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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 メーヴェとソル
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第二話 外に出る

 その時、唐突に思いついた事があった。

 考えてみると、メーヴェは姿を見えづらくするローブを纏い、フードも被っているので露出しているのは目くらいしかない。

 なので、メーヴェの人並み外れた美貌を知らないのではないか、と言う事だ。

 異性であれ同性であれ、メーヴェの美貌には憧憬と羨望と、場合によっては嫉妬の眼差しを向けていたし、彼女の手を取り一晩エスコートする事が出来れば一生の誉れであるとまで言われたほどだ。

 こんなみすぼらしい下々の者に見せるのも惜しいのだが、とっておきの笑顔を見せれば篭絡する事も出来るはず。

 この部屋には女っ気が皆無なので、きっと上手くいく。

 ソルの作る『審判』の女神は、女神と言うに相応しい美しさではあるが、メーヴェの美貌はそれに劣らないと言う自負があった。

 メーヴェはフードを払い、蒼く輝く銀色の髪を外気に晒す。

 今のままならボサボサなので、少し整える。

 鏡が無いのが残念ではあるが、それでも他の同年代の少女達と比べると比較にならないはずで、比較対象がここにいない事が残念なくらいだ。

「……ねぇ、ちょっといいかしら?」

 メーヴェは媚びる様な口調でソルに声をかけるが、彼はそれに対して応えようとしない。

 ちっ、無視かよ。良い度胸だ、この野郎。何が何でも振り向かせてやるからな。

 気位の高さと言うより、幼稚な負けず嫌いさを出して、メーヴェは四つん這いでソルのところに近付いて行く。

 おそらく背後から声をかけても、聞こえないふりで無視されるかもしれないので、ソルの前に移動する。

 振り返らせる、と言っても別に後ろを向かせると言う訳ではなく、自分を認めさせると言う事だ。

 と、メーヴェは誰に言うでもなく、心の中で言い訳じみた事を考える。

「……ねぇ、ちょっと……」

 先程とまったく同じ言葉を言いかけて、メーヴェは言葉に詰まった。

 無視していた訳ではなく、眠っているのだ。

 が、その表情は険しく、見た感じでは目を閉じて激怒しているようにも見える。

 叩き起してやろうかと思ったがそれも命に関わりそうなので、出来る限り物音を立てない様にソロソロと定位置に戻る。

 今ならこの無礼者を切り捨てる事も出来そうではあるのだが、眠っているとは思えない迫力だったので、メーヴェは剣を抱いたまま膝を抱えて座る。

 お腹空いた。

 どうしようもなく空腹を感じるが、喉の渇きもあったので、メーヴェは悩んだ末に剣を抱いたまま立ち上がり、小屋を出て行く。

 近くに川があると言う事だった。

 午前中に魔窟に向かった時には気付いていなかったが、川は驚く程近くにあった。

 森や魔窟のすぐ近くと言う事で、どれほど澱んだドブ川かと恐れていたのだが、実際に行ってみると想像とは全く違う清流だった。

 むしろ街に流れる水源の川より綺麗かも知れない。

 また、大きさも小川をイメージしていたのだが、実際には対岸に向かうには船が必要ではないかと思うくらいの大きさだった。

 川の水をすくってみると、心地よい冷たさと川底まで見えるほど澄み切っていた。

 小魚の群れが泳いでいるのも見える。

 恐る恐るだが口に運んでみると、素晴らしい清涼感が喉を潤した。

 これが、川の水? ウチで飲んでた蒸留水なんかより、全然味がある。

 メーヴェは驚いて川を覗き込む。

 何味か、と問われても答える事は出来なかったが、それでもこれがただの水だとは思えなかった。

 これだけで売れるんじゃない?

 生水をあまり飲むものではないと教えられていたので二、三度水をすくって喉を潤すと、改めて川を覗き込む。

 流れる水面に、メーヴェの顔が映し出される。

 フードを払ったメーヴェの顔は、髪型こそ乱れているが、やはり誰が見ても息を呑むほどの美少女だと自分でも思う。

 もしかして、ソルは女に興味が無いのかも。

 少なくとも昨晩一晩は、二人きりだったわけだが、特にメーヴェに何かされた形跡は無かった。

 それだと安心かもしれないが、しかしこの美貌による魅力が伝わりにくいのはいただけない。

 と、色々考えていたのだが、ふと思い出したことがある。

 水浴びしたい。

 ここには人気も無いし、好んでこんなところに来る様な者もいないだろう。

 もっとも来る可能性の高いソルは、眠っているはずだ。もしかすると目を閉じた状態で激怒していたかもしれないが、それはともかく、近くに魔窟はあるがこの川は街からの道とは少し外れている。

