第十話 テストの結果
「小娘ェ、貴様に武器の善し悪しが分かると言うのかぁ?」
声にもドスが効いている。
けど、不思議と怖くない。
「むしろ聞こえないの? この武器は凄く嘆いているのに」
「……お前らにも聞こえるのか?」
店主はルイやアルフレッドに尋ねるが、二人共首を振る。
「小娘、そんな戯言で値切れるとでも思ったのか?」
「値切る? 見損なわないで」
今度は逆にメーヴェがカッとなって言い返す。
「この私が値切るだなんて、言語道断だわ! ただ、私はその商品の価値を正しく評価しているのよ! その上で、ここにある武器は見た目を飾っただけで、そこまで優秀な武器ではないと判断したのよ。その原因が、武器の嘆きにある事が製作者に分からないと言うの?」
「武器の嘆き、ねえ。具体的にどう嘆いていると言うのだ? 俺の腕の無さを武器が恨んでいると言うのか?」
「恨む? 本当に聞こえていないのね」
武器がこれほどに嘆いているのは、製作者にその声が届いていないからなのだろう。
壁に掛けられている武器の嘆きは、それぞれに悪い影響を与え続けている。
それが見た目の美しさとは裏腹に武器としての価値を下げているのだが、店主にはそれが伝わっていないのだ。
「武器の嘆きは、製作者の貴方に対する恨みではないわよ。むしろ逆。武器の方が貴方の期待に応えられなかった事を嘆いている。本来なら、もっと優れた武器になれるはずだったのに。もっと優れた武器を作ろうとしていたのに、その期待に応える事が出来ないままに完成してしまった事。製作者の期待を裏切ってしまった事を、本気で嘆いているわ」
「武器が、そう嘆いているのか?」
店主が壁に壁掛けの自作武器に目を向けて呟く。
「貴方の強い想いに応えられなかった事を嘆く武器が、他の主に使われる事を喜ぶはずも無いわ。想いが強い分、粗悪な武器より働きが落ちているほどよ」
「……そうか」
店主は短く小さく呟くと、ルイとアルフレッドを呼ぶ。
「ソル、お前の言う通りだったな。小娘と侮った。その娘の目は確かにお前達の様な節穴ではなかったらしい」
これまで険しい表情をしていた店主は、ニヤリと笑って二人に嫌味を言う。
「どういう事だ?」
ルイが挑みかかる様に尋ねる。
さすがにそれは無謀だからやめた方が良いとメーヴェは思ったが、実力が違い過ぎるせいか店主はまったく気にしていない。
「まさか見抜かれるとは思わなかったが、そこに飾っている武器は、まさに飾る為の武器ではっきり言って失敗作だ。気付かなかっただろ?」
「失敗作? これが?」
アルフレッドは壁掛けの武器を見ながら尋ねる。
「おう。それはもう、本来なら人目に付くところには置きたくないくらいの失敗作だ。お前らみたいな魔窟探索をナメてる奴らの為のモノだ」
「……つまり、最初から失敗作を売りつけるつもりだったと言う事か」
「お前ら程度にはちょうど良かったからなぁ」
ルイは凄んでいるつもりなのだが、店主はまったく悪びれる事無く答えた。
「まったく、今の若い連中は気に入らなくてなぁ。俺の武器を使う理由を聞くと、全員が判を押した様に同じ答えを言う。『守る為』だとな。だったら魔窟探索なんかやってんじゃねえって話なんだよな」
店主は凄く楽しそうに笑いながら言う。
……性格、歪んでるな。こりゃソルと気が合うわけだわ。
「でも、悪い事ではないのでは?」
珍しくアルフレッドが食い下がる。
「そう言うキラキラした目標で俺が武器を打ってると思うのか? 見て分かるだろう?」
見た目で判断するのは良くないと思うのだが、店主の言葉には納得させられてしまう。
まぁ、どう見ても誰かを『守る為』に武器作ってる様には見えないわよね。
「俺みたいな刀匠に武器作って欲しいとか、武器売って欲しいとか言うんであれば、血を求めろってんだよ、なぁ、ソル」
「最近はそうなのか? 俺は以前の事しか知らないからな。俺達は敵を倒し、より良い物を得る為に強い武器を欲したものだが」
「それで良いんだよ。そっちの方が純粋だ。『守りたい』と言うのであれば、武器より危険を避ける知恵を付けるべきだし、同じ目的の刀匠を育てるしか無いのに、何故かそう言う奴らは俺より腕が劣るから困ってるんだ」
表情を見る限りではとても困っている様には見えないが、腕の違いはあるのだろう。
「でも、意識も理想も高いのは悪い事じゃないんじゃないの?」
メーヴェが店主に尋ねると、店主は笑いながら首を振る。
「この層には鍛冶師が集まっているし、中にはそんなキラキラな理想を掲げる奴らも正直少なくはない。ところが、そのキラキラどもは途中で武器を作る事を悩み始めるんだよ。強い武器を扱う者が必ずしも正しく有り続けるとは限らない。『大切なモノを守る』為に得た力が、本当に『大切なモノを守る』為に使われるか。それが強ければ強いほど、本来とは違う使われ方をするとどんな悲劇を産むか。少し考えれば分かる事だが、キラキラはそれに気付くのが遅いんだ。で、気付いて腕が止まる。だいたいのキラキラはそこで悩んで武器が作れなくなるんだ」
さっきまでは脅す様な事もしてきたが、今はすっかりメーヴェを気に入ったのか店主は事細かに教えてくれる。
「だいたい求め過ぎなんだよ。あれもこれもって目移りしてるから、すぐに見失うんだ」
「……キラキラ嫌いなんですか?」
愚痴が止まらない店主に、メーヴェは気になって質問する。
「嫌い? いや、嫌いじゃない、むしろ大浮きだ。羨ましいんだよ!」
店主が拳を振り上げて、魂の叫びを上げる。
見た目の厳つさは変わっていないものの、まったく怖くはなくなっていた。