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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 彼と彼女の第一層
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第二十二話 村を救った者と守る者

 一方のソルは、宴には参加せずに集落を歩いていた。

「ホント、こういう事嫌いよね」

 人型になっている異形剣が、ソルに向かって笑いながら言う。

「いや、宴が嫌いな訳じゃない。媚びを売って弱者であり続けようとする連中が嫌いなんだ」

「厳しいわねぇ。長い事戦いから離れてたら、少しは丸くなるんじゃないの?」

 異形剣はからかう様に言ってくるが、ソルは肩を竦めるだけだった。

「で、どこに向かってるの?」

「ちょっと気になるところがあってな」

 ソルは短く答えると、特に急ぐ様な事も無いが集落を見回しながら目的の場所を探しながら歩く。

「たぶん、ここだろうな」

 ソルは集落の中でも少し外れたところにあった、少々寂れた雰囲気の建物を見つけた。

「何ここ?」

「ちょっと確認したくてな」

 ソルはそういうと、その建物の中に入った。

 いくつかの簡素なベッドと、同じ様に簡素な作業台があるだけの隔離された建物。

 集落における診療所である。

 町や拠点であれば、それこそ設備が整ったところである事が多く、また建物も大きく清潔である事が基本だが、集落の場合はこういう隔離施設である事が基本となっている。

「何か御用ですか?」

 ソルに気付いた者が声をかけてくる。

「あんたは宴には参加しないのか? 他の連中はうまいもん食ってるんだろう?」

「患者がいますから」

 声の主が、ソルの方へ来る。

 やわらかい男性の声ではあるが、一目見て人間ではない事が分かる。

 一瞬『袋』かと思ったのは、ソレがボロボロの布を被った姿だったせいもあるが『袋』ではなく、正体を隠す為に薄汚れたボロボロのシーツを頭から被っているだけだった。

「患者、か。治してやれるのか?」

「傷の方は」

 ソレは短く答えた。

 明らかに魔物であるのだが、それは相当特殊である事も分かる。

 流暢に言葉を使う魔物は、珍しくはあってもいない訳ではない。中層より深くなればそれこそ少数とは言え珍しい存在でもなくなってくる。

 しかし、低層、しかも一層でとなるとかなり珍しい。

 しかも集落で診療所にいると言うのも、これ以上ないほどに珍しいだろう。

「でも、治せるのは傷まで。失った手足までは戻せないし、心の傷には触れる事も出来ない」

 ここまで来ると、珍しいどころではない。

 この生き物は言葉を使うだけでなく、感情も理解した上に、自分の意志を持ってこの集落の診療所にいて村人たちを治している様だ。

「奇妙だな。何故そんな苦労を引き受ける? あんたには関係の無い話じゃないのか?」

 ソルが尋ねると、その生き物はのっそりと体の向きを変える。

「関係無い、と言うのであればこれから我にどの様な苦労があろうとも、君には関係がないのではないかな?」

 その生き物からそう返されて、ソルは返答に詰まった。

「君は表に出ている事と裏の隠している事が別々だな。慕われる事は、それほどに辛いか?」

「よくお見通しで」

 ソルは肩を竦めて答える。

「その答えも意外だな。君であれば我など一刀の元に切り捨てる事も出来るだろうに」

「それに意味があるとは思えないな」

 ソルはそう言うと、ベッドの一つに歩み寄る。

「正直に言えば、ここへ来たのはこいつらを切り殺しておこうと思ったからだ。魔窟探索者で捕らえられていた者がいても、それは自業自得と言えなくもないし、探索者は当然覚悟しておくべき危険だ。だが、こいつらは違う。ただ、たまたまここに住んでいただけで狙われた。この先、生きていくのを後悔するほどに辛いだろうと思ってな。いっそ、楽にしてやろうと思ってここへ来た」

「だろうな。君の雰囲気からそうだろうと、我も予測していた」

「その上で逃げなかったのか?」

 ソルの質問に、その生き物はベッドで眠る女性の頬に触れる。

 ソレは手ではなく、触手の様なモノだった。

「我にとって、ここの住民は皆可愛い者達なのだ」

 その生き物は、この集落が出来てから診療所に住み着いたと言う訳ではなく、最初にこの生き物が生息していたところに集落が出来たのだと言う。

 この生き物は非常に回復能力が高く、またその効果は周囲の者にも影響するほどだった為、この土地の周辺では一層の中でも作物を作る事が出来たり病気や怪我などに悩まされる事も少なかった。

 一層の拠点でありエリアマスターの『先生』には及ばないものの、この生き物も本来であれば一層の魔物とはかけ離れている存在だった。

 いつの頃からか、この生き物の生息地に人が集まる様になり、仮拠点の様なものが出来たかと思うと、そこで人が増えて今の集落になったと言う。

 集落が出来た当初、この生き物は土地神として崇められていたらしいのだが、この生き物はあまりそういうのを好まなかったと言う事もあり、この隔離された建物を与えられて住み着いたらしい。

 そして、この生き物の特殊な能力もあって、ごく自然な形でこの隔離された建物が診療所となった。

 この生き物自体が特に隠れたり人目を避けようとしている訳ではないが、その一方で特別に集落の者達と近しくなろうともしていない事もあって、忌み嫌われる事も無いが必要以上に感謝される様な事も無いらしい。

「だが、やはり可愛いものなのだ」

 その生き物は眠る女性を見て呟く。

 残念ながら、その女性はすでに手足を欠損している為にこの生き物の能力でそれらを再生させる事は出来ない。

 また、先ほどこの生き物が入っていた通り心の傷を癒す事は出来ないので、身体の傷が治ったとしても、その後は集落の住民達の介護を必要とする生活となる。

 ソルはそういう場面を何度か見てきた。

 助けられた事を恨み、助けた人物を呪い、助かった自分を嘆く。

 拠点であれば、その者は瞬く間に老化して、老衰死するまでの短い間ひたすらに呪詛の言葉を吐き、怒りと恨みと羨望の目を向けながら呪い続けるその姿は、救出した者さえも蝕んでいく。

