第十話 魔窟探索の前に
『いやー、お久し振りッス! お荷物、預かってるッス!』
ソルを見た『袋』は、大喜びで言う。
「装備を預けていたな」
『そりゃもう! 好きなだけ持って行って欲しいッス』
魔窟探索は久し振りなはずのソルだったが、手馴れた感じで『袋』から装備を取り出していく。
まず取り出した剣だが、それはメーヴェの目を釘付けにした。
桁違いの、破格の剣であった。
領主邸でさえ見た事の無い、この世にこれほどのモノが存在するのかと思うほどの一品で、金銭では取引出来る様なモノではない。
魔窟探索者の中でも、これほどの一品を持っている者はそう多くはないだろう。
メーヴェが抱えている名剣も相当な物なのだが、今ソルが手にしている剣はまったく違う。
しかも、恐ろしい事にソルが剣の柄を握ると、その剣は変形し始めた。
「あーら、ソル。久し振りね」
剣だったモノが徐々に人型に変わり、それは女性の姿となってソルに話しかけてくる。
全身紫がかった銀色の輝きを放つ、グラマラスな女性の姿となった剣は尻尾の様なモノをソルの右手に巻きつける。
「異形剣か。また世話になるとは思わなかったが」
「あーら、私はいつでも大歓迎よ」
全裸の女性の姿となった異形剣は、ソルの腕を組んで喜んでいる。
「ソル? 背中、矢が刺さってるけど、痛くない?」
「ああ、抜いといてくれ」
さらっと言うソルだが、見るからに痛そうである。
そろりそろりと矢を抜く異形剣と言い、先ほどの『袋』と言い、案外ソルには人望があるのかもしれない。
メーヴェは見慣れない光景に、そんな事を考えていた。
「お? おぉ? ぅおぉいおいおいおい、ソルゥ。どうしたの? こんな可愛い子連れちゃって」
異形剣はメーヴェの方に向かってくる。
美しい女性の姿に見えるのだが、これは剣である。
そう考えるとちょっと怖い。
メーヴェがそう思った事を察したのか、魔物の子供がメーヴェの前に立ちはだかって異形剣を威嚇する。
「お? 何コレ。私にケンカ売ってる?」
『いやいやいや、この子はアネさんにすっごく懐いてるッスから』
異形剣に『袋』が説明する。
「へー、魔物使いなの?」
『どうなんスかね? 使ってる感じじゃ無いッスけどね』
異形剣は『袋』の言葉を聞きながら、魔物の子供に手を伸ばす。
魔物の子供は威嚇していたが、異形剣の手が近づいて来るとメーヴェの後ろにサッと隠れる。
中々の素早い動きだ。
「あら、可愛い。本当に懐いてるのねぇ。ソル、こんな子、どこで拾ってきたの?」
「勝手に来ただけだ」
その言い方は気に入らないが、ソルからするとそうなのかもしれない。
「でも面倒見てやってるんでしょ? 新しい彼女?」
「勝手に来ただけだ」
ソルは答えるのも面倒と言う感じで答える。
「それより、手伝え」
ソルは異形剣に言う。
何を手伝うのかと思えば、ソルは鎧を身につけていた。
隻腕のソルでは防具を身に付けるのに苦労する様だった。
その鎧もまた、メーヴェがこれまで見てきた鎧とは比べ物にならない何かである。
凄い。他の言葉が出てこないくらい凄い。
ソルが身に着けている黒い鎧を見ながら、メーヴェは言葉を失っていた。
今更ソルが魔窟探索者だった事には驚きはないし、借り物の名剣からかなりの実力者であることも、ここに至るまでに見せた異常な戦闘能力の高さからもそれは予想出来ていた。
だが、その予想を遥かに超えた、想像さえしたことも無い様なモノが今目の前にある。
先に取り出し、目の前で剣から女性の姿に変わった異形剣だけでも金銭には変えられないほどの価値があるのだが、ソルが身に付けた黒い鎧も同等級の価値が有る様にメーヴェの目には映る。
無理にでも金銭で価値を計ると言うのであれば、異形剣だけでもクラウディバッハ家の全財産クラスであり、鎧まで込めればそれはもう街の資産全てと等価とさえ言えそうだった。
超高級品に囲まれてきたと自負するメーヴェにとって、これほど非常識な品があるとは想像出来なかったくらいである。
これって、魔窟のどれくらい深くまで潜れば手に入るモノなの? コレはソルだから手に入れられた貴重品? それとも魔窟探索者であれば当然持っている様な、標準装備なの? いや、とても標準装備とは思えないからソルならではなんだろうけど、この人、一体何者?
