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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 彼と彼女の第一層
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第十六話 戦力補強

「断る」

 交渉に入る前と言うより、まだ本人確認の段階で断られてルイは唖然としていた。

 この即答ぶりには、ルイだけでなくアルフレッドや同行者であるはずのメーヴェですら驚いていた。

 本人確認された時点で、何を言われても断るつもりだったのが分かる。

「……貴殿は相当な実力者であると聞いた。頼む! 私の……」

「断る。人違いだ」

 ソルと思われるその男性は、まったく取り付く島も無い。

 最初から話を聞くつもりもない。

 ソル、と言う名前にはアルフレッドも聞き覚えがあった。

 以前は魔窟探索者であったらしいが、今では魔窟近くの森に隠れる様に住んでいて、街からも一線を引いた完全な自給自足をしている変人と言うのが街で聞いた噂だった。

 伸び放題の髪や髭、ボロボロのマントなどは魔窟探索者と言うより単純にホームレスにしか見えない。

 もしここにメーヴェがいなければ、とてもこちらから話しかけようと思える人物ではなかった。

 しかし、彼の回りを彩るメンバーは相当変わっている。

 どう見てもホームレスの中年男性の傍らには、目を見張るほどの美しい銀髪の美少女メーヴェが街では見た事のないミニスカートと、胸元の開いたセクシーな胸当て姿で立っている。

 その横には赤紫の光沢のある無機質な輝きを放つ全裸の女性が立ち、メーヴェと手をつないでいる雄々しい角の生えたフルヘルムを被った子供の様な変な生き物。

 こちらもそこそこ珍妙なメンツではあるが、向こうほど人外の集まりと言う訳ではない。

「話だけでも……」

「断る。聞くべき話も、話す事も無い」

 ルイは粘ろうとするが、まったく相手にされない。

 これは先生の言っていた以上じゃないか。

 先生は説得に苦労すると言っていたが、苦労どころの話ではない。

 そもそも会話にならないのだから、説得に苦労する以前で挫折している。

「メーヴェ様、少し、話だけでも聞いてもらえませんか?」

 アルフレッドは、見かねてメーヴェに助けを求める。

 先生も連れを口説く方が近道だと言っていたが、メーヴェにはメーヴェで問題があった。

 本人には伝えていないのだが、街の貴族の間では有名な話がある。

 メーヴェは脳に何らかの障害がある、と言うものだ。

 彼女は自分に都合の良くないモノを覚えていられないと言う特殊能力があるのだが、そこだけ聞けば適当にしらばっくれていると思うかもしれないし、実際に誰もがそれを疑っていたのだが、本当に記憶から抜け落ちて本人は覚えていないのである。

