第十三話 魔窟探索者ファッションの傾向と対策
「買い物がしたい」
「あ? いきなりどうした?」
食堂を出た後、メーヴェはソルにそう言った。
「着替えが欲しい! って言うより、私、この格好で魔窟とか入れないでしょ?」
「入ってるじゃないか」
メーヴェの主張に、ソルは面倒そうに答える。
「はぁ、オッサンはダメねぇ。私が付き合ってあげるわ」
異形剣がそう答えるのだが、異形剣はソルの右腕に剣の一部が絡まっているので、必然的にソルも付き合わされる事になる。
「服とか売ってあるの?」
「そりゃあるわよ。でも、機能第一だから、デザインとかには気を使ってないところが多いわね。と言うより、魔窟では衣服より鎧とかの防具の方が日常品と言えるから、そっちに全振りって感じかなぁ」
異形剣は顎に手を当てて答える。
「よし、買い物しよう! 財布ならここにいるし」
「あ? 自分の物くらい自分で買え」
当然と言わんばかりに、ソルはまったく興味を示さない。
「おっかいっもの♪ おっかいっもの♪」
ソルの抗議に対し、異形剣は楽しげに歌っている。
「お買い物なんて久し振り。メイフェアちゃんもそんなに気にする方じゃなかったもんね。でもメイフェアちゃんくらいしか相手いなかったし」
異形剣はソルの持ち物で、ソル自身が久し振りにこの魔窟に来たのだからそれ以来と言う事になる。
メイフェアと言う人の事もよく知らないが、おそらくソルと探索していた仲間の一人だろう。
「じゃ、早く行きましょ」
目的地が決まった事で異形剣はまったく乗り気ではないソルを引きずる様に移動を始めると、メーヴェは素早く異形剣の後ろに隠れる。
「ん? どうしたの?」
「ちょっと待って」
メーヴェは異形剣の陰から魔窟探索者の服装の傾向を見る。
何分メーヴェは魔窟探索者の知識をまったく持っていない。
言われるがままに店に入ってしまうと、とんでもない物を売りつけられる事がある。
……らしい。
メーヴェにはそう言う経験は無いのだが、学校でそう言う事を言っていたのを聞いた記憶があった。
メーヴェ自身が買い物と言うのは、実はほとんど経験が無い。
自分で買い物するまでもなく、すべてが用意されているのが普通だったからである。
なので、興味はあったのだ。
「ね、ねえ、ちょっと聞いていい?」
異形剣の陰から魔窟探索者の様子を見ていたメーヴェは、異形剣に尋ねる。
言うまでもなく異形剣の陰に隠れると言っても隠れ切れるはずもなく、またメーヴェの後ろには魔物の子供ことオギンと『袋』がくっついて来ているので、実は凄く目立っている。
実際に魔窟探索者達は、奇妙過ぎる一団をチラ見していくのだが、特に声をかける様なこともせずに通り過ぎていく。
そんな中でメーヴェは、魔窟探索者の、特に女性の装備についてある傾向が強い事に気がついたのである。
「魔窟の中って、暑いの?」
「はい? どうしたの?」
「いや、だって……」
メーヴェは行き交う探索者を見ながら言う。
メーヴェの目に映る魔窟探索者の女性は、男性と比べて若い人が多いのも特徴なのだが、何より露出度が高い事がメーヴェは気になった。
かなり短いスカートやむき出しの足、肩周りは比較的守られている様に見えるのだが胸元が大きく開いた鎧など、防具として機能するかと疑いたくなる様なデザインの物を身につけている者も少なくなかった。
篭手や足甲などで守っているのかもしれないが、女性の探索者の多くが手や足、胸や腹部をむき出しにしているなど、不必要と思われる様な露出度である。
「まぁ、二層は暑いかな。でも、ここはそうでもないでしょ? 一層は拠点と対して変わらないわよ? 特に気温とかに関しては」
異形剣は不思議そうに答える。
と、言う事は流行の傾向と言う事か。
スタイルには自信はあるが、いささかはしたないのはどうかと思う。
