第二話 一層の拠点にて
「アルフ? アルフレッドじゃないか?」
魔窟に入ってすぐのところにある拠点に入って、すぐにアルフレッドは声をかけられた。
「……ランドルフ?」
声をかけてきたのは、貴族学校の同級生である少年だった。
名はランドルフ。
長身のアルフレッドと比べて僅かに背が低いものの、体の幅は十分に厚く単純な腕力であればアルフレッドより上である。
しかも彼だけではない。
一緒にいるのは、いつも傍らに控える取り巻きの一人であるトーマス。彼はかなり細身で、いつもランドルフの顔色を伺っている。
そしてもう一人。
「それに、シオンさん? ローデ家は無事だったんですか?」
「何よ、その言い方は」
三人組の中の紅一点は、ローデ家の次女であるシオンだった。
領主であるクラウディバッハを支える両翼の片翼であるローデ家は、武のソムリンドに対し智のローデと讃えられ、魔術を得意とする家系である。
シオンはその血筋の中でもかなり才能に恵まれた人物であり、風の魔術を得意としていた。
家柄と才能に恵まれた人物のせいか、他人に対して攻撃的なところが目に付くシオンなのであまり人から好まれていないところもあるのだが、それを本人は自覚していない様に見える。
家柄では領主の一人娘であるメーヴェの方が上なのだが、家柄と容姿以外に優れたところのないメーヴェと比べて、自分の方が劣るところは家柄以外無いと言っていた事もあった。
基本的に親の力を振りかざす以外に何も出来ないメーヴェと違い、シオンは自ら報復行為を行う事が出来るので、シオンは周りから恐れられているところがある。
外見でも誰もが認める美少女のメーヴェと比べて、面長で切れ長な顔立ちや赤みの強い金髪、少女にしては長身で広い肩幅など、シオンはそこからも攻撃力の高さは伺える。
そんな事もあって、ローデの家に残る事を許されずこの魔窟に追放されたのだろうとアルフレッドは予想した。
「いや、うちに来たウィルフと言う方の口振りから、ローデの家の人達は殺されてしまったのかと心配していたんですよ」
と、アルフレッドは取り繕う。
まあ、嘘ではない。
「ウィルフ! そうよ、あの男! あいつが皆を騙したのよ!」
シオンがヒステリックに叫ぶ。
詳しい事を聞くまでもなく、ローデ家でもソムリンドと同じ様な事が起きたらしい事は予想出来た。
「それで、ローデの皆は?」
「向こうにいるぞ」
ランドルフが来た方向を見て答える。
「それじゃ、一先ず合流した方が良いかも知れない」
「そんな事より、今すぐ魔窟の奥へ行って優れた武具を手に入れるのよ!」
突然シオンがとんでもない事を言い出す。
「シオンさん、いくらなんでもそれは……」
アルフレッドはそう言うが、シオンは物凄い形相で睨みつけてくる。
「この私に、いつまでもこんなところにいろと言うつもりなの? 冗談じゃないわよ! あのウィルフとか言う偽勇者が街の面々を騙して街を乗っ取ったんでしょう? だったら、あの偽勇者を倒せば問題は解決するんじゃないの? 違う?」
多分、違う。違うと思う。
と、アルフレッドは思ったのだが、シオンの様子はとても人の話を聞こうとするモノでは無かったので、口を挟むのを留まる。
「悔しいけど、現時点で私たちがあの男より戦闘能力では劣っている事は認めてやるわ。認めてやっても良いわ」
そこは言い直さなくても良かったと思うのだが、シオンの矜持がそれを許さなかったのだろう。
「でも、素質の面で言えば私達があの男より劣ると言う事はないでしょう? 足りないのは装備よ! 私達が手に入る街の良品より、魔窟の深層の武具の方が数段優れていると言うし、なによりあの男は私の魔術が通じなくする何かを持っていたわ!」
憤るシオンはわめきたてるが、それよりも一言気になる事を口にしていた。
