第十九話 ルイ対レオラ
「実力差も分からずにそれだけ吠えられるクソ度胸だけは買ってやる。いや、実力差が分からないからこそ、大口が叩けるのか。だが、そこは気に入った。名を聞いてやろう」
「ルイだ。そっちも名前くらい名乗っておきたいだろう? 聞いてやるさ」
「お前程度に覚えられなくても問題は無いのだが、レオラだ」
「レオナ? 案外女らしい名前じゃないか」
「レオラ、だ」
「レモラ? 美しい名の響きに添って、素直に花でも育てたらどうだ?」
ルイの挑発に、元々非常に短気なレオラがいつまでも耐えられるはずもなく、無造作にルイに掴みかかろうとする。
ソルやメーヴェから見たルイの評価は著しいレベルで低いのだが、それでも一層ではそれなりの実力者であった上に、今も実戦の中に身を置いて戦闘経験を積んでいる。
散々大口を叩いてきたが、その実力差が分からないほどルイは無能ではない。
レオラが無造作に掴みかかってきたところを、ルイは剣の柄でレモラの豊かな胸を突こうとする。
が、レオラはその身を捻って攻撃を躱し、そのまま体を回転させて逆にルイの側頭部に裏拳を叩き込む。
とはいえレオラも体の勢いだけで繰り出した攻撃だったので、一撃で意識を飛ばすほどの威力は出せなかったが、それでもルイはその場で膝を付く。
「なんだ、意外と小技も持っているじゃないか。見直したぞ、ルイ」
レオラは膝を付いたルイを見下ろし、鼻で笑って言う。
言葉だけならルイを認めている様にも聞こえるが、その表情を見る限りでは明らかに見下して馬鹿にしている様にしか見えない。
もちろん単純短気なルイはすぐに行動しようとしたのだが、側頭部への一撃のダメージのせいもあって、前のめりに倒れそうになる。
「威勢が良かったのは最初だけか? まぁ、口が達者だった事だけは認めてやるぞ?」
レオラはまったく警戒する素振りも無く、無造作にルイに近付いて行く。
間合いに入った瞬間、ルイは地面に着いた手を支点に体を回し、水面蹴りの様にレオラの足を払おうとする。
しかし、奇襲があると既に分かっていたレオラにはその奇策も通じず、軽いバックステップで間合いを外される。
「まぁ、そうなるだろうな」
ソルはいかにも興味無さそうに言う。
戦いに関してはまったくの素人であり、またその為の修練を積むつもりもないメーヴェであっても、残念ながらそう思う。
ルイを悪し様に言うつもりはないが、狙いは決して悪くなかったとは思うものの、さすがに二度目の奇襲は虫が良すぎた感は否めない。
しかも最初の奇襲はルイからの挑発で相手を動かした事に対し、今回はあからさまなまでに無警戒な動きでレオラの方から動いてきた。
余程趣向を凝らした仕掛けが無い限り、とても格上のレオラに通用する事は無かったのだが、ルイは間合いに入ったタイミングだけで動かされてしまった。
「二層だとこんなモンだろう。お前が弱いのではない。私が強いのだ」
レオラはそう言うとルイの足を掴み、片手で軽々とルイを逆さ吊りにする様に持ち上げてみせる。
「おのれ……」
その状態からルイは反撃しようと試みるが、レオラが手を離すとルイはなす術なく地面に落ちる。
「まぁ、そうなるだろうな」
ソルはやはり興味無さそうに呟くが、残念ながらそうなるだろうとはメーヴェも思った。
「負けん気の強さは嫌いじゃないがなぁ」
ケンゴの方がルイに対してそう言う評価をしている。
「弱い犬ほどよく吠えるんだろ? 俺も散々言われてきたよ」
「お前ほど当てはまらなかったヤツも珍しいくらいだがな」
その昔、ソルは犬に例えられていたらしい。
当然それをバカにするモノは少なくなかったのだが、ソルはルイと違って強気に挑発する様な事はせず、いきなり噛み付いていたそうだ。
それも比喩などではなく、文字通りの意味で噛み付いて、時にはバカにした者の喉を食い千切って絶命させた事もあったと言う。
それどころか、ソルは魔物として討伐依頼をかけられていた事もあったとケンゴは言う。
数回討伐の任を受けた探索者達を打倒したソルだったが、その時に後の伴侶となるメイフェアと出会って、それ以降は魔物じみた狂犬ではなく彼女と共に歩む魔窟探索者となったそうだ。
その時には先生も込みで驚いていたとケンゴは懐かしそうに話す。
「先生が驚かすんじゃなくて、先生が驚くって余程の事じゃないの?」
何しろ半透明の骸骨である。
が、案外表情は分かるし感情的なところもあるので、そんな事もあるかもなとも思う。
「そう、余程の事だったんだ、こいつの暴れっぷりは。メイフェアがいなかったら、お前、間違いなく殺されてたぞ」
「俺もそう思う。ま、俺の話は良いんだよ。なんだったら、あの女はケンゴが鍛えてみるか?」
ソルはルイの方をアゴで指して言う。
「お前さんのパーティーメンバーだろうに。ちゃんと面倒見てやれ」
「俺のメンバーじゃなくて、あの『仮面』の連れだな。俺の連れは誘拐しているこの娘だけだ」
「オギンもいる……、って、あれ? オギンは?」
近くにいるものだと思い込んでいたメーヴェだったが、見回したところオギンの姿が見えない。
「あれ? オギンは?」
「俺が知るか。お前が面倒見てただろう?」
『ダンナのところにいるッスよ』
メーヴェの横から『袋』が言う。
「え? 迷惑掛けてない?」
『大人しく見てるッスよ。ダンナも驚く集中力みたいッス』
それはそれですこぶる珍しい限りである。
オギンは筋金入りの小心者で飽きっぽく落ち着きが無く、常にメーヴェの近くにくっついているものである。
そんな小物の中の小物のオギンが、メーヴェの近くではなく見るからに厳つい店主の、しかも武器の強化などと言う極端に地味な作業に興味を示す事も、まったく想像すらしていなかった。
「ま、こいつらの遊びよりダンナの方を見ていた方が楽しいかもな」
ソルはオギンにもこれから戦うアルフレッドにも興味無さそうに言う。