第三話 先生
「うっふっふー、私、先生が来たからにはどんな質問にでも答えるわよー。うっふっふー、可愛い初心者達」
後ろからかけられた愛らしい女性の明るい声に、アルフレッド達は自然と振り返る。
が、そこにいた姿は彼らの想像さえしていない姿だった。
「きぃいいいやぁあああああああ!」
「うぉわ!」
シオンは喉も裂けそうなほどに叫び、ランドルフとトーマスも腰を抜かそうかと言う驚き方だった。
そこにいたのは、半透明な姿の法衣をまとった骸骨だったのである。
「はぁー、いいわー、そのリアクション。ザ・初心者って感じでウブいわねー。うっふっふー」
上品に笑う骸骨は愛らしい声で言うのだが、見た目には恐ろしい事この上ない。
「でも、肝の据わった子もいるのねー、感心感心」
半透明の骸骨、自称『先生』は声だけで言えば微笑みながら言うのだが、表情が骸骨なのでそこからは何も読み取れない。
だが、その視線の先にはピクリともしていない最年少の少女、レミリアがいる事はアルフレッドにも分かった。
見た目はともかく、その口調やそのトーンからも友好的な事はわかる。
ただ見た目が怖いだけだ。
「まったくの魔窟初心者の君達に、この先生が何でも質問に答えるわよー。でも、今の状態では何を質問していいかも分からないでしょうから、まずは先生が色々と説明してあげましょう。素晴らしいでしょう、私?」
先生はうんうんと頷きながら言う。
一人で盛り上がる先生と違い、シオンは怯え、ランドルフとトーマスは警戒している。
「先生、お願いします」
対応出来る唯一の人物として、アルフレッドが代表して声をかけた。
「うっふっふー、良いわよー」
先生はそう答えるが、アルフレッドとしても先生の見た目は怖い。
しかし、声が愛らしい女性の声で態度も友好的。見た目に怖いと言っても、言ってみれば標本の様なモノなのでまだ会話も出来る程度の怖さでもあった。
しかも時間が経つにつれて怖さも薄らいでいく。
言うなれば先生の怖さは出オチの怖さで、本人が驚かせるつもりはあっても怖がらせるつもりは無いので、さほど恐れる必要も無かったのが分かったのである。
「まずねー、ギルド加入はまぁ、ギルドに行ってもらう事にして、魔窟の事を説明しましょうねー」
ギルドの事も聞きたかったが、魔窟の情報は何より重要であり、わざわざ初心者を捕まえて説明しようとしているのだから必要なモノなのだと思う。
「一番大事なのは、この子」
先生が言うと、先生の後ろからちょこちょこと奇妙な生き物が現れた。
大きな袋を引きずる、大きな袋を被った不思議な存在。
「この子はねー、『袋』って言ってね、魔窟で拾ったモノとか大事なモノとかを預かってくれる、すっごく便利な子なのよー」
「ども。『袋』ッス」
そう言う『袋』だが、こちらに近づいてこようとしない。
「見ての通り人見知りの子でねー。五人以上の集団の場合には、中々姿を見せないのよねー。でも大丈夫。こう言う拠点とかで『袋』を呼んだらすぐに来るからねー。もし四人以下だったら、戦闘中とかでも近くにいるんだけど、この子は見ての通り戦闘には向かないからそこに期待はしないでねー」
それは見たら分かる。
誰の目に見ても『袋』は戦力になりそうにない。
「この『袋』は、貴方達の『袋』だから大事にしてあげてねー。一応言っておくけど、他の探索者達もそれぞれに『袋』を持っているけど、『袋』はすごく物知りなのはそれぞれの『袋』ネットワークによるモノなのよー。でも、あんまり興味無いみたいだから、この子から情報収集は難しいわよー。アイテムを袋に入れる事くらいしか興味無いからー」
どうやらこの『袋』と言うのは、魔窟探索の上でのアイテムボックスらしい。
ただ、こちらに来ないのはアルフレッド、シオン、ランドルフ、トーマス、レミリアの五人がいるからの様だ。
あるいは、先生のところが落ち着くのかも知れない。
「でも、人見知りの『袋』だけど、それは『人』に対してであってー、例えば魔物使いが使役している魔物だったりー、召喚士が召喚した人型の魔物だったりー、人の姿をした魔物とかが群れてても、そこには平気で姿を現すから驚かないでねー」
先生はこちらに来ようとしない『袋』の背中を押しながら、そう説明する。
と言う事は、魔窟探索は四人組で行動するものなのだろうか?
