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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 メーヴェとソル
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第八話 無自覚に訪れた転機

「ん? ソルはいないのか?」

 その声にメーヴェは飛び上がって驚き、四つん這いで逃げるように部屋の隅の剣を抱きしめる。

「虫か? 魔物の女だと聞いていたが、虫か獣の獣人か。つくづく上級者だな」

 小屋に入ってきたのは、いつだかの闇商人だった。

 相変わらずメーヴェの事を魔物と思っているようだが、その言われようには腹が立つ。

 虫? 獣だけでも十分過ぎる不敬だと言うのに、虫? 獣も魔物も百歩譲っても譲れるところではないと言うのに、虫ですって?

 もしここがソルバルトの小屋ではなく、メーヴェの家、クラウディバッハ家の屋敷であれば怒鳴り散らして蹴り出しているところだ。

 が、ここでは出来ない。

 この数日で、下々の者に礼節を期待してはいけないと言う事を知った。

 ソルもそうだが、今この場に現れたのは闇商人と言う底辺の中でも唾棄すべき存在。

 そんな連中に、貴族と同等の高尚さを求めるべきではないのだ。ここは貴族の余裕として、無礼千万にもほどがあるのだが、聞かなかった事にしてやろう。寛容な私に感謝しなさい。

 メーヴェは特に誰かに言うわけでもないのに、心の中でそう結論付けた。

「像は出来ているな。代金は置いていくから、もらっていくぞ。飼い主にそう伝えておけ」

 闇商人はそう言うと、メーヴェのところにお金が入っていると思われる小袋を投げる。

 驚く程軽い音に、メーヴェは訝しむ。

 完成している『審判』の女神像は五体。メーヴェの見立てでは、それなりに高額な収入になるはずだったが、目の前の小袋にその代金が入っているとは思えない。

 メーヴェはそう思うと、小袋を開けてみる。

 確かにお金が入ってはいるが、それは『審判』の像五体の合計と言うにはあまりにも少なく、メーヴェの見立てでは一体に対してさえ少な過ぎる額である。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! コレは何?」