「あらー? なんだかお嬢さんから熱視線を感じるんだけどー?」
異形剣に言われ、メーヴェは慌てて視線を外す。
「珍しい物に目が行ったんだろう? お前みたいなのは街では見られないからな」
「あ、そういう事ね。ちょっとガッカリ。私はてっきりソルを見つめてると思ってたんだけど」
異形剣がメーヴェをからかう様に言うので、メーヴェは異形剣を睨みつけてやる。
この私がソルを見つめてる? そんな馬鹿な! あくまでも『ソルの身に着けている、非常に高価な物品』を見つめていただけで、それは『ソル』を見つめていたワケじゃないし!
と心の中で言うものの、異形剣が怖くて口に出さずに心の中に留めておく。
だいたい普通の剣と言うモノは、今メーヴェが借りている名剣の様なものであり、自分の意思で喋ったり、それどころか人型になって鎧を身に付ける手伝いなどはしないものである。
そんなモノが目の前に現れたら、誰だって注目すると言うモノだ。
そう、だから見てただけだから。それだけだから。
誰に言うでもなく、メーヴェはひたすら心の中で言い訳を続ける。
「ほか、他に何か無いの?」
メーヴェはソルではなく『袋』に向かって言う。
『有るッスよ? そりゃもう、面白いのが色々と有るッス』
「え? 見たい見たい! ちょっと見せて」
『あ、でもそれにはダンナの許可がいるッス。こっちから勝手に取り出す訳にはいかないッス』
そう言って『袋』は迫ってくるメーヴェを止める。
回復薬をもらった時、アイテムランクがどうのと言っていたが貴重品の類は許可が必要らしい。
考えてみれば当然かもしれない。
異形剣の様な貴重品を『袋』の独断で誰かに渡したりなどしてたら、とても魔窟探索などやっていられないだろう。
正直、見たい。
だが、その為にソルに頭を下げると言うのも抵抗がある。
「ねえ、ソル。久し振りなんだし、装備の確認も必要なんじゃないの?」
意外な事にメーヴェに助け舟を出したのは、初対面の異形剣だった。
どうやら異形剣の方が、メーヴェに興味を持っているようである。
「後でな。まずは拠点に向かう。先生がいれば街の連中も下手な手出しは出来ないだろう」
ソルは鎧を身に付けた後、その上からボロボロのマントを身に纏う。
そのマントも貴重品かと思ったが、ただのボロマントであり、それだけで言えばほとんど価値が無い。
こう言うとなんだが、ソルがそんなボロマントを身につけるといよいよ物乞いにしか見えなくなってしまう。
マントの下にはこの世のものとは思えない装備をしている様には、まったく見えない。
わざと弱そうに見せてるのかな?
例えば泥棒対策として、いかにも大金持ちと言う見た目ではなく、盗むモノも無い貧乏人だと思わせた方が狙われにくいとか、そういうモノなのだろうか?
一瞬そんな事を考えたが、多分ズボラなソルの好みなのだろうと思い直す。
「……で、お前はソレでいいのか?」
「何が?」
ソルに尋ねられて、メーヴェは首を傾げる。
身だしなみの事を言っているのだろうか?
だとすると、良くはない。
ただでさえ余所行きとは言えない格好で、しかも土砂降りの雨の中を走ってきたのだからずぶ濡れである。
髪も乱れて張り付いているので、色々と手直ししたいところだが、着替えも持っていないのでどうしようもない。
せめてお風呂に入りたい。魔窟にはお風呂とかあるのかな?