 その為、魔窟探索者もこの川の方へ来る事は少ないはずだ。

 と言う事で、メーヴェは水浴びをする事にした。

 天気も良いし、川の水はかなり冷たいが風邪をひくような事は無いだろう。

 そうと決まると、メーヴェは手早く全裸になると川の中に入って行く。

 予想通りの冷たさに身が引き締まるが、その冷たさも心地良かった。

 川の中程までもいかない内に川の深さがメーヴェの腰くらいまで来たので、その辺で体や髪を洗う。

 人に対する警戒心が無い小魚の群れが、メーヴェの足元に寄ってきて、膝や太もも辺りを突っついて来る。

 今なら、この魚捕まえられるんじゃないか? とメーヴェは思い、水の中に手を入れる。

 普通に掴む事は出来たが、意外なくらいにヌメリがあり、予想以上に暴れたので捕まえる事は諦める事にした。

 文字通りのキャッチアンドリリースで魚を逃がすと、その魚は反撃なのか、メーヴェのお尻を突っついてくる。

 可愛い。これから魚を食べる事に抵抗を覚えるくらいの、愛らしさである。

 自分の周りにまとわりついてくる小魚の群れを見て癒されながら、ふとこんな事で和んでいる場合では無い様な気もしたが、それが何故なのかを思い出せない。

 記憶の欠落を意識させられるのだが、どうしても思い出す事が出来ないのだ。

 メーヴェはせっかく小魚で癒された気持ちを若干沈ませながら、川から上がって水を払う。

 日差しは温かく、とてもすぐ近くに呪われた魔窟があるとは思えないのどかな午後だったが、メーヴェは思い出せない事は置いておくとして別の事を考えていた。

 もし誰かに見られてたらどうしよう。この川には水の精霊とか、女神が降臨するとか噂になるかもしれない。

 そうすると、水浴びもまともに出来なくなるのではないか。

 そう思いながら、下着を水洗いして身に付け、パジャマとガウン、ローブをまとって剣を抱く。

 長い銀色の髪を払う様にローブの外に流すと、水滴が陽光に輝いている。

 記憶の欠落に自覚があるので気持ちはスッキリしないところもあるが、これが初めてと言う訳ではない。

 何を忘れたのかは思い出せないが、何かを忘れた事は覚えている。

 頻繁に、と言う訳では無さそうなのだが、思い出せない事を考えても仕方が無い。

 それに水浴びをして身体的にスッキリした為、さらに強く空腹を感じる事になってしまった。

 魚を手で捕まえる事は断念せざるを得なかったし、釣りの道具も無い。もしあったとしても、今は魚を食べる事にちょっと抵抗がある。

 手元に剣もあるので、狩りも出来ない訳ではないが、魚でさえ抵抗があるのに小動物などになるともっと抵抗がある。

 メーヴェは剣を抱いたまま考える。

 ソルが朝から食べていた鍋には、肉以外にも山菜の様なモノも入っていた。

 野菜や果物などであれば、メーヴェでも採れるのではないか。しかも、果物であれば、調理なども必要なく、そのまま食べる事も出来るモノも多い。

 幸いな事に、メーヴェには知識や優れた眼があるので、食べられないモノや危険な毒などを含むモノは見るだけで分かる。

 イケる。私、天才かも。

 メーヴェはそれでも小屋から離れない様に気を付けながら、慎重に森へ近付いて行く。

 いかにのどかな午後であったとしても、魔窟の近くである事に変わりはなく、森の中には魔窟から溢れ出てきた魔物が生息している事は事実である。

 ソルが助けてくれるかどうかはともかく、逃げ込むとするとあの小屋しかない。

 いざとなれば、あの男を盾にして逃げる必要もあるかもしれない。

 森の入口の近くをウロウロしていると、食べる事の出来る果物のなっている木を見つけた。

 しかも複数の食べ頃の実がなっている。

 酸味が強く、ハチミツに漬けて食べると美味しいのだが、皮ごと囓る事も出来るものであるので、採れさえすれば食べられる。

 しかし、高いところにある。

 手を伸ばしたところで届きそうに無いし、剣の分を足してもまだ少し届かない。

 剣を投げれば取れそうではあるのだが、もし剣が木に引っかかったりすると大変だし、何よりこの名剣レベルの剣をぞんざいに扱う事は、メーヴェには出来なかった。

 むしろ、この剣をあんなゴミ置き場の様なところに置いていた方がおかしいと言える。

 ではどうすればいいかと言うと、木を登ると言う方法があるのだが、生憎と育ちの良いメーヴェはそんな事はやった事が無い。

 一応貴族の学校で、頭が悪いだけではなく程度の低い男子が調子に乗って学校の木に登って先生から怒られているのは見た事があるが、馬鹿にしていただけで登り方を見ていた訳ではない。

