第十九話 移動中の会話
「つまり、その女が言うにはあの変態ヤギ男を倒せば終わりと言った訳だな? それじゃ万事めでたしめでたしじゃないか」
ソルはアルフレッドから話を聞いた時、そう言っていた。
その割に、今も攫われた者達が捉えられていると思われる根城に向けて移動しているので、言うほど無責任ではないのかもしれない。
変態ヤギ男ことゴートに盾にされた女性をルイの村に届けた時、ルイは道案内を買って出たのだが、そこではソルは嫌がっていた。
「根城は大方道なりに進めば到着するだろ、道案内なんかいらねえよ」
ソルはルイの同行を嫌ったものの、そこはルイが譲らずに自ら先頭を歩いている。
「確かにそう言ってましたけど、それを頭から信用する事が出来なかったので」
「そう言う手合いは自分の興味が一番の優先事項で、そう宣言したって事はおそらく興味を失ったと言う事だろう。まず間違いなくその根城にその女はいない。俺の役目は終わった様なものだ」
一方、アルフレッドに対してはそこまで敵意を向ける事は無い。
それどころか、特に頼まれてもいないのにシオン救出に力を貸している。
ルイの時は話も聞こうとしなかったのに、である。
……ひょっとして、ロリコン?
メーヴェはふとそんな事を思う。
メーヴェほどではないにしても、一般的な美的感覚で言うのであればルイは魅力的な女性であると答える男性は多いだろうと、メーヴェは思う。
だがソルはメーヴェやルイにはかなり冷たいが、その一方で妹ちゃんことレミリアの能力は高く評価していたみたいだし、第二夫人にも甘かった。
その上アルフレッドにも割と好意的である事から導き出される答えは、ソルの真の狙いはレミリアではないのか、とメーヴェは推理していた。
もし他の者に今のメーヴェが真剣に考えている事が分かれば呆れられた事だろうが、このメンバーの中に読心術の持ち主はいなかった。
「ところで妹ちゃん」
メーヴェが声をかけると、レミリアはビクッと肩を震わせて逃げようとする。
「待って待って。怖くないから。ほら、オギンは私が捕まえてるし」
メーヴェは角付き兜のオギンと手を繋いでいるので、レミリアに危害を加える様な事は無いと説得する。
「さっきプニ丸を変態に乗せてたのは何だったの?」
プニ丸と言うのはレミリアが抱えている大きなイモ虫の使い魔でメーヴェが命名しているのだが、イマイチ浸透していない。
と言うより、そんな呼び方はメーヴェしかしていない。
このイモ虫の使い魔を恐れていないのがレミリアとメーヴェくらいで、他の者は名前を呼ぶどころか出来るだけ視界に入れようとしないくらいである。
『それは、うぐっ』
どこからか渋い男性の声が聞こえてきたかと思ったが、突然遮られる。
「……吸収してた」
レミリアが消えそうな声で答える。
「吸収?」
「そうよ。使い魔は他の魔物を吸収して強くなる種類のモノもいるから」
会話に参加してきたのは異形剣だった。
「魔窟の魔物は倒した後にすぐ『死体袋』が回収しちゃうから、吸収出来る魔物の数が決まってるのよ。で、そこの娘は一番強かった変態ヤギ頭を吸収させたって事。そうよね?」
異形剣の言葉に、レミリアは何度も頷いている。
「え? 『死体袋』って何?」
『それは『袋』の亜種ッスよ。『袋』は色んなアイテムやらお金やらを保管、『小袋』は金銭取引、『死体袋』は死体の回収って具合に、同じ『袋』に見えても役割が違うッス』
どこから現れたのか、『袋』が説明する。
『でも『死体袋』が仕事しないと、魔窟は死骸だらけになるッス。だから働き者ッス』
「それは気持ち悪いわね」
メーヴェは眉を寄せたが、確かに言われてみれば先ほどの魔物達も、プニ丸が吸収したと言う変態ヤギ頭はそこで消えたが、アルフレッドやルイに倒されたヤギ頭は気付いた時にはその姿は消えていた。
『一応、倒した魔物は換金されて『袋』に送金されるッス。あと、ランダムに魔物の素材とかも送られてくるッス』
「魔物の素材?」
『そうッス。肉とか内臓とかッスね。持ち歩くのは色々アレなヤツッス』
