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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 彼と彼女の第一層
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第八話 予測出来た惨劇

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 雄叫びを上げながら、ランドルフは勇ましくゴブリンの群れに襲いかかる。

 二度目と言う事もあるのか、それとも初戦での勝利に気が大きくなったのか、ランドルフはゴブリンの群れに恐れる様子も無く、剣を大きく振ってゴブリンに斬りかかっていった。

 まだ洗練されているとは言い難いものの、それでもゴブリンの群れを驚かせるには十分な効果があった。

「何だ?」

 だが、リーダーの二本角は驚いたと言うより訝しむ様子の方が強い。

 見るからに戦い慣れていない者が、突然狂った様に襲いかかってくるのは、確かに怪しさ満点である。

「慌てるな。左右から攻撃してやれ」

 二本角は悠然とした態度を崩さず、慌てるゴブリン達に指示を出す。

 一体は切り倒されたものの、ゴブリン達はランドルフの奇襲から立ち直り、ランドルフを囲む様に陣形を組み始める。

 敵に囲まれたらパニックに陥りそうになるもので、おそらく二本角もランドルフの経験の浅さを見抜いてそう言う手を打ってきたのだろうが、これは全て計算出来た行為だった。

 包囲というのは圧倒的に優位に立てる戦法であり、それが成功すればほぼ勝利は約束されたものだとさえ言える。

 だが、包囲される事が分かっていれば対策は十分取れる。

 五体になったゴブリン達はランドルフを取り囲もうと移動して、ランドルフの後方に二体が回る。

 そこを後方援護のシオンが狙った。

 二本角はともかく、ゴブリンの方は自分達の後ろから攻撃が来るとは考えていなかったらしく、シオンが得意とする風魔法が直撃する。

 魔術を得意とするローデ家の中でもシオンの才能はかなりのレベルであり、その風の威力はすでに学生の範疇には収まらない威力を持っていた。

 その直撃を受けたゴブリンの二体は、その小柄な体を切り刻まれる事になった。

「ほう。悪くないな」

 切り刻まれて絶命するゴブリンを見ながら、二本角は冷静に呟く。

 二本角がまだ動かない事を確認したランドルフは、シオンの援護もあってさらに気をよくしたらしく、勇ましくゴブリンに斬りかかる。

 三体のゴブリンは無理に包囲する事を諦め、シオンから逃げる様にランドルフの攻撃に対処しようとする。

 まともにやり合えば、この時はまだゴブリン三体の方がランドルフより強かったはずなのだが、シオンと言う遠距離攻撃の脅威を見せられてはまともにやり合えるはずもない。

 完全に後手に回った事を自覚した二本角はそれでも余裕をもっていたが、動かない訳にはいかなくなったらしく、ゴブリンとランドルフが戦う方へ向かおうとする。

 かかった!

 それは実際に戦っているランドルフだけではなく、援護しているシオンも、それを見守るアルフレッド達もそう思った。

 二本角は、背後から忍び寄るトーマスに気付いた様子もなく、ゆっくりとゴブリンの援護の為にランドルフの方へ向かう。

 存在感の薄いところのあるトーマスだったが、隠密行動に意外な程の才能があったようで文字通り音もなく忍び寄り、二本角に斬りかかる。

 やった!

