第三十二話 ウィルフとマクドネル
領主を倒した瞬間から何もかも自由になってめでたしめでたし、となるはずもなく、新たな秩序作りはオスカーを中心に行っていた。
その為の行動拠点として領主の館を接収していたのだが、そこには領主が解き放った魔物が徘徊している状態だった。
ウィルフとマクドネルは他に数名腕の立つ者を連れて魔物退治を行っていた。
もっとも、実際にはウィルフがほとんど一人で魔物を倒し、マクドネルを含むほぼ全員が足を引っ張っているだけだったのだが。
「兄上、探そうとしていたのですが……」
「オスカー、ちょうど良かった。俺は魔窟探索に行く」
「は?」
唐突な宣言に、マクドネルに話があったはずのオスカーが言葉を失う。
「俺は自分の実力不足を痛感した。今のままでは何の役に立てそうにないからな」
何故か自信満々にマクドネルは言うが、こう言うところが彼の魅力であり彼の周りに人が集まってくる理由でもある。
「それは、まぁ、はい。私も兄上にはそれをオススメしようかと思ってました。それで私から兄上に頼みたい事がありまして」
「お前から俺に? 逆じゃないのか?」
マクドネルは笑いながら尋ねる。
「エヴィエマエウの話で、どうやらクラウディバッハの娘が魔窟に逃げ込んでいる様なのです。是非保護して街に連れ戻していただきたいのです」
「ああ、メーちゃんか。可愛い子だよな。見つけてくれば良いんだな?」
「それが、今は隻腕のソルと言う男に誘拐されているらしく……」
「ソルに? だったら諦めた方が良いね」
マクドネルと一緒にいたウィルフが、さらっと横から口出ししてくる。
「何故だ? その男をあんたは知ってるのか?」
マクドネルの質問に、ウィルフはにっこりと笑う。
「よく知ってるよ。正直、彼が女の子を誘拐するとは思えないけど、彼の手に護られてるのであれば、誰であってもその女の子に手は出せないよ。魔窟の中だと余計にね」
「兄上、私もウィルフさんに賛成です。私も知らなかったのですが、ソルはかつて魔窟にて実績を重ねた人物であるとか。そこでウィルフさん、貴方にも協力していただきたいのですが」
「何で僕が?」
本気で分からない様に、ウィルフは首を傾げる。
「領主の娘は街にとっても重要な人物なのです」
「それで?」
やはり本気で分からない様で、ウィルフは不思議そうな顔で首を傾げている。
「誘拐犯が凄腕と言う事ですが、貴方が協力して下されば安心です」
「だから何で僕が?」
「これは街の存続に関わる事ですので」
「うん。でもそれって僕に関係無いよね?」
ウィルフの表情を見る限りでは本当に本気でそう思っているらしく、オスカーの言葉にもまったく響いていないのが分かる。
「意外に思われるかもしれませんが、これは街に住む数百万の……」
「うん。でも僕には関係無いよね」
ウィルフは真面目に答える。
「それは君達が望んだ事だっただろう? 悪の魔王を倒した結果がそれなら受け入れるべきだよ。それをどうにかしたいと思うのなら、それは街の住民で解決するべき問題で、解放の為の助っ人でしかない僕に頼るのは違うだろって話さ」
「オスカー、これは俺もウィルフさんに賛成だ。メーちゃんを逃がしたのは俺達の不手際だし、それが街の存続に関わると言うのであれば尚の事ウィルフさんではなく、俺達の手で解決するべき問題だろう」
単純明快な思想のマクドネルはともかく、オスカーはウィルフに対して強い不信感を覚えた。
それと同時に、今回の事の絵を描いたハンスに対してもである。
この二人、いや、厳密に言えばハンスは街の為の解放ではなく、街を滅ぼす事を最初から計画していたのではないか、と言う不信感である。
思えば、ハンスと言う執事の事をソムリンドの頭脳であるオスカーであっても、ほとんど何も知らなかった。
ある時突然クラウディバッハの家に現れた初老の紳士で、非常に人当たりが良く温厚な紳士でありながら、マクドネルやオスカーとも互角に戦えるだけの戦闘力も有する謎の男。
だが、よくよく思い返してみるとハンスとの演習は、いつもギリギリのところでかろうじてオスカーは勝利していた。
マクドネルも同じく、僅差で勝利していた。
さすがソムリンド家と持て囃されたものだったが、マクドネルとオスカーでは戦士としての戦い方も資質もまったく違う。
それを毎回同じ様に同じ結果となる事などあるのだろうか。
これは以前から少しとはいえ、オスカーの中で些細な違和感があった。
それが蘇ってくると、自然な形で不信感と結び付く。
ハンスは元魔窟探索者であった事は本人も語っていた事であり、その繋がりでウィルフを紹介してもらった事で、領主を打倒する事は出来た。
ウィルフの協力無くして領主を倒す事は出来なかった事も考えると、その事には感謝している。
が、ハンスの目的は街の為ではなかったとしたら?
魔窟探索者の多くは街でも貧民街、あるいはそれより外の貧民窟の出自が多く、それ故に街を敵視している者もいると言う事は知っている。
領主のところに雇われた執事がそうとは思えないのだが、以前から抱えていた違和感と今回芽生えた不信感が結びついてしまっているのを解消出来るほどの説得力を、オスカーは得る事が出来なかった。
「ただ、魔窟に挑む前に、俺に稽古をつけてくれませんか?」
マクドネルがウィルフに向かって言う。
「稽古?」
「はい。少なくとも、俺はウィルフさんぼどの戦闘能力を持つ人間は見た事が無い。俺もその強さが欲しい!」
「そう言ってもらえるのは有難いけど、僕の強さの九割は装備だからね。僕と稽古しても得るモノは無いと思うよ?」
「今の俺はその一割にも遠く及びませんからね。一度最強を感じてみたいんですよ」
「……分かった。それなら一つ、ゲームをしようか」
ウィルフはにこやかに提案した。
「ソルとも敵対するかもしれないから、少しくらいソルの戦い方も知っておいた方が良いだろうからね」