第二十六話 卑怯を考える
「レオラ」
テリーは何かを恐れている様にピッタリくっついているむっちり回復士と、ようやく目を覚ましてアゴをさすっているミニスカ魔術士を連れて、レオラを呼ぶ。
「後で合流する。五層だな」
そう確認した後、テリー達は先にこの場を離れていく。
……武器は良かったのかな?
テリー達の目的はあの店主の武器だったはずなのだが、もうどうでも良くなったのかもしれない。
「もう少し話が聞きたい。けっきょく卑怯とは何なのだ?」
レオラはとても教えを請う様な態度ではなく、噛み付く様な態度で聞いてくる。
「逆に聞きたい。お前の考える卑怯とはどんな事だ? 人質を取る事か? 後ろから殴りかかる事か? 寝てるところを襲うか? 一対一のところを複数で襲いかかる事か?」
「……ああ、その全てが卑怯だろ?」
「何故そう思う?」
「何故って、そりゃ……」
なんでだろう?
特に質問されている訳でも無かったが、メーヴェも考え込む。
「卑怯だからだろう?」
答えたのはルイだったのだが、言いたい事は分かる。
そう言いたいのは凄くよく分かるのだが、それは答えになっていないのも分かる。
「少し見方を変えよう。例えば嘘はどうだ?」
「もちろん、卑怯と言うべきだ」
レオラやルイは頷いているが、メーヴェとしてはソルの質問の意図が読めない。
「考えてみれば、お前さんはそう言う事のスペシャリストとも言うべき存在だったな」
ソルの過去を知っているケンゴは、何やら納得顔で頷いている。
「全てにおいて例外なく、と言う訳ではないものの、卑怯な手段と言うのはほとんどの場合において、仕掛けられた側には明確な対処法が無い、あるいは対処し得ない行動や手法なんだ」
「戦闘において、これほど有効な手段は無いだろうな」
ソルの説明に、ケンゴが大きく頷いている。
考えてみれば、ソルは元々魔物扱いを受けていたほどであり、一人で魔窟探検者を襲撃しては『狂犬』と言われていた事もある、とメーヴェは聞いた事がある。
メーヴェが聞いたくらいだから、ケンゴも知っているのだろう。
むしろケンゴはソルの討伐を依頼された事があってもおかしくない。
討伐依頼ともなると、実力が上の、しかも複数が相手になる事が常である。
今のソルならばともかく、少年時代のソルであれば全ての追っ手を真正面から撃退する事など不可能だったはずだ。
それでもソルは生き延び、今では排除不能の戦闘能力を有するに至っているほどに実力も身に付けている。
そこまで生き延びるには、それこそ綺麗事では済まない様々な手段を用いた事だろう事も簡単に予想出来る。
背後から急襲する事も、寝ているところを襲う事も行ったのだろう。
また、嘘を用いて攪乱する事も、おそらくは毒や罠を使う事も躊躇わなかったはずだ。
そして、不利と悟った場合には逃げる際に人質を取る事も普通に行ったのだろう。
あのむっちり回復士に対するレミちゃんの指示とか、的確だったもんな。絶対初めてじゃ無かったと思うし。
「つまり、実力を付けたければ卑怯者になれ、と?」
レオラは険しい表情で尋ねるが、ソルは首を振る。
「まさか。むしろ逆だな。卑怯者になりたくないなら、実力を付ける事だ。少なくともお前達の実力では、自分のルールを貫けるほどじゃない。実際に女子供に手を出さないなんて言ったせいで、簡単に人質を取られたんだからな」
ソルはまるで当たり前の事の様に言うが、普通は女子供を使って女子供を人質に取ろうとはしないだろう。
魔窟探索者なら、なおさらそうだとも思うのだが。
メーヴェはそう思ったのだが、もし魔窟探索者がレオラやルイくらい単純明快ならともかく、そんな者達ばかりなら等級による行動制限も必要無かっただろうとも思い当たる。
等級による行動制限が必要になるくらいなのだから、かつてソルが行ってきた様な卑怯な手段はおそらく今も行われているのだろう。
テリーやレオラは最速でA級になった事を自慢していたが、それだけに実力と自信を持つに至っているのだが、その速さからこれまで卑怯な手段と言うのに困った経験が少ないと思われる。
疑いようもないくらい、実力はある。
ただ、相手が悪過ぎたとしか言えないのだが、レオラはそれでは納得出来ないようだ。
「どう考えても卑怯者になれと言っている様にしか聞こえんな。実際にその手段が最も効果的なのだろう?」
「そんなに都合良く絶対の正解があるわけないだろう。当然大き過ぎるリスクがある。今のお前みたいなヤツがまさにそうだな」
ソルはレオラに言う。
道理や倫理を無視した場合と言う前提付きではあるが、卑怯な手段と言うのは先にソルが言った通り、有効な対処法が恐ろしく限られている、あるいは完全に手遅れの状態になっているのだから、確かにそうする事が正解と思えるほど効果的だと言える。
「勝ちきれなかった時だ。この通り、必要以上に恨みを買う。それはもう、話し合いじゃ解決しないくらいにな」
そりゃそうだろう、とメーヴェは思わず口に出そうになった。
人としての最低限のルールからも逸脱する様な行為を行った場合、その反動とも言うべき憎悪は相当になる。
実際にソルは訓練の前に決めた『回復薬で回復する程度の怪我』以上のダメージは、少なくとも身体的には与えていない。
それどころか、身体的なダメージで言うなら回復薬すら必要ないだろう。
それでもこれだけの恨みを抱かれているのだから、それが実戦ともなれば計り知れないリスクにもなる。
「卑怯者になるもならないも、まずは実力が無ければ話にならないって事だ。お前さんには見込みはある。特にその負けん気は嫌いじゃない」
これまで散々してやられてきたのだが、突然ソルからそんな事を言われて、レオラは反応に困っている。
コレが世に言う『ツンデレ』ってヤツなの? ソルがそうなのかな?
「あとは、あの技を磨く事だな。今のままじゃ使い物にならないだろうが、アレは悪くない」
「……使い物にならない、だと?」
レオラの表情がまた険しくなる。
「今のままでは単なるビックリ一発芸にもならない、小技だな」
言い方ってのがあるでしょ!
ここは声に出して言った方が良かったかもしれないが、ソルはともかくレオラは問答無用で噛み付いてきそうなので、メーヴェは心の中だけで思っておく。
「威力も無く、打ち出すまでのタメもある。あの威力なら瞬時に数発打ち込めないと使えないし、タメが解消出来ないのであれば、せめて威力は十倍以上欲しいところだ。それくらいなければ、技と言うより芸でしかない」
おそらく本心から相手の為に言っているのだろうが、伝えているソルとは違ってレオラの表情はどんどん険しくなっていく。