第八話 動き出した日
クーデターの当日、ウィルフはソムリンド家の前にいた。
先日の件もあり、ソムリンド家の次男でありクーデターの首謀者の一人であるオスカーに招かれたのである。
「今日はお招き頂いて、ありがとうございます」
ウィルフは丁寧に頭を下げて挨拶する。
こう言うところは、オスカーとしても有り難くもあったが意外でもあった。
魔窟探索者として名を馳せるウィルフだが、オスカーの知る魔窟探索者と言うのはその実力に比例して自尊心も高くなり、相手に対して必要以上に高圧的な人物が多かった。
しかしこの人物は他の魔窟探索者とは比べ物にならないほどの実力者であるにも関わらず、物腰は柔らかくさほど高圧的と言う訳でもない。
そんな掴みどころのない人物の印象が強いウィルフだが、今日は先日と違って明らかに威圧的なところがあった。
先日は地味な私服姿だったが、今日は魔窟探索の時に身に着けているであろう黄金の鎧と純白のマントを身にまとっている。
特に今日この場で戦闘になる、と言う様な事はないとオスカーは思っているのだが、何か思惑があって完全装備でこの場に望んでいるのだろう。
しかし、ただ威圧するつもりでもない様で、その手には少し大きめの果物でも入っているかのような箱を布で包んだモノを持っている。
「いえ、こちらこそ御足労おかけしまして。ところで、その手荷物は?」
「ああ、コレですか? 僕は貴族社会と言うものに疎くて、名門のソムリンド家に招かれたとはいえ手ぶらでは失礼になるかと思って、手土産をお持ちした次第です」
そう言う割にはわざわざ手土産を持ってくる辺りには慣れた雰囲気を感じるが、貴族が魔窟探索者に慣れていない事を考えても、その逆も十分有り得る。
「こちらからお呼び立てしたのに、そんなモノまで用意していただいて」
「ところで、今日で良かったんですか? 今日はそちらにとっても大切な日なのでは?」
「……コレも先延ばしに出来る事ではありませんので」
オスカーは苦々しい表情でいう。
「んー、あまり楽しそうな話では無いみたいですね。そんな日に申し訳ありません」
詳しく聞こうとしないウィルフだったが、興味がないというより何か察したのだろう。
「手荷物は運ばせましょう」
「あ、いえいえ。大丈夫。まぁ、ある意味では舞台装置みたいなモノなので」
ウィルフは何か企んでいる様な、どこか含みのある笑みを浮かべている。
どうも気になるところではあったのだが、『魔窟の英雄』の二つ名を持つウィルフに対して実力行使はまったく無意味なので、オスカーはこれ以上の詮索はしない事にした。
ソムリンド家の屋敷は広く、本来であれば使用人に案内させるところなのだがウィルフが特別な客という事と、既に家の主要人物達は部屋に集めている上に使用人達にはあまり聞かせたくない内容の話になるので、オスカーが自ら案内する。
街の貴族の中でも領主であるクラウディバッハ家と、その両翼と言われるソムリンド、ローデの両家の三家は特別であり、中でもソムリンド家は勢力の大きさで言えば領主であるクラウディバッハ家を上回る。
権限で言えば領主には及ばないものの、ソムリンドには八人の男児と十三人の女児、それに連なる親族などの貴族がいるので、その勢力は領主にも劣らないだけの力があった。
当然後継者争いも無くはないのだが、長男マクドネルはその実力も人望もソムリンドの後を継ぐに相応しい能力の持ち主であり、次男オスカーにしてもマクドネルに次ぐ実力者である為、この二人を同時に排除しない限り後継者争いにならないというのが現状だった。
ソムリンド家の敷地は住人が多い事もあって、実は領主であるクラウディバッハ家より広い。
案内がなければ中々目的地まで到着出来なく、実際にソムリンド家に入った盗賊の数人は目的地に到達出来ずに迷走した結果捕らえられたモノもいたほどだ。
「失礼します」
目的の部屋についたオスカーは、豪華な大扉をノックして入る。
そこにはソムリンド家の主要な面々が揃っていた。
ソムリンド家の当主とその対面に長男のマクドネル。当主の後ろには第一、第二夫人の他に『ソムリンドの異才』と称される変わり者の三男アルフレッドを始めとする息子と娘達。
全員では無いものの、主要とされるが集まっていた。
それと分かっている者から見れば壮観なのだが、まったく面識の無いウィルフにとっては老若男女がワラワラ集まっているだけに見えるかもしれない。
「これは何のつもりだ?」
当主が重厚な声でオスカーとウィルフに向かって目を向けた後、マクドネルに向かって言う。
「僕の方からお話の機会を頂けないかと、お二人にお願いしたんですよ」
ウィルフが軽快に答える。
そんな事は無いのだが、ウィルフが予想外の切り出し方で踏み込んできたので、オスカーは任せる事にした。
