第十二話 店の奥
店主はすっかりメーヴェが気に入ったらしく、表のいんちき武具店ではなく、店の奥へ案内してくれる。
中の武器は明らかに表の武具とは質が違う。
表の武具は非常に優れた装飾品ではあったものの、武具としての性能は正直なところ疑問があった。
ここにある武具は真逆。
過剰な装飾や紋様などは無く、見た目には恐ろしく無骨で見栄えはまったくしない。
おそらく見ただけでなら表の武器の方が優れていると思えるだろうが、武器としてなら比べ物にならない差があるのが、メーヴェには分かった。
現状での問題があるとすれば、今まさに店主の愚痴が止まらないと言う事だ。
ただ、本人が言う様にキラキラした魔窟探索者が嫌いじゃないのは本当らしく、羨ましいと思っている事も本当のようだ。
この店主が武具を造る様になったきっかけも、そもそもはそう言う者達の影響だと言う。
元々物造りには興味があり、他にも同じ志を持った友人ともいうべき者もいたそうだ。
そして、その友人には別の友人がいた。
彼らは先ほど店主が言っていた様な事を実際にやっていたと言う。
それはもうキラキラした目で何やら語り合っていたそうだが、その友人はやがてキラキラした目の光を失い、物造りも辞めてしまったと言う。
友人が辞めてからもずっとそれが羨ましいと思っていた為、出来る事なら魔窟探索者の力になりたいと思って腕を磨いてきたらしいのだが、腕が上がってくると今度は別の問題が出てきた。
自分の腕に見合わない相手に、自分の造った武具を使って欲しくないと思い始めたのだ。
実を言えば、メーヴェもその意見は分からないわけではない。
武具の善し悪しには自信を持てないにしても、例えば美術品や貴金属など不釣り合いな人物には持って欲しくないと言う思いはある。
自分の手で造ったモノとなると、そう言う思いはさらに強くなるだろう。
より腕を磨けば磨くほどにその思いは強くなり、口でキラキラした事を言う魔窟探索者に物足りなさを感じ始め、一度はこの店主も武器作りの手が止まりそうになった。
そこで店主は刀匠としての衝撃を受ける。
二層に一人の狂人が現れたのだと、店主は言う。
「ソルの事?」
「いや、ソルじゃない。と言うより、ソルも生まれる前の話だ」
メーヴェの質問に、店主は真面目に答えた。
武具を造る基本らしいのだが、基本的には鉱石などの素材の状態の時からすでに完成されるべき武具の形がある程度決まっている事が多いらしい。
ちょっと違うが大雑把に言うと、固く強靭な木は槍の柄に、しなやかな木は弓に向いている様なモノだと店主は言う。
あとはそれをその形にして、魔力を込めればおおよそは完成らしい。
そう言う事もあって、店売りの武具は手作業の割にほぼ同じ性能や価値であると言う事だった。
が、二層に現れた狂人はまったく違う製法で武器を造ったと言う。
魔窟、特にこの二層における武器創作で言うのであれば、周りが思っている以上に早く出来上がるのだと店主は説明した。
素材の段階ですでに完成型が見えているだけでなく、素材の方からそうなりたいと願っているのだから、作り手はやるべき事は少しだけその協力をする程度なのだそうだ。
とてもその程度とはメーヴェには思えないのだが、店主が言うには作り手に出来る事は限られていると言う事だった。
その導き方を間違ったのが表の武具であり、メーヴェの感じた『本来とは違う完成された姿』と言うのが、店主の腕の無さが招いた結果らしい。
それが武具の作り方であり、そのやり方にまったく疑問を持たず、そのやり方で腕を磨いてきたのは何も店主だけではなく、二層の刀匠のほぼ全てがそうだった。
そんな中に現れたのが『狂人』である。
よくよく考えるとこの店主から『狂人』と呼ばれる時点で相当なモノなのだが、その人物はとにかく、ただひたすらに鉱石を叩いては冷やしを繰り返していた。
もちろん、最初は誰もが馬鹿にした。
このモノは何も知らずに武具を作ろうとしている、と。
三日も過ぎると飽きられて笑う者も減り、一週間もすると馬鹿にするどころか呆れられて放っておこうとなった。
ところが、その狂人は十日を過ぎても鉱石を叩き続け、やがてそれは一ヶ月にも及んだと言う。
その頃には、誰もが狂っていると思い『狂人』と呼ぶ様になっていた。
二層の刀匠達もほとんどが興味を失っていた中、店主を含む数人はその『狂人』の打つ武器に興味があったので、何度も足を運んで様子を見ていた。
その『狂人』が型にしたのは剣だった。
が、通常の剣では無い。
通常の剣より細身でありながら、切る事にも突く事にも適した形状。
どこか歪にも見えるほどに不安定な印象ではあったが、この頃まで『狂人』への興味を失わなかった数人の刀匠には、目を奪われる妖しい美しさがあった。
その頃になって、ようやく『狂人』は刀匠達と言葉を交わす事になった。
彼が言うには『カタナ』と言う剣らしい。
しかも、まだ完成ではないと言うと、今度はひたすらにカタナを研ぎ始めた。
それもまた打っていた時の様に、凄まじい集中力で何日も掛けてカタナを研ぎ続ける。
何日も、何日も、同じ様に。
まったく生物らしさを感じさせない、精密な動きは、まさに魂をその『カタナ』に注ぎ込んでいるかの様に見えた。
やがて完成した、ひと振りのカタナ。
それを目撃した刀匠は、店主を含めて五人だったが、そのカタナの真価に気付いたのはこの店主の他にはもう一人だけだったそうだ。
そのカタナには、本来であれば絶対に宿る事の無い精霊、狂乱の精霊が宿っていたと言う。
「精霊が宿る?」
「俺もこれまでに数え切れないくらいに武器を作ってきたし、『狂人』を真似てカタナを造った事もあるが、精霊が宿ったのは一度だけだ」
店主はそう言うと、店の奥の壁に掛けている剣を見せる。
「うわ、凄い」
メーヴェは驚く。
それは一目見て分かる火の精霊の宿った剣で、今も刀身を含めて燃え上がっている様に力強く輝いている。
が、同じように見ただけで分かる。
余りにも強過ぎる精霊が宿っている為、誰の手にも収まらないほどに熱く強く燃えがっているので武器としては使い物にならないだろう。
もし火の精霊を御し得れば、この武器は異形剣にも匹敵すると思われる。
しかし火の精霊を御し得ない限り、この武器に触れる者は火傷では済みそうにない。
「お嬢ちゃんなら分かるだろ? 精霊を宿した武器は、その精霊を制御しない限り使い物にならない。狂乱の精霊を宿すと言う事は、その精霊を制御しない限り逆に精霊に支配される事にもなる。にも関わらず、そのカタナはいつの日にか失われてしまった」
恐ろしく美しい『カタナ』だったが、その『カタナ』はいつの間にか『狂人』の元から消え去り、その数日後には『狂人』もこの世を去ったと言う。
「だが『狂人』は殺されたワケじゃない。『カタナ』も、本来の持ち主のところへ行ったそうだ。俺が看取ったから、その最期の言葉も俺が聞いた」