第十話 真夜中のメーヴェ
「でも、なんだかんだ言っても貴方って面倒見は良いのよね」
魔窟探索で休息中に、メイフェアがソルに向かってそんな事を言っていた。
「あ?」
「いや、悪ぶらなくても良いって。私はわかってるから」
ニコニコしながら、メイフェアは頷いている。
メイフェアは客観的に見て、美しいと言う感じの女性ではない。
目や口が大きく、小柄で表情が大きく動くので小動物の様な愛らしさがある。
本人が認めるお節介で、その性格の為か一人で魔窟の魔物を狩っていたソルを気にかけて、共に行動するようになった。
最初は鬱陶しかった。
一人でいる事が常であった彼にとって、複数人で行動、戦闘と言うのは窮屈に感じた。
しかし、敵の注意を引き、動きを止めるウィルフ。怪我などを回復させるメイフェアのお陰で、これまで苦戦を強いられてきた魔物も狩る事が出来るようになった事は認めざるを得ないところである。
それでも通常であれば四人から六人を一組とする魔窟探索であり、また場合によっては数十人による共同戦線を張る事もある中で、ソル達は三人で行動しているのは特殊と言えた。
「だってさ、ウィルフはともかく、私なんて足手まといにもなるのに見捨てたりしないでしょ?」
「メイフェアは足手まといじゃ無いよ」
と言ったのはウィルフだった。
「うんうん、あんたがそう言うのはわかってるから。今、そう言うの良いから」
「ウィルフには厳しいな」
ソルがそう言うと、ウィルフは苦笑いしている。
基本的には誰に対しても遠慮と言うモノが少ないメイフェアなのだが、ウィルフに対しては中々の攻撃力の高さを見せる事も多い。
仲が悪いと言う訳では無さそうなのだが、メイフェアは特にウィルフには厳しい。
「実際、私はあんた達みたいな化物じゃないからさ、見捨てられても不思議じゃないんだけど、ソルはそんな事しないでしょ?」
「あー、ちょっと違うなぁ」
ソルは軽く首を傾げ、そう答える。
特別にメイフェアを守ろうとして動いている訳ではなく、魔窟での鉄則として戦闘は短時間で済ませると言う事がある。
その鉄則に従って動くと、必然的にウィルフが注意を引きつけている隙だらけの魔物から退治していき、それでフリーになったウィルフが別の魔物を引き付けると言う流れになる。
その連携の結果として、メイフェアの近くの魔物から倒していく事になる場合が多いと言うだけだ。
「それがソルなのよね」
ニコニコしながら、メイフェアが言う。
どれが俺なんだ、と不思議に思うのだが、メイフェアの中では何かの答えがあるらしい。
「だから、あの娘も守ってあげてね。貴方にも必要な子なんだから」
誰の事だ、と尋ねようとした時にソルは目を覚ました。
時間帯はまだ真夜中。眠ってからまださほど時間も経っていないようだ。
不規則な生活をしているソルなので、眠りの浅い深いはその日によって変わってくる事も多く、夜中に目を覚ます事もそれほど珍しい事ではなかった。
が、随分と珍しい光景が目に入ってきた。
メーヴェが食い入るように作業台を見つめていた。
今更『審判』の女神像など珍しくも無いはずだし、ここ数日を見ている限りではメーヴェは信仰心とは無縁に見えた。
まして教団員であるはずもない。
月明かりに照らされるメーヴェは、その銀髪もあって神秘的なくらいに美しい。
黙っていれば絵になる美少女である事は、ソルも認めているところである。
問題は黙っていればと言う事で、口を開いた途端に頭の出来が残念なのが丸分かりになり、この神秘的な美しさも台無しになってしまう。
何を見ているんだ?
