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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 メーヴェとソル
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第九話 メーヴェと闇商人

 が、メーヴェが思うようには上手くいかなかった。

 あれだけ金を出せと言っていたソルだが、いざ金を出すと言っても首を縦に振らないのだ。

 ただでさえ不規則極まりない生活をしているので、三食きっちり規則正しく摂りたいメーヴェとしては、さっそく交渉してみたがソルは取り付く島もない。

 幾ら金を払うと言っても、作った料理を売る事はしても、あくまでも自分の為に作ったモノを売ってやるだけで、お前に雇われている訳ではない。

 と言うのが、ソルの答えである。

 同じように、街の事を調べてきてほしいと願っても、即座に却下された。

 食事の時と同じような答えだったが、さらに街が気になるのはお前であって俺では無い。とまで言われた。

 変人だとは思っていたけど、ただの変人じゃなくてめちゃくちゃ嫌な変人だ。

 メーヴェのソルに対する評価は、著しく低下中だった。

 お金払うって言ってるのに。言ってやってるのに! なんなのよ、アイツは!

 メーヴェは川原へ行くと、水面を蹴る。

 出来る事なら面と向かって怒鳴り散らしてやりたいところだが、幾らお金を稼げたからと言っても腕力勝負になっては勝目が無い。

 それでお金まで奪われては、それこそ目も当てられない。

 アレはダメだ。アレは頼りにならない。何か別の方法、他の頼りになる人はいないものか。

 メーヴェは石に腰を降ろしてスリッパを傍らに置くと、水面を蹴り続ける。

 それに合わせるように魚達も飛び跳ねているので、その景色を見ているとやさぐれた心も癒されてくる気がした。

 何でこんなに上手くいかないんだろう。

 メーヴェは陽光を浴びてキラキラと輝く水や飛び跳ねる魚を見て、溜息をつく。

 魚には好かれているみたいなのに、何で誰も私を助けてくれないんだろう。私、頑張ってるのに。

 そう考えると泣きたくなってくる。

 剣を抱きしめ、足を水に遊ばせながらメーヴェは途方に暮れていた。

 考えても答えが出ず、かといって行くところも無いメーヴェは、仕方無く小屋に戻る。

「お、帰ってきた」

 と言ったのはソルだったが、そこにはソルだけではなく闇商人もいた。

「お前に客だ」

「コレを見てくれ」

 闇商人はそういうと、ローブで身を隠して剣を抱くメーヴェに二つの指輪を差し出す。

 メーヴェは定位置である小屋の隅に行くと、その二つの指輪を見る。

 型は全く同じで、同じ形の赤い宝石の付いた指輪ではあるが、メーヴェはすぐにその二つの指輪の違いに気付いた。

 片方は本物の貴金属の指輪であり、もう一方はレプリカである。

 ただ、巧妙と言えるのは、両方共宝石は同じものだと言う事だ。

 違いがあるのはリングの方である。

 一見すると同じに見えるのだが、あくまでもそれは見た目だけの話であり、リングの材質は全く違う。

 色合いはどちらも銀色なのだが、片方は銀の色合いに近いといっても銀と言うよりそれに似せた紛い物で、宝石分の価値はあってもそれ以上では無い。

 一方は本物の銀であり、僅かではあっても魔力が込められている。攻撃や防御に使えるほどの魔力ではないが、ある程度であれば指のサイズに合わせて大きさを変えられる柔軟さを魔力によって持たせてあるようだ。

