第三十話 店主の仕事
メーヴェは鍛冶仕事を見るのは初めてだったし、その仕事に対して特別な思い入れがあったと言う訳では無かった。
ただ、わざと見せてきた店頭に並んだ武具達の声にならない声は、メーヴェの興味を強く惹きつけた。
作り手の期待に応えられなかった悔しさ、こちらの作業場にある武具の素晴らしい完成度、そして炎の剣と言う異形とさえ形容出来る剣を見た時、この厳つい店主の仕事に興味が湧いたのだ。
「作業に入るけど、飽きたら寝てて良いから」
と、店主に言われたものの、寝るにしてもベッドも無いのにどこで寝れば良いんだろうとメーヴェは疑問を感じたが、もしかするとこの店主はベッドで寝ると言う文化が無いのかもしれない、とも思う。
誰の目にも貴族や一般人どころか人間ではないのが一目見て分かる人物なので、眠くなるとその辺でゴロリと横になっているのかもしれない。
そんな疑問を持ちながら、メーヴェは作業を始める店主を最初は何となく眺めていた。
が、作業が始まるとメーヴェは完全に目を奪われた。
と言っても、店主の仕事が物凄くアクロバティックだったとか、そう言う事ではない。
むしろ作業内容だけで言うのなら、ただひたすらに武器を叩いたり冷やしたり磨いたりと、まったくもって地味極まりない作業とも言える。
しかし、それはあくまでも見た目だけであり、メーヴェにはまったく違うモノが感じられていた。
鎚を振る店主と、それを受ける剣の音だけではない。
炉の炎も、剣に打ち込まれていく精霊の力も、時折武器を冷やす為の水も、その全てが
『強く』
と言う、ただその一点のみに集中している行為は、まるで極上の演劇を鑑賞している様な感覚に陥っていた。
あるいは、この世のものではない楽団による演奏を聞いている様な感覚。
あの人見知りのくせに落ち着きの無いオギンが、かぶりつきで店主の作業に見入っているのも、メーヴェと同じ感覚でいるのかもしれない。
一方の店主も、普通ならここまで見られていては仕事もしづらいはずなのに、そこにメーヴェもオギンも居ないかの様な、凄まじい集中力で仕事に没頭している。
ここまで強い意志を打ち込まれては、それに耐えうる武器にも相当な強さが必要になってくるのも分かる。
表の武器はコレに耐えられなかったのかな?
それも一因にあると思うが、おそらくそれだけではないだろう。
あの武器には、店主の集中力が欠けていたのではないか。
もちろん武器を作ると言う事には集中していたのは違いない。
そうでなければ、あのレベルの武器は作れない。
しかし、今ほど『強く』と言う一点への集中を持って作っていたのでは無いのではないか、とメーヴェは感じる。
店主は『強い武器』を作ると言う想いと目的は常に持ち続けていたのは間違いないが、ある時から『誰に』と言う部分が抜け落ち、それが集中を遮る要因となっていたのだろう。
とはいえ、今の集中もこの剣の持ち主であるアルフレッドの為に、と言う訳ではない。
ただ『誰かの為に』と言う見失いかけた目的を再認識し、それをメーヴェとオギンの視線がより強く意識させているのだろう。
本来であればメーヴェもオギンもただ邪魔にしかならないはずなのだが、今は何もかもが良い方に作用している。
オギンは見学に疲れたのか、メーヴェの膝枕で眠ってしまった。
飽きたと言う訳ではなく、疲れて眠った様だ。
元々飽きっぽいところは見られたオギンではあるが、飽きるとウロウロしたり他に興味を持ったりとわかりやすい行動を取るのだが、鍛冶仕事を見ている時は黙って見ていたので飽きてはいない様に思えた。
が、単純に体力が作業の終わりまで持たなかったらしい。
お気に入りの兜は脱いで両手で大事そうに抱えて、メーヴェの膝に頭を乗せて寝息を立てている。
相変わらすのブサイクさで、あのミニスカ魔術士とは違う意味で性別の分からないオギンではあるが、ここまで懐かれて愛着を持てないはずもない。
「……うわっ! ビックリした! ずっと見てたのか?」
作業に一段落着いた店主が振り返った時、メーヴェと目が合ったので本気で驚いていた。
「ずっと同じ事の繰り返しで、退屈だっただろう?」
「そんな事はありませんでした。とても美しく、素晴らしかったですよ」
「美しい? 随分と妙な感想だなぁ」
店主は苦笑い気味に言うと、アルフレッドから預かっている名剣を軽く振る。
その風切り音は、振りの軽さと一撃の重さを兼ね備えた、本来であれば矛盾して共存する事の出来ない音が兼ね備わった様な、明らかに今までとは違う武器に変わった音だった。
「……凄い。本当に凄い武器になってますね」
「いや、むしろお嬢さんの方が凄いだろう。本当に見ただけで分かるんだな」
「見ただけ、と言うより、今の武器を振った時の音がもう違いましたから」
「音の違い?」
むしろ店主の方が分かっていない様だった。
「例えば、剣と斧では同じ様に振っても違う風切り音でしょう? 短剣と長剣でも違いますし。そんな感じで、同じ武器種であってもその完成度によって風切り音は変わるんですよ」
「なるほどな。俺達作り手は自分の手で触れてるせいもあって、そんな当たり前の事にも気付かなくなっていたのかもな。そうか、音でも判断出来るのか」
メーヴェの言葉が響いたのか、店主は何度も頷いている。
「あ、でも使い手でも音は変わりますよね? あれは何ででしょう?」
まったく同じ剣であっても、アルフレッドとソルでは風きり音が違い過ぎて、とても同じ武器を手にしているとは思えないほどの差があった。
武器による違いはメーヴェには説明出来たが、使い手による違いの方はイマイチよく分からない。
「実力が違うってのがそうなんだろうが、たぶん振り方が違うのが一番だろうな」
こちらには心当たりがあるのか、店主がそう答える。
「剣の振り方が違う?」
「ああ。それこそ、あの小僧とソルでは明らかに実力が違うんだが、おそらく小僧の方は剣を『振っている』んだろうが、ソルは『切っている』んだよ。それはもう、無意識のレベルでそうなるくらいにやって来た事だから、体に染み付いているんだろうな」
物凄く簡単で単純な答えに、メーヴェも納得出来た。
確かにアルフレッドとソルでは実戦経験が違いすぎるし、剣本来の役割を考えれば正に『切る』事こそが本懐とも言える。
それだけに使い方に甘いアルフレッドでは『鳴る』程度の音に対して、ソルの場合には剣が『唄う』ほどの差になっているのだ。
そう言えば、ソルは腕がもげるくらい剣を振れって言ってたな。一応は本当に教えてくれてはいたんだ。
メーヴェはふとそんな事を思い出した。