第二十九話 夢魔女王(サキュバスクイーン)
ミウが心当たりとして上げたのは、五層の裏町最大の娼館だった。
もちろん今の時点で娼婦や男娼に用があるワケではなく、そこにいるマスター代理も務める『夢魔女王』カミーラなら何か知っているのではないか、と考えたのだ。
「確かにドレインに関しては専門家とも言うべき存在だな」
とは言うものの、レオラの表情はさほど明るくない。
レオラにしてもミウにしても、カミーラから気に入られていて、会う度に娼館で働く事を勧められている為である。
本来であれば多忙な人物のはずなのだが、何故か会おうとすれば簡単に会う事が出来ると言う不思議な人物でもあった。
「今日は二人? あの堅物君とボインちゃんは一緒じゃないの?」
「あの二人が一緒だから、私達が溢れてるんです」
ミウが答えると、カミーラはにっこりと微笑む。
「と、言う事はいよいよウチで働く気になった? 適正を見る必要はあるけど、貴女達ならすぐにでも客が付くわ」
「いや、今日はその事じゃなくて、別の話を聞きに来たんですよ」
「別の? 最速でA級まで駆け上がってきた貴女達なら、今さら私の方から教えられる事は少ないと思うけど? それに、ケンゴさんからも目をかけられていたでしょ? 魔窟探索に関してなら、私よりケンゴさんの方が適任じゃない?」
マスター代理としても知られる『夢魔女王』の異名を持つほどの人物ではあるのだが、その肩書きもあってカミーラは基本的には五層に留まり続ける必要があり、逆に言えば魔窟全体の情報に精通していると言うワケではない。
「いや、『夢魔女王』の異名を持つあんたなら、ドレイン効果にも詳しいだろ?」
「まぁ詳しいけど、それも込みで良いの? ドレインなんて四層でもそれほど珍しく無いでしょ?」
「前に組合の講習会でドレインについて学んだんですけど……」
「何だ、それ?」
ミウの話をレオラが遮る。
「組合の受付嬢が定期的にやってるんだよ。その等級に合わせた注意事項とか、そういうの。レオラだけじゃなくてテリーも参加した事無いけど、私は定期的に参加してるの。で、その時にドレインは大別すればライフとスペルの二種類って話だったけど、実はもう一つあるって受付嬢は言ってたんです。でも、その時はB級だったから、四層や五層までは特に気にしなくていいって」
「……まさか、エナジードレインの話?」
カミーラの表情が険しくなる。
「何だ、それ?」
「それが知りたくて教えてもらいに来たの。一層の受付嬢より、『夢魔女王』の方が詳しいと思って」
「エナジードレインの名前は受付嬢から聞いたとしても、どこでそれを疑う様な事が起きたのか、教えてくれる? まずはそこからよ」
普段はにこやかでありながら不必要なまでに色香を振り撒くカミーラだが、この時の表情は険しく真剣そのものだった。
「私は知らん。そっちの小さいのが知っている」
「いや、最初から私が説明するつもりだったから」
まったく状況を把握していないのに、何故か話に参加しようとしてくるレオラを押しのけて、ミウが言う。
と言っても、ミウも自分が見た不可解な状態しか説明出来ず、そもそもエナジードレインと言うモノが何なのかも分からない。
「それで何故そうかと疑ったの?」
そう尋ねるカミーラの表情は相変わらず険しい。
「疑った、と言うより、『知らない状態異常の状態』を『知らない状態異常の名前』と結びつけただけ、って言うのが正確かも」
ミウが正直に答えると、カミーラは頷く。
「話で聞いただけでは私も正確な事は答えられないけど、十中八九間違いなくその通りだと思うわよ。一体どこで何に会ってそうなったの? そこも教えてくれる?」
それにはミウが口を開く前に、レオラが割って入ってくる。
黙って話を聞いているだけと言うのは、余程我慢出来なかった様だ。
