第二十三話 お礼に
ソルはけっきょく宴には参加せずに、そのまま村の宿の一室で休んでいた。
「……少し良いか?」
「ダメだ」
部屋の外からルイの声が聞こえたが、ソルは即答する。
「だが、私は何でもすると言ったからには、それに応えねばならない」
「そうか、頑張れ」
ソルはまったく相手にせず、部屋に入れようともしない。
「ホント、嫌ったら徹底的ねぇ」
「気に入らない事に付き合う義理は無いだろう」
壁に立てかけていた異形剣が声をかけてくるが、ソルは譲るつもりはない。
「診療所では優しかったのに」
「俺は相手によって態度を変える事を悪い事だと考えてないからな」
部屋のベッドで横になったまま、立ち上がる事も扉の方を向くでもなくソルは異形剣には答えるものの、ルイの方には声をかけようとはしない。
「とりあえず部屋に……」
「お疲れ」
ルイが声をかけてくるのだが、ソルの返答はどこまでもそっけない。
「話くらい聞いてやれば?」
「必要無い」
異形剣はルイに協力的なのだが、ソルの心を動かすほどではない。
「せめて礼を……」
「お休み」
ソルが言葉を遮って言うのに我慢ならなくなったのか、ルイは乱暴に扉を開けて入って来る。
「礼はすると言っているのだ!」
「で? その為に押し入ってくるのか? お前は礼と言うが、それはお前の都合であって礼を受ける側の事は考えないのか? こういう場合には、礼を受ける側の都合に合わせるのが常識ではないのか?」
ソルは横になったまま入って来たルイに向かって言うと、そのまま背中を向ける。
「お前に協力したのは俺じゃなく、他のガキ共だ。『仮面』のガキのところにでも行けよ。喜ばれるだろ?」
ソルはそう言うと面倒そうに手を振る。
「ソル、少しは相手してあげたら?」
見かねた異形剣がルイに助け舟を出す。
「興味無い。お休み」
「そんな事言わずにさぁ」
妙に楽しそうな異形剣の言い方に苛立ち、ソルは面倒そうなのを隠そうともせずに横になったまま目をルイの方に向ける。
そこに立っていたのは、白を基調とした煽情的な服装で恥ずかしそうにルイが立っていた。
「……何やってんだ?」
「だ、だから、礼を……」
「……正気か?」
ソルは眉を寄せて、ルイに尋ねる。
「な、何がだ?」
「いや、色々と正気を疑いたくもなるだろう」
うんざりした様に、ソルは体を起こしてルイの方を向く。
「大体何のつもりなんだ? 色仕掛けでもするつもりだったのか?」
ソルの言葉に、ルイは顔を真っ赤にして睨みつけてくるが何も言葉は出てこない。
「それに、色仕掛けのつもりかも知れないが、お前の場合普段からそんな格好だから意味無いんじゃないか? ほぼ色違いなだけだぞ?」
「あー、それは私も思った。色違うと印象違うけど、ちょっと弱いかなー」
ソルは呆れて、異形剣は楽しそうに言うが、ルイは真っ赤になりながらも鬼の形相でソルを睨みつけている。
「露出度って高ければ良いって訳じゃないのよねー。せっかくいい体してても、ちゃんと活かさないと誘惑って効果出ないのよ?」
「う、うるさい! 剣のクセに!」
「その剣に負けてるから、こうやって言ってあげてるのよ? 感謝しなさい」
「で、何しに来たんだ? 色違い状態で」
ソルは上体を起こして、露骨に面倒そうに頭を掻きながらルイに尋ねる。
「だ、だから、礼を……」
「身体で払うとでも言うのか? 最初に言ったが、お前は俺達の命を危険に曝したんだぞ? 結果として何ら手傷を負う事は無かったが、お前を含めてあそこで見た結果になった事も十分に考えられた事を、お前は強要したんだ。その報酬がお前の身体? 随分と高い値をつけてるじゃないか」
ソルはそう言った後、ふと何か思いついた様に改めてルイの方を見る。
「……そうか、身体で払うか。それなりの覚悟は出来ていると言う事だよな」
「も、もちろんだ」
ルイは硬い表情のままに頷く。
「だとしたら、ちょっと付き合ってもらおうか。『仮面』のガキにも用がある」
