第十四話 煽る
アルフレッド達は拠点に戻っていた。
完膚なきまでに叩きのめされた中で、それでもアルフレッドとルイはもう一度戦う為に組合に行く。
「あ、ルイさん。ご無事でしたか」
「無事、じゃないわよ」
受付嬢に向かって、ルイは憮然として言う。
確かに無事ではない。
アルフレッド達はほぼ無傷で戻ってきたものの、トーマスは死に、ランドルフとシオンの生死は不明である。
二本角には手も足も出ないとルイは言っていたが、そんな化物がいる限りルイの村は開放されないのではないかと思ったが、実はそうではないらしい。
魔物の群れには首領格が三体いるらしく、その一体が二本角である。
が、リーダーでは無いらしい。
リーダーは赤いドレスの女だとルイは言う。
その赤いドレスの女は、ルイに約束した。
「もし三体の内誰か一人でも倒せたら、その時には解放してあげる」
と、余裕の態度で言われたそうだ。
ただの口約束でそれが守られると言う保証は無いのだが、それでもその言葉に縋るしか無い状況である。
その三体と言うのが二本角、赤いドレスの女、山羊頭の四本腕であり、その中でもっとも狙い目が四本腕だとルイは言う。
二本角はその中でも別格で、赤いドレスの女は倒すと言うよりそもそも戦おうとしないのでどうしようもない。
消去法で言っても四本腕しか候補がいないのだが、四本腕が三体の中でもっとも好戦的な変態で、少なくとも前の二人と比べるとまだ戦える相手だ、とルイは分析している。
山羊頭の四本腕。
その外見的特徴に、アルフレッドは嫌な予感しかしない。
それは、いわゆる『レッサーデーモン』な感じの外見で、とても初心者が相手にして良いレベルの魔物ではなく、中級以上の実力をつけてからのイメージが強い。
能力値が数値化されていればまだ戦えるかどうかの指標にはなるものの、残念ながらここまでゲームの様な世界観であったとしても、自分の能力やレベルを数値にして見る事は出来ない。
もっとも、アルフレッドが積んだ実戦経験などゴブリン数匹なので、良くてレベル二と言ったところで、とてもレッサーデーモンと戦えるとは思えない。
ルイ一人で四本腕と戦えるのであれば、アルフレッドがサポートと言う事も考えられなくはないが、それはまず有り得ない。
もしそれでどうにかなるのであれば、ここまで拗れていない。
つまり、立場が逆なのだ。
ルイがサポートして、誰かが四本腕と戦える事。
俺にそれが出来るか。
アルフレッドは自分の拳を握る。
正直なところ、自信は無い。
アルフレッドの知識は自分がやって来たゲームの知識であり、この魔窟の知識ではない。
それに『仮面』の力を全力で解放した場合、もしかしたら戦う事は出来るかもしれない。
それが出来れば、と言う問題もある。
ゴブリンを切り殺した時の光景は、今でも鮮明に覚えている。
まるで子供を切り殺した様に見える、あの光景。
切る、と簡単に言っても、アレを再現する事になる。
しかもそれは勝てた時の話であり、もし負けた時に待っているのはトーマスの様に死体を切り刻まれる事になるのも、実際に目にした事もあり十分過ぎる恐怖を与えられている。
あと一人欲しい。前衛で戦える人物があと一人。
アルフレッドはそう考えたが、おそらくそれはルイも思っている事だろう。
そんな時、組合の中の空気が急激にざわつき始めた。
「ここも久し振りね。変わってなくて安心するわ」
そのざわつきの正体と思われる、艶やかな女性の声が聞こえてくる。
「……貴様は……!」
ルイが怒りの形相を浮かべて立ち上がると、その女性の方に近付いて行く。
「あら、ルイちゃん。久し振り。相変わらず無駄な努力してる? 巻き込まれる側も大変みたいだけど?」
その女性を見て、アルフレッドは言葉を失う。
ルイの言っていた赤いドレスの女だ、と言うのは一目見て分かった。
が、その女性は艶やかと言うのを通り越えて卑猥とすら形容しても良いくらいだった。
赤いドレスと言うのも不必要なほどに体み密着している事もあり、ほぼ全裸と言っても過言ではないくらいに体の線がはっきりと出ている。
細い肩紐から胸元は無防備で、大き過ぎる胸がこぼれ落ちないか心配になってくる。
また、ドレスの足元から側面に入ったスリットも深すぎるくらいに切れ込み、腰より上まで入っているので、女性が歩くたびに生足が根元まで見えそうになっている。
あまりにも露骨なその姿は、男なら目を奪われるのは仕方が無いにしても好みは分かれるところだろう。
だが、アルフレッドが目を奪われたのはその卑猥な肢体だけではない。
顔の半分近くを覆う、銀色の仮面。
ソレを知っていれば、やはりソレである事を疑ってしまう、目立つ仮面である。
「貴様、よくもぬけぬけと!」
「ダメよ、ルイちゃん。ここで喧嘩しようものなら、先生が飛んでくるわよ?」
「うるさい! 貴様だけは……」
「はい、そこまでー」
ルイが掴みかかろうとした時、ルイと赤いドレスの女の間にどこから現れたのか、先生が割って入っていた。
「ほら、先生が飛んできたでしょ?」
赤いドレスの女は楽しそうに言う。
「んー、でも貴女、評判悪いわよー? もし何か悪さしようとしているのなら、ルイちゃんじゃなくて貴女を叩き出すかも」
先生はルイではなく、赤いドレスの女に向かって言う。
