第二十三話 レベルの違い
実際に目で追えた訳ではないので推測の部分が大きくなるが、ソルはただ空振りを誘ったと言うだけではなく、身体能力強化を見越した上でその勢いを利用したのだろう。
身体能力強化は非常にシンプルな強化方法であり、他の強化法と比べると扱いやすいと言える方法でもある。
しかし、見えづらいリスクもある。
その一つが空振りである。
強力無比な攻撃を繰り出せる反面、普通では考えられない勢いが付いている事もあって空振りした時には本人が思っている以上に体が流される。
強化した身体能力でそれを堪える事も出来るが、それを自分が意識していない形で加速させられた場合にはその限りではない。
つまりソルが行った事は、例えば最初の突き上げは空振りさせただけでなく、さらに上へ加速させる、おそらくは膝が伸びるタイミングを狙って膝ごと抱えたのだろう。
それによって自分の踏み込みで自分の体を支える事が出来なくなって、高々と飛び上がる事になってしまった。
鈎突きにしてもそうだろう。
ただ躱すだけでなく、その肘を攻撃方向に送り出し、それだけでなく送り足を軽く浮かす程度に払うだけでレオラが耐える事も出来ずに軸足を中心に回転してしまったと言う訳だ。
と、理屈の上ではそう言う事だと思うのだが、身体能力強化された神速の体術に対してその上を行く様な速さと正確さでそんな事が出来るのかと言われると、さすがに疑わしい。
むしろソルが何かしらの魔術を使ったと考える方が自然、とさえ思える。
ソルには大きく動いた素振りは無かったが、それでも強化されたレオラを寄せ付けない強さを見せる。
「これがA級とS級の差?」
「いや、ソルはS級といっても特別だ。他のS級とならもう少しマシだろう」
メーヴェの質問に、ケンゴが答える。
「……なるほど、躱す事や返し技が得意らしい。まともに攻撃に耐えられないからこそだな」
レオラは何とかして怒りを抑えようと、ソルを挑発してくる。
「そんなヤツには、さすがに私の最大の技は耐えられそうにないだろうな」
「当てられない攻撃を自慢されてもなぁ」
ソルは肩を竦めるが、レオラはそれを意に介さず構える。
それを確認してから、ソルもゆっくりと動き出す。
別にレオラの攻撃を妨げようとした訳でもなく、ただ立ち位置を変えたのだ。
「さて、打ち込んでみろ」
ソルはそう言うと、へたり込んで動けないむっちり回復士やソルに意識を飛ばされて寝かされているミニスカ魔術士の前に立つ。
「さあ来い。殺すつもりで、全力で打ち込んでみろよ」
相変わらず、性格悪いなぁ。
具体的にレオラが何をしようとしているのかはメーヴェには分からないが、接近戦を得意とするレオラがあえて距離を取って構えているところを見ると、おそらくは飛び道具、あるいは強烈な突進系の技だったのだろう。
それだけに相手の立ち位置は非常に重要になる。
今までソルが立っていた場所は、メーヴェ達の前だったのでレオラも躱さずに受ける事だろうと思って挑発したのだろう。
が、構えた直後にソルはレオラの技の特徴を瞬時に把握して、立ち位置を変えた。
それによってレオラはどれほど強力な技であったとしても、通用するしないに関わらず技そのものが出せなくなった訳だ。
「……卑怯者め! どこまでも、どこまでも……」
「卑怯者、か。確かにそうだな。だが、お前達はその言葉を深く考えた事はあるのか?」
「……何?」
「卑怯者となじる事は多いみたいだが、具体的に卑怯と言う行動を深く考えた事はあるか?」
ソルの言葉に、レオラは眉を寄せて首を傾げる。
「卑怯者と言うのは良い。卑怯な手だと思うのも分かる。では、何をもって卑怯と言っているのかは考えないのか?」
ソルの言葉に、レオラは構えたまま動きが固まる。
「どうした? 力が抜けてるぞ?」
ソルは笑いながら指摘するが、レオラとしてはどう対処すべきかを悩んでいる様に見える。
このまま技を繰り出した場合、ソルがちゃんと受けるとは限らない。
そうすると、避けられた場合には仲間に被害が及ぶ。
完全に手詰まりなのだが、レオラの高い気位がここで参ったと言う事を拒んでいる。
「ほら、卑怯者が待ってやってるんだ。何かしらやってみればどうだ?」
ソルから挑発され、改めてレオラは力を込めるが果たしていかにして打ち込むのか。
周りは注目しているが、レオラにはその見込みは無かったらしく、まったく動けない。
「……仕方ないなぁ」
ソルは大きく溜息をつくと、ゆっくりとレオラに近付いて行く。
「どうした? 何も出来ないのか?」
距離は潰したとしても、延長上に回復士達がいる事に違いはない。
ソルは人質を取ったまま相手を煽っているのだ。
短気なレオラは、最終的には味方への被害を考慮しないと言う結論に行き着いたらしい。
眩い光を放つ突きが繰り出されたが、それは大きく上に反れた。
誰の目にも何が起きたのか分からなかったが、繰り出したレオラだけは何をされたのか分かった。
技を出す、まさにその瞬間にソルがレオラの拳をはね上げたのである。
その結果、必殺の威力を誇るはずの一撃はあらぬ方向に飛び去っていった。
「面白い曲芸だったが、今のままじゃ使い物にならないな」
ソルはレオラの喉に指先を向けて言う。
「なぁ、卑怯者について考える気になったか?」




