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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 メーヴェとソル
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第七話 解消されない今後の問題

 気持ちが落ち着くと、メーヴェはこれまでにない羞恥心で顔から火が出るかと思うほどで、一人悶えていた。

 木に登り、果実を落としたところまでは良かったのだが、その後が拙かった。

 ソルが助けに来てくれたから良かったようなものの、子供のように泣き喚いてしまった。

 領主の娘と言う矜持も吹っ飛び、わがままを振り回してしまった。

 メーヴェは自分の事を、礼節を尊ぶ貴族の鑑だと思っている。

 そんな自分が感情に任せてわがままを言うのは、領主であり統治者である両親にも恥をかかせる事になるのだから、自制心を持たなくてはならないと自分を律してきたつもりだった。

 周りからはどう見られているかは分からないものの、少なくともメーヴェ自身はそう思って行動してきた。

 が、それらの事が全て吹っ飛んでいた。

 本気でやり直したい。出来れば木に登る前から。

 メーヴェはそう思うものの、そんな事が出来るはずもなく、ソルバルトが置いていった剣を収めると半分の果実を見つめる。

 本当なら一個丸々手に入るはずだったのだが、半分になってしまった。

 しかしそれでも、これまで居ない者として扱われてきたメーヴェに対しソルがくれた物である。

 しかも無料で。

 本当なら洗ったり、色々と味を整えたりした方が良いのは分かるのだが、これはそのまま囓っても大丈夫な果実なので、メーヴェは周りに誰もいない事を確認するとかぶりつく。

 貴族にあるまじきはしたなさではあったが、ここは仕方が無い。

 何しろ数日の間、水しか口にしていなかったので空腹が耐えられないレベルだったのだ。

 酸味が強い事は知っていたが、口の中に広がるのは想像以上の酸っぱさで、メーヴェは改めて悶える。

 口の中が全て中心に引っ張られるかと思うくらいで、それは痛みさえ伴うくらいだが、それが収まると改めてもう一口囓る。

 やはり酸っぱい。

 とはいえ、一口目ほどでは無かったので、メーヴェはそのまま果実を貪っていた。

 気付くと半分でも大きな果実だったが、それを八割ほど食べ尽くしていた。

 久し振りに満腹感が感じられたので、一度川へ行くと川の清水で口をゆすぐ。

 素晴らしくスッキリした。

 この数日食べ物の事しか考えられなかったくらいに空腹だったのだが、それを満たすと、ようやく陽光を感じられ、川の景色を見る余裕も出てきた。

 相変わらず川には小魚が泳ぎ、少数とはいえ小魚の群れがメーヴェの手が届きそうなところを泳いでいる。

 これからどうしよう。

 まずは状況を把握しないといけない。

 両親や家の状況がまったく分からないのだから、何がどうなっているのか予想も立てられない。

 しかし、それを調べる為には街に行かなければならないのだが、街では何故かメーヴェを捕えろと言う話になっているので、一人で街に行く事も出来ない。

 誰かに協力してもらう必要があり、その誰かと言っても現時点ではソル一択しか無く、ソルには報酬を前金で払わなければ動かないと言われている。

 お金。お金かぁ。

 その問題ばかりは、悩んでばかりもいられない。

 解決策の一つは、すでに提示されている。

 魔窟探索である。

 ソルは最初からその方法で稼げと言っていたし、その為の剣までメーヴェの手にあるのだが、大き過ぎる問題がある。

 メーヴェは武器戦闘の経験が皆無なのだ。

 先ほど木の上から見て分かった事もある。

 魔物は恐ろしい、と言う事だ。

 腕自慢であれば魔窟の浅い階層の魔物は素手でも倒せると言うし、魔窟入口付近の魔物であればちょっと剣が振れれば負けることは無いとも聞いたことがある。

 それは魔窟を、魔物を目の当たりにした事の無い者の妄言だとメーヴェは実感した。

 こんな事なら両親からきっちりと魔術や召喚術、魔獣使いの技術を教わっておくべきだったと思う。

 学校を卒業してから本格的に修行すると言う事でこれまで学業に専念してきたのだが、学校で教えてもらった事はこんな時には意外と役に立たないものだ。

 メーヴェは小魚の群れを見ながら悩んでいた。

 戦うのは苦手だが、例えば一対一ならどうだろう、とも思う。

 とにかく剣の切れ味に間違い無いのは、メーヴェの目にははっきりしている。刃の部分を当てる事が出来れば、メーヴェくらい非力であったとしても充分なダメージを与える事が出来るし、当たり所によっては一撃で命を奪う事が出来るだろう。