私の魔術が通じなくなるって、この人、ウィルフに攻撃したのか? 凄いな。
多分、今みたいな調子でウィルフに向かって攻撃したのだろうが、まったく歯が立たなかったのだろう。
実際のところシオンは魔術的才能と言うのであれば、学校の成績で判断するなら、かなり上位と言ってもいい。
しかし、魔窟探索の英雄として名を知られるウィルフは人知を超えた存在であり、学校の上位程度の魔術ではそもそも話にならないだろう。
「ですがシオンさん……」
「何よ! まだ私の言う事に文句があるの?」
ある。
あるにはあるが、それより伝えるべき事がある。
「俺達はまた来たばかりですけど、何よりもまず父と母達を休ませたいんです。ローデ家の方々はどこにいらっしゃるんですか?」
「ん? ああ、そうね。確かに失礼ね。これは私とした事が失念していたわ」
シオンは思いのほかすんなりと受け入れる。
彼女の中の貴族社会では鋼の上下関係が存在しているらしく、完全無欠に近いローデ家の次女より上に君臨する僅かな存在として、ソムリンド家の当主は認められているらしかった。
「父上、母上。ローデ家のシオンさんです」
アルフレッドは第一夫人の事を母上と呼んでいるが、彼の実母は彼を産んで間もなく他界している。
それでもアルフレッドは夫人達を等しく母上と呼んでいる事もあり、割と良好な関係を築いていた。
「叔父様、叔母様、シオンです」
と挨拶をしたのだが、シオンも、アルフレッドも絶句してしまった。
魔窟に入ってすぐにシオンと会っただけで、まだほとんど時間は経っていないはずだったのだが、早くも変化が現れ始めていた。
アルフレッドやレミリア、第二夫人などにはまったく変化は無いものの、ソムリンド家当主や第一夫人の老け込み方が尋常ではないのだ。
確かに魔窟に追いやられる事になってからの二人の老け込み方は激しかったが、髪にも白髪が目立つ様になり、肌のハリも衰えているのが分かる。
「あ、ああ、シオンちゃんか」
そう答える当主だったが、声にも生気が無くなっている。
「父上、母上。どうやらローデ家の方々も我々と同じく、この魔窟へ追いやられてしまったみたいです。今からそちらへ行って合流しようと思うのですが、よろしいでしょうか」
「……好きにするが良い」
これまでは多くの事を独断で行ってきたワンマン君主だった当主が、投げやりと言うより全て諦めた様な態度でそう答えた。
半日前までは実年齢よりも若く見え、実際にエネルギッシュだった当主が、まるで二十年から三十年ほど老けた様だった。
第一夫人にしても同様で、実年齢より若く見える美しさと貫禄を持ち合わせ、幼く見える第二夫人はともかく、同い年の女性と比べるとその美しさは際立つものがあった。
が、今は美魔女どころか老婆にすら見える。
常に近くにいた第二夫人ですら目を丸くして、言葉を失っている。
「と、とにかく、こちらです。両親も安心すると思います」
あまりの変貌ぶりに驚きながら、シオンはソムリンド家の面々を促す。
「ちょっと、アルフ」
そんな中でシオンがアルフレッドを呼ぶ。
「アレは何事? 尋常じゃないわよ?」
尋常じゃないのは見ればわかるが、アレは何かと言われてもアルフレッドには答えようが無い。
「人によっては魔窟の空気に合わない人がいるらしいけど、あんなに変わるものなのか」
ランドルフは驚きながら、アルフレッドに呟く。
それはアルフレッドも聞いた事がある。
魔窟では時間の流れさえ通常とは違い、合う人であればいつまでも歳を取らず、合わない人であれば瞬く間に老衰すると言われていた。
しかし、聞いた事があるといっても、実際に目の前で見ると思っていた以上の衝撃があった。
本来であればローデ家とソムリンド家が合流、結託して街を不当に支配している者達に対する対抗策を話し合う事が目的だったはずだが、ローデ家の面々も先日までの面影を失ったソムリンドの当主と第一夫人を見て言葉を失っていた。