一瞬そう思ったが、『袋』は戦闘中以外であればすぐに呼べると言うのであれば、必ずしもそうとは限らない。
それであれば、四人組に拘らず大人数で行動した方が攻略出来ると言うものだろう。
「でも、注意点が一つー。『袋』をイジメたら、もう近付いて来ないから要注意よ。わかったー?」
「その場合、預けていたアイテムは?」
アルフレッドが質問すると、先生はうんうんと頷く。
「ちゃんと話を聞いていたのねー、感心感心。その場合には、『袋』の中のモノは取り出せないわよー。だから、イジメちゃダメ。ね?」
可愛い声に可愛い仕草だが、骸骨なので怖い。
「二度と取り返せないのですか?」
「実は、そうじゃないのよー。例えば、他の人達に頼めば自分達の『袋』に預けていたモノを取り出す事も出来るのよー。でも、その相手が信用できる事が大前提ねー」
「中身を共有している、と言う事ですか?」
「うーん、それは微妙。どうも『袋』によって所有権が分かれているみたいだから、自分達のモノしか取り出せないし、他の人に頼んでも、指定のモノしか取り出せず全て無制限と言うワケじゃないから、そこは『袋』ルールって事ねー」
割と複雑ではあるが、通常で考えるのであればアイテムボックスとしての『袋』らしい。
「他にも、魔物の事とかも教えとかないとねー」
先生は何度も頷きながら言う。
コレは癖らしい。
「魔物を倒した場合、その魔物の程度に合わせて金銭が提供されるんだけど、それは直接『袋』に送られるから、『袋』は大事にねー」
「あ? それって、魔物を倒せばそれだけで金稼げるって事か?」
ランドルフが質問すると、先生がずいっとランドルフに近付く。
「ひぃっ」
やはり怖いらしく、ランドルフは引きつった声を出す。
「そう言う事。うんうん、理解が早くて助かるわー」
「つまり、コイツ倒せば良いって事じゃないの?」
シオンがランドルフとトーマスを盾にしながら言う。
「お? やる気? 若いって良いわねー。イイわよー、相手になっちゃうわよー」
「やめておきましょう。どう考えても勝てる気がしないです」
シオン達と違って、もうさほど恐怖を感じていないアルフレッドがなだめる。
「ついでだから、それも教えておきましょうかー」
「ソレ?」
アルフレッドが言うと、先生は音もなくアルフレッドに近づいて来る。
声は出なかったが、コレが近づいて来るとやはり怖い。
「例えば私はこの第一層のマスターなんだけど、各層にはそれぞれの拠点を収めるエリアマスターってのがいるのよねー。エリアマスターになるには、その層のマスターを倒してその権利を奪う事が条件なのよー。つまり、私を倒したら第一層のエリアマスターになれるって訳ねー」
「エリアマスター? それになったらメリットが?」
「それはもう。その層の支配者になるって訳だから、その層でのメリットは計り知れないわよー。でも、エリアマスターはあくまでもそのエリアのマスターだから、他の層への移動に制限がかかるから、必ずしもいいことばかりでは無いのは理解してねー」
それだけ聞くと、エリアマスターと言うモノにさほど魅力は感じられない。
説明好きな先生で魅力を伝えられないと言う事は、おそらくエリアマスターに魅力が無いと言うより、ケンカを売る相手は選べと言う事なのだろう。
実際に先生に喧嘩を売ろうとしたシオンの例を見る限り、割とエリアマスターを倒そうとする人物もいるらしい。
「他に聞きたい事あるー? あ、私に彼氏はいないわよー?」
それはそうだろうが、それは聞いていない。
「あっ! 一つ言い忘れてたわ。この第一層の拠点が私の影響範囲なんだけど、ここで探索者同士の喧嘩は御法度よー。いつでも私が仲裁に入るからねー。ま、喧嘩かどうかは私の裁量しだいなんだけどー」
ここは安全地帯と言う事で間違いない。
それは魔物に対しても、他の盗賊や野盗に対してもである。
逆に言えば、ここで盗賊行為や例えば賞金首などを見かけてもどうする事も出来ないと言う事にもなる。
「さて、それじゃギルドに案内しましょうかー。また分からない事があったら、いつでも質問してくれてイイのよー」
「質問って、先生はどこにいるんです?」
「拠点は私の勢力範囲だから、この拠点にいる限りどこにいても呼んだらいつでもどこでも駆けつけるわよー。うっふっふー、私はいつでも貴方の近くにい・る・わ・よ。うっふっふー」
怖い怖い。
これが領主の娘であるメーヴェ並の美少女だったら良いのだが、どれだけ愛らしい声をしているといっても半透明な骸骨である。
何ら色気も感じないどころか、寒気すら感じる。
とはいえ、見た目に怖いだけで先生は非常に友好的で頼りになりそうだった。
初心者の味方を自称するだけの事はある。
シオン達はまだ恐れているが、アルフレッドとしては先生を恐れる理由は無くなっていた。