「悪さだなんて、とんでもない。ルイちゃんに巻き込まれた可哀想な若者を見学に来ただけですよぉ」
だが、赤いドレスの女はまったく悪びれる事なく先生に笑顔を向ける。
実際に敵対するので無ければ、先生は見た目に怖いだけで無害である事を、この女は知っているのだ。
何故かメイド服を来ている先生は気になったが、この赤いドレスの女は本当に何か争いに来た訳ではないらしく、組合の中を見回している。
その視線に対する魔窟探索者の反応は様々だった。
露骨に下卑た視線を送る者から、明らかに目を逸らして赤いドレスの女を避ける者もいた。
そんな中で、赤いドレスの女がアルフレッドとその影の様に従うレミリアの存在に気付いた。
「ははーん、貴方達ね。ルイちゃんに巻き込まれたのは」
赤いドレスの女が近付いて来るが、レミリアがアルフレッドの前に立ちはだかる。
「……なるほど、ジークが言っていた子か」
赤いドレスの女は、真っ向からレミリアを見下ろす。
レミリアにも闇を感じさせるところは強いが、この赤いドレスの女も陰を背負っているのは見て取れる。
見た目の華やかさとは裏腹に、夜の闇を体現するかの様な雰囲気を持っていた。
「これは逃げて正解かな」
赤いドレスの女はそう言うと、くるりと背を向ける。
「それじゃ先生、お邪魔しました」
「揉め事を起こさなければいつでも歓迎するわよー。ま、もうちょっと評判をよくしてもらえると、私助かるけどねー」
「いえいえ、もう一層からは離れますから」
赤いドレスの女は先生にそう言うと、ルイの方を見る。
「ルイちゃんにも朗報よ。私とジークは一層を離れるから、残るのはゴートだけ。アレはルイちゃんにご執心だから、たーっぷり可愛がってもらうと良いわ」
手をひらひらさせて、赤いドレスの女は出ていこうとする。
「ちょっと待って下さい」
アルフレッドは、慌てて呼び止める。
「何かしら?」
「シオンさんは、連れて行かれた人は無事ですか?」
アルフレッドの質問に、赤いドレスの女はうっすらと笑う。
それは妖艶と言うモノではなく、あまりにも不吉で深い闇が溢れ出したかの様な、恐ろしい微笑だった。
「生きてはいると思うわよ? でも、どうかしらね。ゴートはその辺、ちゃんと守る様なコじゃないから。気になるなら、急いで行ってあげなさい。少なくとも、時間が経つにつれて生きている可能性は低くなるのは間違いない事なんだから」
赤いドレスの女はそう言うと、組合の建物から出ていく。
「さて、ジークを呼んできて」
建物を出たところで、赤いドレスの女は自分の『袋』に向かってそう言っているのが見えた。
幾人かの魔窟探索者の男性が赤いドレスの女を追って出て行ったが、まだ組合内はざわついている。
「くそっ! 何なんだ、あの女は!」
ルイは怒りを隠そうともせず、誰に向かってと言う訳でもなく怒鳴る。
「先生、あの人は?」
「んー? 魔窟探索者よー。でも、すこぶる評判が悪いわねー。ちょっと前までそんな事無かったのにねー」
先生はあくまでもこの第一層の拠点の守り手であり、魔窟全体に対する影響を持っている訳ではない。
彼女も魔窟探索者として駆け出しの頃は、ここで先生の世話になったのだろう。
そこで先生も知らない何かがあって、今に至っていると言う事も分かる。
「誰か、誰かあの女を倒せる者はいないのか!」
ルイは周りを見ながら言うが、彼女を何者か知らない者は彼女を追いかける様にしてこの場を出て行ったので、ここに残っている者は彼女と関わりたくないと思った者達である。
残念ながら、ルイの叫びに答えようとする者はここにはいなかった。
「先生、誰かいないのか?」
「んー、今なら一人心当たりがあるにはあるんだけどー、ちょっとオススメ出来ないのよねー」
先生は本当に困った様な口調で、なんとも歯切れの悪い事を言う。
「もし強さを戦闘能力だけで量るなら、たぶん今の魔窟探索者の中でも一、二を争うでしょうね。彼が手に負えないと言うのであれば、他の誰でも手に負える様な事態じゃないでしょうね」
「それは先生より、と言う事ですか?」
アルフレッドが尋ねると、先生は頷く。
「さっきも言った通り、戦闘能力だけで言うのなら私より強いわよー。でも、クセが強すぎて手に負えないんじゃないかなー」
「だが、その者であれば勝てるのだな?」
「そこは保証するわよー。でも、多分貴女達の手には負えないと思うのとー、もう一つ」
先生は指を立てて言う。
「魔物は倒せるかも知れないけど、事態が良くなるとは限らないわよ? 相手が必ず同じ価値観を共有しているとは限らないのだから」
ガラリと変わった口調に、思わず寒気すら感じる。
「……だが、私はそれにでも縋るしかないのだから、選択の余地は無い」
そんな先生の迫力にも負けず、ルイは悲壮感すら漂わせる決意の表情で言う。
「もうどん底ですから、これ以上落ちる事は無いと開き直れる」
「……甘いと言いたいところだけど、私は拠点から動けないからねー。一応そいつの場所は私が教えてあげるわねー」
先生は折れたらしく、そう答えた。
「それから、今のままではまず失敗するでしょうから、私からアドバイスを一つ。彼を説得するのはまず無理だと思うけど、今なら連れがいるみたいだし、そっちを口説くのが近道かもねー」