第七話 二層の拠点
二層の山を目指して移動していると、ごく自然な形で隊列も変わっていた。
二層に降りた直後は最後尾を歩いていたはずのメーヴェとレミリア(とオギン)は気付くと隊列真ん中に異形剣と共にあり、前衛はルイとアルフレッド、最後尾はソルになっていた。
「本当ならソルが先頭にいるべきじゃない? 道にも詳しいし、一番強いし」
「やる気が無いからねぇ」
答えたのは異形剣だった。
「それに、一番強いソルが何でも片付けちゃったら、経験が積めないでしょ? ピンチの時に助けてくれる……はず……の人がいるってのは割と大きいわよ」
それはソルが説明するべきところの話のはずなのだが、何故か異形剣が代わりに説明している。
もう少しソルの側から歩み寄ってくれても良いんじゃないかなぁ。
メーヴェはそんな不満を抱くが、おそらく言っても無駄になりそうなのでその言葉は飲み込む事にした。
さすが私。空気を読んだ、気配りの出来る女だわ。
メーヴェは誰に言うでもなく一人で悦に入っていると、山の麓にはかなり大きな街があるのも見えてきた。
相変わらず疲れもしないし、暑さにもだいぶ慣れてきた。
二層の街に到着する前に、先ほど逃げたモノなのか別の個体なのかは判別しづらいが蟹モドキを一体倒す事に成功している。
ソルの言葉を聞いてから改めてアルフレッドの動きを見ると、確かに戦いに慣れてきている感じはするし、何より蟹モドキをまったく恐れていない事もよく分かる。
「動きはマシなんだが、やっぱり『仮面』にしては弱いな。『仮面』の力があればあの殻ごと真っ二つに出来そうなモノだが」
ルイとアルフレッドがまったく危なげなく蟹モドキを倒したのを見ても、ソルは不満そうだった。
「殻って、あの背負ってる岩? さすがにソムリンド家の名剣でも厳しいわよ」
と、メーヴェはアルフレッドを擁護するが、ソルなら出来そうなのは否定出来ない。
また、ソルに限らずおそらくハンスであっても簡単に切り裂けそうな気もするが、そことアルフレッドを一緒にするのはちょっと可哀想だろう。
アルフレッドは武家として誉れ高いソムリンド家の三男の割には、学校での成績はさほど振るわず、戦闘訓練でも特別優れた成績だった訳でも無い。
そんな実力を知るメーヴェの目からすると、『仮面』の力を発揮して蟹モドキと戦った時のアルフレッドははっきり言って別人としか思えないほどである。
二層の街は一層の拠点や外の街ほどの規模では無いにしても、活気は負けていない。
それらと比べて、魔窟探索者が物々しい雰囲気をまとっている。
装備が違うのだ。
外の街は当然としても、一層の探索者と比べても装備品が非常に優れている。
それはもう、本当に優れている。
中にはアルフレッドが持っているソムリンド家の剣や、ソルが持っていた名剣にも劣らない様に見えるモノを身に付けている探索者も驚くほど多い。
一層から二層の差ってこれほどなの?
メーヴェは魔窟探索者を見ながらそう思うのだが、街の様子を見てなんとなく分かってきた。
二層には極端なまでに武具を取り扱う店が多い。
一層にも武具を取り扱う店はあったし、それも街と一層の拠点は距離的にはさほど離れていなかったとはいえ、扱う武具の質は非常に高かった。
ここに数多くある武具店には、それも遥かに凌駕する店があるようだ。
ちょっと興味が沸いてきた。
武具と言うのが物々しくて不満はあるが、素晴らしい物を見るのは悪い気はしない。
出来れば美術品が良い。装飾品でも良いのだが、さすがに魔窟の中にそれを期待するわけにはいかない事くらい分かっている。
けど、ちょっと店の中が見てみたい。
「ソワソワしてるわねぇ」
異形剣が面白そうにメーヴェに言う。
「え? そ、そわそわなんて、してないけど?」
「してるぞ。後ろから見てると不審者だぞ」
ソルからもそんな事を言われる。
『してたッスよ? そんな気になるッスか? どっか店入って見るッスか?』
ひょっこり現れた『袋』までそんな事を言う。
「ま、まぁ、そこまで言うなら入ってみてもいいけど?」
「いや、この辺りの店には入らないぞ」
メーヴェとしては手近な店に入るつもりだったのだが、ソルから止められる。
「何でよ」
「行きつけの店があるからよ。私はその店しか知らないけど、ソルが選んだってだけでどれくらいか分かるでしょ? ちなみに私の手入れなんかもその店でやってもらう事もあるわ」
「手入れ? 異形剣にも必要になるの? 自分で出来たりしないの?」
「他人に触られるのは正直気に入らないんだけど、やっぱり専門家って上手なのよねー」
微妙にいかがわしい話にも聞こえてくるが、異形剣も本来は刀剣の類なので刀身を磨く事もあると言う。
でも、異形剣磨けるってだけで物凄い事よね。
人型になれる剣と言うだけで異形剣の名に相応しい異形ぶりだが、それだけに破格の、文字通り桁違いの貴重品、紛う事無き国宝級の武具である。
下手なモノの手によっては磨くどころか損なわれる可能性もあり、その場合には死を持ってすら償えないほどの損失となる。
それが分かっていない者は論外、分かっていて異形剣を磨ける職人となると、確かにそれだけでその人物は超一流であると言うのも分かる。
「ただ、偏屈なのよねー」
「え? それってソルより?」
かなり興味を持っていたメーヴェなのだが、急に不安になる。
「まぁ、ある意味ではソルより偏屈かも。大体ソルと合う職人ってだけで偏屈なのが分かるでしょ?」
分かる。それだけで十分に分かってしまう。
あの野蛮人と合うのは、同類の野蛮人か小屋に出入りしていた闇商人の様な胡散臭いヤツに違いない。
「だけとは限らないけど、そもそもアイツは交友関係狭すぎるくらい狭いし。長く魔窟探索者やってる割に、探索者で親しいのは十人もいないんじゃない?」
それも分かりすぎるくらいに分かる。
もし親しい人物が多かったりしたらあの小屋に訪ねてきたのも、闇商人だけと言う事は無かったはずだ。
きっと私もこんなところに誘拐されてこなければ、今はたくさん……。
そう思っていたが、メーヴェを探しに来たのは明らかに荒くれ者や、貴族家でもエヴィエマエウ家の様な取るに足りない家だった事が嫌でも思い出される。
たまたまだから! あれは、アレでアレだっただけで、たまたまだから! ソムリンド家やローデ家と言う両翼がすでに魔窟に追いやられてた何かがあったからだから!
「何か刺さるところがあったのかしら?」
異形剣がニヤニヤしている。
ちくしょう、剣のくせに表情豊かなヤツめ!
「で、それはどこに行けば良いのだ?」
これまでは『山』と言う見失いようがない目印があったので先頭を歩いてきたルイだったが、ここからはさすがにはっきりと場所を知っている人物が先導するべきだろう。
「……ダンナと会うのも久しぶりだな」
珍しくソルが素直に先導を請け負って歩き出した。