 リスクを考えると剣を投げる事も論外だ。

 だが、剣を失うリスクさえ抑える事が出来れば、果物を手に入れる事が出来る。

 例えば剣の柄にロープの様なものを結びつけ、回収できるようにしてから投げると言う方法がある。

 やはり名剣をぞんざいに扱う事には抵抗があるが、それでも回収の見込みも無く投げるよりはマシだ。

 ではそのロープの代わりになる物はと言うと、やはり蔦が一番手っ取り早い。

 メーヴェは木に巻き付いている蔦を引っ張ってみたが、想像以上にその蔦は脆く、簡単に千切れてしまった。

 森の奥に行けばもっと強い蔦もあるだろうが、この近くの蔦では剣を回収するどころか、結ぶ事すら難しい脆さである。

 他にロープ代わりに使えるモノは無いか。

 午後の日差しの温かさもあり、パジャマはともかくガウンの上からローブまで羽織っているので暑くすら感じ始める。

 ローブであれば強度も長さも十分ありそうだが、そもそも剣の柄に結ぶ紐の様な箇所も無い。

 ガウンなら剣にも結びつけやすいのだが、かなり高価な品物なので、出来れば汚したり傷付けたくない。

 例えばローブの裾を切って、それをロープの代わりにすると言う方法もありはするが、それによって姿を隠す魔力が失われるのも困る。

 メーヴェにとって、今頼れるモノはこの借り物の剣と身を隠す魔力を持つローブくらいである。

 いや、そんなはずはない。街最大の実力者の一人娘であり、至宝とまで言われるメーヴェなのだから、他に頼れるモノはたくさんいるはずだ。

 例えば……、具体的な人物名を今は出せないのだが、とにかく街にはメーヴェを慕うモノ達は山ほどいる。と言うより、街全体がメーヴェの味方をしてくれるはずだ。

 とは思うものの、街には何故か近寄りがたい。

 言葉では説明出来ないのだが、街に近づく事は森の奥へ進む事や魔窟に入る事より、危険に感じて仕方が無いのだ。

 ソルが街の様子を見てきて、それをメーヴェに教えてくれればそれで解決なのだが、あの隻腕のオッサンはメーヴェの為に何かしてくれそうにない。

 一度思い切って街に戻ってみよう。

 メーヴェはそう決心するが、その前にまずは腹ごしらえである。

 このままでは空腹で街まで行けないかもしれない。

 ここは汚れるのは覚悟して、ガウンを剣の柄に結び付けて名剣で枝を切断する事を狙う事にした。

 メーヴェは剣を鞘から引き抜く。

 万が一の可能性として鞘と柄だけが一級品であり、肝心の刃がハリボテのおそれも無いわけではなかったが、名剣は鞘から抜いても宝剣だった。

 うっすらと光さえ発しているような刀身は、思わず見蕩れるほどに美しく、それはもう武器と言うより美術品のレベルだった。

 空腹状態でさえなければ、何時間でも見つめていられるくらいの芸術品なのだが、残念ながら今は剣として役に立ってもらわなければならない。

 メーヴェは一度ローブとガウンを脱ぎ、ガウンを剣の柄にしっかりと結びつける。

 数回引っ張っても外れない事を確認して、実のなった枝の下に移動する。

「えいっ!」

 下から剣を放り投げた。

 思っていたより枝までは遠かったが、剣は枝に当たった。

 が、当たっただけで当たり所が悪かったらしく、枝は揺れただけで切断する事もへし折る事も出来なかった。

 よほど特殊な魔力が込められていない限り、剣と言うモノはその切れ味の良さは刃の部分を指すものであり、どの部位でも触れるだけで切れると言うような物では無い。

 借り物の名剣も、然るべき剣士が扱えば岩をも切り裂く切れ味なのだろうが、剣はあまり投擲にも向かない物でもある。

 それでもよく狙って投げ、それなりに力があれば木の枝を切断する事も出来ただろうが、下から放り投げる事でそれを成すには運の要素も大きくなり、メーヴェは上手くいかなかった。

 そして、道理として真上に投げた剣は重力に引かれて下に落下してくる事になるのだが、ここでも素晴らしく不運な事に刃が下を向いて剣が落下してきた。

「きゃあ!」

 単純に不運だっただけなのだが、メーヴェには不当な扱いに怒った剣が使用者に襲いかかってきた様に見えたので、慌てて地面に突き刺さった剣を抜くと、ガウンを解いて鞘に収める。

 ついていない時と言うのはとことんついていないもので、剣が刃を下に落下してきたので今は地面に刺さっているのだが、その時には結んでいたガウンを貫いていた。

 結局果実は手に入らず、高価なガウンに無意味な穴を空けただけ。

「……そんなぁ」

 メーヴェの目に涙が浮かぶ。

 何でこんな目に遭うんだろう。私が何か悪い事した?

 鞘に収めた剣を木に立てかけ、ガウンを広げてみると左肩のところにざっくりと剣が貫いた穴が空いていた。

 ソルの失われた左腕を思わせる場所なので何かの暗示めいて、メーヴェは薄ら寒さを感じる。

 もう一度挑戦と言う気にもなれないし、今度は剣がメーヴェに襲いかかってくるかもしれないので、諦めるしか無かった。

 これはもう、街に行くしかない。どうしようもなく嫌な予感はするものの、街にさえ行けば領主の娘である美少女を街の人間が大事にしないはずはない。

 そう、少なくともあの隻腕の失礼無知なオッサンよりは、メーヴェの味方になってくれるはずだ。

 メーヴェはそう思いながら、借り物の名剣を穴の空いたガウンで包み、身隠しのローブをまとって剣を抱くと、空腹に耐えながら街に向かう事を決意した。

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