」
「無いよ。一番良いと思うモノなら何でもいい。当然真剣も有り。僕の怪我とかは一切考慮しなくて良いよ」
「凄い自信だなぁ。まぁ、それくらいの差があるって事だよな。分かった。一撃当ててやる」
マクドネルは笑って頷く。
「でも建物の中では迷惑になるから、外でやろうよ。得意武器を用意して、表の広場でやろうか。それで良いかな?」
「もちろん」
「……兄上、遊んでいる場合では」
「これは魔窟探索を行う上で必要な遊びだ。遊びだというなら、本気でやらないと意味が無いだろう」
マクドネルは物凄く真面目に言っている。
「好きだなぁ、そう言う考え方。マクドネルさんはけっこう魔窟探索向いてると思うよ。はっきり言えば、魔窟探索で重要なのは実力より適正だし。で、魔窟探索の適正ってのは、何に楽しみを見出して、いかに本気で楽しむかってところだから。その点でいうなら、マクドネルさんは問題無し。かなり強くなれると思うよ」
「うわー、ウィルフさんにそこまで言ってもらえれば、自信付くなぁ」
オスカーの心配を知らないマクドネルは、本当に楽しそうだった。
それが適正というのであれば、それこそマクドネル以上はそうそういないだろう、とはオスカーも思う。
マクドネルはとにかくいつも楽しそうで、楽しむ事にかけては貪欲なほどに真剣で、いかな苦難であってもそこに楽しみを見出す事に関しては確かに才能というべきだろう。
「とはいえ、実力が無ければ何もなせないのは当然の事。ウィルフさん、もっと色々教えて下さい!」
もう一つ、マクドネルの稀有な才覚として、人に教えを請う事を恥じないと言う資質があった。
当たり前の様に思える事だが、それを当たり前の様に行う事が出来る者は少ないのが現実である。
しかもマクドネルは自分が教えを請う人物に対して、その出自や身分、年齢や性別なども一切考慮しない。
その相手が優れていると見れば、それがみすぼらしい乞食の様な者であっても幼い女児であっても頭を下げる事が出来る。
今も一見するとウィルフの方が年下にも見えるし、街での立場で考えるのであればウィルフよりマクドネルの方が上位と言えた。
おそらくほぼ全ての街の住人がウィルフの言動を失礼と捉えるだろうが、マクドネル本人だけはまったくそんな事も気にかけない。
そんなマクドネルはウキウキしながら、両手に得意としている剣を持って外でウィルフを待った。
それに対してウィルフはさほど時間をおかずにやって来る。
が、ウィルフが選んだ武器は奇妙極まるモノだった。
「あの、ウィルフさん。それは?」
さすがにマクドネルもウィルフに尋ねる。
「コレですか? 良いでしょう?」
ウィルフが自慢する様に見せびらかしているのは、そこそこの長さがある木の枝だった。
しかも生木をへし折ったのではなく落ちていた枝を拾った様で、枯れているのか腐っているのかは分からないが見た目より軽く脆いのがすぐに分かる。
「こう言う、丁度いい棒って持ってると童心に返ったりしませんか?」
ウィルフは楽しそうに枝を軽快に振ってみせる。
マクドネルは街でいうなら最強の剣士であり、ウィルフとの差は確かにあるものの、枯れ枝でどうにか出来る様な相手では無いはず、とオスカーは思っていた。
「良いなぁ。俺もそういうのにしますか?」
「いえいえ、得意武器でどうぞ。ゲームとはいえ、稽古も兼ねていますから」
マクドネルの二刀にもまったく恐れていないウィルフは、軽く答える。
「もし私が負ければ、そうですね、僕もその領主の娘さんを捕える事の協力しましょうか」
「保護です。捕えるワケではありません」
無駄とは思うが、一応オスカーは訂正する。
「ちなみに俺が負けたら?」
「僕は協力しません。応援してますから、頑張って下さいね」
最初からそのつもりだったので、こちらに負けたリスクは無いという事になる。
つまり、向こうは微塵も負けるとは考えていないという事か。
舐められている、とはさすがに思えない。
実力の差はそれ程にある。
だけではない。
何か企みがあり、その全てが準備万端に整っているという事。
「では、始めますか」
ウィルフはそう言うと、笑顔で木の棒を掲げる。
まるで両手剣を構えているかのようだな、とオスカーだけでなく対峙するマクドネルも思った。
マクドネルは魔物退治の際に、実際のウィルフの戦い方を見ている。
温厚かつ上品にも見えるウィルフの戦い方は、おおよそ見た目にそぐわない、ほとんど技術を必要としない暴力そのものともいうべき戦い方だった。
想像を絶する硬度を持つ黄金の鎧と全身を覆う程に大きな盾で相手の攻撃を防ぎ、その後、そこで出来た隙に生命体を原型も止めない肉塊に変える、大きさを自在に変化出来る鉄槌の一撃を見舞うという、恐ろしく雑に見える戦い方だった。
しかし、これも誰にでも出来る戦い方ではないのを近くで見ていたマクドネルは感じていた。
攻撃を盾で防ぐという事にしても、真正面から受け止める様な事はせず、斜めに流す様な受け方で被害を抑えている。
攻撃の後の隙を突くと言っても、その隙は必ずしも大きなものではない事も多い。
それでもウィルフは文字通り針の穴に糸を通すほどの正確さで、致命的な一撃を繰り出していた。
極めて優れた装備と身体能力に任せただけの粗雑な戦い方にしか見えないものの、実は技術の粋を極めた誰にも真似出来ない戦い方でもある。
だからウィルフに戦闘に関する技術が高い事は察する事は出来るが、両手剣を使っているところは見た事が無い。
それに防御を捨てた攻撃重視の戦いという条件も、ウィルフ本来の戦い方ではない条件である。
策謀を看破する事は、マクドネルの得意とするところではない。
それに防御を捨てて攻撃重視というのは、逆にマクドネルの得意分野である。
一本取ればそこで勝負アリなのだから、攻防の駆け引きより先手を取る事。それで勝負は決まる。
マクドネルはそこに集中する事にした。