「貴様、何者だ?」
当主が凄む。
武のソムリンドと称される事もあるが、ソムリンドの家には魔術の適正を持った子が極端に生まれにくく、様々なところから血を入れているのだが数代に一人生まれるかどうかと言う、奇妙な血縁の特徴がある。
当代の当主も、マクドネルとオスカーの次世代当主候補も魔術適性は無い。
が、現当主は『武のソムリンド』の体現かと言わんばかりに筋骨隆々で、単純な腕力勝負であれば街でも最上位の一人だろうと言われている。
にしても、この場合は相手が悪すぎるとオスカーは思っていた。
確かに街でソムリンド当主と言えば、その肩書きと外見から恐れられている。その人物から脅されてはまともに受け答えなど出来なくなるところだが、相手は『魔窟の英雄』である。
人ならざる者達と戦い続けた者にとって、ただ腕力に優れるだけの中年男性を恐れる理由が無い。
事実、ウィルフは実に涼しげに微笑んでいる。
「街はすでに貴族を必要としていないのです。当主たる貴方にそれが分からない様であれば、この家も血に染まる事になりますね。今夜には民衆は立ち上がり、街の主権は市民に移る。死にたくないのなら、魔窟に逃げる事をオススメしますよ」
笑顔で言う様な事ではないのだが、ウィルフは微笑んだままの表情で言う。
「それで、貴様は何者なのだ?」
「今朝、ローデ家にお邪魔させてもらったんですよ」
ウィルフは挑発しているのか、当主を完全に無視して話を進める。
「同じ話をして来ました。ローデ家の方々も中々分かってもらえなくて苦労しましたよ」
ウィルフはそう言うと、抱えていた果物の入っていると思われる箱をテーブルの上に置く。
「そこで、こちらでは少しでも話がスムーズに進むようにと、ローデ家の方々に頂いてきた手土産をお持ちしました。ここでお開けしてもよろしいですか?」
その言葉の後、全員がその箱の方に目を向ける。
大きめの果物の入りそうな箱で、それを布で巻いているのではっきりと何かは分からない。
だが疑ってしまったら、その可能性を考えないわけにはいかなくなる大きさ。
そう、人の頭が入っているのではないか、と言う可能性。
街の住人であればいざ知らず、魔窟の住人であるウィルフであればありとあらゆる無法が考えられるのだ。
ソムリンド当主にはウィルフの正体は分からないはずだが、それでもこの無礼極まりない態度から街の人間ではない事くらい察する事は出来る。
「それで脅しているつもりか? 話にもならん」
「ローデ家でも同じ事を言われました。貴族と言う方々は、案外同じ事を言われるんですね」
どこまでも柔らかく軽やかなウィルフに、ソムリンド家の面々は飲み込まれていく。
「そんな事で揉めたく無かったからこそ、ローデ家から手土産をもらってきたんですけど。まぁ、その手土産の方を見て考えて下さい」
ウィルフは包みの布を取る。
まったく飾り気の無い木箱が姿を現す。
その蓋をとって、ウィルフは箱の中から小さな何かを取り出すとソレをテーブルに置く。
「僕が何を言っても信じてもらえないでしょうから、頂いてきたんですよ」
ウィルフがテーブルの上に置いたのは、ローデ家の紋章の入った指輪だった。
「街で手に入るモノですか? よく確認して下さい」
それは確認するまでもない、ローデ家の指輪だった。
「どうします? 今この場で箱の中身を確認しますか?」
「ローデ家で何をした?」
「話し合いですよ? まぁ、少々揉めはしましたが」
「何をしたと言うのだ!」
「知りたいんですか?」
ウィルフはにこやかに尋ねる。
「詳しい話を聞きたいのでしたら、マクドネル、オスカーの両氏から話を聞けば良いのでは? さっき言った僕の話よりわかりやすく僕の話したい事を話してくれますから」
これまでソムリンドの当主は長男次男の話にまったく耳を傾ける様な事は無かったが、ウィルフの言葉は無視出来なかった。
「ただ、その場合は別室でやってもらえませんかね? 僕はそこの三男さんに話がありますので」
ウィルフは三男のアルフレッドを直接指名する。
まったくの初対面なので、指名されたアルフレッドの方も戸惑っている。
「お、俺ですか?」
「そうだよ。他に三男っていないだろ?」
やはりウィルフには気負った様子も無い。
しかし、雰囲気が変わっていた事はこの部屋の中のほとんどが感じていた。
見た目には何も変わっていないし、口調も声質も何も変わっていない。
なのだが、明確に変化している雰囲気。
あからさまな敵意。
それは問答無用の迫力があり、街を牛耳る大貴族の矜持など簡単に吹き飛ばすほどの敵意。
これまで強気の態度を崩さなかった当主でさえ、この時のウィルフに逆らう事は出来なかった。