第二十一話 動き出すソル
「さて、それじゃS級の実力を見せてもらえますか?」
アルフレッドをあしらった後、テリーはソルに向かって言う。
「S級ねぇ。俺はそんなモンじゃねぇし、それはケンゴが言っただけだ。それにこの通りだ」
ソルがマントを払うと、左腕が無い事を見せる。
「この通りの隻腕のおっさんが、A級の凄腕の若者の相手は務まらないだろう」
「そんな事は無いでしょう。実際に手を合わせてみない事には」
ソルは適当に躱そうとしたのだが、テリーには通用しなかった。
「確かルールは大怪我させない事、だったな。戦い方に注文は?」
「出来る限り実戦に近い形の方が、僕らの訓練になります」
「実戦、ねぇ」
ソルは軽く頭を掻く。
「だそうだが、ケンゴはそれで良いのか?」
「良くはないが、言う事聞かないからなぁ」
散々反対してきたケンゴだが、もう諦めた様だ。
「そうか、それならお前達の負けだな」
ソルが呟くと、異形剣が無数の針と化してテリー達の目や喉を突こうとする。
「これで良いか? 実戦に近く、大怪我させない様にって条件は満たしてるよな?」
ソルの手にある異形剣の柄の先から伸びた無数の針と化した異形剣は、テリーやレオラだけではなく、後方で見物していた回復士や魔術士にも伸びている。
「貴様、汚いぞ!」
「ああ、俺もそう思う」
レオラが凄むのに対して、ソルは当然の様に頷く。
「で、どうする? まだやるか?」
「当たり前だ! 実力で勝負しろ!」
レオラは凄まじい勢いでソルに噛み付いてきたが、ソルは軽く肩を竦める程度である。
「実力で、か。面白い事を言う」
ソルが右手を振ると、無数の針となっていた異形剣がいつもの女性の姿に戻る。
「実力で、だって。ふふっ」
異形剣も上品に顎に手を当てて笑う。
異形剣は魔窟の中の存在で、実際に外の街に出た事は無いはずなのだが、こう言う上品な所作が出来るのは不思議でならない。
これまでの事から、この挑発に対して耐えられる様なレオラでは無い事は分かっている。
「正々堂々勝負しろ!」
「正々堂々? 十分勝負しただろう?」
ソルは面倒そうに言うが、それでレオラが諦めるはずもない。
「ソル、もう少し遊んでくれだとよ」
「まったく、しょうがない」
ケンゴに煽られて、ソルは首を振ると一度こちらに戻ってくる。
それで逃げるのかと思ったのだが、意外な事にソルはレミリアの方へ来ると何か囁いている。
コイツ、まさかレミちゃん巻き込むつもりじゃないでしょうね。
メーヴェは不安を感じたが、レミリアが小さく頷くとその不安が的中していた事が分かる。
レミリアが大きな芋虫風の使い魔を抱えたまま、相手に向かってトコトコと走っていく。
とは言え、戦おうとしているワケでは無さそうに無警戒に走っていくが、もっとも手前にいたテリーを通り過ぎる。
もちろんレオラのところでもない。
レミリアはそのまま戦っている者達を通り過ぎ、最奥にいたむっちり回復士のところまで走っていく。
……戦うワケじゃないのね。さすがにソルもそこまで非常識じゃないか。
そう期待したのだが、そこはちゃんと非常識なソルであった。
むっちり回復士の体付きはむっちりだが、身長はそこまで高い訳ではない。
それでも小さなレミリアでは並ぶと胸までも無い。
……にしても、デケーな。レミちゃんの頭よりデカいんじゃない?
むっちり回復士とレオラはちょっと異常なくらいだが、今のレミリアの行動はその馬鹿デカい胸を強調する為ではない。
レミリアはするっとむっちり回復士の後ろから妙に細い腰に抱きつくと、その肩にのっそりと使い魔が乗る。
『皆、動くな』
この場にいる誰でもない、低音のダンディボイスが脳に直接流れ込んでくる。
『動けばこの娘の股ぐらに、ナイフを捩じ込む。まぁ、安心するがいい。回復薬で回復する程度の怪我に過ぎない』
レミリアの手は不必要に深く入ったスリットから中へ滑り込ませているので、その手に本当にナイフが握られているかは分からないが、むっちり回復士の表情を見る限りでは本当なのだろう。
『これにて勝負有りだな』
良い声で勝利宣言が響いたが、メーヴェの目には誰もがレミリアとむっちり回復士に注目している中、ソルだけが性別不明のミニスカ魔術士のところに近付いているのを捉えていた。
特別な体術を使っている訳ではないものの、そもそもその動きをまったく見ていないのではソルがいつ近付いてきたのかも分からなかっただろう。
ソルは目を見開いて驚いているミニスカ魔術士の鳩尾を打つ、と言うより強く押す様に拳をめり込ませる。
ミニスカ魔術士は声を上げる事も出来ず、体をくの字に折る。
その下がった顎に、打撃音すら無い速さと正確さのみで威力を抑えた拳を数回下からの突き上げと左右に振る様に拳を当てる。
ミニスカ魔術士がそのまま地面に崩れ落ちた時の音で、周りはようやくソルが攻撃に出ていた事に気付いた。
「さて、これで二人死んだな」
「この……、卑怯者め! 何がS級だ! 恥を知れ!」
レオラが吠えるのを、ソルは鼻で笑う。
「なるほど、卑怯者か。まるで胸を抉られる様な言葉で、確かに突き刺さるな。墓にはそう刻むと良い。卑怯な事さえ無ければ、死なずに済んだと。皆が同情してくれるだろうさ」
「貴様ぁ!」
レオラが掴みかかってくるのを、ソルは特に抵抗する事なくされるがままになっている。
「妹ちゃん、もう良いみたいだ。ありがとう。事がスムーズに済んだ」
そんなレオラを完全に無視して、ソルはレミリアに言う。
レミリアは頷いて、また使い魔を抱いてとことこと小走りに戻ってくる。
むっちり回復士は、解放された安心感からか腰を抜かした様に座り込むが、少なくともレミリアもソルもそちらにはまったく興味を示していなかった。




