第十八話 合流
どれほど固い決意をしたとしても、それでクロスボウの矢を弾ける訳ではない。
メーヴェや魔物の子供が並々ならぬ覚悟を見せたとしても、実力者を一瞬鼻白ませるのが精一杯でもあった。
いかに命を懸けた覚悟を見せたとしても、言ってしまえばメーヴェはただ美しいだけの少女であって戦闘能力は皆無であり、魔物であり驚異的な生命力を見せたとしても魔窟の浅い層の、しかも子供である。
実戦経験が十分にあるのなら、恐れるモノは何も無い事も分かる。
他の二人はともかく、クロスボウを持つ男はすぐにその事に気付いたので、立ち直りも早かった。
現時点での驚異は、剣を持つメーヴェではなく、戦意を剥き出しにしている瀕死の魔物であると判断したクロスボウを持つ男は、魔物の子供にクロスボウを向ける。
至近距離と言う事もあり、射出すれば外しようがないのはメーヴェにもわかったので、慌てて剣を振ってクロスボウを払おうとする。
それが男の誘いだった。
ひょいとクロスボウを持ち上げる事でメーヴェの剣を避けると、それだけでメーヴェは大きく体勢を崩す。
それによって、魔物の子供の体に隠れていたメーヴェの頭部が射程内に入ってくる。
「おーい、ちょっと待ってくれー」
場違いにのんびりした声が、追手達の後ろから豪雨に負けずに響いてくる。
あまりに緊張感の無い声に、追手の三人は無造作に振り返った。
その瞬間、中央に立っていたクロスボウを持つ男は飛び膝蹴りを顔面に受ける。
鼻と前歯をへし折られたクロスボウの男は、一撃で意識を飛ばされた。
すかさず山賊風の男の懐に飛び込み、剣の柄で鳩尾を打ち、くの字に折れた男の顎を肩でカチ上げ、ガラ空きになった頭に右のハイキックを見舞ってなぎ倒した後、持っていた剣が邪魔に感じたのか地面に突き立てる。
その時、ようやくメーヴェは声を掛けてきたのがソルである事に気付いた。
あんなのんびりした声を掛けておきながら、次の瞬間には殺人的な体術で体格を上回る男達を二人も蹴散らすなど、まったく桁違いの戦闘能力である。
それは無知な素人であるはずのメーヴェにも分かるほど、明確な差だった。
残った一人が我に返った時、すぐにソルは踏み込む。
ソルには左腕が無い為、攻撃はほぼ全てが右側からの攻撃になる。それがバレないように凄まじい速度で上下に攻撃を散らしているのだ。
と、メーヴェの目には見えた。
もちろん、追手の男も右手右足からの攻撃に警戒している。
ソルの踏み込みから、右足のハイキックが来るように見えた。
追手の男もメーヴェもそう思った。
が、ソルバルトは踏み込んだ左足を軸に回転して、裏拳で追手の男の顎を打ち抜く。
予想していた方向の反対からの攻撃に対処できず、男はよろめくが、ソルバルトはその回転の勢いのまま右足での後ろ回し蹴りで追い打ちをかけて、三人目の追手をなぎ倒す。
……凄い。凄過ぎる。
メーヴェは瞬時に三人もの武器を持つ男達を、まともに武器も使わずに、武器も使わせずに倒してしまったソルに見蕩れていた。
追手をなぎ倒したソルの方も、メーヴェと魔物の子供を見て驚き、絶句している。
「……不死身かよ。ゴブリンじゃないのか? その魔物の種族は」
ソルはさきほどののんびりした声ではなく、絞り出すような低い声で呟いた。
「ソル、お願い! この子を助けて!」
メーヴェは助けに来たソルに懇願する。
どんなに器用でも、ソルが医者では無い事くらいメーヴェにも分かっている。
まして喉を貫かれているのだから、相当高位の回復魔術を駆使しなければ助ける事は出来ない事も、ソルに魔術が使えない事も頭では分かっているのだ。
それでもメーヴェは縋るしかなかった。
「助けろって言われてもな……。死なないんじゃないか?」
ソルは困惑したように呟き、メーヴェと魔物の子供を見る。
「とにかく、魔窟へ急ぐぞ。まずはそれからだ」
ソルはそう言って先を行くと、メーヴェは魔物の子供の手を引く。
先程と逆になったが、魔物の子供は立っているのだけで限界らしく、無理にでも歩こうとしているのだが、膝が震えてまともに歩く事も出来ない。
