第二十話 根城にて
シオンが囚われていると思われる根城の洞窟には多数のゴブリンが住み着いていたが、ソルの戦力を必要としないくらい楽に撃退していく。
それはルイが張り切っていると言う事もあるのだが、アルフレッドの剣も冴え渡りゴブリンを切り倒していく。
同族のオギンはどう思っているんだろうとメーヴェは少し複雑な気持ちになったが、オギンを見る限りではあまり気にしていない様に見える。
オギンは魔窟の外に住んでいた事を考えると、もしかするとゴブリンと一言で言っても違う種類なのかもしれない。
実力を見せようとしているのか、失態を取り返そうとしているのかルイは次々とゴブリンを切り倒していき、ゴブリン達はついにどこかへ逃げ始めた。
「敵の拠点とは言え、あの者達さえいなければどうという事などない」
「この程度でいきがられてもなぁ」
ルイは得意満面だったのだが、ソルはまったく評価していない。
「それより囚われている者は見つかっていないのか? どこにいるか分からないのか?」
「……俺が捕らえている訳じゃないからな」
何故かルイが尋ねてきたので、ソルは面倒そうに答える。
多分、以前この拠点に来た事があると思われるソルだったので、何かしら知っているのではないかと期待したのだろう。
でも、それっていつの話?
ソルはルイが生まれる前から魔窟探索していたらしいのだが、ルイを見る限りでは二十代と思われる。
つまり、二十年以上前と言う事になるのだが、さすがにその時の記憶を完璧に覚えていろと言うのは相当厳しい。
「そこまで深くも広くも無いだろうから、奥まで行けば嫌でも見つかるだろ?」
やはりルイに対しては厳しい。
二人は先ほどが初対面のはずなのだが、この二人の険悪さを見るにはどうにも以前から何か禍根がある様にも見える。
前世で何かあったのかな?
「手分けして探しますか? 俺達とメーヴェ様達に分かれて探した方が効率的かもと思いますけど」
「良いんじゃないか?」
アルフレッドの提案を受け入れて、アルフレッドとルイとレミリアのチームと、メーヴェとソルと異形剣のチームに分かれて探索する事になった。
場馴れしているとは言えないアルフレッドから出た提案だったが、それはこの根城にさほど恐れる者が残っていないと判断したから出たのだろうと、メーヴェでも察する事は出来た。
特に目星も無い状態での探索だったが、分かれてからすぐにソルが足を止める。
「……失敗したな。こっちが当たりだ、臭ってくる」
メーヴェにはまったく何も臭ってこないのだが、ソルには何か分かるらしい。
「どうする? さっきの子達呼ぶ?」
「……いや、あとにしようか」
異形剣に言われ、ソルは悩んだあとにそう答えると進んでいく。
しばらく進むと、メーヴェにもソルが言っていた匂いが分かった。
異臭である。
漂ってくるだけでも分かる、あらゆる悪臭を混ぜ合わせた様な異臭は嫌な予感も一緒に運んでくる。
「ソルだけで良くない?」
強くなる悪臭に耐えかねて、メーヴェは提案する。
「いや、当たりだとすればお前も見ておいた方が良い。お前も同じ姿になっていたはずなんだからな」
気に入らない言い方ではあったが、もしソルがただの嫌がらせで言っていた場合には異形剣が援護してくれそうなものだが、それが無いと言う事は異形剣も同じように思っているのかもしれない。
「……分かったわよ」
メーヴェは鼻を摘んで、ソルの後について行く。
オギンは特に悪臭を感じていないらしく、いつも通りである。
ひょっとして、あの角付き兜には匂いを抑える効果とかあるのかな。
メーヴェはふとそんな事を考えたのだが、元々オギンはそんな綺麗好きでもないし、匂いに対しても強いのだろう。
進むにつれて悪臭はさらに強くなっていったが、ついには匂いだけではなく、物音や呻き声まで聞こえてきた。
『旦那、向こうが囚われていた人達見つけたって言ってるッスよ。そこにいた人達は無事みたいッス』
どこからか現れた『袋』がソルに報告する。
「へえ、『袋』ってこんな使い方も出来るのね」
『便利っしょ? 『袋』とは仲良くして欲しいッス』
それだけ言うと、『袋』はまた姿を消す。
その間もソルはまったく無警戒に進み、奥にあった扉を蹴破る。
その破壊音と共に強烈な悪臭だけでなく、呻き声やゴブリン達の奇声も溢れ出してきた。
魔窟の中には光源も無いのに視界は確保されていると言う不思議な状況であり、この根城も同じく特別な光源はなくても仄かに明るく視界が悪いと言う事は無い。
それだけに、ソルが蹴破った扉の先の部屋の惨状はメーヴェの目にも入ってきた。
