第十五話 装備を整える
「おまたせー」
明るい声で、異形剣が外で待っていたソルに向かって言う。
一人ベンチに座っていたソルは、すぐに眉を寄せる。
「変な生き物がいるが」
「オギンよ」
メーヴェがすぐにそう答えたのも、メーヴェ自身が今のオギンは変な生き物に見える事を自覚しているからである。
今のオギンはいかつい角の生えたフルフェイスヘルムを被っているのだが、首から下は相変わらずの腰ミノだけの半裸状態である。
せっかくなので可愛い服か丈夫な鎧でもと思ったのだが、オギンが割と強めに嫌がったので断念していた。
その割に兜は気に入ったみたいで、ずっと被っている。
「それより、見てよ。元が良いから、何着ても似合うわよね? 私の見立てに間違いは無いわ!」
「ああ、そうか。良かったな」
興奮している異形剣に対し、ソルは驚く程興味を持たない。
それはそれで腹が立つが、メーヴェとしては異形剣の見立てには少々不満があった。
まず、スカートが短い。
メーヴェとしてはくるぶし程度の長さのスカートを希望していたのだが、異形剣は動きづらいと言う理由から却下された。
魔窟ではまず何より動きやすさが最優先されると言う事で、魔窟探索者の女性が足を出しているのはそれが原因だと言う事だった。
ここまで短いスカートだと逆に動きにくそうではあるが、まぁ、それは納得する事にしよう。
だが、身につけている胸当てのデザインも少々気に入らないところがある。
薄い青味を帯びた銀色の胸当ては気に入っている。
そこは良い。
手甲と足甲もお揃いなところも、決して悪くない。
だが、不必要なほど立体的な造りは胸の形をあからさまなほど強調してくる上に、何故か胸当ての中心部をくり抜いてある様なデザインなので、胸の谷間の部分が露出されている。
これは防具として致命的欠陥を抱えたデザインではないのだろうか。
「何言ってるの。呼吸が楽でしょ?」
異形剣は楽しそうに言った。
まぁ、確かに呼吸は楽だと思う。
防具で胸をキツく圧迫した場合、かなり苦しくなるのはわかる。
わかるが、それは立体的な造りで解決しているはずで、胸の、しかも最も守らなくてはならない部位を、わざわざくり抜く必要は無いのではないだろうか。
「はい、大きく息を吸ってー」
異形剣に言われるままに、メーヴェは大きく息を吸い込む。
「はい、吐いてー」
で、大きく息を吐く。
「ね? 楽だったでしょ?」
「え、あ、うん」
「それはね、大きく息を吸うと胸が膨らむでしょ? そこの動きを楽にする為に、そこを開けてあるのよ?」
と、異形剣に説明されて今の装備になった。
なんとなく納得出来るには出来たのだが、その間店員が忍び笑いしていたのが気になった。
ひょっとして、騙されてる? そんな訳ないか。この私を騙そうとするような不届き者が、この世に存在するはずがないし。
とりあえず装備だが、全体的には悪くない。
とは言え、ここに至るまで色々と試しての結果である。
中には正気を疑う様なデザインのモノもあり、それで外を出歩けるのはよほど視線を集めたいか、体感温度が異常なのかのどちらかだろうと思った。
「で? あんたの方は誰かと話してたみたいだったけど、知り合い?」
異形剣はソルに尋ねる。
異形剣は女性の人型の姿をしているが、これはあくまでもその形に変形しているだけの事であり、目や耳から情報を得ている訳ではない。
なので店内でメーヴェやオギンの相手をしながらでも、外のソルの情報を得る事が出来ると言うわけである。
が、注意力は散漫になるらしく、正確な情報は得られていないみたいだった。
「面白いヤツではあったが、知り合いではないな。初対面だ」
「ふーん。割と盛り上がってたみたいだけど」
異形剣はそんな事を言うが、ソルが会話で盛り上がっていると言うのはメーヴェには想像がつかなかった。
「俺が魔窟探索していた頃と比べて色々と変わっていたが、やはり根っこにある悪意は変わっていないようで安心した」
そこは一番変わっていなければならないのでは、とメーヴェなどは思うのだが、そこは経験の違いなのだろうか。
そんな事より、メーヴェは気になっていた事があった。
「ねぇ、ソルのとっておきのモノって『袋』の中にあるのよね?」
『あるッスよ? 異形剣の姐さん以上のトンデモ兵器が一つだけあるッス』
そんな『袋』の言葉に、異形剣は肩を竦める。
と言う事は、異形剣も認める逸品と言う事だ。
考えてみると、異形剣にしてもソルが今身につけている黒い鎧も想像を絶する逸品の中でも絶品と言うべき、財宝レベルの装備品である。
それを超えるモノと言うモノだが、メーヴェには想像もつかなかった。
「良いわよね? 見せるだけなら」
異形剣はソルに尋ねると、ソルは面倒そうに手で払う様な仕草をする。
「良いって」
今のはそうなの?