「うわ、何に使うのそんなモノ」
『色々ッス。武器とか防具を作る素材だったり、食材だったり、単純にコレクションだったり。まぁ、それぞれッスね。基本的には素材が一番多い使い道ッス』
魔窟の常識を知らないメーヴェにとって、まったく未知の世界だった。
武器にしても防具にしても、魔物の肉や内臓をどう使えばどうなるのかまったく想像もつかないが、おそらくそう言うものなのだろう。
「じゃ、異形剣もそう言うので出来てる?」
「私はそんな武器じゃ無いからねー。でも、極限まで強化出来る職人に必要な素材を渡したら、かなり私に近いくらいの性能の武器は作れるみたいよ? 以前は割とそう言う魔窟探索者も多かったから。今は知らないけど」
ソルの持ち物である異形剣なので、その情報もソルが現役で魔窟探索者だった頃で止まっている。
「しかし、『仮面』の割に弱かったな。あれで本気だったのか?」
ソルはアルフレッドに尋ねると、言われたアルフレッドだけでなく先導しているルイも振り返る。
「弱い? あれでか? こいつはゴブリンにも手こずる様なヤツだったのだぞ?」
「お兄様は手こずってなどいません」
ルイに反論しているのはレミリアである。
メーヴェとしてはアルフレッドに実戦経験がある事だけで十分な驚きだったのだが、あのヤギ頭と戦った時のアルフレッドはそれなりの使い手だった様に、少なくともメーヴェの目には映った。
「そう言うレベルの話じゃ無いんだ。その『仮面』は想像を絶する能力があって、俺が知っている男は、本当に桁外れの戦闘能力を見せた。だが、あの男の方が例外だったのかもな。あまりに弱くて驚いたが、強い方が例外と言う事もあるか」
ソルはまったくフォローになっていない答えで、妙な納得の仕方をする。
確かにソルの様な非常識な戦闘能力の持ち主には弱く見えるかもしれないが、あの時のアルフレッドはメーヴェには貴族学校では類を見ない実力に見えた。
さすがにソルはもちろん、ハンスのレベルではないのは違いないが、それでも弱いと言える様な事は無かった様に見えた。
その知り合いは相当なモノなんだろうな。ソルの知り合いってくらいだし、同レベルなのかも。
それぞれが勝手な会話をしながら歩いているが、これは先頭を行くルイが周囲を警戒しているから、と言うだけではない。
ルイだけでなくソルも一見無警戒に見えるものの、わずかな物音にも反応しているし、何より人の姿をしていても目や耳だけで情報を得ている訳ではない異形剣がいる以上、そう簡単に不意打ちを受ける様な事は無いのである。
ルイの案内で根城だと言うのは、洞窟をベースとしている一層の中で不自然な広間に出来たルイの村からそこまで離れていない、別の洞窟の入口と言える様な不可解な通路だった。
以前ルイの前に赤いドレスの女が現れた時、わざわざ向こうからこの場所を教え、ここに攫った村人を捉えているのでいつでも取り返しに来るがいいと言ってきたらしい。
「いかにも遊びが好きな女らしいな。俺とは気が合うかもしれないな」
ソルは少し笑いながら言うが、ソルが遊び好きとは思えない。
可愛い女の子であればともかく、赤いドレスの女と言うのはアルフレッドが言うにはルイよりエロい雰囲気の女性だったらしいので、ソルの好みとは違うのではないかと思う。
「やはりここだったか。だから案内はいらないと言ったんだがな」
「知っていたのか?」
ルイは驚いている。
「あのな、俺はお前が生まれる前から魔窟探索していたんだ。その赤いドレスの女の事は知らないが、この近辺で魔物が集まりそうなところはここくらいなものだ」
ごく当然の様にソルは答えるが、確かにそれはその通りかもしれないとメーヴェは思う。
それがいつくらいの話かは分からないが、ルイが言うには村は前からあるらしいのでソルなら昔立ち寄っていてもおかしくない。
魔窟はそこまで土地開発などを行われていなさそうな事から、以前の地形を覚えていれば確かに魔物が集まりそうな場所にも見当がつきそうなものだ。
「さて、それじゃ一層の魔物の掃除でもするか」