ケンゴのススメで二層の鍛冶師のところに行った時に、先客だった実力者に喧嘩を売ったらこうなったと言うレオラの説明に、カミーラの表情は今までの険しさが薄れて呆れ気味な柔らかさが戻ってきた。
「……雑な説明だけど、桁外れな実力の隻腕のおっさんって、もしかしてソルって名前じゃ無かった?」
「知り合いか?」
「引退したって聞いてたけど、復帰したのね。まぁ、貴女達が知らないのは無理も無いけど、よく生き延びられたわね。でも、ソルには異常極まりない戦闘能力はあったとしてもそう言う能力は無かったはず。仲間がいるって事? あのソルに?」
カミーラは驚いて尋ねてくる。
「知り合いか?」
「今、魔窟探索者最強は誰かって尋ねると、一人を除いてそれ以外の全員が『黄金の騎士』ウィルフと答えるでしょうね。それは自信家な貴女も認めるでしょう?」
並外れた自信家であるレオラだが、それには頷くしかない。
S級と言う括りであっても、ウィルフはその中でも飛び抜けていると言うのは誰しもが認める事実でもある。
「そのウィルフと互角の殺し合いが出来たのがソルだったのよ。実際に戦う様な事は無かったし、一緒に魔窟探索してた仲間でもあるんだけど、今後絶対ソルと敵対する様な事をしちゃダメよ? 長生きしたいのならね」
「片腕のおっさんだぞ?」
「その言葉、確かにその通りだと思います。でも、問題にしてるのはその人じゃないです」
レオラは認めようとしないのだが、それでは話が進まないと判断したミウが本題に戻す。
「疑ってるのは、一緒にいた黒づくめの女の子と芋虫みたいな使い魔です」
「エナジードレインってのはさ、もう選ばれた者にしか残されていない特殊能力なのよ。ちょっとした使い魔が使える様なシロモノじゃ無いの」
カミーラは子供に説明する様に、ミウに向かって言う。
「その能力は、大昔は物凄くたくさんの魔族や不死族が持っていたの。でも、魔窟探索者の等級が作られたのと同じ様な理由でその能力は失われていったわ」
「……共食い、か?」
「さすがにレオラちゃんは戦いの事に関しては、勘も頭の回転も早いわね。エナジードレインって言うのは、その能力だけでなく存在そのものを吸収する能力で、驚くほど簡単に強くなれる能力だったの」
それだけに同じ能力を持つ者同士でその能力によって、存在そのものが消されていった歴史があると言う。
「ドレイン系の能力は、そこからの派生とも言えるけど、まったく別の能力とも言えるわね。そんな魔物とソルが一緒にいるのなら、さらにソルとは敵対しちゃダメよ?」
「それより治せないんですか? この状態」
「状態回復薬じゃなくて、媚薬で上書きしたって言うのは、知らなかったとは言えおそらく最善の方法だったと言えるわよ。少し効果が弱まった時か一瞬でも良いから正気に戻った時に状態回復薬で、少なくとも発情状態は戻るし、おそらくその時には恐慌状態からも脱してるはず。それからは今より浅い層で手っ取り早く魔物を倒すかして、今までの経験を取り戻す事がシンプルだけど効果があるわ」
「で、その黒づくめの小娘と芋虫は危険極まりないと分かっていながら放置で良いのか?」
「放置するしか無いでしょ? はっきり言わせてもらえば、今の魔窟探索者でソルをどうにか出来そうなのは、S級の中でもウィルフか教団の三騎士くらいで、他のS級ではどうかも分からないしA級以下なら何人いても無駄でしょ? まして仲間にエナジードレインの疑いがあるんだったら、A級けしかけるのは、相手の強化に手を貸すだけ。逆に遠ざける事をススメるわね」
カミーラは鼻息の荒いレオラを諭す様に言う。
ミウもそれには賛成だったが、レオラは反発するかと思ったのだが意外にもすんなりと受け入れる。
「今は基本に立ち返る時だと思っていたからな。テリーとむっちりを連れて、雑魚狩りに行くぞ」