「何か悪巧みしてるみたいね」
「いや? せっかくだから身体で払ってもらおうと思っただけだ」
ソルは異形剣を手に取って、部屋から出る。
「ど、どこへ行く?」
「言っただろ? 『仮面』のガキにも用がある、と。診療所近くの方が都合いいな。人里から離れているし、人が来る心配も少ないからちょうどいい」
ソルはルイの答えも聞かずに部屋を出て行った。
「分かったな。呼んで来い。お前はそのままの格好で構わないぞ」
宴も終わっていたらしく、『仮面』であるアルフレッドとその陰の様に従う妹のレミリアとルイ。
何事かと興味を持ったメーヴェとオギンも一緒について来た。
「呼んできたぞ。何をするつもりだ」
あからさまに不機嫌に、ルイはソルに向かって言う。
「ん? そっちは装備は無しか?」
ソルはアルフレッドを見て尋ねる。
「装備? 一応、『袋』に預けてますけど」
「出すッスか?」
いつの間にかアルフレッドの横に『袋』が現れていた。
「剣は必要だな」
ソルの答えに、何が行われるのか分からないままアルフレッドは『袋』から自分の剣を受け取る。
「お前はコレで良い」
それに対してソルはルイに、少し長いだけの木の枝を渡す。
「これから何が始まるんだ?」
「おおよそ察しはつくだろう? 戦闘訓練だよ」
ソルの言葉に、集められた面々は驚いている。
「戦闘訓練? 俺は真剣で、こちらは木の枝で?」
「ああ、お前は話にならないくらいに弱すぎる」
アルフレッドに対して、ソルは容赦無く言う。
「それでも『仮面』の力があれば二層くらいまでは問題無いのかもしれないが、一部の例外を除いて『仮面』の連中はとにかく女や子供の姿をした魔物や野盗に対して、致命的に弱い。気持ちがまったく分からない訳ではないが、とにかく肌を晒した女に対する攻撃に慣れていない事が原因の一つだ。せっかく協力してくれると言うんだから、切らせてもらえ」
「切らせてもらえって、え? どう言う事?」
見物人であるメーヴェが、言葉の意味を理解出来ずに尋ねる。
「文字通りの意味だ。魔窟探索の初心者、特に『仮面』の連中は敵を切る事に慣れていないからその能力を発揮出来ない。せっかく斬られ役がやる気になっているんだから、切らせてもらうのが一番だろう?」
「……斬られ役か? 私が?」
「身体で払うんだろう? それに何でも言う事を聞くと言う約束だったし、その覚悟も出来ていると言っていたはずだが、やはり言葉だけで何も出来ないか。まぁ、何でもするとか言うヤツらはそんなモンだからしょうがないか」
ソルはそう言うと、異形剣を肩に担ぐ。
「ソレでも良いんだがな」
「……は? 私?」
突然目を向けられてメーヴェが驚く。
「戦闘の訓練にはならないが、切る経験と言うだけなら十分に役に立つだろう?」
「え? え? ちょ、待って待って! 私はダメでしょ!」
「役に立てるぞ?」
「いや、だから、そう言う事じゃなくて、それ以前の問題でしょ!」
「そうか、残念だな」
「……良いだろう」
ルイが声を絞り出すと、木の枝をアルフレッドに向ける。
「え? 本気で?」
「都合良く白いからな。血に染まっていくから与えたダメージも分かり易いだろう? 回復薬も多少はあるから、安心してこの女で切り慣れろ」
ソルは簡単に言うが、斬られ役を命じられたルイより切る側のアルフレッドの方が絶望的な表情をしている。
「ほとんどの『仮面』は口ばかり達者で、言う程の事を出来ない連中ばかりだ。お前が例外と言う訳ではないから、弱い自分を恥じる必要も無ければ、強くなろうという努力をしない事もさして珍しい事でもないさ」
そう言った後、ソルはアルフレッドの後ろに付き従うレミリアを見る。
「まぁ、それでもお前には心配いらない事なんだろうな。例え仲間の女がどんな目にあったとしても、今後自分の無力さが原因で誰がどうなったとしてもお前には関係無い事だし、気にする必要も無いからな」
「……分かりました」
アルフレッドもようやく剣を構える。