「わー、私も初めて見るかも」
異形剣も珍しそうに言う。
そんな事を言われても、魔窟初心者のメーヴェには何の事か分からない。
「……何か、変?」
『いや? 特に変って事は無いッスよ?』
メーヴェの横で『袋』はそう答えるし、魔物の子供も首を傾げている。
「まぁ、別に気にするほどの事でも無いか」
ソルはそういうと先へ進み始める。
街の連中はメーヴェに向かって矢を放ってきたほどなので、ここで置いていかれる訳にはいかないと、メーヴェは魔物の子供と『袋』の手を握ってソルについて行く。
「遠足みたいね」
異形剣が笑いながら言う。
言われてみると、確かにそうかもしれない。
高貴なメーヴェは他人の子供の世話などした事は無いのだが、魔物の子供や『袋』の懐き方からすると、案外向いていたのかもしれないと思う。
「んー、貴方にも名前が欲しいわね」
メーヴェは魔物の子供を見ながら言う。
「その子、名前無いの?」
異形剣は魔物の子供を見るが、魔物の子供は怯えた様にメーヴェの後ろに隠れる。
それに釣られるように『袋』もメーヴェの後ろに隠れるので、結果としてメーヴェは両手を後ろに引っ張られる様になる。
「うわっ。ちょっと、怖がらせないで」
『そうッス! 怖がらせるの無しッス! 断固、抗議するッス!』
と『袋』はメーヴェの後ろから、異形剣に抗議している。
「何もしないって。だいたい『袋』に何か出来るとは思ってないし」
「え? 強いの?」
異形剣の言葉に、メーヴェは不思議そうに尋ねる。
『弱いッスよ? いやもう、そりゃーもう弱いッス! この広い魔窟の中にあって、『袋』より弱い者など存在しないッス!』
自信満々に『袋』は宣言する。
そこまで清々しいと、ちょっと格好良くさえ見えてくるほどである。
『だから『袋』をイジメちゃダメッス! そんな事をしたら全魔窟袋保護団体に訴えて、二度と『袋』を活用出来なくなるッス!』
恐ろしく謎な団体だが、そう言う事らしい。
さらっと言ったが、魔窟探索において持ち物を預かってくれる『袋』が活用出来ないと言うのは、かなり大きな問題なのではないか、と魔窟探索素人のメーヴェでさえ思う。
基本的な話になるが、武具と言うのはそこそこかさばるものであり、それなりの重量もある。
魔物を倒した後に物品を拾って回ったりしていると、すぐに物理的問題に直面するところだが『袋』はその問題を解決させてくれる貴重な存在だった。
「イジメてないわよ。ねぇ? えっと……」
異形剣はメーヴェに助けを求めようとしたのだが、メーヴェの名前が分からずに言葉に詰まっていた。
「私はメーヴェ。メーヴェ・クラウディバッハよ」
メーヴェは胸を張って言う。
よくよく考えてみると、メーヴェはあまり自己紹介の機会に恵まれなかったと思う。
何しろ自分から名乗るより先に、相手がメーヴェの事を知っている事が常だったのだ。
「へぇ、立派な名前。貴族のお嬢さんかしら?」
さすがに人外にまではクラウディバッハ家の名は轟いてはいなかったようだ。
この貴族の中の貴族、始祖の一族であるクラウディバッハの名を知らないと言うのは人として問題があるのだが、相手が人ではないので大目に見る事にする。
「でも、なんでそんな由緒正しきお嬢さんがこんなおっさんと一緒にいるの? 接点が見いだせないんですけど?」
「俺の方が聞きたいくらいだ」
メーヴェが答えるより早くソルが答える。
こっちのセリフだと言いたいところだったが、それより先に拠点と思えるところに着いてしまったので、タイミングを失ってしまった。
初めて来たメーヴェでも一目見て拠点と分かったのは、大きな門があったからである。
しかも門の内側には門番と思しき鎧姿が立っているので、まず間違いないだろう。
これがクラウディバッハ家の門番であればメーヴェに挨拶するところだが、さすがに魔窟の門番にそれは求められないようだった。
異形剣や『袋』ならともかく、この門番などはメーヴェの事を知っていてもおかしくないのではないか、と思うと気に入らないところもあるが、そう言う一般教養を受けてこなかったのだろう。
「あらー、妙な力を感じると思って来てみたら、随分と珍しい人が来たわねー」
拠点の門をくぐった直後、女性の声でそう話しかけてくる声があった。