「その指輪、市場に出すとすると幾らの値を付ける?」

 闇商人は、メーヴェに催促する。

 この指輪は誰かへのプレゼントか何かだろうか、とメーヴェはふと思う。

 本音をぶっちゃければ、メーヴェであればこんな指輪を貰ったところで嬉しくもなんともないのだが、 下々の者であれば安い方の指輪でも案外喜ばれるかもしれない。

 その相手がかなり大きめ、もしくは相当細めであってもこの本物の方が良いだろう。

 だからと言って、その指輪の値段を低く見積もるつもりもない。

 宝石の付いた指輪とはいえ、この指輪は芸術品というより工芸品レベルのモノなのだが、それでも下手に価値を下げるような事はメーヴェには許せなかった。

 そこでメーヴェはレプリカの方にもそれなりの値段を付け、本物の方にはその数倍の値を伝えた。

「あん? 同じ物じゃないのか?」

 基本的に他人の事には興味を示さないソルが、首を傾げて口を挟んできた。

「旦那にはそう見えても、コレには違うように見えていると言う事だ。言っただろう? コレの目は本物だ」

 闇商人はソルに言う。

 これは自分の事を言われているのだろうか? とメーヴェは疑問に思う。

 もし自分の事を言われているのであれば、多分褒められているのだろうが『コレ』呼ばわりは気に入らない。

「おい、その値はどうやって付けた。根拠を言え」

 つくづく態度がデカい。

 その事は気に入らないどころか腹も立つが、感情的になって喧嘩になった場合まず間違いなくぎゃふんと言わされる事になる。

 悔しい。悔しいが、ここは器量の見せ所でもある、とメーヴェは自分に言い聞かせる。

 しょせん下々の者。この私が説明してあげないと、全然分からないみたいだし。

 そう考えると、ちょっと気分も良くなってきた。

 仕方が無いから教えてやる事にしてやろう。ふふん。まったく、手のかかる男達だ。

 心の中で優位に立ちながら、一度咳払いするとメーヴェは指輪の値段の根拠を説明する。

 工芸品レベルであるとはいえ、宝石は本物であるのだから最低限の評価は出来る.

