第十三話 メーヴェの無自覚能力
「召喚士って正直よく分からいんだけど、どんなヤツなんだ?」
魔窟探索の途中で、ソルはメイフェアとウィルフにそう質問した事がある。
「どうしたの?」
メイフェアは食事の手を止めて、ソルを見る。
相変わらずメイフェアの食べ方は豪快でワイルドな食べ方な為、口の周りなどは大変な事になっている。
「いや、そう言うヤツがいるだろ? 戦士とか剣士とか魔術師とか回復士とか、そういうのはわかるんだが、召喚士ってどういう事だろうと思って」
「どう言う事?」
ウィルフも食事の手を止めて言う。
こちらは貧民街出身の割には上品な食べ方で、まるで女性のようにも見える。
「いや、召喚士って考えてみると、小規模に魔窟を開いて魔物を呼び出しているって事だろ? そんな連中が都合よくこっちの思う通りに戦ってくれるモノなのか?」
「ああ、そう言う事か。それはシステムが全く違うんだよ」
ウィルフが言う事に、ソルとメイフェアは耳を傾ける。
召喚士と言うのはソルが予測した通り、ごく小規模に魔窟のような異空間を開き、そこから魔物を呼び出すと言う特殊な魔術を使う者の事で間違い無い。
違いがあるとすれば、呼び出す魔物は、まず呼び出す前に契約を済ませると言う事だった。
その為、呼び出す魔物は決まったモノになるし、その魔物は召喚士には絶対服従となる。
「魔物使いとは違うのか?」
「そりゃ違うわよ」
と言ったのはメイフェアだった。
魔物使いと言うのは、魔窟の魔物を直接使役するモノである。
召喚士は契約を済ませた魔物のみを召喚する事は出来るが、その種類を豊富に揃えるには契約を多数取り付ける必要があり、その為の準備などは非常に多く、質を高めるほど契約は難しく厳しいモノになっていくと言う。
一方の魔物使いと言うのは、魔物さえ見つかれば使役する事が出来る可能性はあり、召喚士の様に面倒な契約は必要無い。
しかし、上手く使役する事が出来るかどうかは分からず、召喚士のような契約が無い以上、使役したと思っていた魔物がいつ牙をむくか分からないと言うリスクもある。
非常に面倒な契約があり複数の使役が難しい代わりに絶対服従を強いる事の出来る召喚士と、手軽手頃に魔物を操れる代わりにリスクが付きまとう魔物使い。
双方はそれぞれに特色があり、似て非なる存在である。
つまり、召喚士と魔物使いの特色を共存させると言う事は非常に稀な事であり、またあまり意味の無い事でもある。
「ん? 領主って召喚士で魔物使いじゃなかったっけ?」
ソルはメイフェアとウィルフに尋ねる。
そう質問した時のソルは今の片腕の姿であり、すでに魔窟探索は行っていないはずだった。
もちろん、その質問に答えるメイフェアもウィルフも、本来なら質問に答える事は出来ないはずだった。
しかし、メイフェアは笑顔で答える。
「領主は召喚士だけど、領主が魔物使いだなんて一度も言ってないわよ?」
どうも最近は見る夢のパターンが変わってきている、と目覚めたソルは頭を掻きながら思う。
これまで見てきた夢は過去の繰り返しであり、魔窟探索中の何気ない会話と言う点では同じだが、全て過去に交わされた会話であり最期の悲劇までが一通りである事が常だった。
最近見る夢の様に、現状に対して今は亡きメイフェアが何かを語りかけてくる様な夢は、これまでには見た事が無かった。
メーヴェ、か。
ソルとメイフェアの間に生まれた子が女だったら付けようと話していた名前を持つ、直接的には何の接点もない貴族の少女。
恵まれた外見と、それ以外は恵まれなかった残念な少女で、おそらく彼とメイフェアの娘が生まれ育っていれば外見はともかく、それ以外は彼女よりマシだった事だろう。
この前見た夢では、メイフェアはメーヴェを守ってくれと言っていた。
だが何故、何から彼女を守れと言うのだろうか。
街の現状を考えると、メーヴェは混沌の源になりかねない。彼女を守る事によって、更なる被害を呼ぶ事も十分考えられるのだ。
ソルは小屋の中を見回してみるが、小屋の隅にいる事が多いメーヴェの姿は無かった。
おそらく外に出ているのだろう。
メーヴェの奇妙な点は山ほどあるのだが、その最たる点と言えるのが現状を正しく認識していないのではないか、と言うところである。
街でクーデターが起きたあの日、メーヴェは着の身着のままでソルに助けを求めてきた。
その記憶が完全に抜け落ちている。
メーヴェ自身は何故ソルのところにいるのかを知らないようだし、街で何があったかも分かっていないところがあった。