「と、とにかく、父上、母上。私達は魔窟の奥を探索して、あの者達を排除するだけの力を手に入れてきます。それまで、ソムリンドの方々をよろしくお願いします」
シオンはそう言うと、ランドルフやアルフレッド達を伴って急いでその場を離れた。
「シオンさん、お兄さんやお姉さんはどうしたんですか?」
親元を離れたところで、アルフレッドがシオンに尋ねる。
両翼の家系は、ともに非常に優れた跡取りに恵まれた事もあって安泰だ、と両家共に自慢していたものだった。
「はっ、あいつらなんて、もう兄弟でも何でもないわ!」
と、シオンが吐き捨てたのでおおよその見当はついた。
だが、シオンにとってそれは相当なタブーだったらしく、火のついた彼女を止められる者はいない。
シオンは誰が聞いていると言う訳でも無いのに、ひたすらローデの家を捨てた兄弟達を口汚く罵っている。
聞くと言うより嫌でも耳に入ってくるシオンの話では、どうやらシオンは全ての元凶がウィルフだと思っている様だった。
アルフレッドの予想では、元凶はオスカーでありウィルフは協力者だと思っているのだが、それを言うと今より面倒な事になる事が容易に予想出来たので黙っておく事にする。
「でも、アルフがこっちに来るのは正直意外だったわ」
とめどなく溢れる兄弟への不満から、いつの間にかシオンの話題はアルフレッドへと移った。
「貴方の事だから何かもっともらしい理由をつけて街に残って、やれ貴族はどうとかほざくと思っていたけど、思っていたより骨のあるヤツだったみたいね。見直してあげるわ」
シオンの目にアルフレッドはそう見えていたらしい。
否定したいところだったが、もしウィルフから叩き出されたのではなく自分で選ぶ事が出来たとしたら、アルフレッドは魔窟に来ていなかったかもしれない。
と、思う。
「さあ、貴方達。これからどうするべきか、考えなさい」
女王気取りのシオンが、アルフレッド、ランドルフ、トーマスの男性陣に向かっていう。
アルフレッドの後ろにはレミリアもついてきているのだが、シオンの目には見えていないらしい。
「魔窟探索を行うと言うのであれば、魔窟探索者組合と言う組織があるらしく、そこに所属するのが一般的らしい」
ランドルフは提案する。
「ギルド加入によるメリットも大きいって話だったよ」
どうやら情報を収集したのはランドルフではなくトーマスらしく、ギルドのメリットについても詳しかった。
ギルドに加入すると、まず情報交換の場が増えると言うのが非常に大きなメリットだと言う。
魔窟の地図はあるものの、その地形はともかく魔物の勢力範囲は日々変わっている。
その事も同じ魔窟探索者の間で話し合われているので、それらの情報を得られると言うのがなにより大きい。
また、各層の拠点にある施設なども格安で利用出来る。
さらにギルドで身入りのある仕事を得られる事もあり、魔窟での収入源としてギルドから斡旋される仕事を得られる。
つまりギルドに加入する事によって、少なくとも食うには困らない程度の仕事と収入を得られる事になるのだ。
「はぁ? なにその貧乏臭い話は」
シオンは露骨に嫌悪感を表に出す。
「いや、シオンさん。この一層では安いですけど、深い階層に行けば収入も増えるらしいですから、必ずしも貧乏臭い話では無いですよ」
トーマスが言うには、一層より二層と深層に行くにつれて仕事の見返りが大きくなるらしいのだが、魔物の危険度も高まっていく。
危険手当込みの相場らしい。
だが、下層に行くメリットはそれだけではない。
魔物の装備している武具の質も高まり、それらを得る事が戦力強化に直結する。
デメリットは命の危険が跳ね上がる。
「そんな初心者の皆の強い味方、先生が来たよー!」
と、唐突に後ろから明るい女性の声がかけられた。