 メーヴェはローブでしっかりと顔を隠しながら、闇商人に向かって言う。

 怖いのは怖かったが、それより美術品が本来の価値ではなく不当に低い価値にされている事が許せなかった。

「金だ。魔物はそんな事も知らないのか」

「知ってるわよ! いくらなんでも少な過ぎるでしょう!」

 メーヴェは声を荒げて言う。

 自分でも驚いているのだが、メーヴェは凄く怒っていた。

「何? 魔物の小娘が、何をほざくか」

「物を見る目は貴方より確かよ。いくらで売っているかは知らないけど、市場に出したら五体であってもこの十倍以上は稼げるでしょう? これはあまりにも安過ぎるわ!」

 メーヴェの訴えに、闇商人は怒りを見せるかと恐れたが、闇商人は興味深そうにメーヴェの方を見る。

「ほう。面白い事を言う。では、貴様はこの像の値を幾らだと考えているのだ?」

 闇商人の方から会話を求めてくるとは思っていなかったので、メーヴェとしては意外だったのだが、質問されたからには答えてやる事にする。

 メーヴェの提示する金額に、闇商人は目を細める。

「なるほど、なかなか面白い額を付けるものだな。だが、それでは俺達とて仕事にならないのは分かるよな? お前の目から幾らで買い取れと言うつもりだ?」

「……じゃあ、半額?」

「バカを言うな。それならソルとの取引は無しだ。お前が余計な事を言ったせいで取引中止になりましたよと、飼い主に伝えるが良い」

「ま、待って。それじゃ……」

「何やってるんだ?」

 闇商人とメーヴェが交渉しているところに、ソルが帰ってくる。

「ああ、旦那。コレ、中々面白いモノを拾ったな」

 闇商人がソルに向かって言う。

「旦那が拾ったヤツから、買取の価格が安過ぎると文句を言われていたところだよ」

「へえ。で、幾らなら妥当なんだ?」

 ソルバルトはどこから取ってきたのかと言うほどいろんな食材を担いでいたが、それを適当な一角に下ろしてメーヴェに尋ねる。

「……じゃあ、三割?」

 メーヴェが自信無さそうに言うと、闇商人は頷く。

「その半額であれば、金を置いていく。それで良いな」

 闇商人はそう言うと懐から小袋を出して、メーヴェの足元に放り投げる。

 今度はかなり重い音がした。

 正直に言えばまだ納得出来る金額ではなかったのだが、これ以上粘っても立場は向こうの方が強い。

 それに金額で言えば最初の額の数倍に跳ね上がっているのだから、ここが落としどころかもしれない。

 メーヴェは小さく頷くと、小屋の隅に行って膝を抱えて小さくなる。

 あぁ、怖かった。

 我に返ると、とてつもなく恐ろしい事をしていたと、メーヴェは震え上がっていた。

 相手は法律から逸脱した闇商人であり、しかもメーヴェの事を貴族の娘ではなく魔物と思っていたのだから、殺されてもおかしくなかったところである。

 この闇商人が一風変わった人物であった事は、メーヴェにとって命拾いだった。

「旦那、これからちょくちょく寄らせてもらうが、良いか?」

「それは構わないが、どう言う風の吹き回しだ?」

「何、新しい金儲けの方法を思いついたんで、ソレにも協力してもらえないか?」

 闇商人はメーヴェの方を見ながら言う。

「だとすると、俺よりソレに直接尋ねればどうだ?」

 ソルは大した興味も無さそうに、闇商人に言う。

「旦那が飼っているんだろう? だったら飼い主を通すのが筋だと思ってな」

「いや、飼っていると言う訳ではなくて、ある意味では勝手に住み着いているだけだ。会話が出来る程度の知恵はあるから、ソレと話を付ければいい」

 ソルの言葉に闇商人は頷くと、メーヴェを覗き込むように見る。

 それに合わせてメーヴェはさらに体を縮こませ、剣を抱きしめる。

「俺に協力しろ。少しは稼がせてやる」

「な、何をさせようって言うの?」

 メーヴェは怯えながら尋ねる。

 姿隠しのローブのお陰で、この闇商人にはメーヴェの美貌は知られていないはずなのだが、もしかすると目だけで並外れた美少女だと感づかれたのかもしれない。

「目利きだ」

 メーヴェの恐れとはまったく関係無い事を、闇商人が言う。

「大した目利きのようだからな。それを活かしてみろ」

 メーヴェの答えも聞かず、闇商人は去っていく。

 めきき? めききって、何?

 メーヴェは首を傾げながら、足元に置かれた二つの小袋を見る。

 ソルバルトの彫った『審判』の女神像の代金である。

 買取価格としては納得出来ない金額ではあったが、それでもソルバルトがいつももらっている金額から考えると十分過ぎるくらいに稼いだと言える。

 メーヴェは小袋を拾い上げると、ソルバルトのところに持っていく。

「ん? どうした?」

 ソルは眉を寄せて、近付いてきたメーヴェを見る。

「どうした、じゃなくて。像の代金よ」

 メーヴェがそう言って渡そうとすると、ソルは眉を寄せたままの表情で訝しそうにメーヴェの方を見る。

「何故二袋もあるんだ?」

「代金だから」

「いや、それは答えとしてはおかしいぞ」

 ソルはメーヴェとの会話は断念して、メーヴェから袋を受け取る。

「……何だ、コレ」

 中身を確認したあと、ソルはメーヴェの方を見る。

「だから代金だって。聞いてなかったの?」

「いや、多過ぎるだろ? 何だ、脅したのか?」

「そんな事するわけないでしょう! むしろ少ないわよ! それでも妥協させられたんだから」

 本当なら正しい金額で取引させたかったのだが、相手は無法者。

 メーヴェとしては折れたくなかったのだが、仕方が無かったのだ。

「脅さずに金を出させたって言うのか? 大したものだな」

 ソルは本気で感心しているみたいだが、脅さないと金は手に入らないと思っているのだろうか。

 そう考えると、恐ろしくなるメーヴェである。

「それじゃ、こっちの金はお前の稼ぎって事だな」

 ソルバルトはそう言うと、多く入っている方の袋をメーヴェに渡す。

 金金とうるさいイメージが強かっただけに、公正な判断をされるとメーヴェの方が戸惑ってしまう。

 てっきりなんだかんだと言われて、この稼ぎは没収されるのではないかと恐れていたので言葉で戦う準備をしていたのだが、肩透かしを食らった気分である。

 それでも正しく評価されたのであればそれに越したことは無いので、メーヴェはその袋を受け取る。

「じゃ、これからはご飯も買えるって事よね?」

「俺からじゃ無くても買えるだろう? 街ならもっと良いモン食えるだろうが」

「そうだけど……、そうなんだけど」

 街には行けないのだ。

 ソルはその事を知らないみたいだし、別段何かを隠しているようにも見えない。

 人として信頼に値するかどうかは分からないが、街で起きている事とこの男はまったく関係が無いと言う事だけは信じても良さそうだ、とメーヴェは考えた。

 とにかくお金を得る事は出来たのだから、これからは食べ物に困る事も無く、ソルに頼めば街の様子も調べてもらえるはずなのだ。

 先の見通しが良くなったと、メーヴェは安心していた。

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