今でもここで待っていれば、両親なりハンスなりが迎えに来てくれると信じているようにも見える。
もしそうなら、とっくに迎えに来ていると言う事も認められないらしい。
それでいて、自分は街に近付こうとしない。
気にはなっているみたいで、度々街の様子を調べてこいと言ってくるのだが、人に頼っていると言う事は一応自分の身の危険は感じているのだろう。
そして、闇商人が言っていたクラウディバッハ家の秘密。
メーヴェと言う一人娘は、ただの残念な少女と言うわけではなく、クラウディバッハ家にとっては暗部、しかも最重要の秘密が隠されていると言う事だった。
本人を見ている限りではとてもそうは思えないのだが、思い返してみると気になる点がある。
本来非常に警戒心が強く臆病なはずの魔物の子供が、メーヴェの元に集まっていた事があった。
木の上で果物を採っていたようだが、魔物の子供が剣を持つ者に近付く事が有り得ない。
しかも、剣を持つメーヴェの真下で、彼女に襲いかかるでもなく見上げていた。
単純に果物をメーヴェが落としそうだったからそれを待っていたとも考えられるのだが、子供とは言え魔物である。あの程度の木であれば簡単に登る事は出来るし、剣を持つ者の真下でそれを待つ事など、普通は考えられない。
通常であれば、剣を持つ者がいなくなるまでどこかに隠れて様子を見て、いなくなってから果物を採るはずである。
魔物の行動も奇妙だが、あの時のメーヴェの行動もおかしかった。
メーヴェは普段から可笑しくはあるのだが、あの時、魔物の子供達は構ってほしそうだったのに対し、メーヴェは本気で怯えソルに助けを求めてきた。
あの行動から考えると、メーヴェは自身の魔物使いとしての資質にはまったく気付いていないと言う事になる。
それは隠す必要のある情報なのだろうかと疑問に思う。
むしろ召喚士の家系にあって驚異的な魔物使いの資質を持つ娘と言うのは、隠すどころか表に出して良いような情報では無いのだろうか。
さらにそれを本人に隠していると言うのも、理解出来ない。
クラウディバッハ家がひた隠しにしている秘密と言うのがこの事だとは思えないのだが、何故そんな事をする必要があったのだろうか。
メイフェア、お前は夢の中にまで現れて、俺に何を伝えたいんだ?
そんな事を考え、ソルらしくもなく悩んでいたところにメーヴェが帰って来た。
ただいま、と言って戻ってくる様に躾けられていないのかメーヴェは無言で入ってくるし、それに対してお帰りと言って迎える様な義理も筋合いも無いので、ソルバルトも無言でメーヴェの方を見る。
「……何だ、それ」
「……私にも何だか分からないわよ」
困り顔でメーヴェが答える。
いつもなら頭まですっぽりとフードを被り、身隠しの魔力の込められたローブでその姿を隠そうとしているのだが、今日は違った。
ローブは纏っているのだが、頭には草花で編んだ冠の様なモノが乗っていた。
「そんなモノ作るくらい暇だったって事か?」
「私じゃないわよ。もらったの」
微妙な表情でメーヴェが答える。
「もらった? お前が? 誰から?」
今のメーヴェは、ちょっとしたお尋ね者の様なもので彼女を捕獲ないし確保しようとする者はいても、わざわざメーヴェの為に花の冠を作って彼女に贈る者などいるのだろうか。
これまでのメーヴェの言動から、彼女の苦境を自分の身を顧みずに助けようとするような友達など、おそらくいないとソルは予測している。
もっと言えば、今のメーヴェの苦境を知ったら喜ぶ方が多いのではないかとすら思う。
それにそんな人物からの贈り物であれば、メーヴェの表情も輝いているだろうし、その人物と行動を共にしてここに戻ってこないだろう。
「……」
「あ? 何か言ったか?」
「……よ」
「聞こえねーよ。何言ってるんだ?」
「だから、魔物の子供がくれたって言ったのよ!」
メーヴェは強めの口調で言う。
今でも頭の上に花の冠が乗っていると言う事は、メーヴェ自身もまんざらでもなく思っていると言う事だが、それが魔物からの贈り物と言う事でメーヴェ自身がどんなリアクションを取ればいいのか持て余しているのだ。
素直に喜ぶ事には抵抗があるようだが、それを否定されるのも腹が立つと言う感じだろう。
「何で魔物の子供が?」
「知らないわよ。この前のお礼のつもりじゃないの?」
メーヴェはそう言うと複雑な表情で、小屋の隅、いつもの定位置に戻る。