それにあまり目立つのは良くない。
メーヴェは今も身隠しのローブをまとっているが、これが無いと素晴らしく美しい銀色の髪と追従を許さない美貌、しっかりした凹凸のあるボディーラインなど、魔窟探索者の中でもすぐに噂になってしまう恐れがある。
よし、地味に行こう。私くらい素材が良ければ、地味でも十分だろうし、何より目立つのは良くない。ただでさえ目立つし、ひょっとすると私の事を知っている者も、無教養な魔窟探索者といってもいないとは限らない訳だし。
コンセプトは決まったので、後は店にそれに相応しいモノがあるかどうかである。
流行りと言うより、そもそも店に露出度の高いモノしかないのであれば選択の余地は無いと言う事になる。
でも、多分大丈夫。
メーヴェは周りを見ながら思う。
魔窟探索者、特に女性は露出が高い傾向にあるとは言え全員ではないし、全身満遍なく露出していると言う訳でもなく、それぞれに違う部分が露出しているところを見ると、組み合わせる事が出来るはずだ。
そう言う事であれば、物を見る目にかけては絶対の自信があるメーヴェの鑑識眼の見せ所でもある。
ただ、問題が無い訳でもない。
実はメーヴェ自身、買い物の経験そのものが少ないのである。
基本的にメーヴェは買い与えられる立場の人間であり、自分から求めて買う様な立場ではない。
もちろん全く無いと言う訳ではないのだが、それは日常的に使う文房具であったり、ちょっとした雑貨などを学校の売店で購入する程度の事であって、衣類などは全て用意されているのが常だった。
ので、以前から強い興味を持っていた。
学校でも楽しげな会話をしていた同級生達の話に聞き耳を立てていたりしたが、そこは多少生まれが良い程度の一般人と天上人であるメーヴェとでは比較にならないので、一緒に行動する様な事も無かったのである。
店に着くと、ソルが店の入口の側あるベンチに腰を下ろす。
「ん? どうしたの?」
「悪いが、女の買い物に付き合うのは面倒だ。お前らでさっさと済ませてくれ」
ソルは本当に面倒そうに言う。
「あー、こいつは前からそんなヤツだったわねー」
異形剣が呆れる様に言うが、確かにソルはこんなヤツだった。
「こんなオッサンは放っておいて、行きましょうか」
すっかり意気投合している異形剣は、メーヴェとオギン、さらに『袋』も伴って店に入っていく。
ソルにとってこう言う買い物は、苦手と言うより単純に面倒なのである。
あくまでも個人的な感想でしかないが、目的を決めて目的のモノを購入すればそれで済む事なのに、ああでもないこうでもないと一向に進む気配の見えない時間はソルにとって無意味なだけでなく苦痛でしか無かった。
それなら異形剣辺りに任せて、自分は一人で待っていた方が幾分かでもマシというものだった。
そう思うのはソルだけではないからこそ、店の前にベンチが置いてあるのだろう。
異形剣は元が剣なので、剣の一部をひも状に変化させてソルの右手に絡ませている。
異形剣くらいになると自在に自立自走しそうなものだが、使用者の一部に接触していないといけないらしい。
思えば妙な事になったと、ソルは思う。
人との関係を避けて、魔窟の影響を受けている森の中に隠れ住んでいたというのに、まさか街の住人の中でも選ばれた貴族、その中でも最上位のクラウディバッハ家の令嬢を保護する事になるとは夢にも思わなかった。
しかもあの些か以上に残念な小娘には何らかの秘密があり、あのハンスが命を掛けてソルに託したと言うのだから、ソルとしても見捨てる訳にはいかなかった。
ハンスはソルにとって魔窟探索者の先輩と言うだけでなく、妻であったメイフェアの叔父にあたる人物であり、ソルが尊敬している数少ない人物の一人だった。
気になる事は多々あるのだが、考えたところでその答えが出る訳でもないので、ソルはその事ではなく今後の事を考える事にした。