その部屋はかなりの広さがあり、中には相応の数のゴブリンが存在したが、それだけではない。
全裸で転がされている女性もいたが、すでに息絶えている者もいれば、今まさに弄ばれ陵辱されている女性もいた。
「ヒッ」
メーヴェが思わず短い悲鳴をあげたが、それ以前にソルが扉を蹴破っているのでゴブリン達はすでにこちらに気付いている。
ゴブリンの大半はこちらに向かって牙を剥いて威嚇していた。
「ソ、ソル……」
「自分の身くらい自分で守れるよな」
ソルは突き放す様に言う。
「え? で、でも……」
「またソイツを失っても構わないのなら、俺も特に言う事は無い」
ソルは異形剣を剣に戻すと、メーヴェを気にかける事無くゴブリン達を切り捨てていく。
この部屋にいるゴブリンは大小様々なサイズがいて、おそらく生まれて間もないものも含まれているのだろうが、ソルはまったく意に介さない。
ゴブリン達は慌てて逃げ道である出入り口に殺到してくるが、そこにはメーヴェとオギンがそこを塞ぐ形で立っていた。
「え? うそ?」
メーヴェは慌てて剣を抜き、オギンはメーヴェの前に立って殺到してくるゴブリン達を威嚇する。
と言っても、オギンは武器らしい武器を持っていない。
身につけている装備と言えば、角付き兜くらいであり、しかもオギンは体のサイズが小さくまだ子供である。
魔窟に入る前の惨劇が、記憶の中で蘇る。
あの時、自分はこの子を守ると誓ったはず。また同じ事を繰り返すのか。
メーヴェはそう思うと、自然と剣を前に突き出す事が出来た。
突き出した剣は必ずしも敵を狙った訳ではない。
恐慌状態のゴブリンが勢い余って、その剣に突撃してきたと言う方が正しいだろう。
だがその結果はまるで頭蓋骨など存在しない様に、ごく滑らかにゴブリンの顔の中心を貫く。
メーヴェは驚きから剣を振り上げたが、そこでも名剣はその切れ味を遺憾無く発揮してゴブリンの頭を真っ二つに切り裂いた。
出入り口を塞いでいるのが、女と魔物の子供と言う事で逃走経路に選んだと言うよりそこしか逃げる道が無かったと言う事もあるが、そこでも待ち構えていたのは死であった事にゴブリン達は恐怖してその身をすくませる。
その隙にオギンが目の前のゴブリンに飛びかかった。
戦いに慣れているはずもないオギンだが、本能的に戦い方を知っているのか、それとも元が凶暴なのか、メーヴェを守ると言う使命感が闘争本能を刺激しているかオギンの戦い方はただ暴れると言う域ではなかった。
動きを止めた目の前のゴブリンは、明らかにオギンより大きい体格だった。
オギンはそれに飛びかかり、貫手で目を貫いたのである。
目を抉られたゴブリンは叫び暴れようとしたが、オギンは目を貫いた手を引き抜くと頭突きでゴブリンの喉を突く。
普通の頭突きでも喉に直撃すればそれなりのダメージを受けるのだが、オギン唯一の装備である角付き兜での攻撃なので、ゴブリンはその角で喉を貫かれる事になった。
深く喉を貫かれたゴブリンはそのまま絶命するが、兜が喉から抜けずにオギンは兜を脱ぎ捨てる。
そこから改めて兜をゴブリンの喉から引き抜こうとするが、その時には別のゴブリンが狂乱状態でオギンを狙ってきた。
小さなオギンが兜を拾う為に頭を下げていた事もあり、メーヴェの振った剣はオギンの頭上を越えて襲いかかってきたゴブリンの伸ばした手を一閃する。
手応えはあるが、それは骨を両断したわりには軽い。
さきほど頭を割った時もそうだったが、この剣はやはり一級品だと実感する。
が、自分が戦闘行為を行っている事には実感が沸かない。
すでに二体のゴブリンを切っているのだが、現実感が無い。
あまりの悪臭に意識が混濁しているのかもしれない。
メーヴェに腕を切られたゴブリンは倒れてもがいていたが、別のゴブリン達に踏み潰される事になった。
しかし、さすがにメーヴェで戦えるのはここまでだった。
「メーヴェ様、交代です」
数匹のゴブリンが一斉に襲いかかってきたところで、メーヴェは後ろから声をかけられる。
それを確認するより早くアルフレッドが飛び出し、剣を閃かせて襲いかかってきたゴブリンを切り伏せる。
あれ? どうしたの? かっこいいじゃない。
メーヴェはキョトンとして、ゴブリンを切り倒すアルフレッドを見ていた。
まだまだソルとは比べ物にならないし、ハンスほど剣との一体感も感じられないが、メーヴェの知るアルフレッドはとにかく目立たない様にしようとする、奇妙な行動が多かった。
それが率先して戦闘を行い、しかも相手が弱いとはいえ簡単に魔物を切り倒していく姿には、らしくなさが感じられる。
戦闘に慣れたのかな?