「待って、ソル。この子が歩けないの」
「なら、置いていけ」
「そんな事出来ない!」
メーヴェの強い口調に驚いたみたいに、ソルがメーヴェの方を見る。
「だったら、お前が背負ってやれ。俺は手一杯だ」
何も持っていないソルが言う。
唯一持っていたい剣も先ほど突き立てたままで、回収していない。
メーヴェは剣の他にも小屋を出る時に持たされた荷物がある。どう考えてもソルの方が魔物の子供を背負うべきじゃないか、とメーヴェは一瞬考えたのだが、ではソルの代わりに追手と戦闘するのかと言われると困る。
あの体術の速度とキレを、魔物の子供を背負った状態で維持出来るとはさすがに思えないので、メーヴェが魔物の子供を背負う事にした。
それに、ソルの発言から彼に任せるのも危険だと判断したのだ。
街の人間とは違うとはいえ、本質的にはソルも魔物を駆除する側だった。
メーヴェにしても、一週間ほど前まではそうだったのだが、今はこの魔物の子供はメーヴェにとってかけがえのない恩人であり、友人である。
瀕死の状態になったからといって、捨て置く事など出来ない。
メーヴェは荷物を担ぎ直し、魔物の子供を背負う。
予想外に軽かった。
これならソルが背負っても邪魔にはならなさそうだが、あの男はメーヴェに対してすら冷たかったのだから、魔物と言うだけで捨てる事も考えられる。
「今度は私が守ってあげるからね」
メーヴェは、背負っている魔物の子に対してそう言う。
弱々しい上に痛々しくか細い吐息を吐きながら、魔物の子供は小さく頷く。
魔窟まではもう少しであり、そこまで行けばなんとかなるのではと、ソルがなんとかしてくれるのではないかと思える。
魔窟の噂は、学校の男子の話題としてよく耳にしていた。
魔窟で実戦経験を積むと、素手で岩を砕けるようになるとか、鎧が無くても剣を通さなくなるようになるとか、魔窟の薬はどんな怪我でも治せるなどである。
常識で考えると有り得ないのだが、魔窟と言う場所は一切の常識が通じないからこその『魔窟』と呼ばれるのだ。
どんな人物なのかは知らないがソルは確実に魔窟探索者であり、きっとそれなりの実力者だったはず。
そうであれば、噂のどんな怪我でも治せると言う魔法薬を一つや二つは持っているのではないか。
だからこそ、魔窟への道を急いでいるのではないか、とメーヴェは思う。
ようやく魔窟に到着した、と思ったのだが、魔窟の入口にはすでに数人の街の者が固めて入る事は出来そうにない。
しかも後方の森から、多少の怪我をしているとはいえ数人の街の者が現れ、メーヴェ達は挟み撃ちされる形になった。
「ソ、ソル、どうしよう?」
「どうにか出来るか?」
「無理」
「だったら、俺が正面に突破口を作るから、お前は先に魔窟に入れ。魔窟に入って奥に進むと、『袋』がいるから、『袋』から治療薬を受け取れ。おそらくそれでその魔物を回復させる事は出来るだろう。ダメなら諦めろ。行くぞ」
メーヴェが反論しようとするより早く、ソルは正面の街の者に対して特攻を仕掛ける。
魔窟の前を固めていたのは四人だが、雨宿りも兼ねて魔窟入口に少し入ったところに立っていて、それほど真面目に見張りをしていたと言う訳でもない。
相変わらずの豪雨と、勤勉さに欠ける見張りの態度の為に、ソルの接近に気付くのが大幅に遅れる事になった。
驚異の身体能力を持つソルに先手を取られると言うのは、すでに勝負は決し、取り返しがつかないと言う事である。
ソルは身を低くして見張りの一人にタックルを食らわせる。
僅かに体勢を崩した見張りだったが、次の瞬間にはソルに奪われた剣の柄で顎を打ち抜かれて意識を飛ばされる。
さらに剣の腹を隣に立っていた者の頭に叩き付け、そのまま殴り倒す。
「行け!」
右側二人を倒したところでソルはそう言うと、すぐに左側に残った二人の方に向かう。
後方からの追手は、何故か混乱して何かと戦闘状態のようだったので、メーヴェはソルに言われた通り魔窟の中へ走り込む。




