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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 メーヴェとソル
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第二十話 魔窟の法 

 小娘一人に、随分と力を入れているな。

 ソルは魔窟入口に立っていた四人の見張りを倒すと魔窟出入り口に転がし、その四人の剣を奪って地面に突き立てる。

 それから少し奥へ進んで、街の者の侵入を阻む為に立ち止まった。

 街側から考えると、領主を倒した事で戦いは終わっているはずであり、何の実権も能力も無い一人娘をここまでして追う必要があるとは思えない。

 街側に協力した貴族もいたと言う話だったので、もしかするとそいつらはメーヴェの能力と言うモノを知っているのかもしれない。

 今のところソルが目にしたのは、魔物から異常に好かれると言う事と、想像を絶するレベルで魔物を強化出来ると言うモノではあるが、それが本当にメーヴェの能力かどうかはまだ証明されていない。

 それに、街ではさほど使い道の無い能力でもある。

 それこそ領主並の召喚能力が無ければ意味が無いし、街に英雄ウィルフがいるのであれば、ちょっとやそっとの召喚獣であったとしてもそれだけで実権を握れるようにもならない。

 そう考えるのはソルが部外者だからであり、貴族側や街側からするとどんなリスクを背負ってでも入手したい能力なのかもしれないのだが。

 ソルがそう思っていると、魔窟へ続々と追手がやって来る。

 挟み撃ちの連携の悪さがあの半死の魔物の子供二体のためだったら、剣を残してきたかいもあるというものだが、魔物の異常行動や警戒の仕方から、森ではなく魔窟に逃げた事が今になって分かったのだろう。

「やあ、皆の者、ご苦労」

 魔窟に集まってきた追手に対し、声をかける。

「貴様、何をしているのか、分かっているんだろうな!」

「知らん。俺は何をしている事になっているんだ?」

 魔窟の入口にいる追手に対し、ソルは肩をすくめる。

「貴様!」

「ちょっと待て」

 ソルは手で制して言う。

「そこを越える前に知ってもらう必要があると思うんだが、その剣を越えると魔窟だぞ? 街の法ではなく、魔窟の法が適用される。意味はわかってるか?」

 ソルはそう言うと、奪った剣を追手の方に向ける。

「魔窟では先に手を出してきたヤツが悪いんだぜ? 装備を奪おうとする野盗扱いだ。その覚悟は出来てるんだよな?」

 その言葉は、追手を止めるには十分だった。

「後は街の警備でもしてくれ。それじゃ」

 ソルはそう言うが、魔窟の入口の追手達は殺気立って睨んでいる。

「何故お前があの貴族の娘を庇う! 貴族は嫌いだろう?」

 ソルを知る者が怒鳴るように言うのに対し、ソルは冷笑を浮かべる。

「嫌いだよ。大嫌いだ。だが、お前らの事はもっと嫌いだ。全員皆殺しに出来るくらいになぁ」

 冷たい口調で言うソルに、追手の熱も急激に冷めていく。

 街でも魔窟探索者の間でも、ソルと英雄ウィルフが現在でも破られていない魔窟探索最深部到達者である事は知っている。

 それには桁外れの実力が必要だと言う事も、当然知られている事だ。

 だが同じように十年以上のブランクがある、一級落ちである事も知られている。

 現役の頃を知っている者は追手の中にはいないらしいが、かつては二刀流だった事や、見て分かる様に隻腕になった事で、その頃ほどの戦闘能力を維持できていない事も。

「過去の偉人に恐れるな」

 追手達の後ろから声がすると、思わず笑いが込み上げるような人物が二人やって来た。

 土砂降りの中やって来た為、共の者が傘をさしていてもずぶ濡れになっているが、無駄に豪華な衣服の上半身に対して白いタイツの下半身。

 貴族を形から再現してみましたと言わんばかりの服装だが、それを身につけているのが太ったカエルに似た中年男性と、驚く程良く似た少年の二人である。

「何だ? 新種の獣人か?」

「貴様、失礼だぞ! エヴィエマエウ家の貴族に向かって!」

「……貴族? 随分と下品な貴族様もいたものだな?」

 貴族と言うモノに疎いソルではあるが、その家の名前には聞き覚えがあった。

 たしか、街の反乱の時に協力した貴族で下克上を成功させた家の名前だったはずだ。

 酒乱の気が強く、酒が入ると激しく迷惑になると言う話だったが、これはメーヴェ情報なのでどこまで本当かは分からない。

 ただ、貴族と言うにはさほど高貴さを感じない。

 見た目だけではなく、全体的に下卑た印象が強い。

 メーヴェはいかにも貴族のわがまま娘と言う感じだったが、このカエル似の貴族モドキからはそう言う雰囲気を感じない。

「で、その貴族様が魔窟に何の用で? 本格的に魔窟探索を支援していただけるって事ですか? いやー、ありがたいなー」

「ふざけるな! クラウディバッハの娘を渡せ!」

 オッサンの方の貴族モドキが怒鳴り、少年の方の貴族モドキはその陰に隠れている。

「知らねぇよ。魔窟の奥にいるんじゃないの? 探してみるんだな」

「ならばジャマをするな!」

「そんな事言われてもな。俺はお前達の事が殺したいくらい嫌いで憎んでいるから、ここで命が続く限り嫌がらせする事にしたんだ。ここを通りたければ、俺を倒してから行けってヤツだ」