メーヴェより先に魔窟に入っていた事を考えると、自然な事と言えなくもない。
それにアルフレッド自身が相当な変わり者だったとしても、その血筋は武のソムリンド家である。
そう考えれば、戦闘経験を積んだアルフレッドであればこれくらい出来ても不思議ではない。
先に部屋でゴブリンを切り捨てていたソルはすでに戦闘を終えていたが、アルフレッドが参戦した事で部屋にいたゴブリン達は瞬く間に全滅した。
「……酷いな」
「それは、どっちの事だ?」
アルフレッドが呟いた事が聞こえたのか、ソルが反応する。
「どっち?」
「お前が切り殺した側の事か、切り殺された側の行ってきた事か、だよ」
ソルは足元も見ながら言う。
ここに転がされている女性で、五体満足な者は存在しなかった。
すでに息絶えている女性も、まだ存命中の女性にしても手足を失っている者が多く、また欠損していなくても歪な方向に折れ曲がっている。
全員が正気を保てなくなっているのか、言葉を発する事も無くただ呻き声を上げていた。
「それは……」
「まぁ、それは後で……」
「これは……! こんな事が許されるのか!」
アルフレッドに遅れてルイとレミリアがやって来る。
「うるさいのが来たな」
言葉を遮られた事より、ルイが姿を現した事にうんざりしたのかソルは溜息をつく。
「とにかく、皆を救い出さないと」
「正気か?」
ソルはルイの言葉に首を捻る。
「何がだ」
「こいつらはもう十分苦しんでいる。もう楽にさせてやろうじゃないか」
「待て!」
ソルが足元で呻いている女性に異形剣を振り下ろそうとするのをルイが止める。
「どういうつもりだ! 貴様、今その女性を殺そうとしただろう!」
「楽にさせてやれよ。これ以上苦しめるな」
「ふざけるな! 生きていればきっと癒されるはずだ!」
「残酷だな」
ソルはむしろ同情する様に足元の女性を見る。
「今は精神に異常をきたしているから自分の事も分かっていないだろう。だが、生き残って癒されれば、いやでも自分が何をされてきたかを思い出す事になるぞ? それに失われた手足だけではなく、負っている怪我はまず治す事は出来ない。目を潰され、顎を砕かれ、手足を奪われ、忌まわしい記憶を抱えて、それでもまだ生きろを言うのか。自分が世話する訳でもないのに」
「……だが、まだ生きている! その命を奪う事は出来ない」
「自分が気に入らないと言うだけの理由で、魔物は切れるのにな」
ソルは吐き捨てる様に言うと、ルイを押しのける。
「もう俺の役割は終わっただろう? 先に……」
ソルは部屋を出ようとした時、ふと入口近くにあったテーブルに目を止めた。
「……とにかく、救うというのであれば『袋』から組合に連絡してもらって、救助隊を手配してもらいましょう。助けられる限りは助けたい」
アルフレッドがまだ何か言いたそうなルイに提案する。
「そうだな。そうしよう」
ルイは頷くが、アルフレッドはすぐに動きを止めた。
「どうした?」
「……シオンさん」
「え? シオンちゃん?」
メーヴェもアルフレッドのところに行くと、確かに見覚えのある少女が倒れていた。
両手両足はあるものの、本来の関節とは違う歪な曲がり方をしている。
目の焦点も合わず、下顎も奇妙に歪んでいるが、それは確かにシオンだった。
「……まだ息はあるみたいですね」
アルフレッドが自身のマントでシオンを包む。
「本当に拠点に運ぶつもりか? 待っているのは間違いなく急激な老化だぞ」
ソルはテーブルの上に広げられていた台帳の様なノートを手に取って尋ねてくる。
「本人の為を思うのであれば、ここで楽にさせてやる事も選択肢にあると思うのだが」
「……俺には選べない選択肢ですよ」
「そうか。なら、これも持っていくべきだろうな」
ソルはノートをアルフレッドの方に投げる。
「これは?」
「中々読ませる内容のものだ」
ソルは部屋を出ながら言う。
「この部屋に転がされている女性達が、具体的にどう言う事をされてきたのかを記されている。お前達が巻き込んだ、場合によってはお前達が辿るべきだった事を記したものだ。よく読んでみると良いだろう」