異形剣が言うのだから、問題ないだろうとメーヴェも細かい事を気にしない事にする。
『では、これが現状、魔窟探索者の持ち物の中でもおそらく最強の武器、【無形剣】ッス』
と、『袋』が取り出したのは、剣の柄だった。
見た目にはただの剣の柄であり、刀身が無い様に見える。
だが、それが見た目だけである事は、メーヴェには見ただけで分かった。
異形剣や黒い鎧も素晴らしいが、この剣の柄はさらにその上を行くモノだと言うのは分かる。
しかし、そんな絶品を『袋』に入れたままで、異形剣を使っているのは何故だろう。
異形剣はこの姿形を変える事が出来ると言う事もあり、片腕のソルにとっては非常に便利なのだろうと予想は付く。
とは言え、この剣の柄『無形剣』はそんな次元の話ではない。
どの様な効果があるのか見ただけでは分からないが、この武器はそう言う常識が通用しない何かである。
「……コレって?」
「あれ? ひょっとして、コレの凄さがわかってるの?」
無形剣を見てから固まっているメーヴェに、異形剣は驚いた様に尋ねる。
確かにメーヴェでなければ、この剣の柄を見ただけでは分からなかっただろう。
メーヴェ自身、物を見る目にかけては超一流を自負しているし、基本的にメーヴェをまったく評価していないソルであってすらその点に関しては否定していない。
『どスか? すっげーっしょ?』
何故か『袋』が嬉しそうに尋ねてくる。
「でも、触ったら危ないからね」
『はーい。中に戻すッスー』
そう言うと『袋』は、無形剣をしまおうとする。
「え? え? もうしまっちゃうの?」
「今は大人しいけど、目を覚ますと手がつけられない暴れん坊だからね。無形剣は」
異形剣がメーヴェを諭す様に言う。
「って事は、コレも異形剣みたいに姿が変わるの?」
「そんな便利で融通の利く子じゃ無いわよ、ソレは。敵意に対して無差別に反応して攻撃しちゃうからね。場合によっては使い手にも簡単に牙を向けちゃう困った子よ」
それは困ったどころの話ではない。
実際にどれくらいの攻撃力があるのかは刀身が無いので見当もつかないが、持ち手まで込みで無差別攻撃する武器となっては、どれほど攻撃力が高くても使い物にならない。
むしろ攻撃力が高ければ高いほど使い物にならないだろう。
とは言え、休眠状態らしいのだがそれでも桁外れな存在感を放つ無形剣である。
是非目覚めたところも見てみたい。
この世のものとは思えない破格の武具である。
それが本来の働きをしているところを、この目で見てみたい。
「武器を見せびらかしていると、先生が飛んでくるぞ」
ソルに言われ、メーヴェとオギンはビクッとなって周囲を見回す。
現れる時には目の前にいきなり現れる事もある先生なので、周囲を見回すと言うのはほぼ意味が無いのだが、それは反射的なものだった。
何しろ半透明な骸骨は、その見た目で十分過ぎるほど驚かされる。
しかも困った事に本人が驚かせる事が好きなので、まったく油断出来ない。
『じゃ、片付けるッス』
「え? あ、ちょっと待って。もうちょっと見せて」
『えー? 先生来るッスよ?』
「ちょっと。ちょっとだけだから」
メーヴェは片付けようとする『袋』を引き止める。
良い物はいくら見ていても見飽きない、と言うのがメーヴェの持論である。
異形剣や無形剣、ソルの黒い鎧などはまさにそうであり、ソルの小屋から持ってきた作りかけの木彫りの像など、一日でも眺めていられるくらいだ。
持ち主さえいなければ、だが。
と言っても、ソルにそれだけの価値が無いと言う訳ではない。
それどころか、異形剣や黒い鎧などは持ち主であるソルが持っていて初めてその価値が生まれるとさえ言えるほど、ソル自身が別格の非現実的な存在である。
ただ、ソルに見蕩れていると思われるのが嫌なので、意図的にソルに目を向けない様にしているのだった。