 様に見えた。

 少なくとも、アルフレッド達はそう見えていたし、そう思えた。

 それくらいトーマスの不意討ちは完璧に見えた。

 一瞬何かが光った様に見えた後、トーマスの体だけがそのまま泳ぐ様に倒れる。

 驚きの表情のトーマスは、自分の身に何が起きたか分かっていない様だった。

 もちろんトーマスだけではなく、アルフレッド達にも何が起きたのかはわからなかった。

 ただ、事実として起きた事を言うのであれば、二本角が持っていた幅広の剣がいつの間にか抜き放たれ、ソレの上にトーマスの首が乗っていると言う状態であった。

「……え?」

 間近で見たはずのランドルフですら、何が起きたのか分からず固まっている。

「止まっていられるとは、随分と余裕じゃないか」

 圧倒的過ぎる実力差を見せた二本角は理知的な声でランドルフに言うと、ひょいと言う感じで剣に乗っていたトーマスの首をランドルフの方に投げる。

「ひいっ!」

 ランドルフは喉の奥が引きつった様な悲鳴を上げたが、そこからの二本角の動きは恐ろしく早かった。

 二本角はランドルフに目もくれず、一気に間合いを詰めてシオンに向かって襲いかかる。

 その急襲にシオンは硬直して反応出来なかったが、アルフレッドが剣を抜いて二本角に斬りかかる。

 二本角はアルフレッドの剣は高々と跳ね上げると、無防備になったアルフレッドではなく硬直したままのシオンを捕らえ、背後から羽交い締めにしてその首筋に剣を当てる。

「ルイよ。今回もダメだったな」

 二本角は哀れみさえ含む口調で、怯えるルイに向かって言う。

「この無礼者! この私を誰だと思っているの!」

「さて、誰だろうな」

 二本角はシオンに興味を示さず、アルフレッドとレミリアの方を見る。

 一方のアルフレッドは、別の方向に目を奪われていた。

 首を無くしたトーマスの体を、いつの間にか増えているゴブリン数匹が群がって切り刻んでいるのだ。

「あ、あ、う、うわあああああああ!」

 目の前でその惨状を見せられたランドルフは、悲鳴を上げ、トーマスの首を投げ捨てて逃げ出していく。

「ランドルフ! 待ちなさい! この卑怯者!」

 二本角に捕らえられたままで、シオンが逃げるランドルフを口汚く罵る。

「少し、騒がしいな」

 二本角はそう言うと、シオンの喉に手を当てる。

 ほんの十秒ほどでシオンは大人しくなるどころか、ぐったりとして動かなくなる。

 死んだのかとも思ったが、だったら首を折るなり剣で貫くなりで済むはずだったが、そうしなかったと言う事はおそらく生きているのだろう。

「君になら分かると思うが、首、と言うより喉の一部を抑えると意識を奪う事が出来る。たしか『ケイドウミャク』と言ったかな? やり方を教わってから随分と練習してきたが、上手くできる様になると、便利な技術だな」

 二本角はアルフレッドに向かって言う。

「俺なら、分かる?」

「君も『別種』なのだろう? ああ、『仮面ペルソナ』の方が一般的だったかな? 雰囲気で分かるよ」

 二本角は意識を失ったシオンを抱き抱えたまま、アルフレッドに言う。

 今のところ二本角がこちらに戦意を向けている様子は無く、見た目ほどの威圧感は無い。

 だが、嫌でも分かる事がある。

 アルフレッドではこの二本角を倒す事は出来ない。一対一で戦ったとしても、おそらく万に一つも勝目は無いだろう。

 その上で意識を失っているシオンを人質に取られているのであれば、手が出せない。

 二本角はこのままシオンを連れ去るつもりだろうが、それを止める手立てが無い。

 アルフレッドが悩んでいると、トーマスの体を切り刻んでいたゴブリン達が騒ぎ始める。

「そうか、終わったか」

「な、何をした」

 それでもアルフレッドは剣を向けて、二本角に尋ねる。

「ん? 分かるだろう? 素材を剥ぎ取っていただけだよ」

 二本角は当然の様に言う。

「素材、だと?」

「君達と同じさ。モタモタしていたら『死体袋』が回収してしまうからね。その前に使える素材を剥ぎ取っておかないと何も得られないのは、分かっている事だろう?」

 二本角はそう言うと、アルフレッド達から離れてゴブリン達の方へ戻っていく。

「ま、待て!」

「待つのは構わないが、君に何ができると言うのだ? 戦って自分に勝目があるとでも?」

 そう言われると、アルフレッドとしても勝てる気はしていない。

 戦って勝てる自信があるせいか二本角は余裕があり、あえて戦わなくてもいいくらいの姿勢である。

「こちらは、戦利品は十分手に入れた。これ以上は特に望まないが、それでも君が血を見たいと言うのであれば相手になるが、どうする?」

 二本角の言葉にアルフレッドは迷う。

 と、言うより、退くきっかけが無い。

 戦って勝てないのは分かるし、トーマスは殺されランドルフは逃げ出しシオンは意識を失っている。

 これでは戦いようがないのだが、ただ逃げると言うのは格好がつかないのだ。

 もちろんそんな余裕も無いのだが、剣を下ろす理由が欲しかった。

 そんな惨めな自尊心を見抜いたのか、アルフレッドの後ろからレミリアが服を引っ張る。

 レミリアは、ごく小さくだが首を振ってアルフレッドが無謀極まる自暴自棄に陥らない様に、剣を下ろすきっかけを与えてくれた。

 自分はシオンを見捨てる訳ではなく、またルイの期待を裏切る訳でもなく、無力な妹まで危険に晒す訳にはいかないので、妹を守るためにもここは戦うのではなく一度退却する方が良い。