街の者にあれだけ喧嘩を売ったのだから、今後街の者は総力を挙げて、あるいは魔窟探索者達の協力を得てでもメーヴェを狙ってくる事が考えられる。
正直なところで言えば、街の総力を挙げようが少々の魔窟探索者が襲ってこようがソルにとって敵にはなりえない。
問題があるとすれば、ソルの十数年と言うブランクとその間に出てきたソルの知らない今の魔窟探索の実力者達。
そしてもう一人。
おそらく今でも魔窟探索者の中でも最強の男であろう、ウィルフが追手として現れた時。
ウィルフの戦闘能力の高さは、はっきり言えば異常であり、まともに戦って勝てる者など存在しないとさえ言える。
もし立場が逆でウィルフに十数年のブランクがあり、さらに片腕となっていて、ソルが万全であったとしても、おそらく勝てないだろうとソルは思う。
だが、そう簡単に動く男ではないというところは変わっていないだろう。
わざわざ貴族討伐を済ませたという事を伝える為だけに、森まで単身でやって来た変わり者である。
街の貴族がどんなに言葉を並べたところで、ウィルフは動かないと思う。
逆にウィルフが動く様な事態になれば、それはメーヴェにとてつもない秘密があるという事になる。
ま、その時は見捨てるしか無いだろうな。
いくらなんでも、そこまでの義理は無い。
どちらかといえば、かつての仲間であるウィルフに協力する方が筋と言うものだ。
ソルがそんな事を考えていると、明らかにこの場に相応しくない雰囲気の存在がこちらに気付いて近づいてくる。
それは人型ではあるが、人ではない。
ソルと同じようにボロマントをまとっているが、その雰囲気は歴戦を感じさせる。
全体から感じさせる血の雰囲気は、おそらくその頭部から生えている二本の雄々しい角が漂わせているのだろう。
「妙な気配を感じると思ったが、気のせいでは無く本物の化物がいるな」
二本角はソルに向かって言う。
「お前に言われたくないな。一層にいて良いヤツじゃないだろう」
ソルは呆れる様に、苦笑いして言う。
「流れが変わる、か。あの女の勘も捨てたものではない。少し話をしよう」
「ま、ここでやり合う訳にはいかないからな。もっともやり合う理由も無い」
ソルが言うと、二本角は驚いた様な表情になる。
「珍しい反応だな。例えこの場でも、私を見た者はすぐに喧嘩腰になるのが常だが」
「そんな事すると、先生がすっ飛んでくるだろ?」
「先生? ああ、あの愉快な英霊か。確かに来たな。アレは楽しかった」
このやり取りからも、この二本角が魔窟探索者ではなく、生粋の魔窟の住人である事が分かる。
よほどの例外でも無い限り、魔窟探索者はこの一層で先生から魔窟探索の基本を教わる事になる。
それ故に『先生』と呼ばれ、本人もソレを名乗っているのだが二本角は先生の存在を知らなかったらしい。
それに、ソルの見立てではこの二本角の強さは相当なモノで、とても一層にいて良い魔物ではない。
おそらく七層か、八層辺りに居るべき戦闘能力を持っているだろう。
それこそソルや先生でもない限り、この魔物と戦う事は出来ないはずだ。
と、言うより、こんな魔物が一層にいる事がおかしい。
「契約者はどこだ?」
「いや、そう言うのとは無縁だ」
ソルの質問に、二本角はそう答える。
これほどの魔物が拠点にいると言う事は、召喚士による召喚か、この魔物と契約した者がいると思ったのだが、そうではないらしい。
「あの女とは主従などではなく、共同歩調を取っているだけだ。だが、それがあったからこそこの様に拠点に来る事が出来た」
二本角は物珍しそうに周りを見る。
「それも珍しいな。で、その女と言うのはどこで何をしているんだ?」
「怒りと恨みを煽りに行っている。少なくとも本人はそう言っていた」
「面白そうな女だな」
二本角とソルは、店の外でそんな話をしていた。