 が、その一撃目を外した場合、一転して大ピンチが訪れる。

 ソルに戦い方を学ぶか、とも考えたのだが間違い無く報酬を求められるし、それがお金である事も疑いない。

 結局問題はそこに行き着くのだが、屋敷は焼け落ちていたし、そこを探せば金目の物も見つけられるだろうがメーヴェが近付く事は、危険極まりない。

 森の中に大金が落ちていたり隠されたりしないかな。

 メーヴェは自分でも都合の良い事を考えていた。

 誰か大金を持ってたまたま森を歩いていて、メーヴェの境遇を可哀想に思ってお金を渡してくれたりしないだろうか。

 日頃の行いは悪く無いはずだし、領主の一人娘に対しては下々の者であればそれくらい都合をつけてくれても良さそうなモノではないのか、とも考えていた。

 しかし、メーヴェはそんな事を妄想しながらも森の奥へ行こうとはしなかった。

 出来なかったと言う方が正しい。

 やはり怖いのだ。

 魔窟から出てきた魔物が森に住んでいるとは言われていたし、それを実際に見てしまったのだから、森の奥の危険度は魔窟と同じくらいと言える。

 もしかすると大金がどこかに隠されているかもしれないが、そこは魔物や獣の巣である可能性もある。

 と言うより、その可能性の方が高い。

 いくらなんでもそのリスクは、リターンとの釣り合いが取れていない。

 せめて大金が隠してあると言う事が確定的でなければ、森の奥を探索する事は避ける事にした。

 やってはいけない事や出来ない事は定まっていくのに、やるべき事が定まらない。

 それほど選択肢は多くないので、定まっていると言えば定まっているのだろうが、それはとても実行出来るモノではないと言う事も分かっている。

 小魚の群れを見ながら、メーヴェの気持ちはどんどん沈んでいった。

 さらに言えば、今後も食べ物の問題が付いて回る。

 もっとも入手しやすそうだった果実を取ってしまったので、次は何を食べればいいのかも探さなければならない。

 やっぱり魚かな、とも思うのだが捕まえる為の道具も無いので上手くいきそうになかった。

 メーヴェとしては、自分で食べ物を入手するとなれば果物が一番良いと考えている。

 調理する手間はもちろん、抵抗されないと言うのが最大の魅力である。味に関しても好みは多少あっても、魚や獣の肉より少ない。

 あの木の上の方にはまだあと一個か二個はあったはず。

 ただ、登れるかどうかは分からない。

 片腕のソルバルトは、とても人間とは思えない動きで木を登っていったが、アレは見たから真似られると言う動きではなかった。

 メーヴェは小魚の群れを見ながら、一つ決断する。

 明日考えよう。今日はまだ食べ物もある事だし。

 元々半分しかなかった果実もすでに二割も残っていないのだが、それでも一応食べる事は出来るのだから、今夜は凌ぐ事が出来るだろう。

 そう思いながらソルバルトの小屋に戻ると、ソルバルトはまだ戻っていなかった。

 いくら何も無い小屋だからといって、無用心にも程があるとメーヴェは思う。

 確かにこの小屋の中には一見何も盗む価値が無いように見えるが、売り物になる完成している『審判』の女神像もあるし、今はメーヴェの手元にあるがこう言う名剣クラスの魔窟の武具があるかもしれない。

 メーヴェはそう思うと、ふとゴミ置き場にしか見えない一角に目を向ける。

 アレは実際にはゴミではなく生活必需品を一箇所に集めた場所だと言う事は、この数日の生活の中で知った。

 鍋や調理道具、さらには調味料なども一緒に置いてあるので衛生面が心配極まりないのだが、ソルに腹を壊したような様子は無いので大丈夫なのだろう。

 あそこには一体どんなモノがあるんだろう。

 別に盗んでやろうとかそう言う事ではなく、単純な好奇心からそんな事を考える。

 今のところ分かっているのは鍋や皿、調理用具、調味料などの他には彫刻刀やソルの驚く程簡素な衣服が数着あるのは知っている。

 多分、他にもある。

 今ソルはいないのだが、いつ戻ってくるかは分からない。

 メーヴェは姿隠しのローブのフードを深く被り、外では大事に抱えている剣を部屋の隅に置くと、そろりそろりと物置の一角へ行く。

 置き方は乱雑なので汚いと思い込んでいたのだが、置き方が悪いだけで意外なくらい綺麗に洗ってあった。

 ずぼらにしか見えないのだが、彫像を彫った後の木屑なども綺麗に一箇所にまとめて火にくべているので、想像以上に部屋も綺麗である。

 また、乱雑な置き方をされているだけに見えるのだが、これは彼なりの法則に従った置き方のようで、ソルが物を探す時にこのゴミ置き場のような一角を引っ掻き回すと言う事はほとんどない。

 なので、これを触った場合、綺麗に元に戻さないとソルにバレる事になるのでリスクは大きい。

 でも、機嫌は良さそうだったし、別に何か壊したとか盗んだとか言う訳では無いから、責められたりはしないんじゃないかな?

 メーヴェはそう思いながら、慎重に手を伸ばす。

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