 それなら楽にしてやるのも、一つの方法である事をソルは知っていた。

 ソルはともかく、メーヴェを始めとする他の連中にはとても耐えられるモノではない。

 だが、ソルの手は止まっていた。

「あんたにとって、こいつらは寄生虫では無いのか?」

「違う。ことさら我が望んだ事ではないが、今となっては我にとっても家族の様なモノだ。我に戦う事は出来なかったのが悔やまれる」

「あんたなら戦えたんじゃないのか?」

「我にはその力が無い事は知っている」

 その生き物は、ソルの方を向く。

「今回はルイが動いていた様だが、あの娘は何か君に失礼があったかな? あの子はちょっと周りが見えなくなる事もあるから」

「失礼、というより自分勝手な夢想家が気に食わないだけだ」

「なるほど、自分勝手な夢想家か。ルイに限らず探索者の大半がそうではないか?」

「ああ、だから大半の連中が嫌いだ」

 ソルの言葉に、その生き物は僅かに笑った様な声が漏れた。

「君は慕われる事が嫌いかな?」

「嫌いだね」

 悩む事も無く即答するソルに、その生き物だけでなく異形剣も苦笑いする。

「ルイの事だ。なんでもするから手を貸してくれとでも頼んだのだろう? 君はルイに何をさせるつもりだったのかね?」

「あ、それ私も気になるわ」

 異形剣までも興味を持って、ソルに尋ねる。

「何でもする、と言う様なヤツは基本的に自分が何を出来るかを考えていない。正直な話をすれば俺はここの患者を殺すつもりだったが、それをやれと言うつもりだったよ。間違いなく出来ないと答えるだろうから、それを責めるつもりだった」

「なるほど、出来る事だがやらない事だろうな」

「性格悪いわねぇ」

 異形剣が苦笑いを隠さずにソルに言う。

「具体的に何をするとも言わず力を貸せと言う側の方が性格悪いだろう? こちらにだけ危険を犯させて、最終的にはそれは出来ない、アレは出来ないとゴネるんだぞ? 相当なモンだろうが」

「最初っから出来ない事をさせようとするのも十分ダメでしょう」

 異形剣の言う事も分かる。

 分かりはするのだが、最初から出来ない事がある事を分かっていて『何でもする』と言う条件は卑怯極まりないとソルは思うのだ。

 例えばソルが提案しようとしていた、救出した者達をルイの手で葬ると言うのも、出来ない理由は能力によるところではない。

 やろうと思えば出来る事なのだ。

 それを倫理や常識、良識を盾にして自分には出来ないと言い張るのは最初に提案した条件を一方的に反故にしているとソルには感じられる。

 だからこそソルは『何でもすると言うヤツは何もしない』と言って譲らなかった。

「君の言い分も、まったく分からないではない。我は人とは違うからこそ、君の言っている事の正しさも理解出来ると思う。だが、そこのモノが言う様に、最初から出来ないと分かっている事を提案して責めると言うのは、卑怯と言う意味ではお互い様ではないかな?」

「そう、お互い様なんだ。双方に悪いところがある。ところが、提案者はそうは思わず、こちらを一方的に悪だと決め付ける。そう言うところも、自分勝手な夢想家が嫌いな一因だ」

「君は一般的な探索者ではないな。どちらかといえば、こちら側に近いのかも知れない。だからそのモノも君を認めているのだろう」

「だとしたら、光栄だ」

「ふむ、しかしお互い様と言う事を考えると、君は何をどう言ってもこの集落を護ってくれた事には違いない。ルイでは少々荷が重かった事であった事も考えると、我に何か手伝える事は無いか? せめてルイの大言壮語の責任を少しは軽くしてやりたい」

 その生き物は真っ直ぐにソルを見る。

 はっきりと目と分かるモノはシーツの中からも確認出来ないが、それでも視線は感じられる。

 その生き物は自身に戦闘能力は無いと言う様な事を言っていたが、その存在感や威圧感は中々のものだとソルは感じていた。

 少なくともルイやゴートと言ったところでは比べ物にもならないだろう。

 だが、拠点であった二本角やあの妹ちゃんなどが襲撃してきた場合にはとても止める事など出来ないだろうとも思う。

 ソルとしてはルイの事が気に入らなかったので懲らしめてやろうと思ったので、特にこれといってやってほしい事も望む事も無い。

 何ならもう関わらなくても良いくらいだが、おそらくそうはならないだろうと予想を付けていた。

「……それなら一つ、お願いしたい事がある」

「ほう、我に出来る事であれば答えるつもりはある」

「おそらく大丈夫だと思うのだが……」

 ソルはその生き物に一つ提案した。

「……なるほど、出来るかも知れない。それなら旅の助けにもなる事だろう」

 その生き物は感心した様に言う。

「では、出発までに頼む。今日はこの集落で休ませてもらう」

「ここでは落ち着かないだろう? 村の方でゆっくり休むと良い。それと、ここの者達はこのまま我に預けてもらって良いのかな?」

「ここにあんたがいなかったら、ルイを含めて全員を楽にさせてただろう。あんたが望んでその痛みを引き受けると言うのであれば、俺が出しゃばる事じゃない」

「ありがとう、旅の探索者。名は何と言う?」

 ソルは建物を出る時に振り返る。

「おそらく二度とここに立ち寄る事は無いだろうが、俺はソルだ。別に覚えてもらう必要も無い名だよ」

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