 そう言う言い訳が欲しかった。

 その言い訳を手に入れた以上、ここで戦うリスクを背負う必要も無い。

 アルフレッドは安心して剣を下ろす事が出来た。

「お互いに、話が分かる相手で良かったじゃないか」

 二本角は薄く笑っている様な口調で言うと、意識を失っているシオンを抱え、多数のゴブリン達を連れてどこかへ去っていく。

 これでルイ達の村が解放されたと言う事も無く、何らの戦果を得られる事も無いどころかトーマスとシオンを言う仲間を失って、アルフレッド達は拠点に戻る事になった。

「すまない。魔物達の中でも、アレは別格なのだ」

 拠点へ戻る道中で、ルイがアルフレッドに謝罪する。

「いえ、俺達こそ何の役にも立てず」

 アルフレッドはそう答えるのが精一杯だった。

 先のゴブリン戦では戦う事は出来たものの、斬り殺すと言う恐怖に竦んでしまい役に立つ事は出来なかった。

 今回に至っては、ほぼ何も出来なかった。

 あまりの惨めさに涙が出そうになる。

 こんなはずでは無かった。

 貴族の学校に行っている時は、この世界には無い知識と他の者が持ち得ない『仮面』の能力によって、アルフレッドは圧倒的な存在だった。

 当然それは魔窟でも通用すると思っていたし、それを疑っていなかった。

 だからこそ、ウィルフから家を追われ魔窟に行くと言う事になっても、何とかなると思っていたのだ。

 それがまったく通用しないと思い知らされると、さすがに打ちひしがれてしまう。

 もしレミリアが服を引いて逃げるきっかけさえ与えてくれなかったら、ルイを見捨てて逃げ出し、そのまま引き篭りの生活を送る事になっただろう。

 引き篭りと言っても、引き込もれる様な自分の部屋もなく、完全に拠点でホームレス生活するしか無くなる未来が見えた。

 それでもレミリアのおかげで最低限の自意識を保つ事は出来たので、涙が出そうなほど惨めではあったが、死ぬしかないと思い込むほどの絶望までは行かずに済んだ。

 その為、拠点までの長い道のりの間に二本角の言葉の中に妙な事が含まれている事に気付く事が出来た。

 あの二本角には、確実に『仮面ペルソナ』の仲間がいる。

 頚動脈を押さえればかなり早くオトす事ができると言う事は、多少なりとも絞め技の知識があれば知っている事ではあるのだが、この世界の知識では無い。

 そもそも医療と言うものが魔術や特殊な薬のみで行われているこの世界で、人体学の知識を掘り下げていく事は相当特殊と言う扱いを受ける為、街でそれらの知識を持っている者は少ない。

 魔窟であればさらに必要性の薄い知識になっていく。

 戦う相手が人型の魔物であれば、致命傷を与えることが出来る部位を知っている事は有利になる事はあるにはあるが、ヒトの形をしていると言うだけで同じと言う事はない。心臓の位置が違う事も、骨格が違い関節の駆動域も違うので関節技さえ無意味な事もある。

 まして怪我や病気は街以上に魔法や薬で治す事が出来るし、意識を奪う事も技術ではなく魔術や薬で行う事が主流であり、その方が楽で確実なはずだ。

 そう考えると、ふと妙な事が思い浮かんだ。

 何故ルイは殺されたり囚われたりする事無く、何度も救援を呼ぶ事が出来たのか。

 あの二本角の考えではなく、ブレインとなっている『仮面ペルソナ』の考えだろう。

 だとすると、そいつは二本角のレベルアップを行っているのだろうか。

 ルイは仲間を呼ぶ為に生かされている。

「ルイさん、あの二本角以外にどんなヤツが?」

 ルイもあの二本角以外にもいると言う発言をしていた。

 戦うべきは、あの二本角ではなくブレインの『仮面ペルソナ』の方ではないのか、と思う。

 もしかしたら付け入る隙はあるのかもしれない。

 アルフレッドは、何とか自信を取り戻す為にもそんな事を考えていた。

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