第二十八話 レオラ。五層で仲間と合流
レオラは合流場所である五層の拠点にある宿へ向かった。
五層は現状では大半の魔窟探索者にとっての最深部拠点となる事から、一層にも劣らないほどの賑わいである。
むしろほとんどが初心者である一層より、探索慣れしている上に懐事情も大幅に向上している五層の方が賑わっている部分もあるほどだ。
そんな五層だが、徹頭徹尾初心者の為を心掛けている先生の一層と違い、隠す事も無く表と裏の顔を持っている。
表部分は魔法研究の部分であり、五層は他の層と比べて精霊の力が非常に安定しているので、ほぼ全ての属性の魔法研究が行われている。
誰も正体を知らない五層のマスターが『仮面』であると噂されるのも、各層の精霊の力がマスターの影響を受ける為であり、五層にはほぼその影響が出ていない事からである。
一方裏の顔はマスター代理として知られている『夢魔女王』の異名を持つ、カミーラと言う悪魔であり、彼女が仕切る巨大な娼館を中心とした歓楽街である。
不文律ではあるが、魔窟探索者はこの裏側に、魔法研究者は表側に宿を取る様にするのが五層のルールとなっているので、レオラは合流場所である裏町の宿へ行く。
裏町にも宿は多く、一つの宿に探索者のチームは多くても四から五組程度であり、レオラ達の選んだ宿は今のところテリーの組以外は出払っているらしく、一階の集会所にはミニスカ魔術士ことミウがいるだけだった。
「あん? お前だけか?」
「ああ、レオラか。お帰り。早かった……、いや、遅かった……?」
「知らん。お前だけかって、何だ? えらく疲れてるじゃないか」
「レオラがいない時、けっこうヤバめな事があって大変だったんだよ」
「何があったんだ?」
「いや、何でちょっと楽しそうなの?」
ミウは大きく溜息をついて、レオラに説明する。
この拠点に戻るまでは特に大きな問題も無かったのだが、宿に戻った途端にむっちり回復士ことエリスンの様子が異常をきたし始めた。
突然表情が強張り、自分の肩を抱いて震え始めたのだ。
しかも、テリーやミウが何か声を掛ける前に自らの髪を引き千切り、顔に爪を立てて掻き毟り、腕の肉を食いちぎるかの様に自分の腕に噛み付いたりした。
「はぁ? エリスンがかぁ?」
さすがにその奇行は、レオラには信じられなかった。
おっとりしたエリスンだが、身なり、特に自分の金色の髪は大事に整えていた。
魔窟探索と言う点においては、まったく無意味な事なのでレオラとしては無駄な事に時間をかけているとしか思っていなかったのだが、別にそれを咎める様な事でもないと気にしないでいた。
「自分の存在が感じられないって、恐れてたよ」
ミウが言うには、エリスンは痛みによってすら自分の存在を感じられなくなっていたらしく、テリーやミウの言葉すら届かない様な恐慌状態に陥っていたと言う。
「で、あの四層で手に入れたエロ薬を使ったんだよ」
「使ったのか? アレを? どうなった?」
「だから何で楽しそうなのよ。どうなったかは知らないよ。全部テリーに任せて、私はここに逃げてる訳だし」
「混ざればいいじゃないか」
「だから、そう言う雰囲気じゃ無かったんだって。正直、めちゃくちゃ怖かった」
「今から参加しに行くか?」
「人の話聞いてないね。いいよ、一人で行ってきなよ、止めないから」
大きく溜息をついて、ミウが呆れたのを隠そうともせずに言う。
「余程だったみたいだな。原因に心当たりは無いのか?」
「心当たりなんて、一つしか無いよ。あのS級との接触しか考えられないよ」
「S級って言っても、エリスンは……、あの小娘か?」
「しか考えられないんだって。他とは接触すらしてない訳だし」
ミウが言う様にそれしか考えられないのは分かると言えば分かるのだが、そもそもエリスンの状態が何かしらの状態異常だったとして、それがどういう状態でどうやってそうなったのかもイマイチ分かっていない。
何しろエリスンには目立った外傷も無く、二層での戦いでもほぼ人質になっていただけである。
「あくまでも私の予想でしか無いんだけど、あの黒い女の子か芋虫の方に触れただけで状態異常を引き起こす何かがあるんじゃないかと思ってるんだけど……」
「それしか考えられないのは分かるが、だとすると連れが弱すぎるのが気になるな。あの隻腕のS級はともかく、『仮面』とデカ乳女は間違いなくエリスンより格下だったはずだ」
「デカ乳女って……、レオラと対して変わらないよ?」
「バカを言うな。私のは鍛えて厚みを持って大きくなったのであって、あのデカ乳女の様な駄肉ではない」
「まぁ、見た目の話はともかく、確かにあの二人は格下なのは賛成。だけど、たぶんS級はこの事を知ってたんじゃないかと思うところはあるのよね」
ミウが難しそうな表情を浮かべて言う。
「あのS級は、明らかに『仮面』やデカ乳より、あの女の子の方が実力者だって事を分かってた。もし本当にただの女の子だったとしたら、人質を取る役にも使わなかっただろうし使えなかったと思う。もう一人、銀髪の子がいたでしょ? あの子には一切戦闘に関わらせなかったし」
「……いたな、確かに。見るからに弱そうなヤツだったが」
「私の目にはあの黒い女の子も弱そうに見えたのよ。でも、S級は銀髪にはまったく近寄らせず、黒い方には戦力として参加させた。しかも魔法攻撃みたいな援護とかじゃなく、直接攻撃の一手として。何かしらの知識が無いと、この指示は出せないと思うんだけど」
「言われてみれば、S級は何か知っててもおかしくはないか」
「けど今重要なのは、黒い女の子の強さとかそれをS級が知っていたかより、エリスンが受けた状態異常の正体だよ。私はドレインタイプの何かだと思ってるんだけど」
「ドレイン? それで存在を感じられなくなる様な事があるのか?」
レオラが首を傾げる様に、ドレインと言うのは魔窟の魔物でも中層より深く潜ればさして珍しい能力ではない。
大まかに言って、ドレインと分類されるのは二種類。
体力を奪って自身に吸収するライフドレインと呼ばれるモノと、精霊の制御力を奪ってその力を強化するマジックドレインの二種である。
どちらも厄介な能力である事は間違いないのだが、少なくともレオラが知る限りではエリスンの状態とは結びつかない。
「もう一つあるらしいんだ。それについて、専門家に聞いてみようと思うんだけど、ちょっと一人では会いづらいから、レオラもついて来てくれる?」
ミウは上目遣いにレオラに尋ねる。
「まぁ、あのS級にやり返す為にも必要な情報だしな」
「……懲りてないの?」
「当たり前だ。やられっぱなしで済ませるかよ」




