第五話 二層の魔物
ルイ戦い方のは、基本的に腕力頼りの戦い方である。
女性らしい凹凸の激しい体型の割に膂力に優れたルイなので、戦うとなるとその膂力に頼るのはごく自然な戦い方だった。
が、一層のゴブリンならともかく、大きな岩を背負った蟹状の魔物に効果的と言える戦い方ではない。
見た目の割に俊敏な蟹モドキの一体を切りつけたが、蟹モドキの大きな鋏に当たって硬い金属音と共に攻撃が弾かれる。
「くっ、硬いな!」
一層であれば両断出来たかもしれないが、鋏を傷付けた程度で大きなダメージは与えていない。
すぐに蟹モドキは反撃と言わんばかりに鋏を突き出して来るが、ルイは素早くそれを避ける。
「ダメだな。あんな戦い方なら、あの女はここで死にそうだ。小僧、ちょっと手伝ってやれ」
「え? アルフレッドに?」
ソルの言葉に、ついメーヴェはそう言ってしまう。
別にアルフレッドの事を見下している訳ではないが、アルフレッドの実力はルイとさほど違いが無いのは一層での戦闘で分かっている。
確かに『仮面』の力を使っている時には実力が跳ね上がるのも知っているが、それでもルイより少し上と言う程度でソルとは比べ物にならないし、何より実力にそぐわない得体の知れない隙が多過ぎる。
それに見るからに硬そうな岩を背負っている事からも、武器による物理攻撃よりレミリアにお願いして魔法による攻撃の方が明らかに効果的な気がする。
「お前の『仮面』の力の全力を見せてみろ。いくらなんでも今までのお前の『仮面』の力は弱すぎるからな」
「……やってみます」
アルフレッドはそう言うと、剣を抜いて苦戦するルイの助太刀に行く。
「あの子で大丈夫なの? いくら『仮面』と言っても、一層では武器を持っただけのゴブリンに苦戦してたけど」
「本当にヤバいと思ったら、妹ちゃんが止めてるさ」
ソルがそんな事を言うのに驚いたが、確かにレミリアが一切止めようとしないのは奇妙ではあった。
レミリアは黒一色のドレス姿なのでさぞかし暑そうだが、汗一つかいていない。
その姿もだけではなく常に抱えている特大芋虫の様な使い魔もあって、素晴らしく近寄りがたいと思われているが、メーヴェは気に入っているしレミリア自身はアルフレッドに非常に懐いている。
もし本当にアルフレッドに危険が伴っているとなれば本気で止めただろうが、今は静観に徹している事からも、レミリアもソルと同じくアルフレッドであればあの蟹モドキを倒せると思っているのだろう。
メーヴェや異形剣は心配だったが、既にアルフレッドは行ってしまったので見守るしかない。
と思っていたのだが、アルフレッドはソルやレミリア以外が予想もしていなかった動きを見せた。
一体の蟹モドキに苦戦するルイなので、他の二体から狙われたら致命的な打撃を受ける危険があったのだが、アルフレッドがルイを狙う一体の前に立ちはだかる。
蟹モドキは鋏を振るうが、アルフレッドは流れる様な動きで鋏の内側に潜り込むと、名剣を一閃させる。
その直後、アルフレッドは蟹モドキの鋏を蹴る様に後ろに飛び退き、間合いを取る。
メーヴェには奇っ怪な動きに見えたが、理由はすぐに分かった。
アルフレッドの一閃はひょっこりと伸びた蟹モドキの目を切断していたのである。
もしこの魔物に声帯があれば絶叫していた事だろう。
目を失って暴れる蟹モドキは近くにいた一体を敵と認識したのか、鋏を振り回して攻撃している。
突然の同士討ちに残りの一体は戸惑った様子ではあったが、そこまで知能が高くないのか異常なまでに攻撃的なのか、本気で同士討ちを繰り広げ始めた。
これで戦うべき相手が一体に絞れた事もあって、ルイとアルフレッドは最初に戦っていた一体に集中する。
力任せのルイの攻撃は相変わらず蟹モドキの鋏や背負った岩にしか見えないほどに肥大した甲羅に弾かれているが、それは敢えて守らせる様に攻撃している。
本命はそのルイの攻撃を防ぐ為に鋏を持ち上げたり体を傾けたりさせた時に出来た隙を、アルフレッドの瞬擊によって有効打を取る為の行動である。
蟹モドキも、全身が例外無く鋏や甲羅と同じ硬度であると言う訳ではない。
例えば関節部分。
外側は非常に硬いのだが、内側は動きの都合上同じ硬度は保てない。
二度、三度と攻撃すると大きな鋏を持ち上げられなくなってくる。
一撃の威力であればアルフレッドよりルイの方が優れている事もあり、持ち上がらなくなった鋏ではルイの攻撃を完全に防ぐ事も出来なくなっていく。
蟹モドキは焦れてきたのか、鋏を広げて大きく回転する。
「ぐっ!」
その回転攻撃でルイは突き飛ばされたが、アルフレッドはどうやってそんな高さにと疑うほどに高く飛び上がって攻撃を躱していた。
嘘みたいな動きの良さだ。
あの『仮面』の時の動きの良さは確かに一層で見てきたが、今のアルフレッドはその時見た動きの比ではない。
風切り音も今まではただ鳴っていただけなのに、今はソルとは比べられないしハンスにも及ばないにしても、『使えている』音に変わっている。
そのままアルフレッドは一回転した蟹モドキの前に着地すると、蟹モドキの小さな口にソムリンド家の名剣を突き刺し、そのまま剣を振り下ろして腹まで切り裂く。
「お兄様! 危ない!」
突然レミリアがらしくない叫び声を上げる。
「え?」
アルフレッドだけではなく、ルイやメーヴェも驚く。
その瞬間に、蟹モドキの切り裂かれた腹から血液と思われる何色と言うべきかも分からない色の体液が噴き出してくる。
アルフレッドは素早く避けたのだが、その全てを避け切れた訳ではなくわずかとは言え腕にそれがかかった。
それはごく僅かではあったのだが、それでも火傷を負うほどにその体液は高温だった。
「あっちい!」
アルフレッドは叫ぶと、マントの端で腕を拭うがはっきりとした火傷の跡が残っていた。
「お疲れ。もう少し楽に倒せると思ったんだがな」
ソルは同士討ちの果てに力尽きた魔物には興味を示さず逃げていく一体を見送りながら、アルフレッド達に声を掛ける。
「お兄様、怪我は?」
「ちょっと火傷した程度だよ」
アルフレッドはレミリアに腕を見せるが、その火傷の跡は明らかに軽く小さなものだった。
「……あれ?」
アルフレッドだけではなく、ルイも気の抜けた声を上げる。
ルイも蟹モドキの攻撃の直撃を受けたので、腹部にはその跡が残るはずなのだがそれも実際に受けたダメージより小さく軽い。
「どういう事だ?」
「お前ら、『主』に感謝しろよ」
ルイの集落を出る時にもらった護符には高い治癒効果がある事はメーヴェにも分かっていたが、実際に目にすると物凄い効果である事が分かる。
これだと一撃で致命傷でも無い限りは傷跡も残らないだろう。