 しかも安物の宝石であるといってもカットには手が込んでいるのだから、それなりの値をつけなければ失礼になる。

「なるほどなぁ。ただの思い付きでは無いって事かぁ」

 メーヴェの説明の途中で、ソルが大きく頷いて言う。

「指輪はもう良い。今日の目的はそれじゃない。こっちだ」

 闇商人もメーヴェの説明の途中で口を挟み、二つの指輪を回収する。

 何なのよ、こいつらは。人がせっかく分かりやすく説明してやってるんだから、ここは黙って聞いてなさいよ。

 メーヴェは恨みがましく、ソルと闇商人を睨む。

 が、闇商人はそんな事はお構いなしに、鞘に入った短剣を出す。

 一瞬恐怖に身が竦んだが、闇商人は別にメーヴェを傷つけようとしている訳ではなく、先程の指輪同様にメーヴェに見せているだけと言うのがわかった。

「その短剣は幾らくらいのモノだ?」

 指輪の説明を求めておきながらそれを途中で遮り、さらに別の品物を出すなど失礼極まりないのではないか、と怒鳴りつけたくなるのをメーヴェは必死で抑える。

 何しろ出されているのが、鞘に入っているとはいえ刃物である。

 下手な事を口走ると、何をされるか分からない。

 ついでに言えば、ソルが助けてくれると言う保障も無い。

 闇商人に対しては正体を徹底的に隠しているのでともかく、ソルはメーヴェが並外れた美少女である事は知っている。

 ……はず。多分、きっと。

 それでもメーヴェに協力しないと言うのだから、よほどの信念があるのか、特殊な好みなのかと疑いたくなってくる。

 好みの年齢層が凄く上か下かであった場合、メーヴェとしてはどうすることも出来ない。

 ひょっとすると、同性が好みなのかも。

 そんな事を考えていたが、闇商人から短剣を渡されるとそんな考えは吹っ飛んでいった。

 一品だった。

 この短剣も、今メーヴェが抱いているソルバルトから借りている名剣と同様の名品であり、その切れ味は武器としても一流の物であると言えた。

 しかし、短剣と言うのは武器としての評価が低い。

 有効射程内に入る事が出来れば非常に効果的な武器である事は間違い無いのだが、そこに入るのが難しいのだ。

 故に剣と比べると、ワンランク下の評価となってしまう。

 だが、メーヴェのように腕力に乏しいモノや、予備の武器として持つ事を考えるとこの短剣は素晴らしい物と言える。

 先程の指輪と比べて、さらに三倍の値を付けたとしても、それは付け過ぎでは無い。

 メーヴェはそう思いながら、短剣を注意深く見る。

 やはり見事な刃の光。その切れ味は試してこそいないものの、野菜を斬るのであれば十分過ぎる切れ味だろう。

 カボチャのように固いモノからトマトのように柔らかいモノまで、問題なく切る事が出来そうだ。

 魚などを捌く場合、切れ味が良過ぎて骨まで切ってしまいそうで逆に難しいかもしれない。

「旦那、コレは凄い掘り出し物じゃないか?」

「みたいだなぁ」

 少し興奮気味な闇商人に対し、ソルはさほど興味無さそうに答えている。

 確かにこの短剣は掘り出し物だと、メーヴェも思う。

 どこからこれほどの一品を見つけてきたのだろうか。出処は魔窟だろうが、この闇商人が魔窟から拾ってきたと言う事は無いはずなので、魔窟探索者から流れてきたと思われる。

 貴族の手にも中々回ってこない様な一品を、よくこんな闇商人が持っているものだと感心するのだが、今の街の状況ではこの短剣を買えるほどの金を出せる者がいるだろうか。

 メーヴェも街の様子はチラ見しただけで詳しい事は分からないのだが、貴族家はかなりのダメージを受けていたと思われたので、中々買い手は見つからないのでは無いだろうか。

 と思って闇商人に言ってやったのだが、

「それはお前が心配する事じゃない」

 あっさり闇商人から切って捨てられてしまった。

 特別に気にかけてやってるのに、その言い草は無いんじゃない?

 と、メーヴェは膨れるが、闇商人はメーヴェから短剣を受け取ると、代わりに小銭を置いていく。

「……何?」

「小遣いだ。とっておけ」

 闇商人がそう言うのだから、ここは貰っておく事にする。

 話をしただけでお小遣いをもらえると言う事は、この闇商人はよほど友達がいないのか、物凄く寂しい人物で、女の子と話すと言うのはお金を払いたくなるくらいに楽しい時間だったと言う事なのかもしれない。

 可哀想で寂しくて残念な人だなぁ、とメーヴェはちょっと同情する。

「それじゃ、旦那。また来るよ」

「別に俺に会いに来ている訳じゃないだろう。気持ち悪い」

 ソルは右手で追い払うようにすると、闇商人は薄く笑って出ていく。

「何だったの?」

 メーヴェはせっかく貰ったのでその小銭を先日貰った小袋に入れ、不思議そうにソルバルトに尋ねてみた。

「何がだ?」

「いや、今のなんだけど」

 あの闇商人は何をしに来たと言うのだろう。自分は色々と良い物持ってるんだぞ、と自慢に来たのだろうか。それでお小遣いが貰えると言うのも妙な話ではある。

 メーヴェはそう悩んで首を傾げていると、ソルは奇妙な生き物を見る様な目でメーヴェの方を見る。

「……本当に分からないな、貴族と言うモノは」

「何よ、どう言う意味?」

「俺も大概だとは思うのだが、お前も相当なモノだぞ」

 意味が分からないが、街の統治者の一人娘なのだから相当なものである事は疑いない事だ。今更わかったか、とメーヴェは思う。

 だからもっと大事にしなさい、と言おうとしたのだが、その時にはソルバルトはすでに彫刻を始めていた。

 何なのよ、一体。

 メーヴェとしては納得できないのだが、ソルや闇商人の間では何かしら答えが出たみたいだった。

 それは自分に関わる事のはずなのに、何で本人には詳しく話してくれないのだろうと、メーヴェは不満に思う。

 もう一つ不満があるとすれば、そろそろ夕飯の時間だと思うのだが、ソルが彫刻を始めてしまった為、何時頃夕飯になるか分からない事である。

 食材はあるし、勝手に作っても良さそうではあるのだが、残念ながら片腕のソルバルトの方がメーヴェより料理が上手いのは認めないといけない。

 お腹空いたなぁ。

 そう思いながら、メーヴェは部屋の隅でソルバルトの彫刻の様子を眺めていた。

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