「死にたいらしいな、やれ!」

 貴族モドキは勇ましく言うが、誰も魔窟へ入ろうとはしない。

 ソルは魔窟に到達するまでに十人以上の追手をなぎ倒して来たのだが、その全員が意識を飛ばされているものの、命は奪われていない。しかも武器を持つ追手に対し、ソルは丸腰の状態で挑んで倒している。

 それだけの実力差があるのだ。

 それが分かっている以上、追手も二の足を踏んでいる。

 しかもこの奥に侵入したら命の保証は無いと、先に宣言されているのだから尚更である。

「行け! 何をしている!」

「あんたの言う事、聞きたくないってさ」

 剣を持つソルは、笑いながら言う。

「撃て」

 貴族モドキではない誰かが冷たく言うと、複数の矢がソルバルトに向かって射出される。

「ああ、その手があったか」

 ソルは半身になって剣を振ると、自分に飛来する矢を最低限の動きで払いのける。

 口ではああ言ったものの、ソルは当然その事を警戒していたので、入口からある程度の距離をとって立っていたのだ。

 魔窟の深層の武器であればともかく、浅層の武器は市販の武器と大差無く、場合によっては強度が多少増している程度で、射手側の技量によっては動く標的に当てるのは困難であり、狙われる側も十分な実力差があれば回避する事も出来ない訳ではない。

 盾があればより簡単に防ぐ事が出来るのだが、片腕のソルバルトでは盾を持つ事が出来ないが、それでも全てを回避、防御する事が出来た。

「で、次の手は?」

 ソルは剣を向けて言う。

 魔窟の中層以降まで探査している者であれば、ほとんどの場合街の権力闘争に興味が無く、英雄ウィルフと言う例外はいるものの街の住人の生活に干渉するつもりもない。

 ここで貴族モドキに協力しているのは魔窟探索未経験者や、早い段階で挫折した者が多い。

 装備も技術も能力も、ソルの動きを捉える事は出来なかった。

 これで手詰まりになり、ひとまずの安全が確保される事になる。

 はずだった。

「ソル! あの子、助かったわ!」

「ばっ、何こんなところに来てんだ!」

 大喜びで無警戒に走ってきたメーヴェが、無防備に追手達にその姿を晒す。

 せっかくの姿隠しのローブも、頭を出して目立つ銀髪を隠していないのではあまり意味を成さない。

「女の方を狙え」

 冷たい声と共に、先程放たれたよりさらに多くの矢がソルではなくメーヴェを狙って放たれる。

「くそっ!」

 ソルはメーヴェを庇うと、無数の矢が背部に突き刺さる。

「な、何をしている! クラウディバッハの娘は生け捕りにしろと言ったではないか! 殺すつもりか!」

 貴族モドキとその息子は、声を裏返らせて喚き散らしている。

「今だ。トドメを刺せ。そうすれば、娘を捕らえる事も出来るだろう」

 冷たい声と共に、雄叫びを上げて追手の数人が魔窟の中に殺到してくる。

「ソ、ソル?」

 メーヴェは戸惑ってソルを呼ぶ。

 いきなり抱きしめられたかと思ったら、無数の矢が襲いかかってきた。次には追手が襲いかかってくるのがソルの肩越しに見えたのだが、体中に矢が刺さっているソルは動こうといない。

 今ではメーヴェを抱きしめていると言うより、メーヴェに寄りかかっている状態だ。

 そこへ、剣を持った追手が襲いかかってくる。

「ソル!」

 メーヴェの悲痛な叫び声と共に、追手の剣が振り下ろされる。

 凄まじい、金属音。

「痛いだろ?」

 右手に持つ剣を一閃させて追手の剣をまとめて払いのけると、ソルはメーヴェから離れて、ゆっくりと追手の方を向く。

 並の、と言うより通常の成人男性であれば即死しなかったとしても、激痛で動く事など出来ないはずだが、ソルバルトは一言呟くと剣を振るう。

 唖然としていた追手の四人は、剣を持っていた右腕を切り落とされる。

 遅れて溢れ出す鮮血と絶叫。

 四人の追手は切断された右腕を押さえて、悲鳴を上げて逃げ出す。

「構うな、撃て」

 冷たい声は、貴族モドキを完全に無視して指示を出すと、追手達はソルに対する恐怖のせいか、次々と矢を放つ。

 まばらでまとまりのない矢なのだが、ソルの後ろには驚きで腰を抜かしているメーヴェがいるため、躱す事も出来ず、矢を剣で払いのける。

 メーヴェがいなければ、それらを全て躱す事も出来たはずだったが、無数の矢はソルバルトの肩や腕、足にも突き刺さっていく。

「よし、殺せ! そいつは殺せ!」

 貴族モドキは興奮気味に喚き散らす。

 そこへ、ソルが剣を投げる。

 回転しながら飛ぶ剣を見て、集団が悲鳴を上げながら逃げ散らし、逃げようとしなかった男の一人が盾でその剣を防ぐ。

「痛えんだよ」

 全身に矢が刺さっているソルだが、倒れるどころか足など手の届くところの矢を引き抜き、戦意をみなぎらせて追手に向かって言うと、魔窟の入口に集まっていた追手の半分近くは逃げ出していく。

「ソル……」

 メーヴェがソルの方に声を掛けようとした時、ソルがいきなりメーヴェの胸元に手を突っ込む。

「みぎゃー! な、何する……」

 面白い悲鳴を上げるメーヴェを無視して、ソルはメーヴェが抱き抱えていた剣を抜く。

「さっきも言ったが、もう一度言わせてもらう」

 ソルバルトはそう言うと、数回剣を振る。

「ここから先に行きたかったら、俺を倒してから行け」

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