 魔窟にいると言う事は、おそらくウィルフを擁するマクドネルやオスカー達は領主であるクラウディバッハ家の打倒にも成功しているのだろう。

 その一人娘が何故こんなところにいるのかは疑問だが、おそらくその事もメーヴェは知らないか覚えていないだろう。

 そんな彼女に話を振ってもいいのだろうか。

 それに力を持っていたのはクラウディバッハの家であり、メーヴェ自身は驚くほど人並み以下の能力しかない。

 運動神経はそれなりに絶望的で、魔力に関しても資質はあるらしいのだが、それが表に出る事は無かった。

 周りが気を使っておだてていたのを間に受けて得意気にしていたが、彼女は持って生まれた才能を全て外見で使い切ってしまったと言われるほどである。

 シオンなども隠してはいたが、裏では完全に見下していた。

「そうね、ちょっと可哀想だし」

 メーヴェは頷くとソルの方を向く。

「ねえ、ソル」

「断る」

 結局声をかけた相手が変わっただけで、結果は何も変わらなかった。

「村を救うとか言っていたが、その娘がいれば解決だろう? 何故俺に頼る?」

 ソルは面倒そうに、レミリアの方を指差す。

「その娘の手に余る様な魔物が相手なら、俺でも無理だ。その娘の力を借りていないのであれば、俺より先に彼女を頼れ。話は終わりだ」

 ソルの言葉に、ソル以外と顔の分からない変な生き物以外の全員が驚く。

「え? 妹ちゃん、ソルと知り合い?」

「知らん。だが、見れば分かるだろう」

 当然と言えば当然だが、ソルとレミリアには面識は無いらしい。

 だが、ソルの目にはレミリアは相当な実力者に見える様だった。

 確かに見た目のインパクトはある。

 今より幼い頃から使い魔まで持っていたので、才能は誰もが認めるところだったが、本人に積極性が無いのでその実力は未だ未知数である。

 そんなレミリアの実力を断言する者は、少なくとも今まではいなかった。

 使い魔である丸い幼虫も、これまで特に何かしているところを見たことが無く、ただレミリアが抱えている悪趣味なぬいぐるみ程度の認識しか、周囲の人間は見ていなかった。

「子供に頼れと言うのか?」

「強い者に頼れと言っている。それがたまたま子供だっただけだろう? 少なくともお前より百倍強いぞ、あの娘は」

「妹ちゃん、そんなに強いの?」

 メーヴェがさっそく興味を持ったみたいでレミリアの方に行こうとするが、レミリアはさっとアルフレッドの後ろに隠れる。

「あ、オギンが怖いのね? 大丈夫よ? オギンは大人しい子だから」

 何を勘違いしているのか、メーヴェは自分が連れている変な生き物を怖がっていると思っているらしい。

「……オギン?」

「そう。この子の名前よ」

 これはまた妙な名前を。

 センスの無さも中々のものだ。

 だが、その変な生き物はアルフレッドを怖がっているのか、さっとメーヴェの後ろに隠れる。

「あ、そうだ。さっきの話だけど、マクドネル兄様とオスカー兄様は? アルフと一緒じゃないの?」

 メーヴェは本当に不思議そうに尋ねる。

 この様子から、街の事を何も知らないのが分かる。

「兄達は……、一緒じゃ無いです。父さんと母さんと一緒に来たので……」

「え? ソムリンド伯が? それじゃソルじゃなくて伯に力を借りれば良いわ」

 メーヴェは天才的発想だと言わんばかりに、輝く表情で言う。

「いや、父さんは……」

「伯ならちょっとやそっとの魔物なんて簡単に倒せるはずよ。街で一番の戦士だったんだから」

 何故かメーヴェが自慢しているが、自慢している相手はその息子である。

「その者は相当な実力者なのか?」

 まったく聞く耳を持たないソルの説得を諦めたのか、ルイはメーヴェの方に迫ってくる。

「え、ええ、少なくとも街では一番の使い手よ」

 ちょっと迫力に押され気味だったが、メーヴェはそう答える。

「街で一番ねぇ。ここで役に立つのかしら?」

 赤紫の金属で出来た様な女性が、首を傾げている。

「それはもう、昔は猛獣も素手で捻ったって言ったし」

 メーヴェは嬉しそうに言っているが、それも昔の話である。

 少なくとも今は、もう剣も持てそうに無いと言う事をメーヴェは知らない。

「それなら問題は解決じゃないか、良かったな」

 ソルはまったく相手にしていないと言う態度は崩さない。

「あ、伯に話を持っていくなら、私がお願いしてあげても良いわよ? 伯も私が頼めば嫌とは言わないはずだから」

「すまない。よろしく頼む」

