第六話 戦闘後
「にしても、さっきの動き良かったわね。あんな事出来たの?」
メーヴェはアルフレッドに尋ねる。
少なくとも貴族の学校では見た事は無かったし、一層でも数回『仮面』の力を発揮した事はあったが、今回の動きはその時をさらに上回っていた。
あれを基準とするのであれば、ソルが何度も『仮面』の力にしては弱過ぎると言っていた事も理解出来た。
「出来た……、みたいだな」
アルフレッド自身も無意識だったらしい。
「典型的な『仮面』の特徴だな」
ソルが言うには、『仮面』の能力を持つ者の特徴としてそう言うモノがあるらしい。
曰く、『仮面』の力を持つモノは人型の魔物、あるいは敵としての人間を攻撃する事に強い忌避感を持ち、その力を発揮できない者が多い。
さらに刃物に対する恐怖心が物凄く強い。
また、大きな虫などに対する恐怖心も非常に強い場合が多い。
その半面、先ほどの蟹モドキなどに限らず、竜やゴーレムといった、より強力な魔物に対する恐怖心は薄く、凄まじい戦力を見せる事が多い。
などの特徴があるらしい。
もちろん例外はあり、先に上げた欠点を一切持っていない者もいるそうだが、アルフレッドはそうではなく稀少な『仮面』の能力者の中では標準であると言う事だった。
「それは強いのか、弱いのか」
ルイは呆れているが、まあ言いたい事は分かる。
また、ソルが言うには戦闘に慣れるのも早いが調子に乗りやすく、『仮面』の力を発揮すれば最初から三層から四層ほどの実力があるのだが、敵と自分との実力差を正しく認識する弊害になっているそうだ。
言われてみれば、アルフレッドはそこまで魔窟探索に熟練しているとは思えないが、それでも『仮面』の力を発揮すれば、あの山羊頭の魔物を倒せる実力を持っていた。
もしそれで調子に乗っていれば、下手すればあの断層の前にいた武器持ちゴブリンに倒されていた可能性もあった。
「強い弱いだけで言うなら、弱いだろうな。何しろ敵の強さを把握出来ない上に、自分より弱い相手にも強い恐怖心を示すんだからな。実力を出せる相手は基本的に強力な魔物である事が多いのもまったくもって良くない。まぁ、戦闘に対する慣れは早いんだから調子に乗らない程度で戦っていけば、しばらくは大丈夫だろう。それにいざとなれば妹ちゃんに助けてもらえるだろうからな」
ソルはルイの質問に対してそう答えるが、好意的に答えていると言うよりアルフレッドに対する嫌味としか聞こえない。
何故そこまでアルフレッドを毛嫌いしているのか、メーヴェは不思議に思う。
やはりレミリア狙いで、アルフレッドが邪魔だと思っているのではないだろうか。
「たぶん違うわよ」
何も言っていないのに、異形剣は笑いながらメーヴェにそう言う。
「ソルの場合、根本的に貴女達とは違うのよね。色んなモノが。だから、近い方に共感するって言う方が正しいかな」
と言う事は、ソル的にはアルフレッドやルイではなくレミリアの方が自身に近いと感じているのだろうか。
どう考えてもこの面子の中で最年長のソルが最年少(オギンを除く)のレミリアと近いとは思えないのだが。
「単純に戦闘能力かもね」
やはりメーヴェの考えが読めるのか、こちらからは何も言っていないのに異形剣が答える。
それなら分からなくもない。
接近戦や身体能力で言うならルイやアルフレッドの方が上である事は疑いないが、実際に戦闘になれば極めて高い魔力を持つレミリアの方が強いだろう事はメーヴェにも予想出来た。
「え? 強い人が好きで弱い人が嫌いって事? ちょっとヒドくない?」
「そう思うのが普通でしょうから、ソルは根本的に違うって言ったのよ」
なるほど、と納得してしまう。
ソルにはそう言う部分が欠落していると言うのは、メーヴェにもよく分かる話だった。
普通であればメーヴェほどの美少女には凄く気を遣うモノだし、そうあるべきだと思うのだが、ソルにはまったくそう言うところが無かった。
常識が無いせいだとメーヴェは思っていたのだが、魔窟探索者としての実績があるソルにとっての価値観は戦闘能力によって判断されるらしい。
野蛮な戦闘民族め。
だが、ほぼ戦力にならないオギンに対してはルイやアルフレッドほど嫌ってはいないみたいだし、完全な戦力外であるはずの『袋』に対しても特に拒絶反応は無いのは何故だろう。
「人じゃ無いからじゃない?」
異形剣は軽く答えるが、妙に腑に落ちる答えでもあった。
ソルには妙な割り切り感がある事は分かっていた。
例えば街の外で暮らしていた時にはゴブリンを見かけてもまったく興味を示さず、まるでいないモノとして完全に無視していたが、一層の巣窟では根絶やしにする事に何の躊躇いも無いほどに切り捨てていた。
人の価値観を強弱で判定するのと同じように、人外に対しては害無害で判断しているのだろう。
何と言うか、異形剣の方が人間味がある様に感じてしまう。
「……でも、レミちゃんが強いってどうして分かるの? まったく戦ってないけど」
ふとその事も気になった。
メーヴェはソムリンド家との繋がりがあるので、武家の生まれにして規格外の魔力適正を持って生まれたレミリアの話は聞いていたし、メーヴェは好きだが周りからは異形の使い魔と恐れられているプニ丸(メーヴェ命名。まるで浸透せず)もレミリア同様に破格の潜在能力を持っていると言われていた事も知っている。
が、ソルはそんな事は知らないはずだ。
魔窟に入ってからも、レミリアが直接戦闘に参加する事は無かったし、プニ丸が変態山羊頭を食べていたところしか特別な行動を見せる事は無かったのだが。
「いやいや、あの子、隠す気無いでしょ?」
と、異形剣はレミリアの方を見て言う。
「もし戦うとなったら、たぶん今の魔窟探索者の中でも屈指の実力者でしょうね。ソルも分かってるから、たぶんあんな態度なのよ。ほら、あいつって動物的勘が並外れてるとこあるでしょ?」
そう言われてもそんなところは見た事が無いのだが、確かにそう言う雰囲気はある。
ルイはまったく認めていないみたいだが、残念ながらソルとは実力が違い過ぎて相手にされていない。
アルフレッドも『仮面』の力をもってしてもまったく評価されないところを見ると、レミリアの実力はメーヴェの想像より遥かに上なのだろう。
「あの黒い子も良い勘してたじゃない」
「何で?」
「さっきの魔物との戦いの時、あの子何の知識も無いはずなのに、私達より先に危ない事に気付いたでしょ? それって凄い事なのよ?」
自分が褒められている訳ではないが、メーヴェは何故か嬉しくなっていた。