「さて、装備も整った事だし、これからどうするつもり? 誘拐犯としては、やっぱり魔窟の奥までさらって行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
異形剣の言葉に、ソルは当然と言う様に答える。
街からの追手の事を思い出すと、誘拐されている方がマシと思えてくるほどなので、このままソルについて行くしか選択肢が無いのだが、正直に言うと魔窟の奥にはあまり行きたくない。
そもそも興味が無いと言う事もあるが、何を好き好んで危険なところに行かなければならないのか。
反面、危険な場所になればなるほど、少なくとも街からの追手からは安全になっていく。
魔物の脅威か、街の住人の驚異かの違いでしかないので、ここはソルに任せるしかない。
ソルであれば、どちらの脅威からも守ってくれる。
……はず。多分。
そんな不安を覚えていたところで、メーヴェはこちらに近付いて来る人物がいる事に気付いた。
先を歩くのは半裸の女性。
どう見ても半裸としか言い様がないくらいの露出度の高さの防具を身につけている女性で、正直なところソレは防具として機能しているようには見えない。
先ほど店で異形剣に説明されて知ったのだが、いわゆるビキニアーマーとやらは地肌に身につけている訳ではなく、極薄の肌色のインナーを着て、その上から身に付けるのが一般的らしい。
そう言われても、見た目にはほぼ裸にしか見えないのでメーヴェは断固拒否したが、この女性はそれをよしとしたのだろう。
だからと言う訳ではないが、かなり戦闘には慣れた雰囲気を醸し出している。
とは言え、その露出しまくりの防具にしても、腰に下げている剣にしてもさほどの名品とは言えず、先ほどの武具店で普通に取引されている様な物品だった。
ソルが非常識装備を持っているせいで誤解していたが、魔窟の一層であれば街で取引されている物とそこまで大きく変わらない事を考えると、この女性の装備もそう言う事なのだろう。
その後ろについてきているのは、見覚えのある金髪で長身の少年と、その影の様に寄り添う小柄な黒髪と黒いドレスのような服装の少女。
しかも少女が抱えているのは、丸々とした幼虫の様な生き物。
これほど特徴的な少女は、メーヴェの記憶には一人しかいないし、おそらく魔窟の中にも二人といないだろう。
「……アルフ?」
向こうから声をかけてくる前に、メーヴェはそう呟いていた。
「お前の知り合いか?」
「多分。でも、何でこんなところに?」
メーヴェが不思議がっていると、向こうもこちらに、と言うよりメーヴェに気付いた様だった。
「メーヴェ様? 何故こんなところに?」
「それはこっちのセリフよ。何でアルフがこんなところにいるの? 妹ちゃんまで」
メーヴェがそう言うと、黒髪の少女レミリアはすぐにアルフレッドの後ろに隠れる。
メーヴェ自身はレミリアの事がお気に入りなのだが、レミリアの方はそう思ってくれていないのか、こうやって避けられてしまう。
まぁ、私に緊張するなと言う方が難しいかも知れないわね。
何しろ貴族社会と言うのは、絶対の縦社会である。
その最上位であるクラウディバッハ家の令嬢を前にして緊張しないのは、ソルの様な無学者である証だった。
と、メーヴェは考えている。
「アルフがいると言う事は、マクドネル兄様やオスカー兄様も一緒?」
「……メーヴェ様、何も知らないのですね」
「どう言う事?」
「悪いが、その話は後で良いか?」
メーヴェとアルフレッドの会話に、露出度の高い女戦士が割って入ってくる。
失礼な奴だ、と思いはしたがここは譲っておく。
そう言う器の大きさこそ、名門貴族である証でもある。
「貴殿がソルか?」
「場合によるが、俺に何か用でもあるのか?」
「私の村を救うのに協力して欲しい」