いかにもメーヴェらしい感想だが、それはそれで有り得ないほどおかしい事だ。
この前と言うのが、いつかの果物の話だと言う事はソルにもわかる。
あの時、結果としてメーヴェは魔物の子供達の為に果物を採ってやったと言う事になるのだが、魔物にはその事に対してお礼すると言う概念が無い。
蟻の巣の近くに食べ物を置いていたとして、その蟻の巣の女王蟻がお礼を働き蟻に持たせて恩返しすると言う事は無いのと同じである。
それがあるとすれば、どちらかが非常識極まる能力を持っているか、何かしら常識では考えられない事が起きたかと言える。
「お前、魔物にそんなモノ作らせてるのか?」
「私が作らせたんじゃないわよ。魔物の子供が作ったのを、私にくれたのよ」
「魔物の子供が作った? お前が作らせたんじゃなくてか?」
それこそ有り得ないだろう。
魔物使いと言っても、基本的には魔物を手懐けるのには時間がそれなりにかかるし、特殊な能力として魔物を意のままに操ると言うモノもある。
メーヴェもそう言う能力なのかもと思っていたのだが、まったく違うらしい。
意のままに操ると言うのであれば、木の上から降りられなくなる事も無かった。
そう言う次元の能力ではなく、魔物の方からメーヴェを喜ばせようとしている。
木の下に集まっていた魔物の子供達は、果物を手に入れた後にも逃げたり食べ物を奪い合ったりせず、木の上で動けなくなっていたメーヴェを見上げていた。
魔物使いとして優れた人物や、特定の魔物の種族から好まれやすい体質の人物がいる事はソルも知っている。
だが、魔物の方から擦り寄ってくるような人物は、見た事も聞いた事も無い。
まったく自覚も無い上に、メーヴェの態度からは悪い気はしていないみたいだが、自分から売り込んでいる訳でもないので多少の迷惑も感じているみたいだ。
ソルから見たメーヴェなど、出来る限り関わり合いになりたくない人種であり、一緒にいる事もそれなりに面倒なのだが、魔物にはそう感じないらしい。
コミュニケーションも取らず、ほとんど一目惚れレベルである。
それも極めて警戒心が強く、臆病で同族以外とのコンタクトを取る事を恐れる様な魔物の子供達が、だ。
それでも一体であれば、その一体が例外の中の例外だったと言えるかもしれないが、少人数であるとはいえ複数で一緒になって、というのだから奇妙なのである。
ソルも自分の目で見ていなければ、とても信じられないどころか、鼻で笑っていたはずだ。
しかし、極めて特異で特殊な能力なのだろうが、詳しい事が分からない以上はその能力がどう言うモノなのかも分かりづらい。
「……何よ」
ソルバルトにじっと見られて、メーヴェは不機嫌そうに言う。
それでもやはり、ソルには隠さなければならない様な能力とは思えなかった。
これが本当に隠す理由なのか、それとも隠す理由は別の何かなのか。
あまりにヒントが無く、メーヴェ本人さえも詳しい事を知らないのだから、これ以上探る事も出来ない。
「良かったな、友達が出来て」
「友達じゃないわよ。……あ、いや、その友達って言うか、そう言うのじゃなくて」
ソルの言葉にメーヴェは反射的に否定したが、そんな自分の言葉に罪悪感があるのかすぐに否定している。
ソルが聞いた事があるのは、召喚士にしても魔物使いにしても必要なのは自信であり、弱みを見せては使役する上で支障をきたす事になる。
今のメーヴェの態度がまさにそうだ。
契約がある召喚士であればまだしも、魔物使いと言うのは文字通り魔物を『使う』のである。その行動を支配する上で上下関係は絶対のものでなくてはならない。基本的には、そこに好意はあまり必要無い。
メーヴェが見せているのは、根本的に違うモノと言う事だ。
桁外れの鑑定眼だけでも十分な特殊能力と言ってもいいが、その上魔物に対して何かしら奇妙な能力を持っていると言う事になる。
これで性格がまっとうで、頭の方も一般的で、もうちょっと大人しく他者に合わせる事が出来れば魔窟探索において非常に魅力的な能力を持っていると言う事もあり、引く手数多な人物になっていたはずだ。
もしかすると、それを見越してハンスはメーヴェを逃がしたのかもしれない。
ウィルフが街側の立場で現れた以上、魔窟探索からは手を引いたと判断してソルに託した。
と思ったのだが、ソルの方が先に魔窟探索から手を引いた事はハンスも知っている。
メーヴェがただの貴族のわがまま娘だと言うだけでは無いのはわかったが、それ以上に分からない事の方が増えた様に思えて仕方が無かった。