第十五話 魔窟探索者の等級
物凄く興味はあったのだが、さすがに初対面の魔窟探索者には確認しづらいところでもあったので、メーヴェは興味だけで留めておく事にする。
「ダンナ、こいつらはコレでも将来有望な若手なんだ。持っている武器を見てやってくれないか」
巨漢の重戦士が、その見た目の割に低姿勢で店主に向かって頭を下げている。
「さっきも言ったが表の武器を売ってやるから、それで良いだろ?」
「後からでも構わないから、俺に免じて……」
食い下がる巨漢はそこでふとこちらに目を向ける。
「……ソル? ソルなのか?」
「ああ、久しぶりだな、ケンゴのおっさん」
ソルは肩を竦めて挨拶を返す。
「ケンゴ? その方は『仮面』なんですか?」
アルフレッドがソルに質問する。
「いや、違ったはず。違うよな?」
「うむ、俺は『仮面』ではない。会った事は無いが父親がそうだったらしいが、何故だ? 俺の父と知り合いと言う訳ではないだろうに」
ケンゴと呼ばれた重戦士が不思議そうにアルフレッドを見る。
「あ、いや、名前がそれっぽかったので」
「まぁ、珍しい名前だしな。俺も似た名前のヤツには会った事が無い」
そう言うとケンゴはがっはっはと豪快に笑う。
名前がそれっぽいとアルフレッドは言ったが、アルフレッド自身は『仮面』だというのにそんな名前ではないのはどういう事だろう、とメーヴェは不思議に思ったのだが、確かにアルフレッド原作の漫画に出てくる者達の名前の響きは、どちらかと言えば珍しい響きの方が多かった気がする。
そもそも『仮面』と言うのが別世界からやってきた者と言う説があるくらいだから、文化から違ってもおかしくはない。
でも、アルフレッドがそれっぽい訳じゃないんだよなぁ。
それにケンゴと言う重戦士も見た目にはソムリンド家の当主と同年代っぽいので、その父親ともなると確実にアルフレッドとは何の関係も無いだろうことも分かる。
「ケンゴさん、その方は?」
「どれだ? ソルの事か? コイツは危険人物だから、あまり近付かない方が良い。お前達は特にな」
ケンゴは笑いながらだが、それでも少年を遮る様に言う。
この人、ソルの事わかってるんだな。
間違いなく危険人物である事は、メーヴェも保証する。
非常識極まりない戦闘能力に関しては、はっきり言えば暴力の化身と言う言葉ですらまるで追いつかないレベルだし、その上国宝すら上回る様な装備を纏っているとなればそれはもう危険人物なんて生易しいモノではない。
さらに言えば協調性は無いし、女性に対する気遣いも出来ないし、そもそも一般常識の欠如は深刻である。
関わらないのであれば、間違いなくその方が良い。
「危険人物って言うとどれくらいです? ケンゴさんと比べて」
「比べ物にならないから危険人物に近づくなと言っているんだ」
少年に向かって、笑いながらケンゴは説明する。
本人の前で堂々と言えるのも凄いが、ケンゴとソルはそれくらいの知り合いなのだろう事にも予想が付く。
「それじゃ、最速でA級に昇格した俺達と比べると?」
「まるで話にならん。等級で言うなら、こいつは七人しかいないS級の中でも最上級の危険人物だ。歴代の魔窟探索者の中でも、最強候補に上げられる。現役で言うなら、この男と戦えそうなのは一人だけだ」
「それは凄い! 是非ともお手合せ願いたい!」
「ダメだ」
今まで笑っていたケンゴが、真顔で少年を止める。
「格が違いすぎて、お前達では得られるモノは無い」
「A級とかS級とかって何の話だ?」
ソルがケンゴに尋ねる。
メーヴェも気になってアルフレッドの方を見るが、アルフレッドも何の事か分からない様に首を振っている。
「興味ありますか? ありますよね? と言うか、等級知らないってどういう事ですか? 先生とか受付嬢から説明されてないんですか?」
「やかましいから、下がっていろ」
ソルに興味津々な少年を押しのけようとして、ケンゴと少年は押し合いになっている。
「等級?」
「魔窟探索者じゃ無いんだから、俺は知らんよ。お嬢ちゃんの方が知らないのか?」
メーヴェは念のため店主にも尋ねてみたが、帰ってきた言葉は確かにその通りと言う内容だった。
「等級と言うのはですね」
「こっちから説明するから、お前は黙ってろ」
ケンゴは少年を押しのける。
魔窟探索者の等級と言うのは、組合で定められてからまだ十年も経っていないのでソルが現役の頃には無かった仕組みのため知らないのも無理はない。
ソルが引退するきっかけとなった大きな事件の後、魔窟探索者は大きくその数を減らす事になった。
特に実力者を多数失う事になったのは大き過ぎる痛手だった為、魔窟探索者の育成は急務であったらしい。
そこで育成手段としてよく用いられていたのが、初心者であっても強装備を身に付けさせ、魔窟の中層辺りで戦闘経験を積ませると言うモノだった。
そう言う手法は、その時の急場しのぎと言う訳ではなく、これまでも有望と思われる者にはわりと行われていた育成法でもあった。
ところが状況が変わってからは、当然今まで上手く行っていた事が上手く行かなくなる事もある。
この育成チームを狙った、言わば初心者狩りが横行したのだ。
魔窟探索者の中にも著しくモラルの欠如した者はいる。
生活環境から考えると、街より多くても何らおかしい事ではない。
これが一層の拠点であれば、見た目と性格に多少の問題はあったとしても神の如き力で魔窟探索者を守ってくれる『先生』がいるので起こりえないが、別の階層の、しかも拠点外となってはいかに『先生』であっても無力である。
また、熟練者が同行している場合も多かったものの、熟練者のチームで初心者を一人育てている訳ではなく、初心者のチームに熟練者が加わっているだけである場合が主流であった為、初心者を守ろうとした結果全員が命を落とす事も多かったと言う。
それらの損失を深刻な問題とした『先生』は、魔窟探索における等級と言う仕組みを造った。
最初に組合に登録した時点ではF級とされ、一定の成果を上げて試験を行うとE級に、と言う具合に等級を定め、拠点からのポタール移動を行った場合に階層の探索許可の降りた等級で無ければ拠点から出て探索する事が許されないというモノだ、とケンゴは説明する。
メーヴェはそもそも組合に登録していないので説明を受けていなかったし、ソルにしてもそんなモノが出来た事を知らなかった。
ルイも厳密に言えば『魔窟探索者』として組合に登録している訳ではないので、組合にルイの情報があったとしてもそれは『拠点利用者』程度の情報だった為に、等級の事までは説明されていなかったのだろう。
「アルフレッドは何で知らなかったの?」
「最初に説明を受けてないから。それからはほぼ君らと行動してたし、組合からの依頼とかも説明されてはいたけど受けた事無いし」
「確かに、私からの依頼は本来なら受付で止められていたからな」
ルイが思い出した様にいう。
なので、アルフレッドだけは正式な魔窟探索組合に所属してはいるものの、その等級はFと言う最下級のモノらしい。
本来であれば二層の探索許可は無いのだが、それはあくまでもポタール利用の際にと言う事であって、実際に一層から降りてきた場合には適用されないと言う事だった。