第二十二話 ソル対レオラ
「しかし、馬鹿デカいな。何入れてるんだ?」
レオラに襟首を掴まれた状態のソルは、その事にまったく危機感は持っていないらしく、無造作にレオラの胸を鷲掴みにする。
「ん? 猫でも入っているのかと思ったんだが、本物だったのか」
「……貴様、何のつもりだ?」
レオラの怒りが爆発しそうな表情になっている。
「訓練だろ? そっちこそ掴んだまま何もしないのか?」
ソルは首を傾げるが、胸を鷲掴みにした手を放そうとはしない。
怒りがいよいよ制御出来なくなってきたレオラは、そのままソルを持ち上げようと力を入れようとしたのだが、ソルの方が先に力を込めて胸を掴んだせいで、その痛みもあってかソルを持ち上げる事は出来なかった。
襟首を掴んでいるのだから締めようと考えた様だが、レオラの考えが読めるのか、ソルは鷲掴みにしたまま右手を押し込む様にしてレオラを押しやる。
リーチはソルの方が長く、一つ一つの行動に移すのがひと呼吸ソルの方が早い事もあって襟首を掴んでいるはずのレオラの方が右へ左へ、さらには前後にまで振り回されている。
「貴様、いい加減に手を放せ!」
「あ? 何言ってんだよ。今の状況を本当にわかってないのか?」
ソルはそう言うと、胸を鷲掴みにしたままぐいぐいと押し込んでいく。
レオラは下がるのが嫌な様で踏みとどまっているが、ソルはまったく意に介する事無く押し込んでいる。
「お前、左胸貫かれて死んでるんだよ」
「ふざ……」
けるな、と言いたかったのだろうが、ソルの力加減で言葉すら途切れる状態である。
正直なところで言えば、ソルとレオラくらいの実力差があれば、わざわざ胸を鷲掴みにするまでも無かったとは思うのだが、徹底的に屈辱を与えようとしているのだろう。
それに、先に相手を掴んだのはレオラの方である。
何かしらの有効打を先に与えられる立場にあったとも言えるのだが、レオラはまったく無警戒にソルに胸を掴まれると言う失態を犯している。
実戦に近い訓練を望みだったはずだが、もし実戦であればソルが言う様にレオラは命を落としてもおかしくない失敗をしているのだ。
「どうした? 何か反撃は無いのか?」
ソルを見る限りでも、胸を揉むと言うより掴んだ状態であり、性的な嫌がらせも無くはないのだろうが、行動を制限する一つの手法として胸を掴んだまま離さない。
レオラはソルの襟首から手を離すと、ソルの手を自分の胸から外させる事にしたらしい。
まずソルの手首を掴むのだが、結局それでは自身の胸にダメージが返ってくる。
そこでソルの手首を抑えて肘に攻撃しようとしたのだが、先にソルに攻撃を察知されるので驚くほど簡単に対処されてしまう。
短気なレオラはそれでも頭を使って対処と言う手段ではなく、意地でも力技でソルの雑な拘束を解こうとしている。
どう考えてもここは力技でどうにか出来る局面ではなく、例えば関節技、特に指関節などを狙うべきではないか、と戦いに関してまるで素人のメーヴェですら思う。
あるいは逆に、A級まで上り詰めた意地と矜持が選択肢を狭めているのかもしれない。
おそらくレオラは蹴りを狙ったのだろうが、それより先にソルに足を踏まれてわずかに身動ぎしただけだった。
散々無駄な努力をしてきたレオラだったが、その全てが無意味であった事をようやく認める気になったらしく、両手でソルの指を外しにかかろうとする。
ソルの方は別にレオラの胸を掴み続ける事に固執している訳ではなく、すぐに手を離すと逆にレオラの手首を掴むとそのまま捻り上げて、ソルの方がレオラに関節技を決める。
極まる直前にレオラは自ら回転して関節技から逃れるが、体勢を整える前にソルの腕がレオラの首に絡みつくとそのまま背中合わせになる。
と思った時には、レオラの決して小さくない恵まれた身体はテリーの方に投げ飛ばされていた。
「首切り投げ?」
アルフレッドはその奇妙な投げ技を知っているのかそう呟く。
叩きつけられる訳ではなく放り投げられた事もあって、レオラは空中で体を捻ってテリーの盾に足を着け、そのままテリーに受け止められる様にそこで衝撃を殺して着地する。
その表情にはこれまでの様な蔑みも怒りも無く、ただただ驚愕が浮かんでいた。
追撃もやれば出来なくはなかったはずだが、ソルは追撃どころか身構えるでもなくただ見守っているだけだった。
「S級、か」
レオラは改めて身構える。
打撃を得意とするレオラにとって組み技は自分のフィールドではないと、やっと気が付いたらしい。
感情が先に出過ぎるのが問題なんだよな。
メーヴェがそう思うくらいだから、テリー達もそう思っている事だろう。
だが、リーチはソルの方が長い事もあって、離れていてはレオラに出来る事は無いのだからどこかで間合いに入らなければならない。
「やる気になっているところ申し訳ないが、一つ忠告しておこうか」
ソルは相変わらず構える様な事も無く、力を抜いた状態で立っている。
「魔窟探索者の強さってのは、結局装備の優劣がほとんど全てと言っていい。技を磨くくらいなら、良い装備を入手する事に尽力するんだな」
ソルなりのアドバイスなのだろうが、その装備の力をまったく使う事無くレオラを弄んでいるのだから、すんなりと聞き入れる事は出来ないだろう。
「ご忠告、どうも。それじゃその装備の力も見せてやる」
レオラが言うと、その言葉に答える様にレオラの手甲がうっすらと光る。
良い装備だな、アレ。
離れたところからしか見えないが、メーヴェの目にはレオラの手甲が上質である事が分かる。
相当優れた物である事は分かる。
さすがに異形剣とは比べられないにしても、領主邸や両翼の家にも一つあるかどうかの宝具と言っても良いだろう。
だが、それでソルに通用するのかは見ものである。
見たところ、手甲の効果は身体強化なのだろうが、攻撃が通用していないと言うより出す前に察知されているのだから、強化でどうにかなる問題なのかも気になる。
「行くぞ」
そう言った直後には、レオラはソルに肉薄するほどに踏み込んでいた。
早い。
誰もがそう思っただろうが、その次の瞬間にはレオラの体は高々と宙を舞っていた。
「……え?」
本来であればレオラが一瞬で間合いを詰めて拳による突き上げでソルを攻撃していたはずなのだが、その突き上げの姿のままレオラは上空にあった。
飛び上がるほどの技なのかと思ったのだが、実際には渾身の突き上げが空振りしただけでなくその勢いのまま、さらに上にソルから放り投げられているのである。
「今のは殺すつもりだったよな」
ソルは空に投げ上げたレオラではなく、ケンゴに向かって言う。
「お前が煽るからだろ」
「回復薬で治る程度の怪我じゃすまないよな」
ソルはレオラが着地するまで待つと、肩を竦める。
着地してすぐにレオラは低く踏み込み、鈎突きでソルの脇腹を狙う。
直撃すれば深刻なダメージを受ける事は間違いないが、何故かその攻撃は空振りして、しかもレオラは自身の攻撃の勢いを止める事が出来ずにその場で二回転する。
「せっかくの装備も活かせないんじゃ意味無いけどな」