形になったところで、ソルは大きく息をつく。
「後は適当に遊んでろ。俺は寝る。『袋』にいくつか回復薬も預けておくから、気が済むまで遊べるだろ」
「了解ッス。回復薬、預かったッス」
乗り気な『袋』が答える。
ルイやアルフレッドはまだ何か言いたそうだったが、ソルはそれを無視して宿に戻る。
「放ったらかしで良かったの? 言っちゃなんだけど、あの『仮面』はウィルフとは比べ物にならないわよ?」
「そりゃそうだ。アレは化物の中の化物だ。世の中の例外である『仮面』の中でも例外なんだろうな。だが、あのガキはともかく妹の方は違う。あの妹の方は本物の『何か』だ。今後も一緒に行動するかは分からないが、あのガキには最低限戦えるだけの実力を身に付けさせないと妹の危険を防げないかも知れないからな」
「……妹ちゃん? あの芋虫抱えてる黒い子?」
ソルにしても、確信がある訳ではない。
あの妹、レミリアはただ兄を慕ってくっついている訳ではないと言う感覚。
全身黒づくめで、長い黒髪に前髪で顔の半分以上を隠したその姿と、誰の目にも異形としか言い様のない芋虫姿の使い魔。
どんな贔屓目で見ても不吉で不気味な少女だからこそ、そう思うのも仕方がないとソルは思ったのだが、それでも言い知れない不安はあった。
どんな形であったとしても、引き金になるのは兄であるアルフレッドだろう。
「これは早めに深い層に行かないと、今以上に面倒な事になりそうだな」
ソル達は翌日には集落を出たのだが、ソルとメーヴェとオギンはともかく、アルフレッドとレミリア、ルイまでも同行すると言い出した。
「……は?」
散々嫌がらせじみた事をしてきたし、気に入らない事もしてきたと思っていただけにソルは驚いてアルフレッド達を見る。
「何だコレ?」
「慕われてるわねー」
状況が掴めないソルに、異形剣が楽しそうに言う。
「アルフ達も一緒に行きたいって言ったから、私が許可したのよ」
メーヴェが誇らしげに答える。
「……あのな、俺達は街の敵だぞ? この貴族の御方は向こう側じゃないのか?」
「俺達も街を追われた側ですから、立場は一緒です。拠点には戻りづらいので、是非同行させて下さい」
アルフレッドが頭を下げる。
「お前は? ここに残らなくていいのか?」
「私は何でもすると約束して村を救ってもらった。ならば従者、いや、奴隷の扱いを受けても文句を言える立場ではない。主に同行するのは当然だ」
ルイは相変わらずソルを睨みつけてくる。
「仲間が多い事は心強い事よ。ねx、オギン?」
メーヴェとオギンは喜んでいる様だが、今後も同じ様に考えるかは分からない。
「……お前がいいのなら、それで良いか」
ソルは諦めて同行者が増える事を反対するのを辞めた。
「これは村の者からの礼だ」
ルイがあえてソルを無視して、他のメンツに護符の様なモノを渡している。
「きっと旅の役に立ってくれると言う事だった」
ルイから受け取った護符を、メーヴェはまじまじと見つめている。
護符と言っても、それは別に貴金属などではなく手の平サイズの小さな袋であり、旅の無事を祈る言葉が縫い込まれているだけの、まったく珍しくもない、市販品レベルのお守りである。
が、メーヴェの目にはコレが通常のモノではない事が分かったらしい。
この護符はあの土地神の一部が縫い込まれている。
と言っても血肉を染みこませた布をお守りの中に入れているだけなのだが、あの土地神の治癒能力は極めて高く、これだけで僅かでも回復効果を高める力がある。
一級品と言う訳ではないが、同じサイズのお守りと比べるとその価値は十倍以上で取引される事だろう。
「で、これからどうするの?」
「それはお前が決める事だろう」
さっそくこれからどうするか尋ねてきたメーヴェに、ソルは呆れて言う。
「……まぁ、順当に行けば二層を目指す事になるだろうな」
「じゃ、それで」
本人に自覚と目的意識が無いせいで、メーヴェの判断は早く軽い。
こうしてこの寄せ集めで、二層を目指す事になった。