ソルは作業台の方を見ると、メーヴェは『審判』の女神像の中にある、もう一体の像を見ていた。
ソルがメイフェアと産まれてくる子供の為に彫っていた、作りかけの像だ。
初日にはメーヴェが触れた時には剣を向けたものだが、モノの扱いには神経質なほどに気を遣うメーヴェである。
また、連日闇商人が持ってくる物品の鑑定を行っているので、その目利きも大したものだと言う事も分かっている。
もっとも本人はアイテム鑑定を行っていると言う自覚は無いようで、闇商人の事を『頻繁にお小遣いをくれる人』程度に考えているようだが。
そのメーヴェが見ているのが、完成している『審判』の女神像ではなく、作りかけの彫像と言うのも気になった。
それに表情も気になる。
随分と柔らかい表情で、作りかけの彫像を見ているだけで幸せだと言わんばかりである。
どうにも奇妙だった。
メーヴェが残念なのは言うまでもないのだが、今はそれどころではなく家や両親の事は気にならないモノだろうか。
確かに一度街の事を調べて欲しいと言われた事はあったが、ソルはそれを断った。
わがまま娘なメーヴェは多少ゴネた程度で、意外なくらいあっさりと引き下がった。
それ以降、特に街の様子や両親の事を尋ねようとしない事は、貴族である事を誇りにしているメーヴェにしては不自然なくらいだとソルは感じていた。
「旦那、妙な事が街で噂になっているぞ」
以前小屋を訪れた闇商人は、メーヴェではなくソルに言ってきた。
「噂?」
「統治者の一人娘を探し出せってな」
「それのどこが妙な噂なんだ?」
闇商人の持ってきた物品を鑑定しているメーヴェは、こちらの話どころではないくらいに集中している。
「その一人娘には、統治者の血が繋がっていないと言う噂だ」
「そのどこが妙なんだ? 別に養子でも問題無いだろう。それで統治者の娘と言う事が変わる訳でもない」
「確かに旦那の言う通りなんだが、街の連中の警戒の仕方が尋常じゃ無い。旦那の目には、統治者の一人娘って奴に求心力があると思うか?」
闇商人は、メーヴェを見ながらソルに尋ねる。
この男はメーヴェの正体に対して一切詮索してこないが、ソルが最初に魔物だと説明した事を信じていると言うわけではなさそうだった。
メーヴェも何故かこの男を警戒して、正体を明かそうとしていない。
「旦那、どう思う?」
「仮に全ての貴族に対する求心力があったとしても、ウィルフに勝てるわけがない。まして、統治者の一人娘というだけで求心力なんてあるはずもない。皆無と言っていいだろうな」
「俺もそう思う。だが、街の連中、と言うより一部貴族はそう思っていないんだ」
元が無法者であり、今も日陰者である闇商人なので、その不自然さと言うモノを敏感に感じ取っていた。
「俺にはまったく興味無いが、もし統治者の一人娘って奴を見かけたら注意していた方が良い。その娘自体がどうと言う事もあるかもしれないし、街の連中が襲ってくるかもしれない」
「お前自身はどう考えているんだ?」
「さあ。本人からは大した金の匂いがしないと言う事くらいだ」
闇商人は正直に言う。
この噂については闇商人としては、無視出来ない何かを感じている事は間違い無いようだが、そこに深入りする事も危険だと感じているようだ。
この女に何か秘密があると言うのか?
作りかけの彫像に見入りながら、微動だにしないメーヴェを見ながらソルは疑問に思う。
羨望の眼差しを彫像に向けるメーヴェは、美しくはあっても、さほど深みも奥行もあるようには見えない。
見るからに浅い、上辺だけの美少女と言うのがメーヴェの印象である。
闇商人から言われた事を意識し過ぎているのかもしれないが、メーヴェはあまりにも浅く薄っぺらな気がする。
統治者の一人娘と言うのであれば、もう少し印象に残る何かがあっても良さそうなモノではないかと思うのだが、メーヴェの場合見た目の美しさを除くと何も残らないのではないかとさえ思える。
ただただ溺愛して何も教えてこなかった結果なのか、何か考えがあって敢えて何も教えようとしてこなかったのか。
何も知らないと言っても、その思惑によっては大きく変わってくる。
いや、深く考えない事にしよう。
と、結論付ける。
今、目の前でメーヴェが死んだとしても、ソルにはさほど痛手ではない。
その立場より近付かない方が良いだろう。
そう思うのだが、夢の中のメイフェアは彼女を守れと言っていた。
無意識下でソルはメーヴェに思うところがあり、それが夢の中のメイフェアの言葉として出てきたのだろうか。
そんなはずはない。
彼は自分にそう言い聞かせながら、彫像を見て身動ぎもしないメーヴェを確認した後、もう一度横になった。