第九話 テスト
「はっはっは! 素晴らしい! 若い者はそうでなくてはな! 特別に壁掛けの武器を売ってやるから、好きなモノを選べ!」
どうやらアルフレッドの答えはお気に召したらしく、店主は豪快に笑う。
「これで良いのか? ソルよ」
「ダンナ、普通ならそれで良いと思うが、誘拐してきたこの小娘はたぶん騙せないと思うぞ?」
ソルが珍しくメーヴェの背中を押して言う。
「お前が拐ってきた娘か? それほどの実力者か?」
「こいつ自身は話にならない。連れている子ゴブの方が役に立つ」
ソルの言葉に、メーヴェは不満だった。
だいたい私を戦力として期待する事、それ自体が間違っている。それに今私の後ろに隠れてるオギンの方が私より上?
「だが、この娘の『目』は本物だ。ダンナもちょっと驚くだろうな」
「ほう、面白い事を言う。ならば、武器選びにお前も加わるが良い」
店主はメーヴェに向かって言う。
……何で私はそんな睨まれるの? 私、武器いらないし。言ったのソルだし。なんにも悪い事してないし。
と思うのだが、面と向かっては怖くて言えない。
一層の『先生』も怖いには違いなかったが、こちらには何しろ物理的圧力がある。
それとは別の問題もある。
この美しい武器を見ていても、まったく拭えない違和感。
何か違うのは伝わってくるのだが、何が違うのかがはっきりしない。
私が使うワケじゃないけど、もし私ならこの壁掛けの武器は使わない。
それだけは、はっきり分かる。
見る分には間違いなく美しく、観賞用としての価値で言うなら決して悪くない。
しかし、武器として見た時にはどうか。
壁掛けの武器はソムリンド家の名剣にも、ソルが持っていた名剣にも及ばない、正直に言えば街の店売りの武器と大差無い様にしか見えない。
このメンツの中で見ても、使い古した感のあるルイの剣ですら、少し磨けば壁掛けの美しい武器にも劣らないだろう。
壁掛けの武器は、武器として見ればその程度の価値にしか見えない。
それにしても不思議な武器だ、とメーヴェは思う。
武器としての価値はさほど高くないが、手抜きや粗悪品と言う訳ではない。
仕方無く見た目を飾っていると言うか、武器が本来の力が発揮される事無く完成されてしまった様な感じが強い。
……武器が、嘆いている?
ふとそう言う感覚が湧き、ずっと引っかかっていた違和感の正体に気付いた。
そうか、この壁掛けの武器は本来あるべき姿になれずに完成してしまった。その事を嘆いているのだ。
店主も刀匠としての実力があり、武器もその刀匠の気持ちに応えようとした。
が、武器はその想いに応えられなかった事を嘆き、その嘆きが武器の性能にも影響を与えているのだ。
街売りの武器ではまず起こりえない現象ではあるが、美術品などの失敗作にはそう言う事も有り得る事をメーヴェは知っている。
「……武器は壁以外から選んでも?」
遠慮がちにだが、メーヴェは店主に尋ねてみる。
「ん? ああ、それは構わんが」
店主の許可も得たので、メーヴェは壁掛けの武器ではなく、おそらく魔窟探索者から買い取った中古武器を放り込んだと思われる一角に目を向ける。
この一角の武器は、おそらくだが厳密に言えばこの店主お手製の武器と言うワケではないかもしれないが、壁掛けの嘆く武器と比べるとこちらの方が武器として優れているモノがあるかもしれないと思ったのだ。
「お前らも良いと思う武器を選んでみたらどうだ?」
ソルは、メーヴェの奇行を見守っていたルイやアルフレッドにそう言う。
だが、ルイ達が武器を選ぶ前にメーヴェがソルと店主の元に戻ってきた。
「店主は非常に優れた手腕をお持ちですね。その腕前、本当にお見事と言うべきです。ただ、本当にその腕を活かしたいのであれば、武具ではなく調度品などを造られては? 特に食器などであればより食材が映えるでしょうし、花瓶などであれば花の美しさも活かせる事でしょう」
「何だと、小娘。この俺に武器ではなく皿や花瓶を造れだと?」
……あれ? すっごい怒ってる?
人には向き不向きがあり、この店主の腕は確かなのだが武具を作る事には向いていなさそうだったので忠告したのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
ソルだってその気になれば正式ではなかったとしても彫刻家として食っていけてたワケだし、この店主なら確実に名を売れると思う腕なのだが、何が気に入らなかったのだろう?
店主を恐れると言うより、メーヴェにとって疑問の方が大きかった。
人がせっかく正しく評価してあげてるのに、その態度はどうなの?
店主の厳つさも忘れて、メーヴェは不満に思っていた。
もっと言ってやろうかとも考えたのだが、次の瞬間には店主がシャレにならない形相である事を思い出したので一瞬で考えを改める。
とはいえ、言った事は事実であるので撤回するつもりはない。
が、怖いのでとりあえずソルを盾にする。
「小娘、何故そう思うのだ。言ってみろ」
もう気さくさの欠片も無くなった、完全魔物化した店主が凄んでくる。
『おっちゃん、こえーッス』
メーヴェ達だけでなく『小袋』までそう言う。
「危害は加えぬ。それは約束しよう。異形剣に賭けて」
「私関係ないでしょ」
店主が勝手に一方的に賭けているだけではあるものの、異形剣も苦笑いするだけで店主を止めようとはしない。
「小娘、何かはっきりした事があってこその提案なのだろう?」
あれ? 何だか顔ほど怖くないぞ?
表情は変わらず厳しいままの店主なのだが、受ける印象が変わった。
怒っていると言うより、学校で分からない問題が出てきて困っている生徒と言う印象になった。
怒らないって約束だし、何かあればたぶん異形剣が守ってくれるだろうから、正直に言って大丈夫かな? 言ってあげた方が良いだろうし。
「ここの武器は悲しんでるから」
「武器が悲しんでいる、だと?」
店主の表情が一層険しくなったのだが、やはりメーヴェはそこに恐怖を感じなかった。




