第三話 断層
「ここが二層へ降りるところなの?」
異形剣がソルに尋ねる。
「異形剣も知らないの?」
メーヴェが尋ねると、異形剣は頷く。
「知識としては知ってるけど、ぶっちゃけると私、一層の探索自体初めてだし」
「そうなの?」
メーヴェは驚いたが、ルイやアルフレッドも同じ様に驚いている。
何しろここまで案内してきたのが異形剣だったからである。
「その割には一層に詳しかった様だが?」
ルイが不思議そうに尋ねる。
「まあね。そりゃ、ソルの案内付きだったから。直接言えば良いのにね。コイツ、こんなナリして恥ずかしがり屋なのよ」
異形剣が笑いながら言う。
どうやら異形剣とソルは言葉を必要としないらしく、面倒事のほとんどを異形剣に任せている様だった。
が、それは確かに異形剣の言う通り、自分の口で言えば良いのにとメーヴェも思う。
「私達は基本的にもっと下の層を探索してたから、一層の探索ってしないのよね。二層にはポタール移動がメインになるの。ってな訳で私もこんな形で二層に降りた事は無いって事。ま、あんなり気にしなさんな。どーんと構えてれば良いのよ」
「そうとも言えないがな」
緊張をほぐそうとする異形剣と違って、ソルはまた面倒な事を言い出す。
「今はどうか知らないが、一層から二層へ降りた魔窟探索者の半数近くが命を落としている。魔物の強さも一層から二層はかなり違う。さっきの『仮面』が相手にしていたゴブリンが、二層では通用せずに一層から二層付近をウロウロしていると言えば、おおよそ分かるだろう」
何で楽しそうなのよ。
ソルの何故か楽しそうな言い方に、メーヴェは不吉なモノを感じた。
そうだよな、この人何故かルイとかアルフレッドの事嫌いだもんな。
自分の事はどうかは考えずに、メーヴェはそんな事を考えていた。
「このトンネル、かなり狭い様だがここで魔物に襲われると危険だな」
「それは無いから大丈夫」
警戒するルイに異形剣が答える。
「無い? 何故そう言い切れる? このトンネルは明かりも薄く、ここで不意打ちを受けては極めて危険だと思うが?」
「うん、それは間違いないんだけど、ここは断層と言って魔窟探索者にしても魔物にしても他の誰かと会う事の無い空間らしいわよ。私にも理由は分からないけど、そう言う事みたい。各層まったく別世界だから、その帳尻合わせじゃないのかと思われてるそうだけど、まぁどうでも良いんじゃない? とりあえずこのトンネルは安全って事は間違いないみたいよ」
「随分と都合が良いと感じるのだが」
ルイは眉をひそめている。
「そもそもこの魔窟が探索者にとっての都合を相当考えられていると思えるけどね。細かく考えていくと本当に都合良く作られてるから、別に今さらこの程度の事に頭抱える必要は無いわよ」
深層の存在である異形剣からするとそうなのかも知れないが、メーヴェなどからすると混沌の魔窟以外の何物でもない。
「つまり、ここは安全地帯って事になるのかな?」
「まぁ、魔物は入ってこないから、そうと言えなくもない、かな?」
アルフレッドの質問に異形剣は確認の為にソルに尋ねる。
「いや、安全地帯ではないな」
ソルが珍しく会話に参加してくる。
「魔物は入ってこないのだろう?」
ルイはソルに挑む様に言う。
まぁソルに好感を覚えろと言うのは無茶ではあるけど、ルイもそんなに敵意むき出しにしなくても。実力に差が有り過ぎるし。
そんな事を言うとまたルイの機嫌が悪くなるし、そうすると色々と面倒なので黙っておく。
貴族なのにこんなにも繊細に空気が読める私、やはり逸材だわ。
などとメーヴェは考えていた。
「今では先生のポタールでの移動が主流だが、俺達より前の世代の魔窟探索者にとって断層での殺し合いは多かったそうだ」
「……何?」
「魔物も入ってこないのに?」
ルイだけでなくアルフレッドも、声を出さなかったがメーヴェも気になる。
「だからこそ、だ。一部の階層を除いて断層と拠点や仮拠点は近くにあるからな。思う存分仲間割れする事が出来たそうだ」
「思う存分って……」
ルイは言葉を失っているが、メーヴェとしては何もこんなところでなくても拠点が近いのならそこでやった方が安全じゃないのだろうか、と思ってしまう。
まぁ、私には関係ない事だし。
狭く長い下り坂の断層を抜け、メーヴェ達は第二層へ降り立った。