 メーヴェとルイの間で話がまとまってしまい、とても言い出せる状況では無くなってしまった。

「……兄様、良いのですか?」

「あのソルと言う人を動かすには、どうやらメーヴェ様の協力は不可欠みたいだし、それなら現状を知ってもらうのが近道かも知れない」

 レミリアが心配そうに尋ねるが、アルフレッドも同じ様な心配そうな答えになる。

「そう言う事だから、ソル、行きましょう」

「何で俺が」

「私の護衛でしょ? だったら、私を危険から守る義務があるわ」

「ソル、誘拐犯じゃなかったっけ?」

 赤紫の女性も含めて何やら妙な情報が飛び交っているが、メーヴェとソルではお互いのパートナーに対する評価や立場が一致していないらしい。

「でも、良いんじゃないの? 私達の方は特に急がないといけない理由は無さそうだし」

 ソルは渋っていたが、女性陣の意見に押し切られた形になった。

 思いのほか甘い人なのかもしれないとも思うのだが、ルイに対する態度が軟化した訳ではないので特に頼まれたら断れないと言う事も無い。

 それに、問題はもっと直近なところにあった。

 今のソムリンド家の面々はローデ家と合流している。

 と言っても、行動拠点を作っているという訳でもなく、ただ単純に一箇所に集まっているだけの、何の展望も無い状況だった。

「ソムリンド……伯?」

 喜んで駆け寄ろうとしたメーヴェだったが、その表情は足と同時に固まってしまった。

 そこにいたのは、身につけているものは確かにソムリンド家当主の物だったが、その見た目は息子のアルフレッドの目にも父には見えなくなっていた。

 あの筋骨隆々とした鋼の肉体は、すでに骨と皮だけにやつれ肌も惨めな程に張りが無くなっている。

 さらに目の周りも落ち窪み、頭髪や歯も抜け落ち、それはソムリンド家当主と言うより墓から這い出してきたミイラにしか見えない。

「あ……、あ……、うぁ……」

 見るも無残に変わり果てたソムリンド家当主は、メーヴェを見て目を見開き、何か言おうとしているが、その口から出てくるのは喘ぎにしかならなかった。

 それでも手を伸ばし、震えながらメーヴェの方へ近寄ろうとする。

 それは見た目には怖くても気さくな先生とは違い、身に迫る恐怖を感じさせた。

 その為、反射的にメーヴェは数歩下がる。

「……あ、アルフ? これは一体……」

「老化だな。もう手の施しようも無い」

 答えたのはソルだった。

「老化って……、え?」

「魔窟での状態異常の一つだ。はっきりした原因は不明だが、拠点では時折こんな風に著しく老化する現象が確認される事がある。街一番の使い手だと言っていたな」

「え、ええ。私が知る限りでは、だけど」

「それも関係あるだろうな。老化は生きる希望を失った者に顕著に現れると言われているくらいだ。街一番の使い手と言う地位を失って、こんなところに追いやられた現実を受け入れられなかったんだろう」

 意外なくらい、ソルは同情するかのような口調だった。

「メーヴェ様、メーヴェ様ぁ」

 ミイラの様なソムリンド家当主の横にいた、同じように老化した第一夫人が、聞く方が哀れなほどか細い声でメーヴェに言う。

「何故ですか。何故私達はこんな目にあわなければらなないでのすか? 私達は主家の為に尽くしてきました。それなのに……」

 第一夫人は必死に手を伸ばし、這う様に近付いて来る。

 その姿は、近付かれたメーヴェでなくても恐怖を覚える。

 そのメーヴェの前に、奇妙な生き物オギンが立ちはだかり喉を鳴らして第一夫人を威嚇する。

「ヒイッ」

 まったく恐れる必要も無い、ほぼ無力な魔物であるオギンに対してすら第一夫人は恐れ慄き、震えながら逃げていく。

 しかし、逃げてこそ行かなかったが、メーヴェも顔面蒼白で老いた第一夫人と同じように震えて立ち竦んでいる。

 逃げなかったと言うより、逃げる事すら出来なかったと言う方が正しい。

「あ、アルフ君」

 合流していたローデ家の面々にも、露骨な老化の現象が見て取れた。

「シオンが帰ってないのだが、シオンはどうしたのだね? 無事なのだろうね? 何故、一緒では無いのかね?」

「お待ち下さい。シオンさんは……」

 アルフレッドが答えようとした時、迫ってきたローデ家の当主はビクッと肩を震わせ、何か恐ろしいモノを見た様な表情で離れていく。

「……どうやら、ここでは戦力を得られなかったみたいだな」

 ソルは結論を口にする。

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